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樋影

樋影ガイズ

作者: ハルキ

先についったであげた男子どもの公式デビュー。

「なぁカオル〜。ノート見せてくれよ〜」

 午後の授業まで残り1限と差し迫った折、恐らくはその時間を寝て不意にしているだろう並木(なみき) (まもる)は、あろうことかそんな未来を否定するかの如く、恐れ多くも僕に世界史の板書を寄越すよう言いに来た。

 名前が似ているから一つ後ろの席からの申し込みだったのだが、世界史は言うまでもなく、さっきまでの授業までも真面目に取り組んでいる僕としては、この不貞を看過することが到底できない。

 ハッキリ言ってウザい。

「苗字で呼んでくれ。いい加減ノートくらい自分で取ったらどうだ?」

「難しいところだな。お昼食ってドッジボールしてすぐにデスクワークですわ。眠くならない方がおかしい」

「ドッジボールって?高校生ってまだドッジボールするの?」

「細かいことはいいんだ。一応俺は助っ人参加だからな。明日の食券を賭けて行われるドッジボール大会に、買っても負けても分け前くれるってんで仕方なく手伝ってあげてるだけなんだ」

 細かいところを掘り下げてくるスタンスだな。

 まぁいい、まだ休憩時間も少しあるから付き合おう。

「運動神経がいいのもメリットはあるが、考えものだな」

「困ったもんだよ」

「眠くならない努力はしないのか?」

「してるよ。眠気は身体が温まると落ちやすいから、身体冷やすために冷えピタ3箱は常備したぜ」

「かなり持ってくるな…………?効果なしか」

「昨日気づいて買ってきたとこだからまだ試したことないっ!」

「おとといきやがれ」

「急に酷っ?!」

 これだ。

 アホなりに手練手管を駆使して最善策を講じるやつなんだが…………結局、後先見ずに突っ込んでいく性分がいずれ、その最善を最悪に変えてしまうらしい。

 一体どんな物質を掛け合わせるとそんな化学反応が起こるもんなんだろう。

 理解し難い…………。

「冷えピタって買ったことないけど、一応薬品だし、高いんじゃないのか?」

「チッチッチ。12枚入り340円だ」

「安いなっ。それなら3箱余裕じゃないか」

 こいつ小遣いないって言うのが口癖なのに。

 案外よく見て会計しているのかもしれない。

「ああ。現代科学はすげぇぜ。最早錬金術を超えてる」

「そこまで手放しで褒めるほどか。いやでも、確かに目覚ましいものがあるな」

「よく考えるとすげぇよな〜。『しもしも?』の時代から2、30年でスマホですわ。タッチフリックパリンの時代ですわ」

 最後画面割ってんじゃねーか。

 しかし科学の発展は素晴らしいものだ。

 今や無人運転、仮想空間の実現と拡大、近い将来に至っては惑星間の旅行さえ日常になると言わしめる。

 早く僕も、その進化、革新を促す者達の一員になりたいよ。

「並木」

「なんだカオルくん?」

「最近お前のスマホ見ないんだけど」

「…………入院中でさ」

 名前で呼ぶなと言ってるのに。

 軟派な見た目に反して頑固なところがある。

「英語の板書パシャりしようと思ったらさ…………マナミちゃんがガシって…………グシャって…………」

 あの人意外に力強いよな。

 英語はレベルによってクラスを分けられているから、並木は鍬瀬(くわせ)先生の授業を受けてたのか。

 ベテラン先生の中では一番の若手のはずなのに、考えが古くて乱雑な性格だ。

「その上、三十路目前にもなって独身だしなっ。でも可愛いから俺がもらっちゃおうかなっ!」


 ————っ。


「席座れ〜ぃチャイム鳴るぞ〜ぃ」

 哀れな並木。

 言葉と背後と時間割には気をつけるべきだな。

 危うく僕にも出席簿の角が落ちてくるところだったが…………。

 この先生、なんでここまでして学園の残れてるんだろう…………?

 学園長の懐が深い。

「並木、ノートここ置いとくぞ。昼休みに返してくれ」

 出席簿はどこかのツボに放たれたのか、並木はピクリとも反応しなくなっていた。

 彼女の指導は今後必ず死人が出るだろう。

 出来るだけ、その災いが僕に降りかかって来ませんように…………。

 やがてチャイムが鳴ると、いつか鍬瀬先生に調教された並木が自動運転をし始めたのを見届けて、僕も自分のクラスへ急ぎ足で向かうことにした。

 無事でな、並木。


 ***


 で、だ。

 ノートは完璧。

 こいつ…………ちゃんとここまで出来るくらいに出来はいいはずなんだが。

 時刻は昼食を終え、僕も食堂からホームルームまで戻ってきた折、並木は汗をかいた満足気な面持ちで僕にノートを返してくれたはいいが。


「…………結局寝るんかい」


 結局ドッジボールして来たんかい。

 ドッジボールのために英語の時間でノート写してたんかい。

 それを自分の板書と勘違いした鍬瀬先生に褒められたって?

 知らんわい。

 達成感からか、ムカつくくらいとても良い寝顔を浮かべる並木の頭蓋に、四方山(よもやま)先生の念仏のような授業が開始される3秒前。

「悪く思うな」

 僕は、返してもらったばかりのノートで渾身の角をその顳顬(こめかみ)に捧げた。

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