地淵まだ起動せず
北海道の冬は早い。先延ばし癖のある私を追い立てるように、意地悪な天気は冬の襲来を早めていった。
だが、私は動けなかった。気分がどうにもすぐれないのだ。本業の方も手付かずになり、車にも乗れない日々が続いた。身体の奥底のエンジンが錆びついていて、スターターが書けられない状態なのだ。
ガブリエルは不思議がるだろうなと、私は思った。ネットはできるのだが肝心の仕事が出来ない。介護もやる気が起きない。まるで選択制うつだなと寂しく笑う。本当のうつの人には悪いと思いながら。
やることは山積みであるが、とにかく体が動かない。筋トレは何日もしていない。毎日同じ服を着ている等、どうしようもない状況だった。
私は嘘でもいいから希望を持たせることにした。そうでもしなきゃやりきれなかった。ひとつ困ったことがある。自分についた嘘はいずれバレる。その時、苦痛が何倍にもなって襲ってくるだろうことは予測できた。
しかし、それをしなければならない程、追い詰められていた。このまま機能停止で、にっちもさっちも上手くいかなくなるのがいいか、その場しのぎの嘘を自分について、やるべきことをこなすのがいいのか。二つにひとつである。しかも、上手い嘘をつかなければならない。自分を完全に騙せる嘘を。
タロットカードをめくる元気もない私は、ネットのタロット占いをポチってみた。スリーカードでの占断。未来はワンドの3で、希望だけは持てる配置だ。これに賭けるしかないと直感で思った。台風が襲来した泥だらけの畑の中から無傷の収穫物を掴んだ気分になり、気持ちを奮い立たせようとした。その結果が偶然でしかないことは知っている。一度に複数回占うと当たらないことも承知していた。
明智光秀が本能寺を襲撃する前に、吉が出るまで何度もおみくじを引いたという。私の行為はそれに似ていた。まるで謀反を起こす武将のような窮地に立たされている自分を見比べて、苦笑した。自分の人生や行為が今に集中しているような錯覚に陥った。今置かれている状況を知るだけのために生かされてきた。そんな気がする。私の生は、現在の時間がよどみ、後戻りもできない停滞した時間を知るためだけに、温存されていた。そこに全ての解があり、私の人生の船は、この船着き場まで運んできたのだろう。それを知るために。
ニガウリを奥歯で噛みしめ、人生を凝縮したような汁が口中にほとばしった。一人一人が当たり前に味わっている、苦悩や辛酸を嫌々ながら噛みしめて吐き出す。それは自分が用意したものだから。自分の人生がこの日のために、準備をしたものだから。