お騒がせと名誉の回復と逃走と
――ヴウゥゥン……という微かな振動音が流れ、空中に黒い糸のような一本の線が走る。
みるみる幅を広げて漆黒の面を成していくそれは、それまで何もなかった空間に扉のような形を創り上げて固定され、あたかもその場所だけ夜の闇が貼り付いたまま残ってしまっているように陽光を吸い込んで黒く佇んだ。
黒い扉は人目に付きにくい木陰に現れていた、木陰のしばらく向こうには大きな噴水が見えており、直径二十メートルはあろうその円形の噴水の周囲は十五メートル幅ほどのよく手入れされた芝生が巡り、さらにその周りを綺麗に整地された広い道でグルリと囲まれている。
噴水周りの道はいわゆるロータリーであった、人や馬車はその道を時計回りで進みスムーズな通行を促される造りである、そしてそのような造りの道が必要なこの場所とは……
両脇に格式ある装備を纏った衛兵が立つ、見上げるような大きな門扉は両扉ともが開放されており、そこから石壁が続きさらに十分な採光があるであろう大きな窓の列が並ぶ、上へと目を移せば尖塔が幾つも天を目指して立ち、塔の屋根飾りが柔らかな陽に眩しく煌いている……
アリーシア聖導王国、王都王城、正大門前広場である。
もうすぐ昼時に差し掛かろうという時刻であった、平和で穏やかな空気がゆったりと流れており、早目の午餐会でも催されているのであろうか……どこからともなく緩やかで美しい音楽も流れてきている。
そのとき黒い扉からヒョイと人影が現れた、美しい黒髪がサラリと動きこれも黒いミニワンピースの裾がヒラリと踊る、現れたのは見た目十五、六歳ほどの目を見張るような美しさの少女であった。
黒い扉を隠すような木陰から数歩進んで周囲を見渡した少女は、予想通りだったのであろうか……もうすぐ午餐の時間であり、ちょうど人も馬車もその往来の数がほとんど無くなるこの一刻を確認したかのように満足そうに頷くと、サッとその身を軽やかに翻してもと来た黒扉へと飛び込んでしまった。
少女が扉へ消えるのとほぼ同時に再び振動音が聞こえ始め、黒い扉はその身を徐々に細くしていく、やがて元の糸のような線になるやそれもあっという間に掻き消えて、そこには最初から何もなかったかのような静寂が戻るのであった……
――いや、さほどの間もなくその静寂も再び破られることとなる。
「イルビスっ! どうだった?」
「オッケーじゃっ! ちょうど誰も通っておらぬ!」
「よーしっ! セルピナっ! いっくぞーっ‼」
「わかったわっ! いち、にーの、それえええぇっ‼」
両掌を前へ突き出したセルピナが、フンスッ! と気合いを放つと途端に黒霧が湧き出して黒竜の骸の周囲に広がっていく、しかし巨大な骸を包み込むには全然足りない様子であり、その長大な胴部の中程がモヤモヤと隠れている程度である……
しかしそこでそのセルピナの腕を、オレの薄青く光る右腕が掴んだ。
途端にグワッ! っと黒霧が爆発したように広がっていく、うわわわわっ! と驚いて一瞬腰が引けた様子のセルピナであるが、そこは打ち合わせをしていたおかげで瞬時に持ち直せたのであろう、しっかりと両足を踏ん張って黒霧のコントロールに集中するのであった。
「ふぬおおおおぉぉおぉ‼」
爆発的に増加した属性力を操るのはかなりの気合いが必要なのであろうか……腕を掴みつつ見ていると、オレのすぐ横のセルピナは腰を落としたガニ股で両足を思いっきり地に踏ん張り、掲げた両掌をプルプルさせながら歯を食いしばって、ついでに鼻の穴を広げつつ、ふぬおー! と呻いて必死に黒霧を操っている……
とても女神に見えん……
頼み事をしておいてナンであるが……やはりアリーシアやイルビスが、ふぬおー! と言いながらこんな風になるのは想像できぬのでそう思ってしまうオレであった……
だが女神のたしなみをかなぐり捨てたセルピナの能力はさすがである、黒霧は凄い速度で広がり黒竜をみるみる包み込んでいくではないか……そしてあっという間に巨大な骸は彼女の属性力である黒霧にスッポリと覆われてしまった。
