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宴会と常識論と実力行使と



「乾杯~っ‼」


 打ち合わされるジョッキから酒の飛沫が宙を舞う、何度目の乾杯であるのかもうすっかり分からなくなってしまっていたが、だだっ広い酒場の席は満席であり集う人々は皆が楽し気にその顔は喜びに溢れていた。


 ここはハナヤマ村観光の中心地である湖の畔に建つ、大衆食堂を兼ねる大きな酒場であった。


 団体の観光客にも余裕で対応できるよう造られているのであろう広い酒場は、今は村中の老若男女が集ってごった返していた、テーブルの上には様々な料理が所狭しと並べられ、ワインや火酒や果実酒などおよそメニューに載る全ての種類の酒が次から次へと運び込まれてくる。

 大いに楽しんでいる人々の熱気と喧騒で沸き返る場内は、言わずもがな、ドラゴスレイ家・名誉回復おめでとうパーティー会場であった。


 しかし想像だにできなかった盛り上がりである……子爵やサラさんたちドラゴスレイ家の身内が喜ぶのは解るのではあるが、驚いたのは村人までもが熱狂していると言っていい程の喜びっぷりであるのだ……それはやはりこのハナヤマ村が、ドラゴスレイ地方を治める子爵のおひざ元の地であるからなのであろう……つまりそれだけ子爵が村人に慕われており、家名の恥を愁いていた子爵の心を皆が共に憂いていたことの証ということであるようだ。


「いよっ! セルピナ姐さんっ! いい飲みっぷりっ!」

 カウンターの方を見ると、村の若者数人に盛り上げられてセルピナがグイ~ッとジョッキを煽っている……プハァ~ッと息をつき、ダァ~ハッハッ! と笑う顔はもうすでに出来上がっているようであった……


 王都へと移動したオレたちを荒地で待っていたセルピナは、戻るなり子爵が大声で周囲へと告げた「今日は大宴会じゃ~っ!」という一言で狂喜してついてきたのであった……王城みたいな人が多い場所は苦手だから荒地で待つと言っていたのであるが、宴会はいいのかい……というオレたち一同のツッコミ的な視線など全く気にしていないようである。

 それから黒龍転送作戦を見物していた村人たち全員も含めてこの酒場に移動してきたのであるが、それからも続々と人数は増えてゆきスグに大宴会が始まった……まあ、セルピナは今回の作戦においての最大功労者であるので、ハメをはずさぬ程度に楽しんでもらいたいところではある……


 そんな彼女を我が家の一同五人は壁際にあるボックス席から眺めていた、子爵はよっぽど嬉しいのであろう……このだだっ広い酒場を自らあちこち歩き回り、満面の笑みを浮かべてそれぞれの席で祝いの言葉を受けながら乾杯している、サラさんはそんな子爵の後ろにくっついて髭に付いた酒の泡を拭いたりしながら甲斐甲斐しく世話を焼いていた。


 場内のそんな様子をホヘ~……と見回しながら、盛り上がる場の雰囲気にちょっと乗り遅れた感のあるオレたちであったが、そのときである……


「――あ、あのっ……サマサさんっ!」


 突然裏返ったような声がかかり、見るとサマサの席の横に直立不動の姿勢でフィリアが立っている……酔っている様子ではないのであるが、真っ赤な顔をして額にはうっすらと汗が浮いていた、するとゴクリと喉が鳴るや意を決したように震える声がサマサへと……


「よ、よ、よ、よろしければ……あ、あちらで……わ、わわわ、私と……こ、この村名産の……レンゲ蜜のカクテルでも……ご、ごごごご、ご一緒にっ、い、いかがでしょうかっ!」

 聞くなりサマサの後ろには、ウッホオオォ~ッ⁉ という表情になるローサ、イルビス、アリーシアが見えた……言われた当のサマサの顔はもちろん瞬間的にボワッと赤くなってしまっている。


 ビシッと直立したままサマサの返事を待つフィリアであるが、オレから見ると称賛に値するのである……勇気を振り絞って来たのであろうが、オレにはそんなに男らしく女性を誘う行動などできはしないと思う……実に見事であった。

