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馬車は、門の中に入って行き、辺りには、花が咲いていただろう花壇や、手入れされていただろう植木が少し見える。
「こう霧が濃いんじゃ、何も見えないわね」
窓を開けながらチャニが不満そうにそう言う。馬車のガタガタと言う音だけが響き渡っている。
「本当にこんなところに姫がいるのかしら?」
「いるわ、サーバントの気配が近くからするわ」
「そうなの? でも、この屋敷は廃墟なんじゃないの?」
そう言って、チャニが屋敷を指差したところ。
「お待ちしていました。ナイトメアクライアント様」
メイドが出てきて頭を下げた。
「チャニ、人が住んでいるみたいだよ、しかも、あれは、メイド服だから、相当なお金持ちか、王族だわ」
「そ、そう」
チャニは、目をぱちぱちさせている。
「中へどうぞ」
メイド姿の女性に、荷物を持ってもらい、中へ入ると、良く手入れされている、きれいな洋館だった。
「わあ~きれい」
チャニが立派なシャンデリアに感動していた。
「あのシャンデリアは、花をイメージして作られた品で、花びらのようなガラスが一枚一枚手作りで作られた名品なのですよ」
メイドが上品な笑顔でそう言った。
「さあ、二階に行きましょう」
そう言って、メイドは、家の真ん中にある。長い階段を指差した。
「は、はい」
メイドは上品に微笑むだけ、まるで人形の様だった。
「ジュリア様、何だか私、あのメイドさん、ちょっと苦手ですわ、少し怖い感じがしない?」
チャニが耳元でそう言ってくる。
(私も怖いわよ)
心の中では、そう思ったが、口には出さなかった。
「こちらの部屋に、姫様がいますので……」
そう言って、階段を上って右に二部屋行った所で止まった。メイドがドアを開ける。すると、人が大勢集まっていた。どの人も姫を見つめているのか、ベッドの方を見つめている。
「姫様~」
ある者は、嗚咽をこぼしながら泣いているが、興味のなさそうな顔をしている者も何人かいる。
「皆さん、ナイトメアクライアントの方がお着きですよ」
メイドは、上品に笑いそう言った。すると、嗚咽をこぼしていた女の人がジュリアの手を握ってきた。
「ナイトメアクライアント様、どうか、姫をお救い下さい」
「はい、そのために来たのですから」
そう言って、胸を叩くが、不安があったのも事実だ。深く息を吸いこみこう言った。
「ナイトメアクライアントも万能ではないのです。お姫様の嫌がりそうな物、苦手な物、好きな物を聞かせてもらわないと、夢の中で対処しかねますから、皆さん、どんなことでもいいので、教えてくださいね」
「当然です。なんでも教えますわ」
涙を拭きながら、目の前のおばさんがそう言う。
「では、あなたから聞かせてもらいます」
「はい」
ジュリアとチャニとメルローとおばさんの四人は、別の部屋に案内された。その部屋も、高級な白いソファがあり、テーブルには金の飾りが施されている、とても豪華な部屋だった。
「ナイトメアクライアント様、何から話したらいいでしょうか?」
「悪夢を見るのには、きっかけも必要です。姫の嫌がる出来事が、近々あったり、いつもと違う事をする予定はありませんでしたか?」
「……こんなことを言っていいのかわからないのですが、今、姫は母君と父君と離れて教育係である私の別荘に遊びに来ていたのです。何やら、母君と父君ともめた様で……」
「それが、原因かしら?」
「そうだと思います。姫様は、いつも大人しくて、親の言う事をきく、いい子でしたから、成績も優秀なのよ」
教育係のおばさんは、うれしそうにそう言う。
「姫には、嫌いな物がございましたか?」
「私の記憶だと、とにかく虫が苦手でしたわ、ハエや蚊ですら悲鳴を上げるような方でしたから、召使いたちも虫の駆除は、念入りにしていたものですわ」
そう話していると途中でドアがコンコンと叩かれた。
「はい、どうぞ」
「紅茶をお持ちしました。今年、近くの農家から頂いた。リンゴの葉などを使ったオリジナルティーです」
メイドは、上品な笑顔を絶対に崩さずにそう言った。
