二日目と二日酔いと再出動と
レースの薄いカーテン越しに柔らかな陽の光が射し込み、壁や天井で花模様の優しく淡い影がゆらゆらと揺らめいている。
もう朝か……と思いながらショボショボする目をゆっくり開くと、デカいベッドの真ん中で少々寝不足気味の身体からダルさを追い出すように大きな伸びをした。
アリーシアやイルビスのような美女ならばセクシーで絵になる目覚めのシーンなのであろうが、オレだとどうひいき目に見ても前日の残業で疲労感の残る冴えない安月給サラリーマンの朝という感じである……
ゴロリと横に一回転半ほどしてベッドの端に到着すると、用意されていた毛のフワフワなスリッパを履きもせず裸足でペタペタとベッドルームを後にする、薄い布のかかっている寝室の出入口をくぐると、そのまま居室を斜めに横断して窓へと向かってペタペタ進んで行った。
ここは子爵邸に用意されたオレの部屋だということであった……客室という意味ではない、現ドラゴスレイ子爵の義理の息子になったこのオレに充てがわれた、この屋敷でのマイルームというやつである……二階の角の一番陽当たりの良いなかなか広い立派な部屋であり、若かりし頃は子爵が私室として使用していたそうで、その後は亡き奥方との間に子供ができていれば子供部屋にするつもりであったともいう……
窓際に立つとカーテンを少しだけ開けて外を覗き込んだ……寝不足なオレが起床した直接的な原因は爽やかな朝の陽の光にあらず、実は外から聞こえてくる大勢の人がザワザワと集まって話をしているような声と音で目覚めたのである……しかして恐る恐る覗き込んだ窓の下、前庭に見えたのはやはり総勢で三十人近くは居ろうか……村の人たちがいくつかの輪を作り、それぞれが何か夢中になって話し合っている様子であった。
「なんだ……? 祭りでもあるのか……?」
なんだか高揚した感じも伝わってきたのでそう疑問に思いつつ、しかし笑顔の人が多くトラブルが起きたような感じではなさそうなので安心もしながら、ノタノタと身支度を済ませて階下の食堂へと向かうこととしたのである。
「お、おは……よう……」
テーブルにはすでに我が家の女性陣四人が揃っていた、それぞれの前にモーニングティーの金で縁取られた洒落たカップが置かれており香り高い湯気が昇っている、格調高く美しい朝のひとときであるはずなのであるが……
「おはようございますっ」
ニッコリと笑顔で応えてくれたのはサマサだけである……ローサとイルビスはドヨ~ンとした顔で、アウゥ~……と唸って応えてきた……オレが椅子に座って間もなく、サラさんがティーカップを運んできてくれた頃になって、目元に掌を当てて俯いていたアリーシアがようやく気付いた様子で。
「お……おは……よう……ございます……」
掠れた吐息のような声であった、これまたローサやイルビスよりさらに輪をかけてドヨ~ンとした顔でもある、顔を上げてからは両手の指をこめかみに当てて眉をしかめており、目の下にはうっすらと隈もできているようだ……
「ア、アリーシア……具合でも悪いのか……?」
昨夜のこともあるので恐る恐る尋ねてみると……
「私……なんだか体がダルくて……頭痛もするし……少し吐き気も……どうしちゃったのかしら……」
辛そうに言うアリーシアであった、本当に調子が悪そうである、それゆえ退廃的な雰囲気に見えなくもなく、普段は隙の無い美女であるがゆえにいつもとはまた違った色気を感じるのではあるが……当のアリーシアにしてみれば迷惑な話であろう、だがコレってもしかして……
「アリーシア……そ、それってもしかして……二日酔いなんじゃ……?」
オレがそう言うとアリーシアは薄く目を開けて、えっ……? とこちらを見る、そして何かを想い出そうとするように瞳が宙を彷徨い……そして、ハッ? と思い出したような表情になって口を開いた。
「そ、そういえば私……昨夜ワインを飲んでいたような気が……でもハッキリと思い出せないわ……」
――こっ、これはっ……⁉ なんという僥倖であろうか……昨夜のあの大荒れっぷりをどうやらすっかり忘れているのではないだろうか……オレの記憶のイメージを見て知った、イルビスやローサとのあれやこれやを酔いに任せて暴露しまくり、とうとう最後には、私らけ何もないなんてズルいれすっ! と、まるで嵐のようにオレたちを翻弄したアリーシアなのであったが……
