ろく。
「それから……」
続けて僕の口は、勝手に言葉を紡いでいこうとする。
ある人、とは、異性だろうか。
それなら。
「きっとその人は、君の事を__」
そこまで言ってから、勝手に言葉を紡ごうとしていた口は、静かに閉じた。
「どうしたんですか?」
その先の言葉を言えなかったのは、きっと、言ってはいけないような気がしたから。
言ったら、今、心の奥に引っ掛かっている何かが溢れてしまいそうだったから。
心のなかに突然現れたモヤモヤは、何かわからないけど。
柚子の花言葉にあるのは、健康でいてほしいというものの他にも。
恋のため息という__。
「えっと、響さん?」
「いや、何でもない……」
それから視線は、自然と空を見る。
灰色の雲から次々と落ちてくる雨に、心が安らいだ。
「響さんは、雨が好きなんですか?」
上を見ていた僕に、横から声をかけられる。
「うん、音も匂いも、全部……ううん、濡れるのは好きじゃないかも。」
言ってから女の子の方を見ると、少し大袈裟に苦笑して見せた。
女の子は驚いた顔をして、それから何故か俯いてしまった。
「私も、濡れるのは好きじゃないです。湿気とか……」
そう言うと、下をを向いていた顔をこちらに向ける。
「でも響さんが言うなら、私も、好きになれるような気がします……」
「そっか……」
自分の好きなものを好きになってくれるのは嬉しくて、少しだけ頬が緩んだ。
女の子に向けていた顔を空に戻すと、雲の間からは、太陽が顔を覗かせている。
雨も、少し弱くなってきたようだ。
「そろそろ止むね。僕、送っていくよ」
「いっ、いやいや、そんな悪いです……!」
手をぶんぶんと振って遠慮している女の子に「大丈夫」と言って歩きだす。
後ろからカタカタとした下駄の音が近づいてきて、女の子が横に並んだ。
「有り難う、ございます……」
それから店まで歩いていくと、店先に、男の子が立っていた。
一番初めに店に入ったとき、きな粉を被った女の子の後ろで苦笑していた子だ。
「お前、どこ行ってたんだよ……! あと……お客さん……」
呆れながら女の子に注意してから、こっちに気づいた男の子が、軽くお辞儀をする。
「ふふっ、こちら響さんって言うの」
「えっと……」
いきなり紹介をされて、同じようにお辞儀をする。
「雨降ってきて、ちょっと一緒に雨宿りしてたの。ごめんね」
「えっ……と……」
それを聞いて男の子が悲しそうな表情になったのは、二人から少し離れていた僕からでも読み取れた。
それから、もう用事もなくなった僕は、二人に挨拶をしてから、まだ三十分ある帰り道を戻った。