初めての気持ち
今回は短いです。
買い物の件は、結論から言うと怒られなかった。
武器や防具は冒険者にとってとても大切なものであり、生死を分ける要素の一つでもあるのでできる限り高価で質の高いものを選ぶと思っていたらしい。だから、お金はあまり残らないだろうと。
俺は主の懐の深さに感動し、同時に俺の武器と二人の防具が貧相なのは言わないでおこうと心に決めた。
「さぁ、明日のためにたくさん食べて。これからの活躍に期待しているわ」
ロザリアの号令で食事が始まる。今日は初めて一緒に食べるし、いつに無く豪華な食事だ。見たことのない食べ物がたくさんある。なんだあの透き通ったスープ!いや、それよりも目の前にある分厚い肉の方が……ごくり。早く食べたい。ユノはこういう食べ物よりも血の方が好きだから大丈夫だが、昼飯を食べていない俺は限界に近い。だが……。
「あら、食べないの?あまり好きではなかったかしら」
ロザリアはこちらを心配そうに見ている。その手にフォークとナイフを持っているが、まだ食べ始めてはいない。つまり、
「いえ、私が主よりも先に頂くわけにはいきませんので」
「あっ。そうだったの。…………気にしなくてもいいのに」
もしやと思ったが、やはりロザリアは知らなかったようだ。本当に奴隷の扱いが慣れていない。辺境では身分の差はあまり無かったのだろうか。
ロザリアが食べ始めたので、俺もいただく。
すごく美味しい。確実に生きてきた中で最高だ。いくらでも食べられる気さえする。だが、それよりも気になるのが今の状況だ。
執事のジースはロザリアの後ろに控え、俺たちはロザリアの左側の席に並んで座っている。主と同じ食卓で食べるなんて考えられない事だ。奴隷は床か別室で食べるのが普通。現に今までは別々に食べていたのに、これでは執事よりも立場が上のような感じだ。ロザリアにとって俺たちはこき使える客くらいの認識なのだろうか。
今まで居心地がよかったので敢えて指摘しなかったが、ここまでくると何か悪いことをしているような気がしてくる。
「あの、主。このような待遇は大変嬉しいのですが、奴隷には行きすぎかと……」
俺は思っていたことを遂に言ったのだ。
しかし、ロザリアの反応は思っていたものとは違った。
「やはり、そうなのね。もう気がついていると思うけれど、私は奴隷についてほとんど知らないわ。だから、使用人のような扱いをして、ミュールが戸惑っているのは知っていたの。けれど、私はどうすればいいのか分からないし、ギースは何も言ってくれないし」
そう言いながら、ロザリアは拗ねたように後ろのギースをにらむ。その後、こちらに体を向け、俺を見てきた。今は真剣な表情だ。
「だから、お互いの接し方をここではっきりと決めておくわ」
「それは、私が主に奴隷の扱い方を教えるのではダメなのですか?」
「そうよ。私には、ここにいる三人しか仲間がいないから、あなた達を手放すことは出来ないわ。でも、私に協力すると誓ってくれるなら、奴隷から解放してもいいと思っているわ。私は奴隷ではなく仲間として接したい」
奴隷からの解放。奴隷になったものが一度は願い、諦めてきたもの。一度奴隷になれば、一生そのまま。奴隷とはそういうものだ。
俺も奴隷以外の生き方なんてとっくの昔に捨てて、今まで考えたこともなかった。俺はずっと奴隷なので、ロザリアの提案が全く想像できない。ある日、急に君は空を飛べるよと言われたような感じだろうか。それほど俺にとっては現実味がない。
けれど、大きなチャンスだ。この機会を逃せば、もう二度と最底辺から抜け出せないかもしれない。一生奴隷をするよりは、ここで奴隷人生を終え、ロザリアの目的を達成し、自由になり新しい生活を送る。これが最善で普通だろう。
だが、俺は違うことを考えていた。自由になるイメージができない、どうしていいか分からないなんて逃げの理由ではなく、奴隷のままでいるという選択をとろうと思った。
短い間だったが、ロザリアと過ごしてきて思ったのだ。この主の奴隷になら喜んでなれると。
ロザリアはもちろんいい人だが、それ以上に身分をほとんど気にしないという点に目を惹かれる。
この時代、国において身分の差を気にしないというのは異色なことだ。貴族は自らの地位に誇りを持ち、時には驕ることもあるだろう。平民や商人なら上の者を羨み妬み、財力によって更に差をつける。奴隷は自らの身分を恨み、自分たちをものとして扱う者達も恨む。それが普通である。
そんな中でロザリアは誰にでも等しく、親しみを持って接する。復讐のことも貴族としての地位を取り戻す為ではなく、ただ両親の仇をとりたいだけのようだ。俺たちを見下すことも無く、時には冗談を混じえて話しかけてくる。今までこんな人はいなかった。俺にとって、ここでの生活は衝撃の連続だったのだ。
だからこそ、俺ははっきりと答えを言うことが出来る。
「ありがたいお言葉ですが、私はこのままで十分でございます」
すると、ロザリアは少し驚いた様子だったが何か納得したように頷く。
「ミュールならそう言うと思っていたわ。なら、私の言うことには従って貰わないとね」
「はい、仰せのままに」
「とりあえず、その堅苦しい言葉遣いを直して欲しいわ」
「えっ、いえ、ですがそれは流石に主のご要望だとしても……」
「次は主って呼ぶのも禁止。私のことはロザリアと呼んで欲しいわ」
俺の言葉を遮り、無茶なお願いをしてくるロザリア。
「そんな、畏れ多いです。それは無理でございます」
俺が困り果てていると、ロザリアはにこっと微笑んだ。
「あら、奴隷さんは私のお願いを聞いてくれないのかしら」
これでは、もう俺が折れるしかない。
「かしこま…………分かりました。ロザリア様」
「よろしい。では、冷めてしまったけれど、食事を再開しましょうか」
ロザリアはとても機嫌が良さそうだ。
俺達は再び食べ始める。豪華な食事は冷めても美味しい。
静かだなと思って隣を見ると、ユノが寝てしまっていた。ロザリアとは反対方向なので全く気が付かなかった。呑気な奴め。
「あ、そうだ。ミュール。改めて、これからよろしくね」
「こ、こちらこそ。よろしくお願いします」
ロザリアの笑顔がとても眩しい。
もし、俺が奴隷では無かったらと思ってしまうが、考えても仕方の無いことだ。今は奴隷でなければずっとそばに居ることはできない。あの提案を受け入れていれば、ロザリアの復讐が完了した時点で別れることになるだろう。ロザリアなら必ず自由になって欲しいと、自分から遠ざけるはずだ。そんなのは嫌だ。
俺にとって、ロザリアは憧れの尊敬する人だ。俺からは眩しすぎて見えない所にいるが、せめて側で力になりたい。そう願ってしまう。こんな気持ちは初めてだ。
それに、胸の奥にあるこのモヤモヤは何なのだろう。俺は病気なのかもしれない。
読んでいただきありがとうございます。
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