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安堵と怨嗟の一撃と犠牲者と



 爆発の凄まじい轟音が荒地から森へ、そして岩山へと響き渡って宵闇を震わせながらどこまでも広がっていく、次いで叩き付けるような衝撃波が通り抜けて同時に爆心へ向かってグイッと引かれる感覚も覚える。


 思わずつぶった目をうっすらと開くと巨大な水蒸気の柱が夜空高く立ち昇り、朦々とした白い靄はゆっくりと周囲へと広がり伸びていた、遅れて湿り気を帯びた熱気の壁がドッとぶつかって来て、眉をしかめたオレたちはそれでようやく口を開けるようになったのである……


「すごい爆発だったな……タクヤよ、一体どうやったのだ?」

 第一声はウォルトさんであった、今まで黙ってオレの指示に従ってくれていたのであるが、当然のことながら色々と疑問はあったのであろう……ここで質問したくなるのもまた当然であった。


「ミツハの水の結晶体にファイ……火の精霊の超高熱弾を当てて水蒸気爆発を起こしたんです……以前に一度やったことがあって……今回のは前よりずっと凄かったですけどね……」

 オレをジロリと睨むミツハとは視線を合わせぬように答える……当のウォルトさんはなるほど……と頷きながら、朦々と立ち昇っている水蒸気を見つめつつ得心していた。


「ヤツの魔素の生成が感じ取れぬ……仕留めたか、少なくとも瀕死であるようだな、まあ、あの爆発の威力では当然か……」

 次いでミツハがしかめっ面のままボソリと呟いた、未だに黒竜の姿は水蒸気に隠れて見えてはいない、だが魔素を探知して動向を調べていたのであろう、既に決着がついた気になっていたオレとは大違いの用心深さである。

 だが、その用心深さがミツハの今までの生き方を反映しているように感じ、同時にその内容から、子竜に次いで親である黒竜も殺しちまったのか……との思いが湧いてきたオレは何も言うことができなくなってしまった……


「タクヤさん……村を護ることができましたね……」

 ハッとして見ると、アリーシアが少し寂し気な微笑みをオレへと向けていた、明らかにオレの心中を慮ってくれている言葉なのであるが……アリーシアだって愛の冠をいただいている以上は、黒龍の命を奪う戦闘に参加するだけで辛いハズであった……

 自分の事しか考えられていなかった己に更に泣きそうな気持になりつつ、切り替えなきゃイカンな……と思い直して努めて明るく口を開いた。


「ああ、みんなのおかげだよ……ありがとうな、ミツハも……」

 だが、突然自分にも振られた言葉にギョッとした顔になるや、慌てたミツハが少し赤くなりつつ喚くように言う。

「タッ、タワケッ! 利害が一致しただけの話であろうがっ! 調子にのるでないっ!」

 そして急に目を細めて悪い顔になると、明らかに照れ隠しと見えるのであるが、鬼歯を剥きつつ憎々し気に……

「これで馴れ合えるなどと思うなよ? 貴様より受けた屈辱、決して忘れはせぬのだからなっ!」

 カーッと威嚇するように言うがやはり頬が少し赤い……まあここはオレもミツハの気持ちを慮って、悪い顔を作りつつ挑み返すように言う。

「もちろんだ、オレもお前がイルビスにした仕打ちは忘れちゃいないぞ? カノポスとセルピナにも併せて、謝るまでは許さんからなっ」


 そう言いつつもどうしても笑ってしまうオレの口の端を見たミツハは、配慮されてるのを察したのであろう、フンッ! とそっぽを向いてしまう、しかしその時突然、動揺しまくった恥ずかしそうなイルビスの声が背後からかけられる……

「わっ、わ、私は無事だったからいいのじゃっ! 私のために……そ、そのように……お、怒るでない……」

 後半はゴニョゴニョと小さくなる声に振り向くと、真っ赤になってモジモジしているイルビスが目に映った……


 い、いや……イルビス……そんな風に照れられるとこっちも恥ずかしくなるんだが……オレだけではなくアリーシアとミツハまで、少し赤くなってそんなイルビスを無言で見つめるのであった……