酔いのせいですっかり忘れているとなれば、これ以上望むべくもない幸運である……おいっ、コレって……? と、ローサとイルビスへ視線を向けると、二人ともハハ……と、少し引き攣った笑いを返してきた、どうやらアリーシアが昨夜のことを覚えていないのを先に確認済みのようであった……
ならばわざわざ思い出させることもないであろう……いや、できるだけ忘れていてもらいたいところである……それには早急な話題の変更が不可欠であった、なのでオレはスグに何食わぬ顔で口を開く。
「そういや前庭で村の人たちがガヤガヤやってるけど……アレ、なんなんだ?」
急に話題を切り替えたオレの意図、つまり文字通り『触らぬ女神に祟りなし』の方針を即座に理解したのであろう、皮肉にも同類の女神さまであるイルビスすらこの考えには同調するようで、昨夜のダメージがまだ少し残っているような気だるげな声で応えてくれた。
「なんなんだも何も……早朝から荒地であの竜の骸を見物して、戻ってきおった連中ということじゃ……」
な、なるほど……そういうことなのか……と頷くオレに、ティーポットを持ったサラさんが引き継ぐように話し始めた、昨夜遅くに荒地へ見物に行ったハズの彼女は、一夜明けた今でもまだ興奮冷めやらぬ様子で目を輝かせながら……
「タクヤ様、村中大騒ぎですわよ? 私も昨夜、荒地で見て参りましたが……初めは自分の目を疑いました、あんなに大きな竜がこの世に存在していたなんて、と……そしてあの竜が村へ来ていたらどれほど恐ろしいことになっていたかと考えると……村の皆さん前庭に集まって口を揃えておっしゃってますわよ? 新領主様は竜退治の英雄だって……」
そう言いながら熱っぽい目でオレをジーっと見つめてくる、ドラゴスレイ家に仕えるメイドさんなので家の名誉と評判が上がるのは我がことのように嬉しいのであろう……だが、言われたオレはやはり大いに焦るのである……
「い、いや……退治って……オレが直接やったわけじゃ……」
あれこれ指示しただけ……つまり口しか出していないオレにとって、サラさんの言う評価はさすがに過大であると感じた、実際に戦闘は全てミツハを含めた三人の女神~ズと精霊たちが行っている。
だが、弱りながらそう言うオレを謙遜しているととったのであろう、ますます熱っぽくなるサラさんの視線であったが、そのときこの様子を見ていたイルビスがニヤニヤと嫌な笑顔になって口を開いた。
「よいではないか? なにせ戦闘の詳細を開示できるわけでは無し、ここは英雄になっておくのがよいであろ? そうよのう……必殺タクヤチョップで退治しました~、とか言うておくのがよかろ?」
思いっきり揶揄う口調のその言葉に、それまでダルそうにグダ~っとしていたローサもブフゥ~! っと噴き出す……二人ともオレにくらった愛のチョップをまだ根に持っているようである……
「な、なんだよ……イルビスの岩石弾だって全然通じてなかったクセに……」
ムカッときて唇を尖らせながらボソボソ言うオレのつぶやきが、当然ながら聞こえたのであろう……そしてこれも当然、聞くなりイルビスの柳眉はキリキリっと吊り上がり頬がカーッと紅潮してガタッ! と椅子から腰を浮かせるや、三段階ほどトーンの上がった声が響く。
「なんじゃとっ! 貴様っ! 私を役立たずだったと言うつもりかっ⁉」
「ひっど~いっ! タクヤ、なんてこと言うのよっ! 私、見てないからよくわかんないケド……」
「お……お願いです……あまり大きな声をださないで……ください……」
興奮したイルビスと、便乗したはいいがあまり訳の解っておらぬローサと、こめかみに指を当ててガンガンする頭痛に顔をしかめるアリーシアである……サマサとサラさんはどうしていいか分からずにアワアワするしかないようである……するとそこへ突然。
「おおっ! タクヤっ! ここにおったかっ‼」
不意に食堂の入口から野太い声がビリビリと渡った。
「きゃあああああぁっっ⁉」
声とともに突然ノソリと現れたのは髪は伸び放題ヒゲボーボーで上半身裸の巨人であった、驚いた女性陣のこれまた大きな悲鳴である、アリーシアだけはその大声と悲鳴に、あひぃぃぃ~……と頭を抱えて涙目になっていた……
「ウォルトさんっ⁉ 意識が戻ったんですねっ⁉ よかった!」
思わず椅子から立ち上がりそう叫ぶオレへ、ガッハッハッ! と豪快に笑いながら、昨夜には瀕死の重態であったとはとても思えぬほどの元気さで応えるウォルトさんである。
「タクヤも無事だったようだな、なによりだ……いや、ワシ自身はてっきり死んだものと覚悟しておったがな……なんともこの傷跡……」
