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『敵兵は全て連れて行く。貴様等は暫く伏せながら砂煙に紛れておけ』

「……ムカつく」

 あいつの言った通り、ドメルグ兵は全て釣られていった。さっきまでの騒乱は嘘のように収まった。

 周りには砂煙が高く立ち上り、視界を奪っている。

「……無理に決まってるでしょ?」

 これからどうすれば良いのかは分かる。どうすべきかも分かる。

 だけど出来るわけないじゃない。私はただ信長の気まぐれで生かされてるだけの捕虜。

 何の価値もない、ただの置物。だって言うのに──

『──有能しか傍に置かん主義じゃ』

 きっとあいつは分かってる。そういう言葉を私に言えば動かせると。そして私がそれを分かってるっていうことも分かってる。

「……ねぇ、あんた達はいいの?」

 不意に問いかけられた兵が怪訝そうな顔で私を見る。

「あいつが言った事、分かってるんでしょ? 私の指揮にあんた達は命を賭けられるの?」

 私からの問に兵たちは顔を見合わせ、『そして何だ、そんな事か』とでも言うかのようにため息交じりに笑った。

「確かにあなたを信用してるわけでも、ましてや信長様を完全に信用してる訳じゃない」

 やっぱり、こんな状況で指揮なんて出来るわけが──

「──だが長家様や頼近様、何より我々が命を賭けて仕えると決めた真和様が信長様を信用すると仰られた。そしてその信長様があなたを信用たる相手だと言ったのだ。ならば黙って従うのみ」

「……馬っ鹿じゃないの?」

 敵国の、それもついこの間攻めてきた大将を相手に信用するだなんて。本当に、皆馬鹿みたいに──

「──何でッ私なんかに、そんなに優しいのよ」

 溢れ出る涙が止まらない。そんな暇ないのに。

「アンリユート様、指示を」

「……旗を、旗を掲げなさい!」




「――なんだアレは!?」

 立ち上っていた砂煙が落ち着きを見せ、そこから現れた物がナポレオンにとって大層意外だったらしい。

「どうした? 何か不可解なことがあるか? 盤上遊戯に則った戦であるならば、儂らは”取った駒を使えて当然”じゃろう?」

 6四に突如として掲げられた”ビショップ”の旗に、敵どころか味方含め全員が動きを止め注目する。

 まぁ誰にも言うておらん故当然と言えば当然じゃが、全員が同一方向を振り向く姿は見ていて滑稽じゃな。

「有り得ん! 信長、お前死ぬ気か!?」

「何故? これはルール違反か? 否、儂はただ将棋のルールに則って策を立てた迄じゃ」

「今までそんなことをする奴は一人もいなかった! つまりそれは実行に移せば処されるという事だ! もしそうなればどうなるか分かっているのか!?」

「閉じ込められるからどうした? この戦で勝たねばどの道この国は滅びる。そして正面からぶつかって勝てる程貴様は弱くない。ならばどうする? 命を賭けてでも奇策を打つしかあるまい」

 ツンデレの前の光の壁は未だ高い。そもそもルークや角行等斜めに進む場合は光の壁は降りない。

 つまりツンデレが一歩踏み出せるかどうかにこの戦の勝敗がかかっておる。

 踏み出せれば兵をさらに分け、キングを詰ます事は必至。

 逆に踏み出せなければ、儂らはここから二度と出られん故、相手はこれ以上戦う必要もなくなる。

 旗を掲げた以上ツンデレもこちら側。恐怖か不安か、マスの境で足が止まる。

そして再び重くなった足を上げる行為を、全員が固唾を飲んで見守った。

 そしてその足はマスの外へ踏み出――

「――したァ!!」

 敢えて教えなんだか、はたまた説明不足かは知らん。

 しかしはっきりと分かる。今この状況を儂以外の誰も想定していなかったということ。このナポレオンでさえも。

「終いじゃな」

「どこがだ? お前を殺せば吾輩の勝ちだ」

「貴様のことじゃ。言わずとも理解しておろう? この戦は既に儂の手を離れておる」

「だが士気には影響が出るだろう?」

 なるほど、そういえばもう一つ此奴の想定しておらん事があったか。

「見るがいい、貴様らが無能と吐き捨てた指揮をするやつの姿を。その後ろに続く兵の姿を。奴は立派な武将じゃよ。儂なんかよりも、ずっとな」

 ナポレオンも無能ではない。最早この戦、逆転はないと理解できているはず。 それでも諦めぬのは此奴らしいが、何よりも認めたくはないんじゃろうな。自身が無能だと言い放った相手に、とどめを刺されるなど。

「さぁ兵ども! 勝利は眼前じゃ! 一人でも多く生きて帰れるよう、最後まで力を振り絞れィ!!」

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