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口癖

「──むー、むかつく。お兄様はずるしてます」

「はは、酷い言い草だね」

 双子の兄が二人いた。長男がスヴェン、次男はヴァルフ。

「どうしたアンリ、またスヴェンにチェスで負けたのか?」

 スヴェン兄様は頭脳明晰、ヴァルフ兄様は勇猛無比。

「スヴェン兄様ったらずるいんです。私が指す手を知ってるんです」

「ヒヒッ、よく気がついたな。スヴェンは確かにズルしてる」

「やっぱりずるしてるんですね!?」

 二人共私にとっては雲の上の存在だった。

「なんで教えてやらないんだ?」

「チェスの勝敗は思考能力に帰結する。最初から最後まで教えていたら考える力が養われない。がそろそろ頃合かもな。次の戦から帰ったら教えてあげよう」

「良かったなアンリ、スヴェンがズルの種を教えてくれるってよ」

「ほんとうですか!? 約束ですよ!」

「ああ、約束だ」




「――戦死? 兄様が?」

 父様から伝えられた言葉は私の胸を抉るような一言だった。

 邁進を続けていたドメルグは逍国に対し一大攻勢に出た。戦場で相対する兵数は同数といえど、予備兵力の差は歴然。万が一にも負けるはずはなかった。

 だけど負けた。何故負けたのかは分からない。父様は何もは話してはくれなかった。

「不本意だがお前が嫡子となった。精進するように」

 政略結婚の道具でしかなかった私を嫡子として仕立て上げるため、その日から血反吐を吐くような訓練が幕を開けた。きっと憂さ晴らしも混じっていたんだと思う。

 それでも私は諦めなかった。私が嫡子だという義務感。何よりも父様が私を道具としてではなく、一人の子として見てくれているのが嬉しかったから。

「兵を連れ御上国を攻めろ。最早滅亡寸前で実力もない。難なく勝てるだろう」

「父様から頂いたこの甲冑に、相応しき勝利を収めてみせます!」




「信長!」

「五月蝿いのう、そう叫ばんでも聞こえておる」

 そうよ、そうだった。私はずっと諦めなかった。絶対に諦めなかった。今までずっと。

 だからこそここで諦めるもんか……! 絶対に立ち上がってやる! たとえ苦汁を舐めたとしても、絶対に!

「私とに将棋を教えなさい!」

 私は自力で立ち上がってやるんだから……!




「この儂に命令とは、図々しい奴じゃな」

 目に光が戻ったか。しかし戻って早々騒がしいやつじゃな。

「して何故将棋を学ぶ? 貴様の立場ならばチェスではないのか?」

「私は負けるのが嫌いなの。一度負けたら二度勝つ。三回負けたら六回。私は今までそうしてきた。そしてこれからも。だからあんたの得意な将棋であんたに勝つ。そして堂々とここを出て行ってやるわ」

 負けず嫌いもここまで行けば清々しいな。じゃがいい目をしておる。

「初手は2六歩か7六歩。飛車角道を開け、両駒を最大限に活かす準備をする。これが基本じゃ」

「……え?」

「何を呆けておる。教えろと言うたのは貴様じゃろ?」

「あっ、わ、分かってるわよ!」

 強気な言葉とは裏腹にこれでもかと言うほどに背筋を伸ばして椅子に座るとは。本に見ていて飽きんな。

「前、貴様の初陣の時じゃ。あの時どう感じた?」

「どうって……一方的で、手も足も出なかったわよ……」

「そう、一方的じゃった。展開力の勝るチェス側で。それは何故かわかるか?」

「……最初様子を見たから? いや、それでも先に展開し終わったのは私。そうよ、確かに先に仕掛けたのは私だった。なのに――」

「――寄せられんかったじゃろ? というよりは寄せているはずがいつの間にか押されていたというのが正解か」

 棋盤に布陣を再現してやると徐々に記憶を取り戻したかのように目を見開いていく。

 やはり戦場で見るより棋盤で見る方が冷静かつ客観的に見られるか。

「常に駒を他の駒で紐付けしながら配置し、展開する。これはチェスでも基本じゃな」

「分かってるわよそれくらい。寧ろ知らない奴なんているの?」

「ならば聞くが、先の戦で儂は全て紐付けしておったか?」

「……あッ!」

「そう、しておらん時があった筈じゃ。儂が抜かったと思うたか、貴様はそれを嬉しそうに攻めて

おったのう」

 嬉嬉として突撃を命じる様は見ていて痛快じゃったのう。思い出すだけで笑が溢れるわ。

「なんで? ただで駒を取られて有利になる筈が……」

「分からぬのも無理はない。特にチェスは駒数が少ない上、取った駒を使えんからのう。よいか? 貴様が2五へナイトを飛ばしたお陰で4四に角を活かす道ができた」

「そっか、それで守勢に回されて、更にただで取った筈の2五にも紐付けされて完全に押されたんだ……」

「大方チェスばかり学び、将棋は基本しか学ばんかったんじゃろ? 仮にもう少し将棋を学んでおったのならば貴様は儂の手を少しは読めたはずじゃ。差し出された駒を馬鹿正直に取らぬ程度にはな」

 尤も愚かなのは此奴をこの程度の知識で儂の所へ送った君主じゃがな。

 ナポレオンの事と言い、余程期待しておらんと見える。

「後は囲いじゃな」

「囲い? そういえば展開を遅らせてでも王の周りに駒を集めてたわね」

「チェスは囲いという囲いがないから分からんのも無理はない。しかしこの囲いこそ重要よ。特に対チェス相手にはな」

 ツンデレが顎に手を当てて思考し始めたか。こやつの頭ならば重要と言った意味がすぐ理解出来よう。

「……そっか。王を取りに行く時どうしても犠牲が出るんだ。特にチェスは駒数が少ないから、それなり以上の戦力を残して中盤戦を勝たないと攻めきれない」

「その通り。たとえ攻めれても、王の逃げ方さえ間違えなければ、かなりの損失を出すことになる」

 無論兵の士気や練度も大きく左右するが、それは言わずともよかろう。

「てことは、当然この囲いにも種類があるんでしょ?」

「察しが良いな。後は指しながら教えてやる。その方が記憶に残ろう?」

 盤に駒を並べつつも、ツンデレの怪訝そうな表情。人が優しく教えておると言うに、まだ何かあると言うのか?

「どうした? 言いたい事があれば申してみよ」

「…………本当に指すだけ?」

「そう思うか?」

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