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元奴隷の英雄譚  作者: 君影
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緊急依頼

すみません。また短くなってしまいました。

 ヴァルナ帝国に着く頃には、辺りは夕日色に染まっていた。もう少しで日が暮れるだろう。俺達はまずはギルドへと向かった。依頼完了の報告をするためだ。夕食時が近いためか、飲食店からはいい匂いが漂い、食品店は賑わっている。その光景を眺めながら、俺は今日の夕食は何だろうかと思いを巡らせる。


 そうしているうちにギルドについた。まずは一階で報酬を受け取る。村長に貰った依頼達成の印と引き換えだ。


「はい、依頼は『ゴブリンの討伐』ですね。こちらが報酬になります」


 受付のお姉さんに印を渡し、報酬を貰う。そして、あの異様なゴブリンについても伝えなければならない。


「あの、一匹だけでかいゴブリンがいて、逃げられてしまいました。ゴブリンと戦うのは初めてなんですが、あれが亜種というものでしょうか」


 すると、お姉さんは少し驚いた顔をした。


「初めてなのに一日で達成ですか。優秀なんですね。あ、ゴブリンの亜種でしたね。もう少し詳しく教えてもらえますか」


 後から知った話だが、ゴブリンは数が多いため何日かに分けて少しずつ削っていく方法がセオリーらしい。それによって取りこぼしも最小限に抑えることが出来るらしい。改めて俺は無謀なことをしたんだなと痛感する。


 いや、今はそれよりも亜種についてだ。俺は肌の色、大きさなどの他との具体的な違いについて説明した。


「…………って感じですかね。それと、他のゴブリンを統率していてリーダーみたいな感じでした。あれは普通なんですか?」


 すると、今までふむふむと聞いていたお姉さんの顔が急に強張る。


「いえ、普通そんなことはありません。……そうですか、逃がしてしまいましたか。不味いですね」


 薄々気付いてはいたが、やはり不味かったようだ。しかも、お姉さんの表情を見るに結構やばい感じがする。


「あ、いえ、大丈夫ですよ。ミュールさん達のランクなら仕方ないです。逆に戦わなくて良かったですよ」


 俺の様子から察したのか問題ないと言ってくれているが、亜種というのは基本、通常種と同じ難易度に分類されているはずだ。ゴブリンもその中に含まれるはず。


「しかし、亜種を逃したのは俺達の責任ですし……」


「違うんです。そのゴブリンは亜種ではないんです」


「えっ?」


 ずっと亜種だと思っていたのに驚きだ。信じられないが、あれも実は通常種なのだろうか。それなら尚更俺達の責任だし。いや、それ以前に何が問題なのだろうか。


 お姉さんは恐る恐るという様子で続ける。


「そのゴブリンは亜種ではなく、恐らく上位種です。ホブゴブリンと呼ばれる魔物です」


「ホブゴブリン……」


 初めて聞く魔物だ。だが、相当やばいようで、今お姉さんが書いている資料には『緊急依頼』という文字が見える。


 緊急依頼。これはギルドがある街や国が危機に陥った時に出され、そのギルドにいる殆どの冒険者が集められ半強制的に受けさせられるものだ。ギルドがある街や国の兵が動く事もあると聞く。ちなみにこの依頼の報酬はギルドから出るらしい。


 しかし、ホブゴブリンは確かに強そうだったが、あれ一匹にそこまでする必要はない気がする。ユノなら倒せるのではないだろうか。


 そういう思いを込めて、俺はお姉さんに聞いてみるとこにした。


「依頼は達成しましたし、そこまでやばい魔物ではなかった気もするんですが」


 すると、お姉さんは手を止めて顔を上げた。初めは信じられないという顔だったが、すぐに真剣な顔に戻る。俺が冒険者になりたてだということに思い至ったのだろう。焦っているにも関わらず、丁寧に教えてくれた。


「ゴブリンは魔物の中で最底辺に位置していて、普通の動物にすら食べられることがあります。しかし、ホブゴブリンが現れるとゴブリンの地位はその森の頂点にまで上がります。時には他の魔物を従えることもあるそうです。ミュールさん達は何匹のゴブリンを倒しましたか?」


「えっと、三百くらいだったと思います」


「普通のゴブリン討伐ならそのくらいの数で十分です。ですが、ホブゴブリンが率いるゴブリンの数は万単位です。ホブゴブリンとの戦いは戦争なんです」


 俺は絶句する。万単位のゴブリンなど想像すらできない。俺の常識を超えすぎていて、思考が停止している。なんとか脳を再活動させる。


「……俺達が戦ったのは一体なんなんですか。それにあの村は……」


「様子見というものでしょうか。ミュールさん達だけで倒せたのなら弱い個体しかいなかったのでしょう。ホブゴブリンが統率し始めるとそれぞれのゴブリンの能力も格段に上がります。いつ本隊が出てきてもおかしくはありません。その場合、最も近い村は一溜りも無いでしょう。ゴブリン関係は後手に回りやすいですが、ミュールさん達の報告が早かったおかげで準備が出来ます。様子見とぶつかったのも運が良かったですね」


 もう何が何だか分からない。運が良かった。実際そうなのだろう。丁度、弱いゴブリンしか連れておらず、ユノしか戦ってないが勝てたし、ホブゴブリンは去り、援軍もなかった。村で宴に参加していたらギルドへの報告が遅れていたし、最悪、本隊の攻撃を受けていたかもしれない。準備が出来るということはギルドはあの村を見捨てたのだろう。もう間に合わないということだ。危なかった。


 本当に俺は運が良い。本当に良かった……、良いわけあるか! なんだそれ。なんで何もしてない俺が助かってるんだ。村の人達だって戦っていたのに。まだ、間に合うかもしれないだろ。ギルドはなんで諦めてるんだ。助けろよ。


 俺が行っても無駄だから人任せにする。でも、実際そうだろ? こんな弱い俺が一人行ったところで何になる。ギルドに伝えただけで大役じゃないか。すでに十分な仕事をしているし、俺に責任は無い。それでいいんだ。


 頭の中でこんな言い訳をずっとしている。半端に関わってしまったから、あの村長にもあの村にも情が移ってしまったのか。何も知らなければ、他人事で済んだのに。こんなに悩むのなら、宴に参加して一緒に死ねば良かったのに。


 いや、嘘だ。死ぬのは怖い。納得がいかないと、理不尽だと思いながらも、心の何処かでは助かったことにほっとしている。最低だ。



 いろんなことが頭の中を巡り、もう思考はぐちゃぐちゃだ。自分でも何を考えているのかはっきりとは分からず、何が建前で、何が嘘で、何が本当なのかも分からない。


 俺は未だ受付の前で立ちすくんだままだ。いつの間にかお姉さんはどこかへ行っていたようで、奥からこちらに歩いてくる。俺はそれをぼんやりと見ていると、『緊急依頼』を前にかざし、大きな声で呼びかけはじめた。


 俺はその声を一番近くで聞いているはずなのに、どこか遠くから聞こえているように感じていた。

読んでいただきありがとうございます。

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