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元奴隷の英雄譚  作者: 君影
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強敵との遭遇

はじめまして、よろしくお願いします。

 俺は奴隷だ。名前はない。強いて言うなら12番、それが呼び名だ。犯罪者とかではなく、物心ついた時には奴隷で首輪が着いていた。これは隷属の輪といって主に逆らえないように魔法がかかっている。小さな玉が埋め込まれていて、淡く光るのが特徴だ。これが奴隷の象徴なのだ。


 そして、剣闘士奴隷をしている。主は未だに奴隷商人だ。便利な魔法でも使えれば、男でも貴族に買われることがあるらしいが、力だけの男の奴隷は鉱山に送られるか、剣闘士にされるかだ。俺は子供の頃から奴隷で訓練されたので、剣闘士奴隷になった。

 

 毎日が死にそうなくらい厳しい訓練だ。奴隷は主人に逆らえないから強制的にやらされる。倒れても走らされ、手の皮がむけても剣を振り続け、身体中がアザだらけになっても模擬戦で吹き飛ばされ、気絶するまで魔法を練習されられた。魔力は十分にあるようだが、魔法を使うとなると思うようにいかない。失敗しても魔力は消費するから、全く使えなくてもどんどん疲れていくのだ。でも、体内での魔力操作は得意だった。目には見えなくても、身体能力や自然回復力の上昇や部位強化、五感強化など、剣闘士にとってはなかなか役に立つ能力だ。そのお陰で今のところ生きているし、五体満足である。

 この能力のことは誰にも言っていない。無茶なことをしなければ、バレることは無いし、主人に知られると面倒だからだ。絶対に訓練は厳しくなるし、やばい闘いも増えるだろう。それだけは避けなければならない。


 今の生活は不満がないといえば嘘になるが、まぁまぁ満足している。体力や筋肉をつけるために普通の奴隷よりは飯は多いし(質は最悪)、試合に勝てば少しずつ待遇も良くなるからだ。強い奴隷は価値が高くなるし、主人の護衛にもなる。

 奴隷商は1度に大金が動くことがあり、行動範囲も広いので、移動中に魔物に襲われたり、盗賊に襲われたりと危険は多い。俺達も何度か襲われたが、ぎりぎりで逃げ切ったり、撃退したりと生き延びている。そこでも役に立っているので、主の俺への評価は高い。静かなのもいいと思う。


 俺は基本、無表情で無言だ。小さい頃、奴隷仲間に感情を隠し、余計なことを喋らないのが長く生きる秘訣だと教えてもらったからだ。それ以来、俺は表情を抑えるようにしていて、今ではもう身についている。そのお陰で俺の怒られる回数は比較的少ない。あの時のおじさんはいいことを教えてくれた。 ありがたい。


 さて、こんなに長く自己紹介が出来るのは今が暇だからだ。普通、奴隷は休む暇なく働かせられ、暇なんてない。だが、今は移動中。主のご意向によりヴァルナ帝国に向かっているのだ。なんでも、いい商品を仕入れたので競りにかけるらしい。詳しくは知らんが。


 奴隷と言えどこうなればやることが無い。他の奴隷達は後ろの荷台に積まれているが、俺は護衛があるので一番前の馬車に乗っている。


 見渡す限り草原が広がっていて、風が気持ちいい。いつもなら既に二、三回くらい魔物と戦っていてもおかしくは無いが、今日は何故か全く魔物がいない。この辺りはニードルラビットの群れがいたはずなんだけど……


 少し気になるが、楽でいい。いつも忙しい俺に神様が休めと言っているのだろう。天気はいいし、最高だ。主人は最後尾の馬車で見られることはないし、少しくらいなら寝てもいいんじゃ……


「おい、なんか見えないか」


 御者をしている青年の奴隷が話しかけてきた。わざわざ雇うと金がかかるので奴隷に教えてやらせている。一応、俺も馬は操れる。


 御者の青年の指す方を見てみると、黒いものが見える。目に魔力を集めるとはっきり見えた。


「あれは……! 前方に魔物確認!ジーラスクだ!」


「な、黒の悪夢だと!!??」


 俺の叫び声にあたりは騒然とする。何でアレがここにいる! そんな情報は全くなかったはずだ。


 ジーラスク。このあたりでは最強の一角で、出会うと命はないと言われ、黒の悪夢と異名が付けられている。黒い体毛で覆われた、猫みたいな魔物だ。大きいものでは三メートルにも及ぶ巨大猫。鋭い爪と素早い動きで相手を切り刻む。Bランク以上の冒険者パーティでないと相手にならないと聞く。つまり、俺たちが戦えばなす術も無く殺されるだろうということだ。


