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元奴隷の英雄譚  作者: 君影
2/22

奴隷の奴隷

 気がつくと、広い部屋の端で寝ていた。


「ここは......」


 体を起こして見渡すと、大きなベッドや豪華な机や椅子があるのが見える。なんだここ……。


 腹に包帯が巻いてあり、既に痛みもない。細かい切り傷なども治っている。どれくらい寝ていたか分からないが、この治り具合からすると治癒魔法だろう。やはり魔法はすごい。


 そして、隷属の首輪の効果が戻っている。新しい主が助けてくれたのだろうか。となると、ここはその主の家?


 状況が全く分からないが、ここから動いた方がいいのだろうか。いや、主の顔が分からないし、勝手に動いて不興をかうのも良くない。ここはじっと待つのが正解だろう。うん、そうに違いない。


 そのまま座って待つ。なんだか頭がぼーっとしてきた。これは血が足りない。大量に血が出てたからな。生きてるのが不思議なくらいだった。流石に治癒魔法でも血までは補充できないのか。また意識が遠くなって……。


 バンッ


「起きてる? ん? まだ寝ているの?」


 勢いよくドアが開き、二人の人物が入ってきた。

 一人目は金色の癖のない髪を腰まで伸ばした女性。歳は俺よりも少し上だろうか。容姿は非常に整っていて、可愛いというよりは綺麗という言葉が似合っている。堂々とした振る舞いと豪華なドレスも合わさって、お姫様のような印象だ。

二人目は短い黒髪をしっかりと固めた男性。おじさんと呼ぶには少し早いかもしれない。まっすぐに伸びた背筋は崩れることがなく、動作に微塵も無駄がない。黒色の燕尾服を着ており、執事のようだ。


 意識が遠のいていた中での突然の出来事に呆然としていたが、すぐに姿勢を正し金髪の女性に返事をする。おそらく新しい主だろう。機嫌を損ねないようにしないと何をされるかわからない。奴隷とはそういうものだ。


「いいえ。起きています。」


 俺の返事に女性は機嫌を良くしたようだ。


「それならいいわ。ジース」


「畏まりました」


 執事風の男性が名前を呼ばれ、皮袋を渡してきた。これはなんだろう?


「それには食事が入っているわ。食べて」


「ありがとうございます」


 中を見ると、パンや干し肉、皮製の水袋が入っている。遠慮なく頂こう。


 食事が終わると、現状や彼女らのことを教えてくれた。


 俺が気を失ったあと、丁度彼女らの馬車が通りかかり拾われたらしい。で、ここは彼女の家なのだそうだ。

 彼女の名前は、ロザリア・フォークス。ヴァルナ帝国の貴族のお嬢様らしい。かなりの魔法の使い手で、得意分野は治癒魔法が含まれる聖属性。つまり、彼女が俺を治してくれたらしい。ありがたい事だが、面白そうだったから助けたと言われると、なんか微妙な気分だ。

 想像通り、彼女が新しい主で間違いないようだ。前の主は死んだらしい。え?


「死んだのですか? 何があったのですか?」


「魔物に襲われてたわ。馬車はバラバラだったし、死体は食い荒らされてた」


 魔物に襲われたと聞いて少し驚いた。あのタイミングで魔物? 近くに魔物はいなかったはず。そもそも馬車は引き返したのに。


「あの爪痕はジーラスクでしょう。馬車が襲われたから戦ったのではないの?」


 ジーラスクは俺が倒したはずだ。二体目? ジーラスクは群れないはずじゃあ……。


「そんなことよりも。あなた、名前は?」


「私に名前はありません。強いて言うならば、十二番でしょうか」


 逃がしたはずの馬車が襲われていたことについて考えていると、ロザリアが話しかけてきた。


「番号で呼ばれていたのね。なら、私が名前をつけてあげましょう。んー、そうね。ミュールとかどうかしら」


「ありがたき幸せ。受け取らせていただきます。何か由来などあるのでしょうか」


「いえ、適当よ」


 ロザリアはにこっと微笑み、答える。


 適当って……。まぁ、奴隷相手だとそんなもんか。


「あ、そうだわ! ミュールの他にも生き残りがいるわよ。ついてきて」


 そう言って部屋を出ていくので、俺は後に続く。廊下も豪華な造りになっており、綺麗な置物やなんだかよく分からない絵画などが所々にある。俺はその中を、新しい主が軽いがいい人そうで良かったと安心しながら歩いていた。