「次は、あなたに話を訊いてもよろしい?」
つい、そう訊くと。
「いいですよ」
相も変わらず上品な笑顔で返して来た。
「あのメイドに話を訊いたって無駄よ、何もわかっちゃいないわ、能面のような笑顔だけがあの子の本性なのよ」
おばさんは、そう言うが、どうみても、本性を隠しているのは丸わかりだと思った。それでも、口には出さなかった。
「では、最後に、好きな物を教えてください」
「そうね~、夜会のパーティーじゃないかしら?」
「そうですか、教えて下さりありがとうございました」
おばさんを外に出して、メイドを中に入れる。
「よろしくお願いします」
メイドは、軽く頭を下げて、そう言った。
「あの~、その笑顔、やめてもらえませんか?」
「なぜですか? メイドは、家の顔です。笑顔以外の顔を客に見られたら行けないはずでしょう?」
「いや、かえって、怖いよ」
そう言うとメイドは青ざめる。
「不快な思いをさせてしまいましたか? 私としたことが、どうすればいいんでしょう、家主に謝らなければ」
慌てている顔は普通の女の子の様だった。
「それでいいんじゃないですか?」
「それとは? 今の顔ですか?」
「うん、普通が一番だと思うよ」
「普通の私ですか、そんな私を受け入れてくれるのは、ルル様だけでしたから、他の人の前では、いつも、笑顔でいる癖が付いてしまったわ」
「ルル様?」
誰の事を言っているのだろうと考えていたら。
「ジュリア様、お姫様の名前ですよ」
チャニがそう教えてくれた。
「お姫様とは、親しいんですね」
「いつも一人ぼっちの私に、初めてできた友達だったのです。城に帰ってからも文通をして、仲良くさせてもらっています」
「それなら知っている? 今回、ルル姫が、この別荘へ訪ねて来た理由?」
「はい、ルル様は、隣の国の王子と婚約が決まりそうだったので、城から、逃げて来たそうですよ」
「その王子が嫌いなのね?」
「たぶん」
メイドは曖昧に頷き、確信のある話ではない雰囲気だった。
「でも、不思議よね、姫って、最後は必ず王子と結婚する物なのでしょう?」
チャニが無神経にそう言った。
「チャニ、ダメでしょ」
チャニを叱っていると、メイドは。
「そうなんです。姫と言う物は王子と結婚させられると、生まれる前から決まっているのです。だから、本当にそれがショックだったと言う確証がないのです」
真剣な目でそう言った。
「そうか、でも、ありがとう、色々と話してくれて」
「ルル様のためです。わたしも出来る事はやりますよ」
メイドは張り切ってそう言う。
「あ、ありがとう」
メイドは部屋を出て行った。その後も、色々な人から意見を聞いた。そして、まとまった答えを書いて行く。
「好きな物、パーティー、ケーキ、ドレス、嫌いな物、虫、辛い物、勉強、原因は王子との婚約って所かしら」
「きっと、王子の姿をしたサーバントよ」
チャニが力強くそう言った。
「そうだったら、最悪だな」
メルローがなぜ最悪だと言っているのかわからないので、ジュリアは、ポカンとした顔をしていたら。
「人の姿をしていると、倒し辛いだろ」
メルローは優しくそう言った。
「うん、そうだね、でも、従えさせるのは、力だけじゃないから、私のサーバントに王子が増えたら、楽しそうじゃない?」
メルローに向かってそう言うと。
「何が楽しいんだよ、王子なんて」
と拗ねられた。
(あれ? 私の心配してくれたんじゃないの? メルローって、わからないサーバントよね~)
心の中でそう思った。
「とにかく、がんばろう」
一人で気合を入れていると。
「そういえば、おとぎ話に、眠り姫と言う話があったよな」
「それ、知っているわ、一年中眠って王子を待つ姫の話」
「そうらしいな、俺は、読んだ事は無いけれど、なんだか今の状況に似ているんじゃないかと思って」
メルローがそう言って笑った。
「私は子守歌の様に聞かされたわ、この話は、ナイトメアサーバントが関係しているんだぞってお父さんに」
「やっぱり、サーバントの事件の話だったのね」
チャニが興奮してそう言う。
「よくわからないけど、そうみたい」




