ギャンブル
男は賭け事が好きだった。そして何よりお金が好きだった。
より多くのお金を得る事が、男の最上の喜びだった。
ある時、男は人生最大の大勝負に挑んだ。この勝負、順調に進めば男の勝ちは間違いなさそうだった。
これから手に入る大金の事を考え、その金で最上級の女を抱こうと夢想していた。夢想していたので男は自分が犯したヘマに気づかなかった。
あっ!!と気づいた時には、もうすでに後の祭りだった。
「なんて事だ!こんな初歩的なヘマを犯すとは!俺の人生最大の汚点だ!」
「おい!泡ふいてぶっ倒れたぞ!」
男はあまりのショックによりそのまま死んでしまった。
気づくと男は、川べりに立っていた。辺りを見渡したが視界があまり良くなく、左右どちらを見渡しても特にこれと言ったものはなさそうで、川が存在するのみだった。
川の向こう岸もよく見えず、何かしらただならぬ気配が漂っている事は感じられた。男はとりあえず川沿いを歩いた。少し歩くと舟があって船頭らしき者もおり、どうやら川渡しをやっているようだった。
ここはどこかと船頭に尋ねると、ここは三途の川だと船頭は言った。
「何とここが三途の川か。すると俺は、自分の犯したミスのショックで死んでしまったのか。死ぬまで賭け事をしたいと思っていたがこうもあっさり死んでしまうとは。俺は地獄行きだろうなぁ。まぁしかし、死んでしまったものは仕方なかろう。」
死の実感を味わっているとある考えが浮かんだ。
「いや、待てよ。死んだと言う事はこれ以上死ぬ事はないはずだ。ならば嫌になるまで賭け事ができるではないか!嫌になるとは到底思えんが、とことん賭け事をしてやるぞ!金があれば鬼どもに賄賂を渡して少しは苦痛を減らせる様に口利きできるやもしれん。地獄に現世の金の概念が通ずるか疑問はあるがまぁいい。幸い舟の渡し賃がある。これを元手に増やすとするか。しかし、賭けをするにも道具がないな。」
あれこれ思案していると良い考えが浮かんだ。
「そうだ!これから死んで舟に乗りに来る奴が男か女かを当てる事で賭けができるぞ!そうと決まれば賭けの相手を早速探すか。」
男は、死者が来る度に賭けを持ちかけた。地獄行きの者は何となく雰囲気で分かったのでその死者達に声をかけ、終いにはこんな文言で死者達を賭けに誘った。
「ちょっとそこのお方、俺とひとつ賭けをしないか?なに簡単さ、これから舟に乗りに来る者が男か女かを当てるんだ、簡単だろう。渡し賃があるだろ?それで賭けをしよう。何?金が足りなくなって舟に乗れなくなるかもって?大丈夫だ。俺は先程から渡しの作業を見ていて気づいた事がある。あいつらは渡し賃なんかいちいち正確に数えちゃいない。そんな事に構ってられないほど死んでここに来る奴が多いのだ。だからほとんど流れ作業だ。少しばかし誤魔化したところで大した問題じゃない、安心しろ。それに賭けに勝って金を手にいれれば鬼への口利き料として刑を軽くする役に立つぞ。船頭がそう言ってたんだ間違いなかろう。」
そう口からでまかせを言い死者達をその気にさせ、男は次々と賭けを行なった。
まんまと口車に乗せられ賭けをした者達は男の天性的ともいえる勝負勘に為すすべもなく、どんどん渡し賃を取られていき遂には文無しにされていった。
川べりには文無しゆえに川を渡る事も出来ずに彷徨う者たちが増えていった。
ある者は川を泳いで渡ろうとしたが渡り損ね流されて行き、ある者は船頭に事情を説明して渡してもらえるように頼み込んだが失敗に終わり途方にくれた。
そんな時一人の鬼が現れた。
「死者の数と川を渡ってくる者の数がどうにも合わないと思ったらお前がその原因だったのか!その様な事をされては困る。今すぐ渡し賃を返すのだ。」
男はすぐさま言い返す。
「困るも何もこれは俺が賭けで稼いだ金だ。鬼がどうこう言おうと俺の知った事ではない。何なら次の賭けの相手はあんたがしてくれるのか?」
「何という奴だ。しかし困ったぞ、死者は川を渡って初めて自ら死者の国に入った事になる。それまではまだ完璧な死人ではない。お前を懲らしめて無理矢理金を奪う訳にもいかぬし、かといって金のない者を特別に川を渡す訳にはいかぬ。いたしかたない、こうするしか他に手はなかろう。」
「おい!生き返ったぞ!」
棺の中から男がむくりと起き上がったので葬式場の皆は大いに驚き、慌てふためいた。
「おや、葬式の途中だったか…あの鬼め、他に手がないと踏んで俺を生き返らせたな。願ったりだ。また賭けで金を稼いで楽しめるぞ。どうせ死んでもまた渡し賃で賭けをすれば生き返るかもしれん。死んでも生き返るなら、どんな無茶な勝負もできるぞ。」
男はこれからの人生に思いを馳せた。
「しかし、死んで一つ学んだな。バカは死ななきゃ治らんと言うが、本当のバカは死んでもバカをやる。」