 しばらく歩くと、大きな扉の前で止まった。目的の部屋に着いたようだ。今回は執事のジースが扉を開ける。

 そこは先程いた部屋よりも広い部屋だった。倉庫のような部屋だ。部屋の中央に奇妙なものがある。檻だ。切り傷でボロボロになった檻が置いてあり、その中にはうずくまる小さな……。


 これってあの時のいい商品じゃあ。ってか檻、

硬いな! なんでジーラスクの攻撃受けて、壊れてないんだよ。


「ミュール、さっそく中に入ってきて」


「畏まりました。あの、理由をお聞きしても?」


 なんかよくわかんところで使われると思ったら。


「だって、檻に入ってるなんて危ないに決まってるわ。ここは奴隷の出番でしょう?」


 ロザリアはにこにこしながら答えてきた。

 確かに間違ってはいないけども。


 執事から鍵を渡され、檻に近づく。鍵は檻の近くに落ちていたのを拾ったらしい。


 そばによっても、中の人? は動かない。

 鍵を鍵穴に差し込み回そうとしたところで、後ろを振り返る。いつの間にか二人共、すごい遠くまで離れていた。なんかめっちゃ不安になってきたぞ。


 鍵を開け、慎重に扉を開ける。開けきっても、反応がない。生きてるのか?

 ゆっくりと近づいていく。手を伸ばせば届く距離まできたというのにまだ反応はない。俺はフードに手をかけて中を確認しようとして......。


「うわっ!」


 突然、そのローブは俺に飛びかかってきた。驚いたのもあったが、小さな体からは想像出来ないほど強い力で押し倒されてしまう。その拍子にフードが脱げ、正体があらわになった。


 まず、目に入るのは透き通るような銀髪だ。手入れをされていないため、ボサボサで傷んではいるが、それでもなお美しい。それが床につくほどに長い。肌は銀髪に並ぶほど白く、まるで高価な陶器のようだ。

 それらとは異なる輝きを放っているのが目だ。紅色に光る目は真っ直ぐにこちらを見据え、飢えた獣のようだ。

 容姿は少しあどけなさは残るが、作り物のように整っていて、同じ人間とは思えない。


 そんな少女、は俺の上に乗っかったまま、顔を近づけてきて、口を大きくあけた。そこには牙のようなものが一対生えていて……。


 俺は咄嗟に両手で少女の顔をはさみ、押し止める。


「助けてくれ! なんだこれ! 噛まれる!」


 いつの間にか近寄ってきた二人は興味深そうに見ている。


「これは珍しいですな。ヴァンパイアの子供。しかも、ハーフですか。純血ではないとはいえ、まさかこんなところでお目にかかれるとは」


「そうですわね。でも、亜人の世話は大変だと聞きますわ。これを私の奴隷とするのはちょっと。そうですわ!ミュール、あなたの奴隷にしなさい。そうすれば、世話の義務はミュールがもつ上に私のモノになりますわ」


 いや、そんなこと言ってないで助けてよ。先に俺、死んじゃうんだけど。

 確か、主になるには首輪の銀色の部分に血を垂らせばいいんだったか。でも、この体勢だときついな。ってか力強すぎだろ。止めるので精一杯なんだけど。しかも、あの尖った歯が恐すぎる。

 いや、待てよ。あの歯を掠めて血を出せば何とかなるんじゃないか。あの二人は助けてくれないし、賭けに出るしかないか。よし!


