五条 長家
木偶と別れて十日余り。
わかったことはまず儂自身にはそれなりの筋力があるということ。丁度刀を振るうには問題ない程度に。
そして今いるこの国は他国との戦で疲弊し、領土が見る見る減っているということ。
「要するにまた戦か」
「どうしたぃ?」
「いや、こっちの話じゃ。しかしこれは中々に良き碗じゃな」
「お、嬢ちゃん見る目があるな。これはかの豪商松永 正規が死ぬまで誰にも触らせなかったという茶碗だ」
「何故そのようなものがここに?」
「ああ、正規の死後一族は商売が失敗続きでな。ついに金欲しさに端金で売っちまったんだ。で、当然これは持ち主を変えてったんだが、何の因果かこれを買い取ったやつは長生き出来ないらしい」
「それはそれは。より一層興味を引くのう。しかし安くはあるまい?」
「まぁ嬢ちゃんにはちと手が出せねぇだろうな」
有り金は六十三文。どう見ても足りんな。
「おめぇ志願すんのか?」
「おう、なんでも五條様っつぅえれぇ人が来てるみたいでよ。腕か頭があれば女でも厚遇するとか。上手いこと目をかけられれば出世も夢じゃないんだとよ」
今の村人の会話。木偶は確か五條と名乗っておったな。今の話が本当だとすると、この町に来ておると見て間違いなかろう。別れてから十日程経つか。これも何かの縁、顔でも見に行ってみるか。
「この椀、取り置き出来るか?」
「いいけどよ。どうするんだ?」
「なに、ちと金を稼いでくるだけよ」
女でも厚遇するのであれば、門前払いされることもなかろう。
「ここは貴様のような娘が来るところではない。帰れ!」
よくもまぁ人の期待を裏切ってくれる。
「女でも場合によっては厚遇すると聞いたが?」
「大人であれば、という前提だがな」
あの木偶め、儂の事を伝えていないらしい。訪ねよと言うておきながら衛兵にすらこれとは。
「はぁ……」
この背格好では脅しも通用しまい。仕方あるまいか。
「わかったらさっさと帰れ」
さて、衛兵は二人。右側は筋骨隆々じゃが、それが災いし恐らく足は早くない。もう片方は鍛えてはいるようじゃが、まだ並。
幸いなことに儂が素直に帰ると見て、あやつ等は油断しておる。正し今は無防備。
「通れぬのであれば――」
両者までの距離は約二段。助走距離としては十分。
「――押し通るのみよ!」
「何を――」
「遅い!」
「オゴォッ!」
勢いを利用して鳩尾への肘鉄。これで此奴は追ってこれまい。残るは鈍足筋肉ダルマ唯一人。
「待てコラ糞ガキ!」
「カハハハハハ! 無闇矢鱈と鍛えれば良いわけではないわ! 悔しければ追いついて────何故早い!?」
見た目に反し儂と同程度の速度じゃと!? そこは普通見た目通りな所じゃろ!?
「さっさと捕まれ糞ガキ!」
「断る! こうなれば意地でも逃げ切ってやるわ!」
しかしいつまでも鬼事を続けるわけにも行くまい。現状を打破するには木偶を探すが手っ取り早いか。
恐らくは志願者の選別を行っておるはず。となれば人の多い方に向かうが然り。
……あの無駄に育ったたっぱ。
「見つけた……!」
頭? 頭か? 頭じゃな!? 頭じゃ! 頭を蹴る!!
「こンの木偶の坊がァ!!」
「ぐげふッ!?」
後頭部への飛び蹴り。無様に転げる馬鹿は見ていて気持ちが良い。
「おおおおおお前なんてことを!? その御方を誰だか知らないのか!?」
「知っておるからこそ蹴っ飛ばしたんじゃ!」
「尚悪い!」
多勢に無勢とはこの事か。流石に近衛兵全員で来られてはても足も出ん。まさかこの短い間に二度も土を舐めようとは。
「木偶の一人や二人蹴った所で大袈裟な」
「お前の感覚がおかしい。知り合いだ。離してやれ」
「よろしいのですか?」
「かまわん」
か弱きおなごに四人掛かりとは。もう少し女尊男卑という言葉が浸透しないものか。
「信長、久しぶりだな」
「儂が来ることを予見していたのであれば、もう少し衛兵に外見を詳細に伝えよ」
「女も通すようにと伝えといたはずだが?」
「子供という部分が抜けておろう。門前払いされた」
「ハハハハ、それはすまなかった。お前と話していると子供とは思えなくてな」
笑い事ではないわ。この小さき体で大の大人を相手取るのがどれほど難しいか。一遍正対し力説してやらねば。