包んでしまえば次は疑似空間の展開である、これには更なる集中が必要なのであろうか……セルピナの呻き声は、ふぬおー! から、ぬぅりゃー! に変わった……
すると黒霧で包まれていた黒竜の骸が、不意にその厚みを失い平たくなったように見えた……いや、錯覚ではない、急激にペシャンコになって地面に貼り付く影になってしまったのである。
オレも影渡りは何度か体験しているが、傍から見るとこんな風なんだな……と目を見張りつつ眺めていると、地に広がる巨大な影をもって疑似空間の展開も終了したのであろう、セルピナの鋭い声が飛んだ。
「イルビスっ! 縮小するわよっ!」
「お……おぅ! よいぞっ!」
セルピナのワイルドな踏ん張り姿を呆気にとられて見ていたイルビスが慌てて応える、サッと上げて構える彼女の白い華奢な腕が、とても優雅に見えるのはナゼだろう……
「どっこいしょおおぉぉおぉ‼」
もうやめてっ……と思うくらいパワフルなセルピナの掛け声を聞きながらオレの見つめる先で、地に大きく広がっていた疑似空間の影がフッと消えた……かと思ったが、そうではなく彼女の言葉通り瞬時に縮小したのであった。
広がっていた影のちょうど中心あたりに、今や長さ一メートル足らずまで小さくなった影がポツンと残っている、そこへ間髪入れずにヴウゥゥン……という振動音が聞こえ始めた。
この黒竜の骸を王都へと運ぶ方法は、なんとローサの奇跡的とも言うべき指摘によって編み出された、これが前代未聞の珍事であろうことを疑う余地はないであろう……しかし作業は流れるように進み、その最終フェーズである骸の真下へ創る次元の裂け目が低い振動音と共にイルビスの手によって出来上がっていく。
「セルピナっ! よいなっ? 落とすぞっ?」
緊張を含んだイルビスの声が告げる、オレの右腕で増幅された属性力を操るセルピナが、かなりの真剣さで疑似空間の固定をしているのだ……通常であればほんの一瞬で済んでしまう影渡りの工程をその途中で無理矢理一時停止しているのである……そりゃ集中もするであろうし、そのセルピナを慮ってイルビスも慎重かつ真剣にならざるを得ないのであろう。
イルビスにしても理論上は可能であるようだが、いつもとは違う地に貼り付けるような形での次元の裂け目の作成である、セルピナの腕を握るだけで仕事をしてるつもりのオレなどとは比べ物にならぬ難度の作業であるハズだ。
傍らではアリーシアとローサ、サマサ、子爵とサラさんが固唾を飲んで見守っており、ずっと離れた向こう側では見物に来ていた村の人たちと、その人たちに危害が及ばぬように護り立つフィリアともう一人の護衛騎士がこちらを注視している。
その皆の目の前で、小さく縮小された疑似空間の影が次元の裂け目へとスッと沈んで消えた……あっけないくらい静かに終わったこの一連の工程は、だがそのステージを次は王都へと移すのである。
「よしっ! 送ったのじゃ!」
振動音が渡って裂け目が閉じ始めるや、イルビスがこの荒地でのミッション終了を告げた、オレもセルピナから手を離しセルピナもフ~ッ……と大きく肩で息をついている、おおぉ~……という感嘆の空気が場に流れる中、早速イルビスが王都へと続く今度はオレたちが移動すべきための次元の裂け目を創りにかかる。
「さあ、子爵……行きましょう!」
振り返り言うと子爵の目は、驚きと感嘆と、そして大きな喜びの光でオレを見つめているのであった……
「ん……?」
王都の王城正大門前に立つ衛兵が不審そうな声を上げる。
もうすぐ午餐会の始まる時間であり大門へと続く道を往来する者はすでにいない……見えるのはいつもの見慣れた穏やかな風景である、目前に見える大噴水や美しい芝生がそれこそいつもと変わらず平和なこの王国を象徴するかのように陽の光に輝いている。
しかし今、その噴水の真上……七、八メートル上空に何か朧げな……黒く薄い膜のようなモノが見えた気がしたのであった……
よくよく目を凝らして見ているとやはり何かある……なんだアレ……? と見つめていると、その空中の黒い膜からスッと小さな影が落ちてくるのが目に入った……そしてその次の瞬間……
地響きを伴った轟音が王城へと響き渡る!