 手を離し、迫りくる口を体を捻り避ける。そのすれ違いざまに親指の腹を尖った歯に掠めて傷をつける。チクッと痛みがはしり、血が滲み出てきた。首輪の銀色の部分は首の後ろ側にある。そのまま、うつ伏せに倒れた少女を押さえつけ、血がでた親指を首輪に押し付ける。


 ぎりぎりだったが上手くいったな。これでもう大丈夫なはずだ。主には危害を加えれない。


 力を緩めても、少女は襲ってこない。大丈夫みたいだ。


「今の動きはなかなか良かったわ。流石、私の奴隷ね」


 なんか勝手なことを言っているが、機嫌がいいみたいなので放っておこう。後はこいつをどうするかだが……。

 とりあえず、体を持って起き上がらせる。痩せているみたいでとても軽い。

 改めて正面から見ると、本当に人間離れした美しさだ。ヴァンパイア、亜人ってのはみんなこんなのなんだろうか。


 そう、亜人。俺は実際に見たことは無かったが、よく物語や噂で聞いていた。

 人間に似た姿でありながら、人とは異なる特徴を持つもの達のことを亜人と呼んでいる。

 獣の特徴や能力を身体に持った、ビースト。

 龍のような特徴や能力を身体に持つ、ドラゴニル。

 森と共に生き、長寿である、エルフ。

 そして、闇に生き、血を吸う、ヴァンパイア。

 俺が知っているのはこの程度だ。


 それらは人間と比べ圧倒的に少数である。しかも、見た目はもちろん、生活習慣も違うことが多いので、差別を受けることが多い。共存出来ている国もあるらしいが、俺がいた国や行ったことのある国では、全く見たことが無い。それ故に奴隷としての価値はとんでもなく高いと聞いたことがある。


 こいつは血を吸うヴァンパイア。そのハーフですか。ってことは、俺はこの子に血を与えなければならないってことか!

とりあえず、まだ血が出ている親指を差し出してみる。凝視してるからな……。


 はむっ


 飛びついてきた!そして、口の中でぺろぺろ舐めてくる。なんかこそばゆいな。


 けど、めっちゃ可愛いじゃないか。なんだこいつ。まるで犬か猫みたいだ。

 俺は小動物が結構好きだ。エサをやると懐いてきて、癒される。娯楽がない生活の中で、唯一和む時間だったと言っても過言ではないだろう。うん、こいつはいいな。


 そうやって癒されていて、ふと気づくことがあった。

 あれ?なんか血が出過ぎじゃないか?

 小さな傷でもう止まるだろうと思っていたのに全く止まる様子がない。むしろ、出血の量が増えている気がする。


「可愛がっているのはいいですが、ヴァンパイアの唾液には血が固まるのを防ぐ効果がありますので、無くなるまで吸われますぞ」


 執事がさらりとそんなことを言う。


 こわ!やっぱり、ヴァンパイア怖いわ!


 俺は急いで指を引き抜く。治りかけだったのに、傷口が元に戻ってる。とても名残惜しそうに見てくるが、強固な意志で拒む。


 俺だって治りたてで、血が足りないんだ。これ以上無くなるとほんとに死んじゃうから。

 でも、こころなしか元気になったように見える。それはいい事だ。


「名前は?」


 俺は少女に尋ねてみるが、首を横に振っている。まぁ、そうだろうとは思ったけど。


 ロザリアの方を見て確認をとると、好きにしていいということだったので、少し考える。


 んー、名前とか急に思いつかないな。

 俺はその時、一度だけ野良猫に名前をつけたことを思い出していた。あの野良猫は特別よく懐いて毎日俺のところに寄ってきたんだったか。そう言えば、あいつも白い毛に赤い目だったな。


「じゃあ、ユノで、いいかな」


 俺がそう言うと、少女は気に入ったのか目を細めるのだった。

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