 しかし、そんな漢気溢れるフィリアの言葉を聞いて、三人のお姉様は満面のニヤニヤ笑いを浮かべなさりつつサマサへと……


「サマサ~どうするの~? 行ってあげたら~?」

 ぐふふふ……とゲス笑いしながら言うローサである。


「そうですね、お酒を飲みながらお話しするなんて素敵じゃないですか~」

 ニッコリ微笑んで言うが、目がちょっとイヤラシくなっているアリーシアである。


「そうじゃのう~、なんなら今夜は戻って来ずともよいのじゃぞ?」

 フヘヘヘッと下世話なオバちゃん笑いのイルビスである。


 そんな三人の言葉と表情に、ふああああぁっ……と声もなくさらに赤くなるサマサであるが、こんなふうに言われて、じゃあ行ってきます……なんて言えるわけもなかろう、オレはやむなくフィリアの天晴な漢気をサポートすべく口を開いた。


「サマサ」

「ひっ、ひゃい……」

 真っ赤なサマサがカクカクとぎこちなくオレへ向き返事をする。


「女性を誘うのって、男にとってはすごく勇気が必要なことなんだ……サマサさえよければこっちのことは気にしなくていいから、行っておいで……」

 オレのその言葉にハッとしてサマサはフィリアを見る、見上げたフィリアの顔が真っ赤であり、視線も上方へ向けて直立の姿勢のままガチガチになっているのを見たそのとき……彼の誘いがオレの言う通り、勇気を振り絞ってのものだと理解できたのであろう……


「――はぃ……私、行ってまいります……」


 スッと立ち上がるサマサのその言葉を、放心したような表情で聞くフィリアであった……次いで彼のその視線がオレへと向いたのでオレは親指を立ててニッと笑って返す、すると途端にフィリアの顔には満面に歓喜が走り、サマサが恥ずかしそうにおずおずと手を差し出して……


「つ……連れていっていただけますか……?」

 と、言われるや、もう半分ノックアウトされたようなグハァ! という顔になりつつも、なんとか頑張ってその手をとってカウンターの方へと彼女をエスコートしていくのであった……


 その二人の後ろ姿を見送りつつ、頑張れよ……と心の中で言うオレである、そしてフィリアがギャーギャー騒いでいるセルピナから一番遠いカウンター席へと向かっているのを見て、うん、それで正解……と、やはり心の中で言うオレであった……



 目の前のテーブルには豪華な料理が数多く並べられていた、他の席より数ランク豪勢に見えるのは気のせいではあるまい……黒竜退治の主役になっているオレたちのボックスはやはりVIP席扱いのようである。

 湖で獲れたのであろう大マスの活け造りまで並んでおり、ローサがまだピクピク動いている魚の頭を興味深げな様子で突っついている……


「お飲み物のご注文を承りますのでどうぞ~」

 酒場のお姉さんが聞きに来たのでそれぞれがメニューを見つつ……


「んじゃ、オレはこのアケビ酒ってのにしてみるかな~」

 オレがそう言うと即座にローサも。

「あ~、ソレおいしそうよね~、私もソレにしようっと!」

 と、決まったようだ、オレもローサも果実酒好きなのでほぼ即決である、比して少し迷っている風のイルビスは……


「う~む……この料理にミルクやジュースというのもナンじゃのう……やはり久しぶりにアルコールが良いか……」

 などとブツブツ呟きながら、それでも決まったようで。

「私も二人と同じアケビ酒にしてみようかの」

 そう言ってメニューから顔を上げる、見た目が少女なのでオッサン臭いその素振りがかなりな違和感を醸し出していた……注文を聞きに来たお姉さんも、は、はぁ……と戸惑いながら注文票へと記入している……


 そこへ今度はアリーシアが……

「あら、みんな同じお酒ですか……じゃあ私もそれにしようかしら……」


 彼女のこの言葉を聞いた途端に、オレ、ローサ、イルビスの三人はハゥアァッ⁉ と固まった……当然である、三人の脳内にある『アルコールを飲ませてはいけない人ランキング』の不動の一位が昨夜よりアリーシアになっているのは、相互確認せずとも判りきっているほど明白であるのだ……

 よって三人が三人とも、しっ、しまったああぁあっ⁉ という顔になって大慌てになるのもいたしかたがない、こんな人目の多い大衆酒場で昨夜のような大惨事は絶対に勘弁なのであった……