爆発音に等しいほどの破砕音が王城の窓をビリビリと震わせ、正大門前の道から土埃がブワッ! と舞い上がる、その土埃の向こうには噴水池の水であろう水しぶきが、土埃よりさらに高く飛散しているのも見えた。
正大門前の衛兵がヘタッ……と腰を抜かしたようにへたり込む、しかしそれは轟音に驚いたのみならず、舞い上がる土埃と水しぶきの向こうに突如として黒い巨大な何かが現れたのを目にしたからであった……
「て……敵襲ーっ! 敵襲だあぁーっ‼」
悲鳴のような叫びは当然轟音に続いて城内へも届いたであろう、穏やかであった昼前の王城に瞬く間に緊張の波が走ってゆく……通用門からであろうか衛兵や騎士がバラバラと飛び出してくるのも見えてきた。
「な……なんだ……コレは……」
飛び出してきた衛兵の中の誰かが茫然と呟く、視野一杯に広がるのは漆黒の小山のように地へと延びる、何と呼んでいいかすら判らぬモノであるのだ……だが、次にはまた別の誰かがソレをこう呼んだ……
「ド、ド、ドラゴン……⁉」
騒ぎは城内へも伝播しつつあるのだろう、出て来る衛兵や騎士の数もみるみる増えてゆき、まるで蜂の巣を突いたような騒ぎへとなっていった、王都の王城ともなれば常駐する騎士たちは皆が防衛への強い使命感を持っている、戦闘態勢の緊張感が伝播して周囲にチリチリするような殺気が満ちていった……しかしその時である……
「ちょおおぉおっ⁉ イ、イルビスっ! 噴水ぶっ壊れてるぞおぉぉおっ⁉」
「当然じゃっ! 狙って真上より落としたのじゃからのう~、見よっ、見事なコントロールであろ?」
「なに言ってんだああぁっ⁉ 噴水ぶっ壊しちゃダメだろがああぁっ⁉」
「やかましいっ! あの真ん中は誰も通らぬのじゃから一番安全であろうがっ!」
「そ……そりゃそうなんだろうけど……」
「大体あのようなデカいモノを被害も出さずに落とせと言うのが無理なのじゃっ! 人を巻き込まぬためにあの場所にしたのじゃから、四の五の言うでないっ!」
「う……う~ん……」
土埃の舞う中からこんな会話をしつつ現れたオレたちを、あんぐりと口を開けた衛兵や騎士たちの顔が迎えた……
「不審な者共めっ! そこを動かず投降せよっ‼ 抵抗すれば容赦なく斬るっ‼」
だが、さすがに放心状態から素早く我に返った衛兵と騎士がズラッとオレたちを半包囲し、衛兵のロングスピアと騎士のロングソードの切っ先がこちらへと向けられた、まあ、そりゃあこうなるであろう……王城の正大門前にいきなり黒竜の骸を落っことして噴水をぶっ壊したのだ……侵略やテロと思われても致し方があるまい……
「この私を不審者じゃとっ……?」
あぁっ? と取り囲んできた衛兵騎士たちを睨むイルビスであるが、これも致し方ないであろう……私服のミニワンピース姿の彼女を、この状況下でとてもスグには大神官などと認識できるわけがない、やはりどこからどう見てもただの可愛い女の子であるのだ……
しかしそのとき、オレの横から煌く黄金の髪がフワッと流れて前へ出る……
「アリーシアですっ、皆さん落ち着いてください、危険はありません」
凛と前へ立ち、落ち着いた声で衛兵騎士たちへと告げる風格はさすがであった……彼女も私服姿ではあるがそんなことは何の問題にもならぬように神々しいオーラを放ち、美しいその容貌はさらに有無を言わさぬ圧倒的な威厳すらをも漂わせている……昨夜ベロンベロンに酔っぱらって管を巻いていた人と同一人物とはとても思えない……
