勧進帳
「もう少しきつくしろ。このように緩くては疑われる」
「そ、そうか」
関を越えるためとはいえ、また手を縛ることになるとは。縄なだけまだマシか。
「出来たぞ」
「貴様はまっこと馬鹿じゃな。奴隷の手を蝶結びで縛るわけなかろう。固結びにせよ」
「あ、あぁ」
さて、奴隷商というだけで通れるほど甘くはなかろう。しかしこの見窄らしい服では他に騙しようがない。木偶の格好もそれらしく偽装はしたが、どれほど騙せるか。
「……歌舞伎で勧進帳という演目があってじゃな」
「何だいきなり」
「まぁ聞け。昔義経と弁慶という主従関係の二人がおった。その二人はお尋ね者じゃった。逃げる時に関を越える時のことじゃ。山伏の姿で通ろうとしたが、関の者に強力に化けた義経が疑われた。そこで弁慶は主君である義経を金剛杖で滅多打ちにしたそうじゃ」
「いいのか?」
「任せる。じゃが一つだけ言うておく。貴様は奴隷商で儂は売り物。決して躊躇はするな。助かりたいのであればな」
「……わかった」
追手はまだ姿を現さんか。なれば今のうちに通ってしまうが吉。あとは木偶の気転次第じゃな。
見たところ国境近くということで警備は厳重。力尽くで抜けるは無理か。審査の度合いに違いがあるということは、金を握らせるのが最善じゃが、今は手持ちがない。禿鼠や金柑ならばこの状況どうするかのう。
「次! 何用で参った?」
「ドメルグ郊外にお住まいのガルーシャ様にこの奴隷を届ける途中だ」
「聞いたことのない名前だな」
「ガルーシャ様は既にご隠居の身。以前は名のある豪商だったため、名を変えておられる。
上手い言い訳じゃ。豪商となればそれなりにコネのある者が多い。であれば、相手もその権力を恐れ、無闇に止めたりはせん筈。
「その足の包帯はなんだ?」
足の包帯? ――抜かった! 切り傷程度で奴隷に手当てをするはずがない。しかしこの包帯の巻き方は、誰がどう見ても切り傷。
「おい! なんだこれは!」
木偶め、もうギブアップか。まこと頭の回転が鈍いやつよ。
「…………お許し下さい! 昨日足を切り、その際毒が入ったようで。痛みが一向に引かなかったため、旦那様が寝ている隙に包帯を少々拝借してしまいました。申し訳ございません!」
「盗んだだと!? この身の程知らずが!」
「――ガッハッ……ゴホッ、ツッ……」
よりによって鳩尾を殴るとは。遠慮するなとは言ったが、ここまでとはな。
「申し訳、ございません……」
「誤って許される問題ではない!」
「グッ……」
頭に強い衝撃。口には土と鉄の味。踏まれた際口を切ったか。この味、久方ぶりよ。
「おい、その辺にしろ。そりゃ売り物だろう」
「失礼、少々熱くなってしまいました。おい、いつまで寝ている。さっさと立て!」
全く無茶を言ってくれる。呼吸が出来なくなっておることぐらい分かっているであろうに。
「さっさと行け。次!」
よし、なんとか騙しき――
「いや、ちょっと待て」
何? …………微かにじゃが馬の蹄の音。追手か!