「ねっ、ねえさまっ!」


 バンッとテーブルに手を突いて席から腰を浮かせつつ、イルビスがアリーシアへと声をかける、引き攣ってアウアウしているイルビスへ、こちらは何も知らぬ平然とした顔のアリーシアが「?」と視線を向けた。


「こっ、ここ、こちらのメイプルジュースの方が、お、おいしそうだと思いませぬか……? わ、私もこちらにしますゆえ……ねえさまも……メイプルジュースにしましょうぞっ!」

 メニューを顔の横へ掲げてメイプルジュースを指しながら、しましょうぞっ! の部分でクワッ! と目を見開く必死の形相のイルビスに、アリーシアも「ファッ⁉」となりつつ、その迫力に気圧されてしまったようでタジタジとなりながら……


「わ、わかりました……」

 何が何だかよくわからない様子でアリーシアが了承する……しかしオレとローサはイルビスのとったその果断で英雄的な行動に対し、目を潤ませながら無意識のうちに敬礼をしていたのであった……



 やがて注文した飲み物が運ばれてきて料理をつまみながら他愛もない会話をしていると、今度は村の主だった重鎮たちなのであろう……が、次から次へとオレたちへ挨拶と祝いの言葉を述べるためにやってくる、祝ってくれる気持ちは嬉しいのであるがそういうのが苦手なオレが辟易してるのを悟ってくれたのか、スグにアリーシアが前面に出て片っ端から挨拶の列を捌いてくれた……


 にこやかに受け流す術はさすがの一言であった、王国の式典や教会での儀礼で培われたスキルなのであろう……さらっと受け流しつつ美女オーラで相手をポワ~っとさせるや、回れ右させて来た方へと送り返す……なんとも匠の技である……

 幸せそうな顔をして自分のテーブルへと戻っていく村の重鎮たちを見ていると、アリーシアのそのスキルに感謝しつつも、美女って怖いな……と心の底で少し考えてしまうオレであった……


 挨拶の列を全て捌くと、今度は護衛騎士の一人がオレの元へとやってきてゴニョゴニョと耳打ちし始める、まあこれはオレが頼んだ用件の報告であるので聞き終えると頷きつつ騎士へと言う。

「そっか、ありがとう、あとは皆と楽しんでくれ」

「はっ! 失礼いたしますっ!」

 嬉しそうに仲間のいるテーブルへと向かう護衛騎士を見送っていると、ローサが何事かと尋ねてきた。


「なんの話だったの?」

「ああ、ウォルトさんの様子を見てきてもらったんだ、どうやらオレたちが荒地へ出発してから風呂に入って、昼飯を食べたらまたスグに寝ちゃったみたいだな、もし起きてたらここへ誘うように頼んだんだがずっと眠ってるみたいだって……」

 ローサがなるほど~……という顔をしていると、アリーシアが言葉を継ぐ。


「大量に失血した分を補う治療をしましたからね……まだ体力の消耗が激しいので眠っていた方が良いでしょう……明日には回復されていると思いますので……」

「そうか、造血幹細胞をフル稼働させたんだったな……宴会に来れないのは残念だけど、しょうがないな……あとでここの料理の美味そうなところをお土産に包んでもらうとするか」

 頷く女性陣を見回しつつ、ようやく落ち着いてくつろげる状態になったので席へと深く座り直し、一同揃ってふぅ~とため息をつくのであった……



「なあ、アリーシア、イルビス……」


 各自が料理をつまみつつようやく宴会の雰囲気にも馴染んできた頃、オレは二人に声をかける、アリーシアはフォークにプチトマトを、イルビスはミートローフを刺して口に運びつつこちらを見る、そんな彼女らにオレは続けて口を開いた……


「お前ら……ちゃんと教会に了承を得てこの旅に出てきたんだろうな……?」

 尋ねられるや途端に二女神はフォークを咥えたままムグッ⁉ となった、それを見たオレが、うああぁ……と呆れた顔になるのもいたしかたないであろう……


「おい……どうするんだよ……? さっき王城でマクシム神官長とキラさんのあの顔見ただろう? 半ベソかいてたぞ……?」

「い、いや……行くとは言ってあるのじゃっ……」

 声にも呆れた感がたっぷりと乗ったオレの言葉に、イルビスが慌ててミートローフを飲み込んで応えてきた、アリーシアも口元に手を当ててプチトマトをゴックンしつつ急いで言葉を継ぐ。