そう言って隆々たる筋肉を誇る胸から脇腹へかけて延びる生々しい傷跡を、自らの手で撫でながら不思議そうに尋ねてきた。
「見事に傷口がふさがっておる……これも女神の力とやらでやったのか……?」
「え、ええ……アリーシアが治療してくれました……」
「そうかそうかっ! なんにせよ礼を言うぞっ! ガッハッハッハッ!」
その巨体に見合った大音量の笑い声が食堂へと響き渡る……礼を言われた当の女神さまはガンガンする頭を抱えてヒクヒクしているのであるが……
朝食が始まりオレはウォルトさんへ事後の経緯を説明した、ウォルトさん的には二年ぶりのまともな食事であり、造血促進の治療を施されて体内のエネルギーをかなり消耗していたのもあるのであろう、驚くべきスピードでテーブルの上に大量の皿の山を築き上げつつオレの説明にフムフムと頷く。
傷の治療後の様子から始まり、ここ子爵邸へと搬入されたことから村内への後処理、その後一夜明けての村の様子までを聞き終えて深く頷いたウォルトさんは、大急ぎで追加注文のパンを届けにきたパン屋のデカいバスケットから長いフランスパンをそのまま一本鷲掴みにしてかじりつつ、やがて何かを回想するような目で宙を眺め始めた……
「なあ、タクヤよ……ワシは洞窟にいたときからずっと不思議に思っておったんだが……」
腹ペコ巨人の底なしに思えるほどの食欲を満たすために、大わらわで動き回っていたサラさんたちメイドさんへ申し訳ない……と視線を送っていたオレへ、ようやく腹八分目ほどになったのであろう、大分落ち着いた様子のウォルトさんが呟くように言い始める。
「あの竜のことだがな……子竜と……デカい方は母親だったと思うんだが……」
「はい、オレもそう思いますが……どうかしたんですか……?」
しきりと首を捻り不思議そうなウォルトさんへ皆の視線が集中する、そして……
「母親がおり子がおる……ならば父親もおるはずなのだが……」
その言葉に全員がギョッ⁉ っと目を剥いた、オレは背筋がザワッと寒くなる感覚に身震いする……
「ま……まさかあんなのがもう一体……?」
震えるオレの声と青ざめた皆の顔に……ところがウォルトさんはハッ⁉ と気付くや慌てて手を振った……つもりなのであろうが、しっかりとフランスパンを握りしめているのでブンブンとパンを振り回した。
「いやいや、そうではないんだ……実際にワシが洞窟に閉じ込められていた二年間で、見たのはあの二体だけだった……地底湖にはその二体しか棲んでおらんかった……はずだ……」
二年もの間観察を続けていれば、その信憑性はかなり高いものであるだろう……ウォルトさんがそう言うと、ホ~ッと全員の肩から力が抜けていく……さもあらん、あんな化物と戦う経験など一生に一度で十二分であると、言葉では言わずとも全員が思っているのは火を見るより明らかであった……
「だが、やはり変ではないか? 竜とて生物である以上は父と母がいなければ生まれてこないだろうに……?」
やはり納得のいかぬ顔で続けるウォルトさんの話に、そのときオレは以前ネットで見た言葉を脳裏に思い出した……
「単為生殖……」
「うむ、そうであろうのう……」
オレの呟きとすかさずそれに同調するイルビスであった、コイツそんな知識まであるのか……とイルビスに驚きつつオレは、その他の不思議そうにこちらを見る皆へ説明を始めた。
「トカゲやヘビなんかの爬虫類の中にはさ、オスがいなくてもメスだけで子を作れるものもいるんだ……単為生殖って言ってな……個体数の少ない過酷な環境なんかでは、適応してメスだけで子を作れるようになるものもいるって話だ……あの竜もおそらく……」
ほえ~……と、オレの話によく解らないが感心する一同である、イルビスだけはエラそうに腕組みしながらウンウンと頷いていた……だが、オレはこの自分の語った話で、やはりあの黒竜……つまり古代より細々と生き残ってきた恐竜としてのあの種を、この手で絶滅させてしまった可能性が高いな……と、どうしても考えてしまうのであった……そしてオレのこんな考え方が原因で、あのときウォルトさんを……
「ウォルトさん……すみませんでした……」
沈んだ声でオレが詫びると食卓に静寂が落ちる……きっとオレは今、悲痛な表情をしているのであろう……ウォルトさんがオレのことを慮ってあえて明るく元気一杯な素振りで食堂へ来てくれたのであろうことは、オレのみならず一同が薄々と感じ取れているはずだ……もちろんオレにもずっと自責の思いがあった、そしてそれを分かっているのであろう皆がオレへ心配そうな視線を向けているのが痛いほど伝わって来る……
