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第三国

「待て待て待て待てぇい!!」

「いやぁぁあああ!!」

「いい加減に諦めて捕まれぃ!」

「嫌よ! 捕まったら何されるか分かったもんじゃないわ!」

 ええい小癪な。すばしっこさならば儂に分があるが、直線で逃げられると立端のあるツンデレが有利か。一向に距離が詰められん。

 どうにか狭きとこへと追い込みたいが、この城にそのような所もなし。

となればあとは持久戦あるのみか。

「そろそろ疲れてきたのではないか! 今捕まれば優しゅうしてやるぞ!」

「そんな見え見えの嘘に騙されるわけないでしょ!」

 かかった!

 疲れてきているという言葉を認識したことにより、奴の脳内麻薬は薄まるはず。

 となれば逃げ道を探すのが筋。

「ちょっ、助けてぇ!」

「かかりおったな! 部屋に飛び込んだのが運の尽きよ!」

 見れば木偶共一同が何やら紙を囲んでおる。が、そんな事はどうでもよい。

「かはははは、追い詰めだぞ! 大人しくお縄につけぃ!」

「そんなの真っ平御免よ」

「ならば無理矢理引っ捕らえるのみじゃ!」

「そうはいくもんですか!」

 チッ、上手いことかわしよる。じゃが儂が出入口側におらば捕まるのも時間の問題。

「そらそらどうした! 瞬発力が鈍っておるぞ!」

「寧ろなんであんたはそんなに動けるのよ!」

 ツンデレはもう限界のようじゃな。一気に足に力を込める。これで終い――

「――ん? んん〜?」

 おかしいのぅ。足元から地面が逃げおるぞ? もしやここに来て空中浮遊が出来るようにでもなったか?

「うるさァい!!!!」

 鼓膜がはち切れそうな大声に思わず手が耳を塞ぐ。木偶め、何も耳元で叫ばずともよかろうに。

「なんじゃ人が鬼事を楽しんでおる最中に」

「そんな事は外でやれ! 今大事な評定の最中だというのが見てわからんか!」

 見ると足元には地図。そしてその上には兵棋。どうやら戦評定をしておる様子。

「……それで?」

「なに?」

「評定をしておることは分かる。それでこの評定になんの意味がある?」

「この国の進退を決める評定を何の意味があるだと!?」

 相も変わらず五月蝿い奴じゃ。

 糸目は視線を送るだけで木偶を窘める辺り、どうしてこの真逆な二人が仲良く並べるのか検討もつかん。

「信長様は既に次の手が見えている、という事ですか?」

「でなければこんな発言はするまいよ」

「ご説明願えますか」

「よかろう。ツンデレ、地図を持て」

 おや? いつもなら悪態をつくはずじゃが、今日はやけに素直じゃな。

 大方自分から興が逸れた故このまま話題をすり替えようとの魂胆じゃろうが、まあいい。その事は後回しよ。

「今の勢力は西に大きくドメルグがあり、この東にある小さな国が儂らの住まう隼摩。そして北方に逸れたところ、ドメルグに分断されるようにもう一国あるな?」

「ええ、シャンチーを陣とする趙と呼ばれる国があります」

「そう、この趙へと向かい軍を進める」

「待て! それでは一度に二国も相手もする事になる!」

「話は最後まで聞け」

 さて、この木偶の坊に理解出来るようにとなると、どこから話せば良いものか。

「まずこのドメルグが特出した形になる国境。不審には思わんか?」

「思ってはいました。しかし精々が間者を走らせるので手一杯で」

「まぁこの国の現状ではそうか。ではもう一つ。この趙がドメルグ相手にこれだけの勢力を保っていられるのは何故だと思う?」

「そんなの立地とかじゃないの?」

「それもある。何せ山に囲まれておるからな。攻める側からすれば相当やりにくい事じゃろうて。しかしもっと明確な理由がある」

 糸目以外は全員降参か。目の前にその理由がおるというに。

「糸目、言うてみよ」

「――信長様のような転生者がおられるという事ですか?」

「その通り。でなければこうも耐えられる訳がない」

 ナポレオンは間違いなく前線にて軍を率いていた。それは間違いない。

 何せこんな情勢で彼奴程の実力を持つ男を、中央で遊び呆けさせるわけが無い。

 しかしこの国は疲弊しきっており、事実初陣のツンデレが差し向けられた。

 つまりナポレオンがおった前線は趙との国境となる。そして趙はナポレオンと強大な国力を持つドメルグ相手にこれだけの勢力を保っておったという事。

「それで、お前のような奴がいたとして何なる? 厄介な敵が増えただけではないか」

「はぁ〜、おい糸目。この木偶に説明してやれ」

「信長様は趙と同盟を結ぶと仰られているんです。それも対等な条件で」

「そんなの無理に決まってるでしょ!?」

 木偶が驚く前にツンデレが声を上げたか。虚を疲れ言葉を飲み込む木偶は見ていて気持ちがいいな。

「この前の戦で勝ったからと言って、この国が矮小なのは変わらないわ。そんな滅びかけの国が趙と同盟を結ぶってだけでも有り得ないのに、対等な条件なんて天地がひっくり返っても無理よ」