瞬時にハッ⁉ と気付いた衛兵騎士たちの武器の切っ先が地へと下げられる……なんといってもこの国の象徴である守護女神さまである、王国の衛兵騎士ならば絶対に武器を向けてはいけないお方であった……
「イルビスじゃ!」
ちょっと不貞腐れた顔のイルビスも続けて告げる、アリーシアと認知度の違いがありすぎて面白くないのであろう……だがそれで衛兵騎士たちもハッ⁉ と大神官さまであることに気付いた様子である。
「ア、アリーシア様……イルビス様も……」
ザワッとざわめきが広がるや途端に皆が跪き騎士の礼をとる、実に壮観であった、そして頷いたアリーシアが一番手前の騎士へ。
「陛下をお呼びしてきていただけますか?」
「ハッ……ハハァーッ!」
言われるなり発条仕掛けのように飛び出していく騎士を横目で眺めつつ、オレはぶっ壊れた噴水の方が気になってしょうがないのであった……
「う、うおおぉ……タクヤ君……これは一体……?」
スグにやって来た陛下は正大門前広場の光景に目を見張り、驚愕に唸りつつオレへと尋ねてきた、やはりこの黒竜の骸を目の当たりにするとこの陛下でも唸ってしまうんだな……と、いつもいいように振り回されてるオレとしては少し溜飲の下がる思いがするのである。
正大門前へ立って陛下は茫然と黒竜を眺めている、オレは背後にいた子爵の手を取って陛下の前へと二人で並び、横のアリーシアとイルビス、後ろのローサとサマサとサラさんの合せて七人が揃って王陛下への礼をとった。
陛下に続いて城内からゾロゾロと着飾った貴族や大臣ズ、学者風の人や使用人たちなどの姿も現れている、何事なんだ? とキョロキョロしていた皆の顔は黒竜の骸を認めるや途端に息を飲み、あるいは悲鳴を上げかけた己の口を掌で押さえつつ、だが全ての者が放心したように黒竜を凝視し始める。
そこでニッと陛下に笑顔を向けたオレは、その後ろのギャラリーにも聞こえるように声を張り上げて述べた。
「申し上げます! ドラゴスレイ家が退治せし竜の骸! 三百年前の約定を果たすため今! 陛下と皆様へお目にかけるべく王都へと持参いたしましたっ! どうぞ心ゆくまでご覧あれっ!」
シーン……と静まり返る場に、しかし僅かな間をおいて皆が一斉に驚嘆の声を上げ始め、やがて城内から溢れるように大門前広場へ出て来るギャラリーでその場は騒然となっていくのである。
「なるほど……そういうことか……タクヤ君、到着早々またずいぶんと親孝行したようだねえ……」
黒竜をしげしげと眺めつつ、オレの口上だけで瞬時に三百年前の汚名返上なのだと察した様子の陛下である……さすがにこの回転の速さには恐れ入った……だが、事象の理由に合点がいくと次は経緯へ興味が移るのは人の常である、もちろん陛下も目に好奇の光を宿してオレへと尋ねてくるのであった。
「だが……竜の骸とか言っていたが……タクヤ君、こんなのドコに居たんだね……?」
「はい、実はコイツ、次元の狭間から出てきたんです……」
かくかくしかじか……と、説明するオレの話にフムフムと頷く陛下はやはり真剣な表情であった、能天気に骸を見物している人たちとは大違いであり、むろんそれはこんな化物がもし王都を襲ってきた場合は……などの事態を想定するという、政を司る者としての危機管理に対する意識のせいなのであろう……
「なるほどなるほど……そんなことがあったのか……タクヤ君、君って結構大変なコトが多いねえ……」