そう……あのとき黒竜の最後の力を振り絞った怨嗟の声に呼ばれ、ノコノコと前へ出てしまったのは全てオレが甘かったからである……そのせいでウォルトさんが命を落とす寸前までの危機に陥ってしまった……肩を落として項垂れつつ詫びるオレへ、だがウォルトさんは全て察してくれているのであろう……
「ああ、いいさ……」
短く応えるその声は優しかった、それでもまだ俯いているオレへ気を遣ってくれたのであろうか……続けて言ってくれる。
「ワシとて何も考えなしにお前を庇った訳ではないのだ……」
「?」と顔を上げるオレへ、ヒゲモジャの顔は口元へ笑みを浮かべているようであった。
「なんというのかな……自分でもよくわからぬが……お前ならばなんとかしてくれるのではないか……? という気がしてな」
そう言ってカッカッカと笑いながら、グラスの新鮮なミルクをグイーッと一息に飲み干した、楽しそうな様子のウォルトさんにオレの方は当然疑問だらけである……
「な……なんでオレのことをそんなに信頼してくれるんですか……?」
「ん……? カッカッカッ、理屈じゃあないのだよ、だがまあ……あえて言うならば……そうだな、お前は常に迷っておるから……ということだなっ」
と、言われてもさっぱり意味がわからない……キョトンとするオレであるが、驚いたことに我が家の女性陣一同は、あ~……わかるわ……といった感じでウンウン頷いているではないか……
「え……? 迷ってるから……? それってどういう……?」
周りをキョトキョト見回しながら慌てるオレへ、今度は誰からも応えはなかった、ただ皆ニヤニヤ顔でオレを見るだけである……優柔不断な部分を揶揄われているのかとも考えたが、どうにも違うようでありさっぱり訳が分からない……
「な……何? ねぇ、どういうこと……? ねぇってばっ⁉」
オロオロと困るオレへ、やがてウォルトさんがガッハッハッハ! と笑い出すと女性陣もクスクスと笑い始めた、アリーシアも響く頭痛で目の端に涙を溜めながらも笑っている。
なんとも大騒動であったハナヤマ村の初日から一夜明け、穏やかさを取り戻した朝の食堂に賑やかな笑い声が渡っていった……
「そういや子爵を見ないけど……疲れちゃってまだ寝てるのかな?」
まだ結構な早朝である、昨夜は村長たちに呼ばれて緊急会議とやらに出かけた子爵は、オレたちが起きている間は帰って来ず、かなり夜も更けてから……つまり真夜中の帰邸であったようだ……だが、ポットから食後のハーブティーを注いでいたサラさんが、オレの問いになぜか不思議そうな顔を上げる。
「い……いや、ほら、緊急会議で夜中まで帰って来なかっただろ……? オレが避難準備の指示なんか出させたものだから、迷惑かけちゃったんじゃないかなって……」
あ~……と、合点がいったのであろう、するとサラさんの顔が急に少し赤くなり、笑いに噴き出すのをやっとこらえている表情になった……「?」となるオレへ、ついにクスクスと可笑しそうに笑い始めたサラさんは。
「タクヤ様、緊急会議なんてウソですよウソ! 村長さんや商店主さんたちが、みんなで集まってお酒を飲んでドンチャン騒ぎするだけなんですからっ! うふふふっ……」
「え……そ、そうだったのっ……?」
「はいっ! でも昨夜はいつになく盛り上がっていたようですわね……まあそれも当然ですわね、荒地へ先発していた村の方々が戻ってきて様子の報告があってからは、お祭りみたいになっていたっていう話でしたから……うふふっ」
あらまあ……と、口を半開きにしてサラさんの話を聞くオレたち一同である……サラさんもとても楽し気に説明してくれるのであった。
「なるほどなあ……前庭に村の人たちが集まってるのは、その余波だったってことなのか……」
「はい、そういうことになりますね、あ……でも、お館様は……夜が明けるとすぐにお出かけになりました……」
「ええっ⁉ そんな早くにまた出かけたって……ど、どこへ……?」
子爵は夜中に帰ってきてまたすぐ夜明けに出かけたという……高齢なのにずいぶんバイタリティ溢れる行動だな……と、さすがに驚いたオレが尋ねると、サラさんはなぜか少しトーンダウンした声で続けてくれた……
