一人目 「イジメ加害者」
物語に登場する人物名などは全て実在のものと関わりはありません。
また、取材相手に対しての質問も受け付けておりませんのでご了承ください。
「私は人殺しです。」
これは、とある少女が犯してしまった、決して取り返しのつかない過ちのお話です。
「私の家庭は荒れていました。父は職場のストレスを家に持ち帰り、私や母を怒鳴りつけ、時には手を上げていました。母は精神を病み、病院に通い詰めたり、怪しい宗教のようなものにどっぷりとハマっていました。」
少女はうつむいたまま話し続けた。私は特に相槌は打たず、聞いていた。
「そんな家の中で、私の扱いはひどく、自尊心なんて持てず、只々居づらいだけでした。」
「でも、家の外では違いました。」
少女はそう言いながら少し顔を上げた。
「家の外では私は極力強く、自尊心あふれる人間を演じていました。」
また顔を伏せて、そうしないと誰にも認めてもらえない気がして...と小さな声で呟いた。
「勉強もどこの誰よりも良い成績を維持できるように頑張っていたし、ファッションやメイクもよく研究して、流行に乗り遅れないようにしていました。」
「そうして、周りに友人、いえ、当時は家来という認識でした...とにかく、人を置くことで自尊心を回復させようと、あのころは必死でした。」
一気に話終え、彼女は一呼吸おいた。
「でも、それでも自尊心が満たされた感覚がありませんでした。今思えば、欲張っていたのかもしれません。少しでも"上"にって...」
「上...?」
私はつい気になり、口走った。
「はい。スクールカースト...序列の中での上です。」
なるほど、私も経験がある。大抵の動物にいえるが、集団の中で生活していると意図せずとも自然と序列が形成されていき、個々の実力や存在感、向上心などによって地位が確立されるのだ。
「今思えば、あの時点で満足していれば...そう、思います。」
彼女はそう言うと当時のことを事細かに話し始めた。
----------数年前-----------
「やっぱユウリってすっごいおしゃれだよね~」
「フフ...知ってる。」
見え見えのお世辞を軽く一蹴する。
「そういうクールなとことかもめっちゃサイコー!」
私の家来達は私が何を言っても褒める。私をより良く魅せるためのアクセサリーになってくれる。
「ニシカワ、今回も満点だ。もう先生以上だな!ハッハッハ」
「ありがとうございます。是非先生も精進なさってください。」
「お、おう...」
勉学ももはやライバルは全国の一部の天才しかいないレベル。中学生にして既に暇つぶしに大学の入試問題を解く私にとって教員も見下す対象なの。
…自分でもわかっているわ。最低な性格って。
それでも実力があるから周りは私を認めざるを得ないの。
「ササキィ...もうちょっと頑張った方が良いんじゃないかぁ?」
クスクスクス...
教員に醜態をさらされ、嘲られているのは同じクラスのササキ。
ブサイクで頭も悪い、性格も暗くって何を考えてるのかわからない。
関わりたくない存在ね...
「ねぇねぇユウリ...ササキさんまたクラス最下位だったみたいよ...クスクスクス」
隣の席の家来がコソコソと話しかけてきた。
「...みたいね。少しくらい勉強を努力しようと思わないのかしらね。」
本当にどうしようもない人ね。顔も勉強も努力次第でなんとでもなるものなのに。
イライラするのよね...問題解決に何の努力もせず、オドオドと逃げ回る人を見ると...
「...ムカつくわ...」
つい声に出してしまった。
「だよね~私もズッとムカついてたの~」
家来は私の言葉にすかさず賛同する。
「ねぇねぇ、ちょっとあの子で遊んじゃわない?」
遊ぶ...?ああ、イジメ...低俗な行為ね。
「私、勉強で忙し...」
言いかけてやめた。ふと彼女をイジメている自分を思い浮かべるとその顔は愉悦の極みだったから。
きっと、彼女をいじめれば私はもっと...
「そーだよね~。ユウリはそういうの...
「いえ、息抜きに少し。少し遊んでみても良いかもしれないわ。」
家来の言葉をさえぎる。
「ほんとー!?やったー!」
「コラそこっ!うるさいぞー!」
フフフ...楽しみね...