「…………」
説明を聴き終えて大体の経緯に納得がいった後、しみじみと言う陛下であった……だがオレが、半分くらいはアンタのせいなんだけど……というジト目で返すと、途端にスットボケた様子で目を逸らし、今度はアリーシアとイルビスへ声をかけ始める。
「アリーシア様、イルビス様……あまり無茶をされては困りますなぁ……」
「エ、エヘヘヘッ……」
黒竜と戦闘をやらかしてしまっているのだから言い逃れしようもなく、陛下にそう言われた二人は即座に可愛らしく笑って誤魔化した……コレをやられると重ねて文句は言えなくなってしまうのである、可愛いのではあるがズルイのである……
ニコニコしている姉妹神にヤレヤレとため息をついて肩を落とした陛下は、しかし次にはピシッと王の貌へと戻り、オレの横に立つ子爵へと優しい眼差しを向けて口を開いた。
「ドラゴスレイ卿……此度の家名への名誉回復、心よりお慶び申し上げる……この竜の骸は嫌が応にも王都中の話題になりましょう、王都の皆へはドラゴスレイ家の功績だと正しく伝え広めること、私が責任を持ってお約束します……」
「お……おおぉ……おぉ……」
陛下がそう言うと子爵はなかなか言葉が出せず……だがそれは言うまでもなく溢れる想いのせいであるのはその場の皆に理解ができ、目を潤ませて陛下へと深々と頭を下げる子爵の姿は、オレたちの胸にも熱いものを込み上がらせるのであった……
「ところでタクヤ君……」
「はい?」
「コレ……ずっとこのままなんだろうか……」
「あ、あ~……」
陛下が黒竜を眺めながら、どうしたもんだろうねコレ……という口調でオレへと尋ねてきた……オレとしてもノリと勢いで正大門前へ落っことしたのはいいが、王城前のロータリーのど真ん中に噴水をぶっ壊して長々と伸びている黒竜の骸を見ると、さすがにこのままじゃマズイよなあ……と思ってしまうのである……
「問題ないのじゃっ!」
そのときこの会話を聞いていたイルビスが、フフンと得意そうな顔で言い出した、そういえば狙ってあそこに落としたと言っていたのである……何か考えがあるのか? と、皆の視線がイルビスへと向いた。
「子爵の家に伝わる話ではの、三百年前の当時退治された竜は王都へ運ぶ途中、五日目ほどで黒い霧が湧いて出て干物になってしまったそうなのじゃ」
陛下が、ほほぅ……と頷き、オレは昨日子爵の語ってくれた話を思い出す、確かにそんなことを言っていたのであった……
「んじゃ、この黒竜もそのうち……ってことなのか?」
「じゃろうの、身体より精神が去り魔素の生成が無くなると、角はその骸を徐々に内側から喰ってゆくのじゃ……肉を喰らうという訳ではないぞ? 体内の魔素を吸い上げてゆき魔素を吸い尽くせば細胞に残る体液をも吸い尽くしてゆく……やがて全てを吸い尽くし終えれば後に残るのは干からびた残骸のみになろう」
「なるほどなあ……だから干からびて縮んじまったってことなのか……だとしたらコイツは何日くらいで干からびるんだ?」
「それは私にも分からぬっ!」
なんでそんなにエラそうにできるのかは知らぬが、腰に手を当ててふんぞり返って言うイルビスであった……だが、彼女なりの考えがあったようで続けて話し始めた。
「まあ、一週間や二週間では縮まぬであろうの、で……じゃ、その間当然見物人が押し寄せてくるじゃろ? ソイツらから見物料を取れば噴水の修理費なぞスグに稼げるのじゃっ!」
