開戦
前方の地平線には砂煙を巻き上げる西洋甲冑に身を包んだ騎士。背後には鎧武者。多量の敵軍と対する緊張感。対する味方の熱気。この空気は何度触れても気持ちの良いものじゃ。
地平線にて砂煙を上げながら徐々に兵が姿を大きくさせる。その中央、将棋で言えば王、チェスでも同じ意味のキングと呼ばれる駒の位置に立っている者。そこには豪華な装飾を施した女が馬に跨がりこちらを睨みつけておる。
「おい、木偶。あの総大将を知っておるか?」
「あれは……!」
「長家さんご存知なのですか?」
「……誰だ!?」
「知らないのですか!?」
……やはり、か。思うた通りじゃ。この状況、確かに打って付けといえよう。
「あの女が何だというのだ?」
「あの装飾。そして木偶が顔を知らん。となれば導かれる答えは一つ。初陣じゃ」
いくら弱っておるというても、初陣にて一つの国を滅ぼしたとなれば箔がつく。さらに相手は死にかけの国。これ以上にない条件じゃ。
「…………カハハ、カハハハハハ! カハハハハハハハハハハハ!!」
「……信長さん?」
「この! 儂に! 初陣のおなごをぶつけよるか! カハハハハ! カハハハハハハハハハ! いい度胸ぞ! さすればその体! 四肢を引き千切り! 生皮を剥いで送り返してやろうぞ!! カッハハハハハハハハハ!!」
儂を舐め腐るとはいい度胸じゃ。相手は儂の事を知らん故当然といえば当然じゃが。この信長、下に見られる事が一番癪に障る。
「だ、大丈夫ですか?」
ああ、少し我を忘れてしもうたか。最近は儂の名を聞くだけで警戒されるものじゃから、高揚してしもうた。
「さて、将棋とチェスで戦うはよいが、盤はどこにある?」
このまま両軍のにらみ合いも風情があるが、戦としては少々つまらぬ。そろそろ血で血を争う闘争をしたいところじゃが。
「すぐ分かる」
突如空に直接描いたような四角い枠が一つ。その枠が一つが二つに、二つが四つに、倍々に増え、出来上がるは九×九の総計八十一からなるマス目。そのマスが地に落ち、線が刻まれ、光の壁を作り出す。
「素晴らしきかなこの情景……!」
「配置する範囲内は自由に出入りできるが、四マス目より向こうには行けない。行こうとしてもあの光の壁に阻まれる」
よく見ると手前三マスは光の壁の背が低い。つまりはあの低い所は移動ができるということか。そして恐らくそれは戦中も同じ。
「手番はどうなる? 全ての駒を同時に動かせるのか?」
「移動できるのは一つの部隊だけで、その部隊が移動している間は光の壁が行く手を阻む。次の手が指せるのは移動した部隊の人間全員が同じ升目に入るか、交戦するかだ」
なるほど、そうやって擬似的に手番を再現しておるわけか。
盤上遊戯は基本先手が有利。どの道スピード勝負じゃな。
「では布陣を済ますか。木偶、貴様はいつもはどの駒じゃ?」
「私は飛車だ」
「では此度は角にせよ。飛車は儂じゃ」
「しかし――」
「安心せよ。しかと手柄は取らせてやる」
「あっ、おい! 待て!」
「ああ、そうじゃった。一つ重要な事を聞き忘れた。もし反則すればどうなる?」
「…………このマスから出られなくなる。全員、死ぬまでな」
「知っているということは過去にした奴が居るということか」
意図的にしたか、不注意で打ち歩詰めでもしたか。
チェスは縦横ともに将棋よりも少ない。どう布陣するかと思えば左に寄せ、攻めの要である飛車から遠ざけたか。
ルーク、ビショップがおる分、駒の性能では向こうが圧倒的。そう安々とは攻めさせてはくれまい。
対してこちらは負け続けのせいで士気の高くない兵。そして指揮するはぽっと出の儂。さて、どうこの溝を埋めるか。
互いに布陣が済み、取り囲む壁の背が低くなる。これが開始の合図か。しかし相手は動かん。ということは相手は様子見、即ち後手に周ることを選んだということか。
駒の数に劣り、序盤の配置取りが重要と言われるチェスで、後手に回るか。
「丁度良い」
久しぶりじゃのう。わずか数日程度しか空いておらんはずじゃが、随分と昔に思える。やはり平和は性に合わんな。
「兵ども! 聞けぃ!」
だらけていた兵が一遍に背筋を伸ばし直立しよる。よいぞ、これは誠によい。
「儂が織田上総介信長である! 負けに負けた日々! こんな若輩者が仕切る戦! 此度も負けると思うておることじゃろう! 宣言する! 勝つのは儂等じゃ!」
敵味方全ての兵の視線が儂に集う。まこと気持ち良きことよ。
「主らが今まで勝てなかったのは将棋を理解しておらぬからじゃ! じゃが此度は儂がおる! そして! 日々努力を重ねた古強者共よ! 主らの実力は攻め来る奴らに負けるものなのか! 否! 主らの士気は攻め来る奴らに劣るものなのか! 否! ならば何を恐れるか! 士気良し! 練度良し! 戦略良し! 負ける要素無し! 恐れるな! 戦え! さすればこの戦! 儂が勝利へと導かん! 死するは誉れと思え! 逃げるは恥と知れ! 貴様らが踏みしめる一歩が! 勝利への一歩と心得よ! 9七歩! 前ッ進ッ!!」




