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懇願と秘めた想いと再見の言葉と



 とても信じられぬ……そう思っているのが如実に判るミツハの視線であった。


 純白に近い白銀色の睫毛も、光の加減で様々に変わるアズライト色の目も、訝し気にひそめる眉間の皺につられるように彼女の感情をオレへと伝えてくる。


「本当さ、ほとんど壊死してたオレの右ひじから先は、シグザールが最後の力で全部治してくれたんだ……その時にこの力も与えてもらった、いや……オレとしては与えてくれたってより預けてくれたって感じに思ってるけどな……」

 オレは次元の狭間での出来事をかいつまんで一通り語り、大雑把ではあるがシグザールとの別れまでをも包み隠さずに伝え終えた、イルビスは静かに目を伏せつつ、アリーシアは相変わらず背を向け地面にへたり込んだままではあるが、二人とも黙ってオレの語る言葉を聴いていたようだ。


 そんな中で肝心のミツハはなんだか様子が変わってきていると感じられた、話を聴きながら何かを想い詰めたように考えている風であり、それは単純にオレの力に興味があるというだけのことではなさそうな気がする、別の何か重要な理由があるのではないか……? という思いは益々強くなっていくのであった。


「元々ただの人間であったシグザールが、反転して墜ちたとはいえ魔王と呼ばれるほどの力を得たというのも不可解ではあるがな……二千年の長きに渡り精神を残留させてその力を留めていたというのも、忘却の川まで出向きお前を救ったというのも……まさしく女神と同等、いや、それを遥かに凌ぐ力であったようではないか……到底信じられるような話ではない……だが、タクヤよ」

 経緯を聴きながらしばし考え込んでいた様子のミツハがそう語り出すと、最後にオレを正面から見据えて言葉を止めた、そしてそのとき驚いたことに、ぶつかる視線の先にあるミツハの瞳にはすがるような光が湛えられているではないか……


「普通であれば戯言と片付けられる話も、今、実際に力を得ている貴様が言うのであれば信じざるを得ないであろう……しかし経緯はもうどうでもよい、私が今最も知りたいのは……」

 話が核心に近付いたようである、オレの喉がゴクリと鳴り、ミツハの必死さの光が増し続けるアズライトの瞳から目が離せなくなってしまっている。


「お前のその力……女神をもその身の内に取り込むことのできるその能力は……アリーシア以外にも、いや、他のどの女神にも使うことができるのか……?」


 ポカン……とした表情になっているのはオレだけではなかった、イルビスも口を半開きにしてミツハを見つめ、背を向けていて判らないがアリーシアもおそらく呆気にとられているであろう、ミツハの言葉がどのような意図なのかさっぱり分からないのである。


「どうなのだ⁉ 他の女神の精神も義体から抜き出して、貴様の身に取り込むことができるのかと訊いておるのだっ‼ 疾くと答えよ‼」

「ちょっ、ちょっと待ってっ⁉ ミツハッ⁉ 何考えてるんだ? さっぱり解らないぞっ⁉」

 必死さに付け加えて興奮までし始めたミツハは、じれったそうにオレへと詰め寄って来る、しかしオレはオレでミツハが何を意図しているのかさっぱり分からず、何をどう答えてよいのかすら思い浮かばない状態である。

 焦れたミツハはそんなオレへとさらに詰め寄り、語気も荒く続けた。


「ええいっ! 理解力の乏しいヤツめっ‼ ……例えばだ、眠っていたり意識の無い女神の精神を、その義体から抜き出して貴様の身の内に取り込むことができるのかと訊いておるっ!」

「眠ってる女神って……そっ! それじゃオレ痴漢か変態みたいじゃないかっ⁉」

「やかましいっ‼ 見る度に女神を側に侍らせておるのだっ! 普段から痴漢や変態とたいして変わらぬのであろうがっ! 四の五の言わずに答えぬかっ‼」

「ひっ、ひどっ……」


 あまりに酷く横暴なミツハの物言いに、さすがにこれは反論してもらおうとイルビスへと目を移すと、なんと途端に少し顔を赤くして斜め下へ視線を逸らせてしまったではないか……ひ、否定してくれてない……ガビーンとなりつつも、ブレインエフェクター事件を思い出したところで自分でも完全否定まではできぬと思い至り、情けなさにガックリと肩を落としつつ諦めてボソボソと質問に答え始める。


「前に聞いたんだが……女神の精神ってたしか相手のことを信頼したり好意を持ってないと移ることができないって……違うのか?」

「それはその通りだ、意識があればな……今はその意識が無い状態だという前提で訊いておる、女神が休眠しておるような状態であれば精神の競合は起きはせん」

「な、なるほど……ということは、単純にオレが休眠中の女神の精神を義体から引き出せるかどうかってことか……」

「そうだ、お前はまだ能力を完全には制御できていないのも理解しておる、だが、あえてその上で可能かどうかだけを考えてみてはくれぬか……頼む……少しでも可能性があるのであれば……」


 ここでオレから目を逸らしたミツハは、何処を見るでもなく視線を宙に彷徨わせながら言葉を切った、逆にオレの方はといえば驚愕のあまりガクガクしながら彼女を見詰め続ける……

