聞き飽きた理論
「何じゃ、火も起こせんのか」
狩りもできん。山菜の区別がつかん。更には火も起こせん。サバイバルにおいては何の役にも立たんな。正しく木偶の坊と言えよう。
「悪かったな」
「素直に反省出来るだけ良しとしてやろうぞ」
「……随分と手馴れているな」
「生きるにあたり必要があったから覚えた。それだけじゃ」
「どんな人生を送ったらそうなるんだ?」
「どんな人生、か。儂は輪廻転生を繰り返し様々な人生を歩んできた、と言うたら信用するか?」
鳩が豆鉄砲を食うたような顔とはこのような顔を言うんじゃろうな。このようなうつけを見る目を向けられるのはいつ以来か。最近では儂の名を聞いただけで警戒されることが普通じゃったからな。
「信じろとはいわん。儂とて貴様の立場であれば疑おう。じゃがこれは事実じゃ」
「しかしそんな事をいきなり言われてもな」
まぁそうじゃろうな。ここで簡単に信ずるならば逆に儂が驚く。
「シュレーディンガーの猫という理論がある」
「なんだいきなり」
「少し頭を使うた会話をしようとすると、必ずと言うてもいいほど出てくる理論でな? 簡単に説明するとじゃな。箱の中に猫を入れる。その箱には仕掛けがしてあって、箱を閉めた時五分の確率で猫が死ぬ。当然箱の中は見えん。では箱の中に入った猫は死んでおるのか? それとも生きておるのか? という話じゃ」
木偶が顎に手を当てて考えるが、次第に頭から煙が出そうになっていく。やはりこいつは脳筋であり、難しいことを考えるのには向かんな。
「そんな物、見なければわかるまい!」
その結論に至るまでに随分と時間がかかったものじゃ。まぁ及第点としておくか。
「そう、命は生きておるか死んでおるか二つに一つ。その中間はない。じゃが箱の中の猫はその中間におるという矛盾を指した理論じゃ」
「要点を言え、要点を!」
「貴様の軟弱な頭では理解が出来んか。まぁよい。つまるところ、物事は観察する者がおって初めて事実になるということじゃ。儂の輪廻転生も同じよ。儂には輪廻転生の記憶があるが、それを見ることは誰にもできん。つまり輪廻転生は儂にとっては事実じゃが、他の者にとってはただの世迷い言よ」
「つまり信じるも信じないのも勝手にしろということだろ? 最初からそういえばいいだろうに長々と回りくどい説明をしおって」
「カハハハ、許せ。知識をひけらかすというのは中々に気持ちの良き事でな。貴様のようなやつを見るとからかいとうなる」
「くそ……」
少々からかいすぎたか。背をこちらに向けふて寝と決め込む辺り、口では勝てんことを気づいておる。自分の能力を正しく評価できておる証拠じゃな。
「明日も早い。追っ手もこよう。寝られる内に寝ておくのが吉じゃ」
風の通り抜ける音。夜虫の鳴き声。川のせせらぎ。なんとも心地よい夜じゃ。
「……お前の、最初の人生はどんなだった?」
「最初、か」
戦国も幾度となく繰り返したからのう。さてはてどうじゃったか。
「日ノ本という小さな国があってな? その中にある尾張という更に小さな国を治める小大名じゃった」
「お前を見るに、そのまま人生を終えるようなやつではあるまい」
「貴様の言うとおりよ。儂には軍略と才と将たる器。そしてなにより強運があった。その結果天下統一まであと一歩の所までこぎつけた」
「あと一歩?」
「ああ、あと一歩のところで信頼していた部下に裏切られ殺されたわ。それが傑作でのう? 邪魔になった同盟相手を誘い出し討つつもりが、逆に儂が討たれてな。更にはそれを知った部下の一人が三万の兵で五十里もの距離を七日で横断し討ったというのじゃから、初めて知った時は笑いが止まらんかったわ。カハハハハ」
「笑い事ではないだろう!」
「笑い事じゃ。それは既に過去のことであり、奴はそれを謝り、儂も水に流した。故に笑い事よ」
「そいつも輪廻転生しているのか?」
「ああ、この世界にはおらんがな」
懐かしいな。自分で言うのもなんじゃが、あの頃は正しく傍若無人という言葉が似合うておった。今思えば皆よく儂に付いてきたものよ。
「頼みがある。もし生きて帰られたら、会ってほしい者がいる」
「貴様の子供か?」
「いや、子供ではない。年の離れた弟といった所か」
血縁ではないが、兄弟のように育ってきたという所か? いや、年の離れたということは、赤子の頃から面倒を見てきた非常に親しい者か。
「会ってくれるか?」
「気が向いたらな」




