手を離す勇気
「良かったのか?」
「7二飛がか? 貴様が儂に提言できるとは驚きじゃな」
「将棋の事ではない。お前のお気に入りのことだ」
ああ、ツンデレのことか。敵国の娘を気にするとは此奴も中々なお人好しじゃな。
「あれで心が折れるのであればその程度の女ということじゃ」
「お前がそう言うのであれば別にいいんだが……」
「何やら含みのある言い方じゃな」
まるで儂に何かを察せとでも言うような。あの女がなんじゃというのか。
…………少し考えてみるもまるで心当たりがない。儂に悩ませるとは木偶のくせに生意気じゃ。
「いや、それほど深い意味はないが、ただお前が少し寂しそうに見えただけだ」
儂が……寂しそう……? 馬鹿な、今生の別れでもあるまいに。
「杞憂じゃな」
「そうか、ならばいいんだが」
全く妙な事を抜かしよる。確かにあの戦以降常に側に置いていたが、少し離れた程度で寂しさを感じるほど儂は柔ではない。
「そしてこれは杞憂ではないんだが、陛下が近頃何か悩まされているようで元気がない。何か心当たりはないか?」
「ああ、君主を辞めろと言うた」
「なッハァ!? お前何てことを!?」
「薄々勘づいとろう? 今の彼奴に君主たる器はない。寧ろあれで資格ありと宣うのならば貴様の目を疑うぞ」
はっきり言うてしまえば時期尚早と言わざるを得ん。誰がどう見ても役不足と印象を受けよう。
「……確かに真和様は未だ未熟。しかしあの方は人々を思いやり、手を差し伸べることが出来るお方だ! 時間さえあれば立派な君主として――」
「その時間が無いと言うておる」
「……ッ!」
「儂とて彼奴の才は認めておる。時間があるのならば君主を辞めろなどと酷なことも言わん。しかし今は戦時中。あのような未熟な君主を立てておると兵の士気にも影響が出かねん」
言わずとも理解しておろうが、認めたくなかった事実を口にされると思うこともあろう。しかし頭の固い此奴のこと。どうすればいいか分からなくなるのが関の山。
「過ぎたる保護は成長を妨げる。木偶よ、一度手を離してみたらどうじゃ? 存外自力で這い上がってくるものぞ」
「……離してみる、か。本当にお前は大人びた事を言うな」
「端から子供ではないと言うとろうが」
「ハハハ、そうだったな」
私室の中からは陛下の気配。咳払いを一つ。
「どうぞ」
間髪を容れず声がかけられる。どうやら時間に余裕はありそうだ。
「失礼します」
「長家さん? どうされたんですか?」
「少々お話が……」
いかん、神妙な面持ちで陛下を緊張させてしまった。
陛下は何かとすぐ思い悩むお方。適度な緊張は必要だが、超過すると帰って逆効果だ。
「お話というのは?」
「……陛下はこの頃何やら思いつめたご様子。気になったもので勝手ながら信長を問い詰めました」
「そう……ですか……。聞いたんですか……」
こういう時は信長や頼近の饒舌が羨ましくなる。あいつらならば適度な言い回しをするのだろうが、如何せん私は不器用。
ならば下手に伝えるより、不器用なりに伝える方が吉か。
「……単刀直入に申し上げます。もし陛下が君主であることを辞めたいとおっしゃられるのならば、私は止めません」
「――え?」
「陛下はとても優しい御方。全ての民を思い、兵を慈しむ。それは君主として大切なことです。しかし陛下は優しすぎる」
「……いけませんか? 優しいことは。いけませんか? 憂いては」
「まさか。しかしこのまま君主を続けて知ればいつしか陛下の心が壊れてしまう。私はそれが……不安で! 気がかりで仕方がないッ! 陛下には陛下のままでいて欲しい!! 今の優しい陛下のままでッ!!!!」
気づけば頬を涙が伝っていた。いかん、熱が入りすぎてしまったな。ここまで追い込むつもりなど毛頭なかったのだが。
「今一度他の理由など一切考えず、自身がどうされたいかのみでご判断下さい。それがどのような選択であれ、私は最後まで部下として勤め上げてみせます」