「そうですっ、ちゃんとタクヤさんの旅のお供をすることは告げてきましたっ」

 ワタワタしながら言う女神~ズである、その言葉は嘘ではないであろう……だが、なんか言い方が引っ掛かる……王城で見たマクシム神官長とキラさんの様子からしてとても了承しているようには思えないのである……


「んじゃ、行き先はドコって伝えたんだ?」

 ジロッと女神~ズを交互に見ながら尋ねるや、思った通り二人の視線は即座にオレの目からの回避運動を開始した……


「………………」


「おい……」


 なかなか答えない二人に焦れて更に問い詰めようとしたそのときである。


「エ……エヘヘヘッ……」

 まるで示し合わせたかのように極上の笑顔が二つオレへと向けられた……絶妙なタイミングで繰り出される光り輝くような美女二人の合体技『二女神スマイル』であった……このへんの息の合い方はさすが姉妹神である。


 予備知識が無ければ、いや、あったとしても不意にこの技をくらえば世の男性はすべからく詰問への意欲を消し飛ばされるであろう……それだけの破壊力がこの技にはあるのだ……しかし今のオレは完全にコレを予期していた、窮地に陥ったコイツらがこの技を使ってくるであろうことは当然のごとく想定内なのである……つまりオレの不安は的中していたということにもなる……


「誤魔化そうとしてもダメッ」

 平然とした態度でジトッと二人を見るオレは、それでも心臓はキュ~ンとして頬も少し赤くなっているであろう……だが、それを押し隠してあえて冷静に言い放った。


「くっ……」

 イルビスが悔しそうに呻きアリーシアは、あらぁ~……と苦笑いしている、二人ともオレがかなり本気でこの話を切り出したのだと理解したようであった、そりゃそうである、王国の守護女神と大神官が揃ってオレの私用ともいうべき旅にくっついてきてしまっているのである……この旅は全部で約一か月程の旅程であるのだ……オレは改めて二人に問うた。


「で? 行き先はドコって言ったんだ?」

「う……ち、ちょっと……ソコまで、と……」

 イルビスが非常に言い辛そうにボソッと白状した、途端にオレの脳裏には半ベソでこちらへ向けて猛ダッシュしてくるマクシム神官長とキラさんの顔が浮かぶ……ちょっとソコまで、と出掛けて今日でもう十一日が過ぎようとしている、留守を預かる神官の皆さんであれば半ベソにもなるというものであった……


 あぁ……と天井を仰いで嘆息したオレは首を正面に戻しつつ、反省などしてないであろうが表面上はシュンとなっているアリーシアとイルビスへ向けて口を開く。


「アリーシア、イルビス、明日の朝になったら二人で王都へ戻るんだ……」


 言われた瞬間は理解が追いつかなかったのであろう、キョトンとした顔の二人であったが……徐々に大きく目が見開き、信じられない……といった表情に移っていく、そしてイルビスが突然バンッ! とテーブルに手を突いて腰を浮かしつつワナワナしながら……それでも怒鳴らぬように声を抑えて言う。


「わ、私とねえさまに……帰れと言うのか……?」

「ちょっとタクヤ……それあんまりじゃない……?」

 見かねたローサも眉をひそめながら言った、言葉も無く悲しい表情を浮かべているアリーシアに同情したのであろう……だが、オレは譲らずに首を振りながら。


「この旅は一か月くらいの旅程なんだ、アリーシアとイルビスがそんだけ長い間教会を留守にしたら当然神官の人たちに大迷惑がかかるだろ……? 王城の重要式典だってそうだ……もう半月近く経ってるんだぞ? このへんで帰らないと王都のみんなが困るだろ?」

 う……む……と、反論できずにローサとイルビスは黙り込んでしまう、オレの言い分が正論過ぎて口を差し挟む余地がないのであった、だが、そのときアリーシアが俯いていた顔を上げてオレを見詰め……