 ツンデレから発せられた言葉の意味に不満を抱いたものは少なくないが、事実故誰も言い返せんか。

「普通なら無理じゃが、この儂がおる」

「交渉でどうにかするっていうの? 無理よ、そんなレベルの話じゃない」

「いいや、違う。儂が立場を対等にする条件になりうるという意味じゃ」

 糸目ですら未だ理解叶わずか。まぁそこは知識がない故仕方あるまい。

「まず儂やナポレオンの様な転生者がこの世界を統べる為の要であることは理解しておるな?」

「認めたくないけどね」

「そしてこの国にはその要となる転生者がおらんかった。故に趙は同盟を結ぼうとせんかった。当然じゃな。むざむざと余計な情報を教えてやる必要もあるまいて」

「ちょっと待って。その言い草、まるで趙が同盟を結びたがってるみたいじゃない」

「その通りじゃ、趙は隼摩と同盟を結びたいと思うておる。でなければいずれ国が滅ぶか、ドメルグの属国に成り下がるのは明白だからじゃ」

 しかしいくら同盟を結ぶ方が手っ取り早いとはいえ、隼摩はともかく趙はまだ単体でもやりようがある。優秀な転生者が居らば尚のこと。

「同盟は結びたい。しかし情報は与えたくない。故に奴らは待った。隼摩にも転生者が現れるのを」

「信長様が現れず、この国が滅べば敵が一つ減り、現れれば同盟を餌に信長様の情報を引き出せる。そこまではいいです。しかしそれは趙が同盟を結びたがってる事が前提です。その根拠は何処に?」

「それを今から説明してやる」

 チェスを扱う西洋文化の所にはナポレオンがおった。そして将棋を扱う日本文化には儂が。

 即ちシャンチーを扱うところは十中八九中華文化であり、中華の奴が転生しておるはず。

「圧倒的な勢力を誇るドメルグ。ドメルグ程はないにせよ堅牢な趙。そして負け続きで地方に追いやられた隼摩。儂はこの情勢に非常によく似た事象を知っておる。そして間違いなく趙におる転生者もな」

「つまり信長様がおられた世界では、隼摩と趙に当たる国が同盟を組み、最大勢力を誇る国を撃退したと、そういう事ですか?」

 戦の指揮をとる者で赤壁の戦いを知らぬ筈がない。ましてや中華の者であれば尚のこと。

「但し一つ問題がある。ツンデレ、分かるか?」

「……ドメルグの転生者もそれを知ってるって事」

「その通り。そして必ず同盟を阻止しようと動く。転生者が居ればの話じゃがな」

 全員がツンデレの顔を見やると、ツンデレは目を伏せた。

 一度裏切ったにせよやはり明確な裏切り行為にはまだ抵抗があるか。その胸中を察してか、誰も急かそうとはしない。

「…………いるわ。それもあと三人」

「で、あるか」

 厄介じゃな。ドメルグ程の国力を持っておりながら、三人しか居ないとなると、趙に居っても二人。寧ろ一人である可能性が高い。となれば儂と合わせても、ドメルグには届かん。

「そいつらの名は分かるか?」

「ごめん、分からないわ。ナポレオン様含めた四人で前線の指揮を執ってるって聞いた程度だから」

 鬼が出るか蛇が出るか、か。

 当然ナポレオン戦の情報は向こうに行っている筈。そしてなんの対策もなしに戦に臨む阿呆でもなし。

「如何致しましょう?」

「同盟は組む。それしか手がないからな。しかしその過程において、三つの選択肢がある」

「勿体ぶってないで早く言いなさいよ」

「なに、簡単なことよ。まず一つ目の選択肢じゃが、秘密裏に使者を遣わし同盟を結ぶ。これは当然の帰結じゃな」

「難しいわよ。趙に至るまで少なくと三つの関所があるわ。今はもっと増えてるかも」

 仮にその関所を越えた所で、次は趙との交渉がある。機転がきき、交渉上手で万が一失ってもこの国に影響のない人物など居らん。

「次いで二つ目の案じゃが、敢えて情報を流し、挙兵する」 

「気でも狂ったか!? そんなこと認められる訳が無いだろう!」

「落ち着け。頭の硬い貴様にも分かるように説明してやる故よう聞け。よいか? 今儂らは趙と同盟を結びたがっている。そしてそれは趙も同じ。そこまでは分かるな?」

「馬鹿にしすぎだ。当然理解している」

「では次に、互いに同盟を結びたがっていることを、互いに知っているという状況も理解しておるな?」

「お、おぅ……?」

 もしやこの時点でお手上げか? というよりは儂の言い回しが子奴の頭には難しかったか。まぁ理解しておらねば糸目が説明しておるか。

「貴様が趙の人間だとして、同盟を組みたい相手が諸手を挙げてドメルグに進軍を開始したらどう思う?」

「……こちらへの合図?」

「そういう事じゃ。趙は間違いなく動く。当然ドメルグもその事を加味して動かねばならん」

「そうなれば勝機を見出すことも可能でしょう」

 放っておけば土地を奪われ、退治すれば挟み撃ちになる。

 どの手を選ぶにしても、ドメルグにとってはハイリスクな戦いとなる事は必然。

「そして三つ目の選択肢とは?」

「それは――」

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