 それもそのはずであろう、あの原初の八柱であり人間を虫程度にしか思っておらぬ、プライドの塊のようなミツハが……オレへ頼み事のような言葉を面と向かってその口から告げたのである……オレのみならずイルビスですら、これ以上無いようなビックリ顔をしてミツハを見続けていた。


 だが、宙を見据えて沈黙したままのミツハを見ていると、次第になんとなく彼女が何を想っているのかが解るような気がしてきた、もしかしたらミツハは……誰か大事な人のためにこんなに必死になっているんじゃないだろうか……


「正直なところを掛け値なしに言うぞ、それはやってみないと全くわからん……」

 これは真剣に考えなきゃならない場面だな……そう思ったオレは、全く素直に考えた通りで思ったがままの言葉をミツハに伝えた、その言葉でハッ⁉ と気が付いたかのようにこちらを向いたミツハは、無言のままでしばしオレを見詰めてからようやく口を開く。


「それは……やってみてくれるという意味なのか……?」

「ああ、オレにできることであれば……な」

 たったこれだけの短いやりとりで、しかしミツハの表情は驚くほど大きく変化を遂げた、まるで長い間彷徨った闇の中である日突然小さな光を見付けた時のような……大きく開いたアズライトの目の中に、今まで見ることのなかった希望の色が浮かんできたのである。


 正直言うとその目を見てオレは少々戸惑った、あまりにも大きな期待というのはかけられた当人にはプレッシャーとなってのしかかってくる……ミツハの目にはオレに軽い恐怖にも似た圧力を感じさせるほどの喜びの感情が映し出されていたのだ……


「あ、あのさ、あまり期待されても……もしかしたら役に立てない可能性だって……」

 少し卑怯かな……と、後ろめたさを感じながらも、目の前のミツハの目に怖気づいたオレの弱気の部分が情けない言葉を吐かせた、しかしミツハは軽く首を振りながら。


「わかっておる、お前に何らかの責任を負わせようなどとは思っておらん……今の私にはそれがどれほど小さな可能性であれ縋るしか術が無いのだ、だがそれは私にとって何物にも代え難い希望でもある……」

 そう言ったミツハの表情からは今までの険しさが霧消していた、驚いたことに微笑んでいるようにも見えたのである……


 やがて彼女は純白のローブを柔らかく翻し、肩にかかる白銀の髪をサラリとなびかせながら軽々としたステップでオレから少し距離をとると、なんとも優雅なカーテシーの礼をとった……

 ミツハなりに感謝の意を伝えているのであろう……元々天上の神工が奇跡の技をもって造形したような美貌である、その優雅な振舞と相まってオレは言葉もなく見とれてしまっていた……そこへミツハの厳かな声が流れてくる。


「お前たちが王都へ戻りてしばし後、迎えの者を寄越す、その時は我が招きに応じられたし……頼んだ……」


 すると、凛と立つ白い姿がみるみる霞むように白霧に包まれていく、そしてその中でアズライトの光を放つ目だけがハッキリと、オレの目を真っ直ぐ見詰め続けている……やがて視界が乳白色に染まり、その白霧が夜気に溶け流れるように消えていくともう既にミツハの姿は何処にも無く、荒地には月明かりと静寂だけがそのまま置き忘れられたように残っているのみであった。

 それでもオレの心にはまだ、焼き付いた残影のようにミツハの不思議な色をした目が貼り付いていた……



「お、おいっ、タクヤよ……ミツハは一体どうしたというのじゃ……?」


 ミツハが去ってホッとした様子のイルビスが、しかし怪訝な表情でオレへと声をかけてくる、あの高圧的だったミツハの見せた態度の激変で戸惑っているようであり、会話の意味するところもイマイチ把握できてはおらぬのであろう、まあ、そのミツハと面と向かって話していたオレ自身でさえなんとなくしか解っておらぬのであるから、それも当然と言えば当然である。

 不安そうな様子のイルビスへ、オレはまだボーっとミツハの消えた先を眺めながら答えた。


「アイツさ、森の泉で戦ったときから、なんだかすごく必死そうだな……って感じてたんだ……復讐のためとは言ってたけど、今の話でほんの少しその必死さの理由が解った気がするよ」

「必死……? 理由とは……なんじゃ?」

「ああ、ミツハは誰か……大事な人のためにあんなに一所懸命になってるんじゃないかなって思ったんだ……それこそどんな犠牲を払ってでも……どんな非道な行いをしてでも……ってな」

「そ、そうじゃったのか……しかし、犠牲になる方としては迷惑な話じゃぞ……」

「はっはっは、そりゃそうだよな、実際に酷い目にあったもんなあ」

 森での壮絶な戦闘を想い出したのであろう、ブルッと身震いするイルビスである。


「それにしてもミツハは……」

 ん~……と考え込みながらそう言うオレへ、ん? とイルビスが首をかしげる。


「王都のオレたちの家……知ってるのかな?」

 迎えの者を寄越すと言われて疑問に思ったのである。


 一拍置いてから、さあ……? と返すイルビスも、なんだかよくわからないことだらけで困った顔をしているのであった……



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