「タクヤさんは……私とイルビスが帰ってしまっても平気なのですか……?」


 ウルウルした目と悲しそうな表情で訴えかけるように尋ねてきた……これはズルイのである……これにはさすがにオレの心もグラッと揺れた……なんだか自分がとても悪いことをしてしまったかのような気分になってきたのである……

 だが教会で二女神の帰りを待つ神官の皆さんの顔を思い浮かべると、やはりここは折れるわけにはいかないのであった……心を鬼にしつつアリーシアへと。


「オレだって全員で旅を続けたいさ……でも、王都のみんなもアリーシアとイルビスを必要としてるんだ……教会から正式に許可が下りていない以上は、オレたちの我儘だけで勝手なことをするわけにはいかないだろ……」

 そう言うオレの言葉を聞くと、アリーシアは静かに目を伏せ再び俯いてしまった……可哀想だとは思うが、キラさんが涙を流しつつオレに頭を下げた場面が脳裏に浮かぶや、やはりこうするしかないのだ……と思い直す、教会はオレを信頼して二人の女神を託してくれたのだ……甘やかしてばかりではいけないのだ……と痛む心を抑えつつ俯いているアリーシアとイルビスを黙って見詰めた……


 酒場は陽気な喧騒に満ちている、しかしオレたちの座るボックスには沈鬱な雰囲気が色濃く落ちていた……アリーシアもイルビスも本当は分かっているのであろう……自分たちが王都に必要な存在であり、時には己の願望を犠牲にして国のために尽くさなくてはいけないことに……


 そんな二人の気持ちを考えるとオレも胸が締め付けられる思いである……目の前に座っている俯いて悲しみに耐えているその姿……だが、きっとこの二人なら前を向いてまた明るく立ち上がってくれる……ハズ……ん……? あれ……?


 何か様子が変だな……? とオレが訝しんだ途端であった、顔は俯けたままアリーシアとイルビスがスーッと音も無く立ち上がったのである……


「……?」


 なんだか異様な雰囲気に声もかけられず、よくよく観察しようとしてみるがアリーシアは煌く黄金の髪が、イルビスは漆黒の艶やかな髪がその表情を隠していてよく判らない……なんだか良からぬオーラを纏っているようにも感じられるのであった……


 お、怒ったのかな……? と、不安になってきたそのときである……


「……イルビス」


「……はい……ねえさま」


 二人の間に短い応えがあり、そしてイルビスがクルリとこちらに背を向けた、すると間髪いれずにヴウゥゥン……という振動音が聞こえてくるではないか……


「お、おい……次元の裂け目なんか創って……今スグ王都に戻る気なのか……?」

 慌てて尋ねるオレであるが、俯いたまま静かに立つアリーシアも次元の裂け目を創り続けるイルビスも黙ったまま何も答えない……二女神から感じるなんだか良くないオーラも依然その強さを変えてはいなかった、これはかなり怒っているのか……? もしかしたらオレの言葉に傷ついてしまったのかもしれない……


「え……アリーシアとイルビス、帰っちゃうの……?」

 ローサも不安そうな声で尋ねるが、それでも二人から返事は無かった……さすがにこれはマズイと思ったオレは続いて言う。


「なにも今スグじゃなくても……せっかくの宴会の席なんだからさ? 明日にしたら……」

 だがそのとき次元の裂け目が完成したのであろう、イルビスがアリーシアへ振り向き軽く頷くと、アリーシアは無言のままスイッと身をひるがえしてそのまま漆黒の裂け目へと進んでゆく……

「おっ、おいっ……」

 オレは慌てて手を伸ばすが、あっという間にアリーシアの姿は裂け目へと消え、続いてイルビスもその背を追うように闇を湛えたような裂け目の向こうへと消えて行ってしまう……


 ヴゥゥン……と閉じていき、糸のようになった細い裂け目が全て閉じ切ってしまってから、オレの伸ばした手は行き場を失ったように力なくテーブルへと下ろされるのであった……



