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カボチャの苗が植えられて、田畑の広がっている田舎の真ん中で声がした。
「ちょっと、チャニ、起こしてよ」
そう怒っているのは、銀髪を長くしている、パジャマ姿の、背が低いかわいらしい女の子だ。
「そう言われましてもジュリア様」
チャニと呼ばれた人物は、肩に飾りを巻いていて、アラビア風のへそ出しドレスを着ている。浅黒い肌をしていて、髪は黒くサラサラで美しい。
「あなたは、サーバント、私はクライアント、絶対的にクライアントの言う事を聞かなければダメでしょ」
ジュリアは五年前に、『ナイトメアクライアント』に選ばれたばかりの新人なのである。今は、サーバントが二体、優しいチャニと無愛想なメルローがいる。メルローは、白髪の美青年で、緑色の瞳が太陽に当たると、とてもきれいに輝く。サーバントは一人一人に能力があるのだが、メルローは、自分の能力をいまだに話そうとしないのだ。
「ジュリア様、おいしいご飯が出来ましたよ」
チャニがトーストの上にジャムをぬっている。そのあまい匂いにつられてしまい。
「うう~おいしそう」
チャニがいい人なので、ついつい甘えてしまうのだ。まあ、いい人なんて言っているが、実際は、悪夢の固まり、ジュリアの力で人間に変えられているだけなのである。
ジュリアは、トーストにかじりついて、一日が始まった。
「今日は、事件は?」
「起こっていないようですね。ニュースペーパーによると、眠り病を発症した方はいないようですよ」
「そう、それならいいの」
悪夢と戦う勇者、その実態は、国家予算の金食い虫。ジュリアは、まだ力が弱いので、1LDKの洋風の木造住宅に住んでいるが、南のクライアントは、クライアント歴が六十年のため、サーバントも一〇〇体を越えたのだとか、当然サーバント一〇〇体を住まわせる屋敷が必要である。そのため、国の予算でそれをまかなっているらしい。
そういうわけで、ジュリアも国からお金をもらって暮らしている。
クライアントは父から引き継いだ大事な仕事、神か国宝級の人物と言う扱いをされていた父は、五〇才で亡くなった。私も、すごいクライアントになるべく訓練はしている。
だけど、そんなにうまくはいかない……。
「さあ、ジュリア様、昨夜は、サーバントが出なかったのですから、今日もヒマですよね? では、勉強をなさるのはどうでしょう」
チャニの提案は、最もである。私は、まだ、知識が足りないと、国のクライアント施設から言われているのだから。
「そうした方がいいかな? メルロー」
「どっちでもいい」
冷めた様子でそう言う、メルローはジュリアにまったく興味がないようだ。
「あ~も~、早く一人前になりたい」
「ジュリア様、愚痴ばかり言っていないで、良く考えてみてください、サーバントが五年経っても二体しかいないのは、いつも撒かれているからだと言う事を忘れていない?」
チャニが、少し怒ってそう言う。
「だって、サーバントって、強い意思過ぎて、戦うのが怖いわ」
「今までのサーバント達は、あれでも、弱い方なのですよ、他の地区のクライアントが来るまで生かしてくださったのだから」
「わかっているわよ」
ふてくされて、ソファに寝転がった。
「どうせ、私は、ダメダメクライアントよ」
開き直っていると、チャニは、ドンとソファに座って来た。
「私が、あなたに契約を乗り換えたのは、かすかに光を見たからです。きっとジュリア様なら、クライアントの一番星になれますわ」
「チャニ……」
「一番星って死ぬのか?」
感動していると、メルローが笑っている。白いマントを着るのが好きなメルローは、本を閉じてこちらを向いた。
「メルロー……」
「何か、気に障ったのか? 人間は死んだ人を星に例えると聞いたことがあったんだが、デマだったのか?」
「確かに、そう言う風習もありますが、こういう場合には、そう言う例えには使いませんのよ」
チャニとメルローは、よくこういう風にもめている。何だかんだ言って仲良しなのだ。サーバント同士気があってくれて何よりだと思っている。
「でも、メルローの悪夢ってきれいだったよね」
メルローはチャニの後にジュリアのサーバントになったのだが、その夢は、悪夢のはずなのに、きれいな夜空だった。ジュリアがきれいだと思っても、見た人には意味があるのだろうと思うし、悪夢によってサーバントの能力は違ってくる。
「メルローの力って星?」
「星って何だよ、範囲が広すぎて、何言ってるのかわからない」