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「...その日から私とその周りの生徒は毎日のようにササキさんをいじめました...」
「...あの、イ、イジメの内容も話した方が良いのでしょうか...」
「そこは必要ないよ。話してもお互い辛いだけだろうし。」
私は彼女に落ち着いて話してほしかったので、必要以上は話させなかった。
そもそも、証言ファイルを見ればだいたいの内容は想像がつく。
「ありがとうございます...」
「...とにかく、実際に私はイジメをすることで征服欲を満たし、自分を満足させることができていました。」
「でも、何度もいじめるうち、軽くいじめるだけでは満足できなくなり、イジメはエスカレートしていってしまいました...」
「証言にどうあるか存じませんが、担任らもどんどんと派手になる私達の行為には気づいていたと思います...」
「担任に気づかれていると感じながらもどうしてイジメを続けたのかな?」
なんとなくわかるが尋ねる。
「担任は私にものを言えるほど気概のある方と思っていませんでしたし、どうせ親に報告されても今更のことでしたので...」
随分と正直な物言いだが、それだけ私に全てを話そうとしてくれているのだろう。
「イジメがある程度まで行くと、ササキさんは不登校になりました...」
「ほとんどの先生は、そのことに関して一切触れず、素知らぬフリでしたが...」
私は何も言えず聞いているしかなかった。
「ササキさんが学校に不在の間は取り巻きにあたっていました...」
「もうあの当時は自制が効かず、誰かをいじめていないと気が休まらない、完全な異常者だったと感じています...」
「そしてササキさんが登校してくるとたまっていた分を吐き出すように、また熾烈なイジメを犯し、また不登校にしてしまい...とにかく、そんな繰り返しが一年ほど続きました...」
「そして...忘れることはありません。☓月○日の朝八時二四分です。」
彼女は溢れ出る涙を拭いながら話し続けた。
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担任が息を切らし、教室に走り込んで来たかと思うと、全員を着席させた。
「ササキさんが亡くなった...”事故”に遭って亡くなったそうだ...」
クラスの空気が固まった。
「...ニシカワ...話がある...いいか?」
周りがざわつき始めた。
「...はい。」
心臓が凍りつきそうで、酷い吐き気もしてきた...視野が狭い...そんな、まさか...
担任のあとについて廊下に出る。
「ササキの遺書に、お前の名前があったことで、警察からお前に聞きたいことがあるそうだ...」
「理由は...言わなくてもわかってくれるか?」
先生が私の肩を掴み、かすれた声で言った。
薄々想像していた、こうなってしまったらどうしようと...
その前にやめればいいだろうと思っていた...
「...ごめんなさい...」
涙と一緒に自然に声が溢れだした。
「謝る相手は俺じゃない...」
担任はそう言うと、私の両肩から手を離し、ついてくるよう言った。
遠ざかる教室からザワザワと声が聞こえたが、そんなことは気にならなかった。
警察に引き渡され、尋問を受けた。
私はパニックになりそうな自分を抑え、ありのまま離した。
「私は人殺しです。」
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「...ありがとう。全部話してくれて。辛かったろう?」
「はい。でも、ササキさんの受けた苦しみは決してこのような軽いものではなかったはずです。」
「弁護士さん。折角ここまでお話を親身になって聞いてくださったのに申し訳ありません。」
「ん?」
私は急に謝られつい素に戻る。
「減刑は必要ありません。私はただでさえ少年法によって不十分な裁きしか受けられません。せめてもの償いとして、往生際の悪いことはしたくないんです。」
「そういうことならわかりました。では、その旨を裁判でも伝えましょう。」
「ありがとうございます。」
「...言い訳はもうこれくらいで充分ですよね。」
「言い訳なんてとんでも...」
彼女の発言に驚きっぱなしでもうなんと言えばいいのか
「これからの人生を賭しても、決して償えはしないのでしょうけれど、せめて、もう同じことをしてしまう人が出ないように、私はこの話を伝え、イジメ撲滅の力になりたいと思います。」
「そうですか。良いと思いますよ。きっとあなたならできることでしょう。」
「本当に何から何までありがとうございました。」
彼女はそう言うと席を立ち部屋を出た。
その後、裁判で彼女は自身の罪を全面的に認め、可能な限り重い刑を求めた。
現在彼女は成人し、カウンセラー兼イジメ撲滅家として活動している。
過去の経歴も一切隠さず、自身の犯した過ちを子供らが犯さないようメッセージを発信し続けている。
決して許されることのない罪と向き合い、その罪を背負う人が少しでも減るように。