「どーするのよ……あの二人、かなり傷ついてたんじゃない……?」

 グラスをゆっくりと廻し、揺れる液面を見ながらローサがボソッとオレに言う。


「かもしれんな……旅に出てからあの二人、すごく楽しそうだったもんな……」


「そうよねぇ……でも、タクヤの言うこともその通りなのよね……」


「ああ……やっぱりあの二人が一か月も教会を留守にするのはな……」


 オレとローサの二人きりになったボックス席は重い雰囲気が漂っていた……感情の起伏が激しいイルビスはともかく、アリーシアがあんな風になるのを見るのは初めてではなかろうか……いつも優しく微笑んでいる彼女が一言も発せずにオレたちに背を向けて去っていった……それだけでオレの言葉が彼女へ大きなショックを与えたということが分かるのである……


 沈んだ気持ちのままローサと二人でチビチビとグラスを口に運ぶ、アケビ酒もなんとなく味気なく感じてしまい、目の前の豪勢な料理にも手を付けようとする気にはなれなかった、それはどうやらローサも同じのようである……


「まあ、この旅が終わって王都に戻ったら、許してくれるまで何度でも謝るさ……あの二人ならきっと分かってくれると思う……」


「うん……そうね……きっとタクヤの気持ちも分かってくれてるわよ……」


 かなりしんみりした雰囲気にもなってきてしまった、アリーシアとイルビスが次元の裂け目で去ってから小一時間ほども経ってしまっただろうか……このへんで気持ちを切り替えないといけないな……と考え、努めて明るい口調にしつつローサへと。


「じゃあ、急いでこの旅を終わらせなきゃだな、早いとこ帰って謝ればその分二人も許してくれるだろうしなっ」

「うふふ、そうね……お土産たくさん買っていってあげるのもいいわねっ」

 ローサも察してくれたようで、笑顔でオレの言葉に同意してくれるのであった。


 なんとなくホッとした気分になり、料理を少しつまもうかとフォークを手に取ったそのときである……


――ヴウゥゥン……


「え……?」


 空気を震わせる低い振動音が聞こえる……


 音のする方を見るや、テーブルの向こうに黒い亀裂が徐々にその幅を広げていくのが目に入った、言わずもがな次元の裂け目である……


 唖然と裂け目を見詰めるオレとローサの前で、広がり切って固定された漆黒の中からヒョイと黄金に煌く髪が現れ、すぐにアリーシアの全身が進み出てオレたちの前に立った……

 続いてサラリと流れる黒髪も現れイルビスが出てきた……が、右手に何か白いモノを握りしめている……驚きに声も出せぬオレとローサの目前でイルビスがグイッとその右手を引くと……


 引かれるままに神官の帽子が……続いて白髪の老人の顔が……そして神官服が……イルビスが握っていたのはその老人のアゴに生える長くて白いヒゲであった……

 アゴのヒゲを引かれてるものだから、たたらを踏んで老人がイルビスの横へと並ぶ、アリーシアも併せて三人がオレとローサの前に並んで立つ構図になった……


「マ、マ、マクシム神官長……」


 そうである、イルビスにヒゲを引っ張られて現れたのはなんとマクシム神官長であった……呆気にとられていたオレがやっとその名を呼び、次いでその横のイルビスとアリーシアへ目を移すと、なんと二女神さまは普段の通りニコニコ顔で微笑んでいるではないか……いや……いつもよりイイ笑顔にも見える……


 比してマクシム神官長の表情はなんか変であった……全体的にカクカクしているというか……直前まで恐い目に遭っていたかのような……視線もどことなく焦点が合っていないようなそんな感じである……


「お、お前ら戻ったんじゃ……」

 何が何だか分からなくなっているオレがアリーシアとイルビスへ言うと、二人は極上の女神スマイルでニッコリ返してきた……そしてイルビスの右腕がスッと動き、そのヒジがマクシム神官長の脇腹をドスッと突くと……


「タ、タクヤドノ……タビノサイゴマデ……オフタリヲヨロシク……」


 カクカクとアゴを動かして抑揚のない言葉が神官長の口から出てきた……オレとローサはもちろんポカーンと口を開けている……女神~ズは満面の笑みである……


「ちょ、ちょっと待て……お前ら……お前ら……」

 なかなか言葉が出てこないオレがプルプルしていると、再びイルビスのヒジがドスッと神官長の脇腹を突く……


「タ、タクヤドノ……タビノサイゴマデ……オフタリヲヨロシク……」



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