「荒地へ行くとおっしゃって……フィリアさんが御者を買って出て下さったので、馬車で向かわれましたが……」
荒地へ……ということはもちろん黒竜の骸を見に行ったということなのであろう……だが、昨夜に一度見ている子爵が夜明けにまたすぐに行くというのは一体……ただの興味本位からの行動とは思えないフシがある……子爵が昨夜、黒竜の骸を見てからはずっと何か考え込んでいた風であり、サラさんが少しションボリした様子になったというのも併せて、オレはその理由に考えを巡らせた……
「サラさん……」
ポットをテーブルに置き、銀のトレイを胸に抱くように持ったサラさんは、はい……と真っ直ぐにオレへと向かい返事をする、凛としたドラゴスレイ家のメイド長の貌であった。
「子爵はやっぱり……ずっと気にしてるんですね……? 三百年前の家名を失墜させた不名誉な出来事を……」
オレのこの問いにサラさんは哀しそうな表情になり目を伏せる……だが、否定も肯定もせずにただ黙って立ち尽くすのみであった……その姿にオレたちは理解する、ドラゴスレイ家の当主である子爵自身が言葉に出さぬよう心に秘めている想いなのであろう……それをメイド長たる自分が他言するということは決してあってはならない、ということか……
サラさんの沈黙がゆえに子爵の深い想いがありありと伝わってくる……子爵は来訪して早々のオレに包み隠さず過去の不名誉を明かして詫びてくれた、家名を継ぐオレへ本当に申し訳なさそうに語っていたその気持ちは、この家で働くサラさんたちにも常日頃から向いているのであろう……
昨夜の子爵の考え込む様子から、実は薄々ながらそうなのではないかと感じていた……もしそうであれば、なんとかしてあげられぬものかとも思っていたのであった……だが問題は三百年も昔より続く不名誉の返上という、とてもオレなどではどうにもならなさそうな難解な代物である……
可能であるのならばなんとかしてあげたい……腕を組んでしばし黙考するオレを、想いは同じなのであろう皆がジ~っと見つめている……オレならばまた何か変な解決方法を考え出すのでは……? と、思われているフシが無きにしも非ずではあるが、そのためには全力で協力してくれる頼もしいヤツらでもあった。
――ならばオレはオレたちに出来得ることを全力で考えるのみである。
「よっし! んじゃ、いっちょやってみるかっ‼」
やがて突然ガタッと席を立って言うオレを、ビックリ顔で見詰めるのはサラさんだけではない、テーブルを囲む全員が、おおぉっ? と目を丸くしてこちらを見る、そんなことおかまいなしにオレはイルビスへと向かい。
「イルビスッ、属性力はもう回復したかっ?」
「ふぇっ……? あ、ああ、当然じゃっ……」
訳が分からぬ顔のイルビスであるが、頷いたオレは間髪入れずに続ける。
「頼みがあるっ、まず荒地につないでほしいんだっ!」
「う……うむっ!」
こういうときのオレには不思議とイルビスも疑問を差し挟んでこない……早速立ち上がり次元の裂け目を創り始めてくれた、そんなオレたちをニヤっと笑いながら見ていたウォルトさんが。
「今回はワシの出番は……無さそうかな?」
と、大きな欠伸をしながら言う、元気に振舞ってくれてはいたがやはり昨夜あれだけの大怪我を負った身であった、回復に相当の体力を要しているのは一夜明けた今でもそうであるのだろう……オレは頷きつつ。
「はい、ウォルトさんは休んでいてください、オレたちで頑張ってみますっ!」
「うむっ、行ってこい! ワシは風呂にでも入ってもうひと眠りさせてもらってるからなっ! ガッハッハ!」
嬉しそうにそう言ってくれるウォルトさんに、オレも嬉しくなり思わずニッと笑ってしまう、なんだか一人前と認めてもらえた気がして少し照れくさくもあった……
「つながっておるぞっ!」
イルビスの声に頷くと、オレはサラさんへ向かい。
「サラさんも行きましょう、成功するかどうかはわかりませんが見届けてください!」
「……は、はぃっ!」
驚いた顔のままで何が何だかよく分からないのではあろうが、オレの言葉に瞬時に決断をしてくれたのであろう、すぐに応えてくれたサラさんは残る三人のメイドさんへ後を頼む旨を短く伝えた。
それを見て互いに頷き合い、椅子から一斉に立ち上がったアリーシア、ローサ、サマサがイルビスの創る漆黒の裂け目へと進んで行く。
そしてそれに続いてサラさんもオレに促されつつ、恐る恐る黒く拡がった次元の裂け目へとその身を進めていくのであった……