どうじゃっ! 名案であろっ? と、ドヤ顔でオレたち一同を見回すイルビスである……狙って落としたとは言っていたが、まさかそこまで計算していたとは……確かにスゴイのではあるが、オレたちは、あぁ……と困った顔になっている、そして陛下がオレたちの気持ちを代弁するかのように口を開いた。
「さすがに正大門前で見物料を取るのはねぇ……いや、まあ……噴水は私がなんとかするよ……」
常識の壁に計算を打ち砕かれたイルビスは、はぅぁっ⁉ と固まっている……オレたちは、ほんとスンマセン……と陛下に深々と頭を下げるのであった……
「さて、これから午餐会なんだが、どうだい? 皆さんも一緒にいかがかな?」
どんどん増える黒竜の骸を取り巻く見物人を眺めながら、陛下がオレたちを誘ってくれた、ウゲッ……となるオレとは対照的に子爵は、おぉぉ……と嬉しそうである、午餐会とはいわゆる王都の貴族の社交の場であるのだ、家の名誉を回復したからには胸を張って出席できる子爵の気持ちは痛いほどよく解るので、オレは文句などとても言えない気分になるのである……
だが、やっぱり気が進まないなぁ……と考えていると、そのとき遠くの方から叫ぶとも喚くともつかぬ声が流れてくる……なんだ? と思ってそちらを見ると……
「アアァリーシア様あぁあぁぁっ! イイィルビス様あああぁあぁっ!」
遥か遠く、裏門の方からであろうか……神官服の二人が絶叫しながらこちらへと、ズダダダー! と走って来ているのが見えた……
「げぇっ⁉ マクシムッ⁉ キラッ⁉」
イルビスが目を剥いてそちらを見ている……アリーシアも、きゃああぁあぁっ⁉ と珍しく仰天しているようである……そう、やっと顔が認識できるほどの距離ではあるが、アレは確かにマクシム神官長とキラさんのようであった……
「マ、マズイのじゃあぁっ! 帰るぞっ‼」
そう言うや否や、ヴンッ! と振動音が響きイルビスが大慌てで次元の裂け目を創り始めた、コ、コイツら……今回の旅のこと、まさかちゃんと教会側を説得してないんじゃ……
「あー、今日は朝から王国議会の会議があったからねぇ……あのお二人ももちろん出席していたよ……」
陛下が非常に面白そうな表情を浮かべながら呑気に説明をしてくれている……ワタワタと慌てるアリーシアは珍しいのであろう……ヒイィィ~と掠れた悲鳴を漏らしながら次元の裂け目を創るイルビスを見る分には、もう噴き出しそうな顔である……
「アアァリーシア様あああぁ! イイィルビス様あああぁ!」
だんだん近付く声に、ギャーッ! と変化したイルビスの悲鳴であるが、ようやく黒々とした裂け目が完成したようだ、早速アリーシアも一同を裂け目へと押すように誘導し始めた……
「み、皆さんっ! 早くっ! 早く戻りますよっ!」
ワ、ワシ、午餐会へ行きたいんじゃがのう……というような顔をした子爵も、アリーシアにその手を握られて、さあっ、子爵もお早く……と促されると、途端にデレッとしてホイホイと裂け目へ向かうのである……
「お、お前ら……教会に言わないで出てきたんじゃないだろうな……?」
青褪めてプルプルしながら尋ねるオレであるが、必死の形相のイルビスに、やかましいっ‼ と後ろから尻を蹴飛ばされて裂け目へと押し込まれてしまった……押し込まれる寸前に、目の端に涙まで浮かべて腹筋を押さえつつ笑っている陛下が、後は任せておきたまえ、と言ってくれるのが聞こえたのである……