 馬車は進行方向を急転換し、ジーラスクから離れる。だが、ジーラスクがこちらに気づき追いかけてきた。追いつかれるのも時間の問題だろう。


 雑魚の魔物がいなかったのはそういうことか。最高の日が一瞬で最悪の日に変わってしまった。そして、最後の日になりそうだ。


「12番、降りて戦え」


 主の命令だ。従わなくてはいけない。この中で一番強い俺が迎え撃って時間を稼ぐのだ。勝てないのは分かってるから俺ひとりだけ。一の犠牲で残りみんなが助かる。いい判断だが、その一の犠牲になった俺はたまったもんじゃない。


 これは死んだな。神のやつ、何が休めだ。永遠に休みにする気か。


 さっきまで感謝していた神様を恨みながら馬車を降りる。横を通っていく馬車の中の奴隷達が憐れむ目で俺を見てくる。最悪な気分だ。精々生き延びて、奴隷人生を謳歌してくれ。


 最後尾の馬車に檻が積んであるのが見える。しかも、誰か入ってるようだ。焦げ茶色のローブで体を包んでいてよく見えないが、小柄だ。あれがヴァルナ帝国行きのきっかけか。檻に入れなくても、首輪があれば逃げないと思うが……


 そんなことを考えているうちに馬車は俺を置いて遠ざかっていく。今度は違う足音が聞こえてくる。


「はぁ、やるしかないか。死ぬと分かっている戦いなんて初めてだ。精々、長生きするか」


 すると、突然ジーラスクが飛びかかってきた。まだ十メートル以上あったはずなのに、次の瞬間には頭の上には鋭い爪がある。


「なっ!!」


 間一髪のところでその爪を剣で弾く。凄い速さと力だ。腕が痺れている。魔力操作で身体能力を上げていなかったら、今の一撃で反応出来ずに裂かれるか、反応できても押し切られて潰されていただろう。


「あ、あぶなかった」


 誰も見てないし、本気を出そう。今まで密かに練習してきた成果をみせてやる。


 魔力を全身に巡らせ、身体全体の能力を底上げする。そして、皮膚の上に膜を張る感じで魔力で体を包む。これが今の全力。


 ジーラスクは両手の凶器を連続で振り下ろしてくるが、ぎりぎりのところでしのげている。しかし、それは致命傷を負っていないというだけだ。魔力で守っているにも関わらず、切り傷がどんどん増えて、血まみれだ。皮の鎧を着けているが、こんなのジーラスクの前では無いも同然。剣も安いヤツなので欠け始めている。俺の命はあと僅かだ。


 ここは一か八か反撃に出るしかない。反撃といっても今の俺では一撃が限界だろう。一撃で倒れるとしたら、首か心臓。この剣ではあの太い首は切れないから心臓か。人間と同じところにあってくれ!!


 意を決し、今まで逸らしていた攻撃を全力で上に弾く。その隙に懐に飛び込み心臓を刺そうとして……


 横から強い衝撃を受け、気がつくと吹き飛んでいた。何が起こったのか分からない。地面に叩きつけられ、遅れて右の横腹に激痛がはしる。肉を抉られ、血が大量に流れ出ている。


「うっ......あぁ」


 内臓もやられているみたいで、声を出しても痛い。魔力もほとんど残ってないし、この傷だと自然回復力を高めても意味無いな。


 霞む視界でジーラスクを見ると、尻尾が血で濡れている。

 あれで殴られたのか。何で尻尾だけ体毛が棘みたいになってんだよ。反則だろ。いや、それよりも何故あいつは動かないんだ。まさか、倒せたのか。奇跡だな。まぁ、俺もじきに死ぬだろうが相打ちか。これで生き残れば、最高の待遇だっただろうな。他の奴らは無事だろうか。あれ?


 そこで初めて隷属の首輪が効力を失っていることに気づく。いつも頭にかかっていた靄が晴れている。


 なんだよそれ。こんなことなら逃げればよかった。いや、逃げ切れないか。やっと奴隷から解放されたのにもうすぐ死ぬのか。嫌だな。死にたくない。何のために生きてきたんだ。


 命を捨てる覚悟はしていたはずなのに、思うと止まらない。


 死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。


 残りの魔力を全て傷口に集める。傷口が温かくなり、痛みが和らいできた。だが、完全には治らない。血液と魔力の不足と、全身の痛みで意識が遠のいてきた。


「しに……たく……な……い」


 意識を失う直前に誰かが近づいて来たような気がした。

読んでいただきありがとうございます。

もし良ければ、次回もよろしくお願いします。

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