メルローはいつもこうやって話をはぐらかす。
(うう~、いつか当てて、ぎゃふんと言わせてやる)
闘志を燃やしているとチャニが新聞を広げて。
「南のクライアントが、また新聞に載っているわ、英雄だって」
「まあ、英雄って言っておかないと、国税の無駄使いって事になっちゃうからしかたないんじゃないかな」
おばあちゃんがピースをして、美形のサーバントと写真に写っている。
「うわっ、サーバントイケメン」
「これは、やり過ぎですわ、サーバントだって、好きな恰好があるのに、美男子になれと命令したのですね」
「いや~、チャニがアラビア系なのと一緒で、そう言う姿が好きなだけのサーバントなのかもしれないよ」
「そうね~サーバントっていろいろいるしね」
チャニも呆れたように新聞を投げ捨て、洗濯物を干しに行く。
「あ~チャニ、外に出るときは、エプロンしよう」
「そうでした。この国でこの格好では、目立つのでした」
そう言って、エプロンをつけだした。エプロンで胸やへそを隠すと、外に出て行った。
「は~」
ため息をつくジュリアをメルローはただ見ているだけ。
「メルロー何見ているのよ」
「別に、アホ面しているなあと思っただけ」
「アホ面ですって、良くそんな事を言うわね……わかったわ、あなたの能力を当ててあげるわ、それで、アホは取り消しよ、天文学なんでしょ」
「やっぱりアホ、天文学なんて、何を調べているかで能力変わって来るだろ」
メルローは嫌味に笑って、そう言った。
「ぜったい、ぜーったい、当ててあげるから、そうしたら、二度とアホなんて言わせないんだから」
「その時は、ジュリア様ってひざまずいてやるよ」
(く~むかつく)
家に、一つだけある、自分の部屋にガチャッとドアを閉めて入った。
「は~、私、こんなので一人前になれるのかな?」
親戚の皆さんには、あの父の血をひいているのだから、立派なクライアントになれると太鼓判を押されている。なので、現状を報告にも行けない。
父は、七〇ものサーバントを従えていて、いつもかっこいいと思っていた。
でも、母は、うれしくなさそうだった。サーバントばかりに気がいって、自分は放って置かれていると思っていたらしく、さみしがり屋だった。だから、いつも側にいてあげた、母の弱気な性格も受け継いでしまったのかもしれない。
ベッドの中で考えていた。
「ふんふんふ~ん」
チャニの鼻歌が聞こえる。そうだ。今日は、一日晴れの予報だから洗濯物が良く乾くはずだわ。
なんとなく窓を開けると、チャニが見える、眩しいくらいに晴れている。
チャニと目が合った。お互い笑顔を返した。
しばらくして、チャニが洗濯物を干し終えたようで、中に入って来た。
「メルロー、ほうき取ってくれない?」
「ほいよ」
そう言って、メルローは近くにあったほうきを投げた。
「ちょっと、メルロー! 何、その態度、お前もはきだしてやろうか~」
チャニがいつも通り毒を吐いている。こういうところだけは、悪夢なのだなあと思うが、じゃれ合っているようにも見える。
「はいはい、チャニもそこまで」
つい部屋を出て来てしまった。メルローが迷惑そうにチャニをにらんでいる。もちろんチャニも負けていない。
「ジュリア様、メルローが寝転がっている姿を見ていたら、怒りがわいて来てしまいましたわ」
「そうか、そうか、それなら、メルローあんたも働きなさい」
「はあ?」
メルローは不満気に声を上げる。
「だって、チャニにばかり家事をさせていたら悪いじゃない? あなたもたまにはやりなさいよ」
「おせっかいばばあと一緒にするな」
「お、おせっかいばばあ」
チャニが燃えていた。
「ほ、ほら、メルローほうき」
「はあ?」
(ばかね、チャニは、火炎弾のサーバントなのよ、むやみに怒らせて、家を焼かれたら、貯まった物じゃないわ)
「わかった、やるよ」
メルローもあきらめたようにそう言って、ほうきを動かす。
そんな日常を過ごしていた。
次の日、新聞に、東の地区で、眠り病が出たと言うニュースが出ていた。
「やったー、仕事よ」
「また、巻かれるんじゃないの?」
「三人目のサーバントってどんな方になるのでしょうか」
「チャニ、気が早い、連敗続きのジュリアには、三体目のサーバントがつくなんて、しばらくありえないと思うぞ」
「そんなことないわよ、私だってやればできるのよ」
「それよりも、行きません、なかなか遠い所なのですが……」
チャニが遠慮がちにそう言うので、地図を見ると、馬車で二時間以上するところだった。
「は~い、行きます~」
力が抜けた声でそう言ってしまった。