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タルパと天使と守護霊と

前に戻します。


 肺から押し出された空気は悩みを絡めて、室内を淀ませる。ガブリエルと守護霊はお互い顔を突き合わせて、今後の事について、思案を重ねていた。


 前の職場を解雇されてから、地淵は働くのをやめて、ネットの巨大掲示板群に入り浸っていた。そこも楽園ではなく、他人の神経を逆なでするような発言の多い地淵は、ネットリンチに遭い、傷つく日々が続いていた。前にも書いたが、彼は非モテ故、世をすねた見方をするようになっていた。「イケメンじゃないから」「どうせイケメンが」というのが当時の彼の口癖だった。


 そんな地淵にも彼女がいた。といっても脳内だけなのだが。『二浪生寂しさから、架空の友人を作る』に出てきた藤堂まゆみである。


「おそくなりました。藤堂まゆみです」

年のころは17,8ぐらいだろうか、栗色の髪の毛でおかっぱ頭、昭和を思わせる女性だった。


「これはまゆみ殿、地淵のお守りご苦労であった」守護霊に続きガブリエルも頭を下げる。

「最近ではあたしのことタルパっていうみたいね」とおどけた自己紹介をすると、軽く笑う。目が三日月になり、白い歯がこぼれた。


「どうして彼はこんな怠け者なんですか」ガブリエルが、身を乗り出して、まゆみに尋ねる。絹の擦れる音が、室内に軽く響く。


「育生はね。DTPデザイナーをやってみたかったみたい。ただそれほどじゃなくて、仕事がないから仕方なくなんだけどね。でも父親から『介護士にならんと家から追い出す』って言われて泣く泣く介護学校に通ったんだけど、やっぱり合わなかったみたいね」女性特有の、高めの声で話す。声質は、地淵の好みに合わせて調整されているのだろう。


「向き不向きはあるけど、注意欠陥で介護はきついだろう」とガブリエルは付け加えた。

「初めての職場は失敗続きで、ある時、育生は部屋を間違えたのね。自分の失敗が恥ずかしかった育生は、入所者さんに『今のは秘密だよ』と言ったんだって、それを入所者さんが上司に告げて、育生は一番偉い人に訓告を受けたのかな。でも鈍い育生は最後まで、自分が何で怒られてるかわからなかったみたい」まゆみは一気にまくしたてるとお茶を飲んで一息ついた。


(これが発達障害者特有の常識のズレか)ガブリエルは思った。普通の人間なら入所者にそんなことを言えばどうなるかがわかるはず、だからそのようなことは絶対に言わない。


「これは思ったより重度かもしれない」ガブリエルは、額に青筋を浮かべ、次の言葉を待った。


「結局、そこの職場は首になったの。以来どこを受けても落ちるようになって、仕方なく古巣のスーパー業界へパートで行ったのね。でも、彼は早起きが出来なくて、車の運転も苦手だったから電車で通うことになって、出勤時間が遅くなり、立つ瀬がなかったみたい。丁度その頃レーザー光線を利用した値引き機械が導入されたんだけど、ADDを持つ彼は、その機械を子供の目に当てて失明させるのではと恐れていた」


「ADDならやりかねないが、なんでそんなに心配性なんだ」ガブリエルは疑問に思った。発達障害者は懲りないくせに、失敗しそうな状況になっても、対策をしようとはしない。たとえば前の日に仕事の準備をせずに夜更かしをしてしまうとかよく聞く。発達障害である彼が心配性だとは思えなかったからだ。


「彼は昔から心配ばかりしていたわ。少年時代に読んだ本の影響で、ピラニアに食べられる心配。狂犬病になる心配。破傷風になる心配。けっして実現することはなかったけどね」そこで、まゆみは天井を見上げて伸びをした。


「スーパーでは毎日怒られていて、障害をカミングアウトしても取り合ってもらえなかった。早すぎたし、彼のキャラクターから『何甘えてるんだ?』と思われていたみたい。彼は職場に失望して、働くのもやめてしまった。ちょうどリタリンの成人発達障害者への投薬が止められた時期になるわね」言い終えると、まゆみはテーブルに突っ伏した。


 ガブリエルは彼女を少し休ませることにした。ガブリエルは、地淵の半生を聞いたが、特に気になることはなかったようだ。


「確かに発達特有の不運さはあるが、それは誰にでもあるんじゃないのか」

「ところが、地淵は特に不運な所が目立つようです」

守護霊が言うには、地淵は心が弱くて、叱られるとすぐに委縮をしてしまうのだが、彼の周囲には必ず、彼を怒鳴りつける人物が配置される。それは、両親だったり、教師だったり、同級生だったり上司だったりするのだ。


「単に地淵がオドオドしてるせいで、他人の攻撃性を誘発するだけかもしれない」ガブリエルは冷静に状況を分析していた。


 


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