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新しい世界

「…………ん」

 意識は明瞭。五体満足。が、動かせん。これは枷をはめられておるのか?

 ゆっくりと目を開ける。暗い。だが少し光が差し込んでおるということは目が見えなくなったわけではなく、単に暗幕が張られておるだけか。体は十二、三程の女子、町娘あたりか。

 そしてこの揺れ、これは馬車じゃな。つまり特段技術が発達しておる訳ではなし。

 此度は罪人から始まりか。全く――

「――まぁた儂かぁー!! いつもいつも儂ばっかり転生させおって!! たまには長可あたりを使うてやれやァ!!」

 虚しく声だけが木霊する。もはやこうなった以上この世界での役目を全うするしかあるまいか。

 ……待て、なぜ以前の転生した記憶がある? 転生した場合大抵本能寺までの記憶しかなかった。あっても幾ばくかの知識が付随されておる程度。

「目を覚ましたかと思えばいきなり意味のわからんことを……。もう少し静かにできないのか?」

「何じゃ、儂以外にもおったのか」

 ようやっと目が慣れてきて男の風貌がはっきりと見えるようになる。風貌から察するに敗軍の将というた所か。姿は鎧、ということはここは日ノ本か?

「儂はどのくらい寝ておった?」

「二時間、と言った所か。俺がこの馬車に乗せられた時にはお前はすでに寝ていたから詳しくは分からない」

「儂は織田 上総介 信長。貴様、名は?」

「五條 尾久前守 長家」

 儂の名に反応せんということはここは少なくとも日ノ本ではないということか。

 しかし此奴の鎧、紛いもなく日ノ本の鎧。そして尾久前守ということはどこぞの国を治める武将か。日ノ本と似たような文化が栄えた、全くの別世界というところじゃな。そしてこの馬車を見るに、西洋の文化も入ってきていると見える。

「貴様、安全な場所までの道のりは分かるか?」

 兎にも角にもまずは逃げるが先決。思考するは道中でもできる。

 移送するということは移送先は少なくとも警備の厳しい場所。儂が何をしでかしたかはわからん。じゃがこれだけは言える。

 早急に逃げんとまずい。

「分かるには分かるが、まさか逃げる気か?」

「儂は黙って死ぬ気はないからの。少し近う寄って手枷を見せろ」

「この枷が外せるのか!?」

「大きい声を出すでない。それを確かめるために見せろと言うておる」

「わかった。ちょっと待て」

「音を立てるなよ。静かに寄れ」

 大の男が身体をくねらせながら近づいてくる様子は、まるで馬鹿でかい芋虫。思わず蹴りたくなる衝動が芽生える。

「どうだ? 見えるか?」

「まぁ待て。急いては事を仕損じるという諺を知らんのか」

 暗くてよう見えんが、穴の中に複数の棒のようなものが見える。となると仕組みは恐らく南京錠と同じものか。足についているのも同様。だとすれば道具さえあれば簡単に外せよう。

「何か細長い針金のようなものはないか?」

「針金、いやそのようなもの持ちあわせてはいない」

「よう探せ。二寸ほどの長さで良い」

「お前の頭にある簪はどうだ?」

「簪? そのようなものが付いておるのか? 丁度良い。取れるか?」

「あぁ、ちょっと待ってろ」

 自分のものではない手に頭を触られるのはむず痒いな。

「取れたぞ」

「噛んで形を変える。そのまま離さないようにしかと持っておれ」

「分かった」

 口で加工するというのは中々に難しいな。しかしこの簪、中々の物。些か勿体無い気もするが、命には変えられんか。まぁ所詮は物。金を稼いで修理でもすれば良い。

「よし、渡せ」

「あぁ、どこだ?」

「もうちょい下じゃ」

「ここか?」

「……! どこを触っておるこの木偶が!」

「ゴフォ!?」

 どさくさに紛れてケツを触ろうとは。昔の儂じゃったら撫で斬りにしておる所じゃ。

「…………お、お前、蹴ることはないだろ」

「儂のケツを触った罪を蹴られるだけで許されるのじゃ。寧ろ感謝しろ」

 しかし目で見れないというのはそれだけで難しい。更に馬車の揺れ。これも中々厄介、じゃが……。

「よし、外れた」

 ようやっと両手が自由になったか。縛るのは好きじゃが、縛られるのは慣れんな。じゃがここまで来たならば後は楽じゃの。

「いいぞ。俺のも外せ」

「まだ足枷がある。それに指図されるとやる気がそがれる。外して欲しくば黙っておれ」

 やはり両手が自由に動かせると楽に外せるな。しかし裸足というのは些か厄介じゃな。馬車の音からして地面は砂利道。どこかで履物を調達できれば良いが。

「よし、外してやるから感謝せよ」

「わかったから早くしろ」

 此奴の履物を奪うか? いや、大きすぎて逆に走りづらくなるだけか。

「外れたぞ」

「おお、感謝する!」

「さて、助けてやったからには儂を安全な場所まで送り届けろよ?」

「無論だ。約束は守る」

 扉にも錠をかけてあるのか? いや、これはただ金属の板をかけてあるだけじゃな。ならば隙間から簪で持ち上げてやれば外れる。 案の定容易く扉は開き、隙間から外を見ると周りには山はなし。ということはそろそろ街が見える辺りか。街に入る前に抜けられたのは不幸中の幸いじゃな。

「恐らくここはすでにドメルグ国内だ。だが国境からそう遠くはない。二日も歩けば関所を越えれるはずだ」

「関所か。そこをどうするかじゃな。兎にも角にも飛び降りたら即座に草むらに隠れよ」

「逃げたほうがいいんじゃないか?」

「こちらから相手が見えるということは相手もこちらが見えるということじゃ。人の視覚は存外広しものよ。この馬車が姿を消すまで物陰に隠れた方がよい」

「なるほどな。鍵抜けのことと言い、お前相当逃げ慣れているな?」

「あぁ、数えきれんな。最初の方はもう覚えてすらおらん」

 もっともこの身体では初めてじゃが、やはり輪廻転生しておくもんじゃな。いつ知識が役立つかわからん。

「準備はいいか? 同時に出るぞ。の、の、!」

 やはり下は砂利道。上手く着地せねば――

「――ッ」

 馬車はこちらには気づかず走り去っていく。そこはいいが、やはり飛び降りた時に砂利で足裏を切ったか。捻挫しなかっただけマシと考えるべきか。

「そろそろ頃合いじゃな。それでどっちじゃ? 出来るなら森を抜けたいところじゃが」

 道なりに行っては追手にすぐ見つかる可能性が高い。更に食料もない事、身を潜める事を考えても森は好都合。

「ではさっさと行くぞ」

「…………何をしておる?」

 今は自分でさっさと行くと言っておきながら、しゃがんだままこやつは動かん。

「その足で森を抜ける気か? 今この場で手当をしている暇はないからな。背負ってやるから乗れ」

「気づいておったか」

「砂利道に走る馬車から飛び降りれば、そうなることは馬鹿でもわかる」

 存外見どころのあるやつではないか。気も利くし、雰囲気からして腕も立つ。そばにおいてやっても良いな。

「気を利かせた褒美じゃ。儂の乳房の感触を背中で味わうが良い」

「貴様のようなガキに興奮などするか!」

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