 夜空へ立ち昇った水蒸気の柱は徐々にその高度を下げつつ、地をゆっくりと這いながら広がって少しづつ薄く霞んで消えていく。

 未だはっきりとは見えておらぬが、黒い巨体が霞の中に朧げに浮かんできた頃、オレたちは慎重に様子を窺いながら黒龍へと向かって歩んでいった。


 水蒸気の熱気がムワッと残る中で二十メートルほどまで近付くと、白く霞んだ先に黒山のように見える体が地へと伸びている、目を凝らして覗き込むように様子を窺っても、どうやらピクリとも動かないようであった。

 更にもう少し近付くと、太く長い首が地に力なく伸びきっており、頭部も少し傾ぎながらも真っ直ぐこちらへと向いて、首同様に地面の上で微動だにしていない様子が判明した。

 これならば首を引いて相手に攻撃するモーションなどはとれぬハズである……四肢も地中に埋まったままであり、牙の届く十メートルほどの範囲に入らなければ脅威はないであろうと判断された。


「死んで……おるのかの……?」

 探知もしているであろうイルビスが怪訝そうな声で問う、と、いうことは生命活動の兆しは感じられないということであろう……スーッと薄くなっていく白い靄に視界がようやく開けてきたその時、一同がハッ……! と息を飲んだ。


 オレたちへと向いて地に横たわる黒竜の頭部……その巨大な咢の中は見るも無残な様相を呈していた……


 王者の証であるような巨大な牙はほとんどが吹き飛んで失われており、その口内も熟れた柘榴を潰したようにグズグズに裂けて真っ赤である……ゴボリ……ゴボリッと音を立てて赤黒い血が流れ出し、薄く水の張っている地面にゆっくりと広がっている……


 あまりにも変わり果てた姿であった……つい先程まで、強大無比なその力でオレたちを圧倒し続けていた太古の覇王が……今はもう生命の欠片すら感じられぬ巨大な塊りになって地に伏している……この悲惨な光景を目の当たりにして初めてオレは、自分のやったことが何だったのかを、頭の中が真っ白になるくらい痛感して愕然となった……


 その時は無意識の行動と思っていた……フラリとオレは前へ出る、何故なのかは自分でもよくわからない……後悔なのか、憐みなのか……贖罪の気持ちなのか、目の前の黒竜に対する悲しみの気持ちなのかすら判らないまま、何かに惹かれるように数歩前へ出たのである……


 オレは黒龍の巨大な顔と数メートルの距離で向き合った……その時、水蒸気の残滓が全て消えていく中で微かな音が耳へと届いてくる。

 クルルル……と、長大な首の奥でその音は鳴っていた……ハッ! と我に返ったオレは直感的に気付いたっ! コイツ! オレを呼んでいたのかっ⁉ そう気付くのと同時であった、それまで生気を全く失って澱んでいた赤い眼に紅蓮の光が小さく灯るのが見えたっ! オレの背筋に氷のような寒気が走る!


 黒竜のその眼は仇を見るような……いや……紛れもなく仇を見る眼であった……


 紅蓮の光の中に凄まじい憎悪が……狂気が……そして悲しみが凝縮されてオレを射貫くように見つめている……何故かは知らぬが子竜を殺したのがオレであると解っているのだ……射竦められたオレは金縛りにあったように動くことができない、指一本動かせぬままその場に棒立ちになってしまう……

 そして、ただ見つめるだけしかできぬオレの視線の先で、黒竜の頭部に伸びる漆黒の巨大な二本の角の間に、パリパリッと音を立てて小さな黒い塊が生まれるのが見えた……


 魅入られるように塊を見つめるオレへ、ずいぶん遠くから届いてくるような声が叫んでいる――タクヤッ! 逃げろっ! 瘴気だっ! ……声はそう言っている、しかし身体が全く動かない……自分の心臓が動いてるのかすらも判然としない感覚の中、立ち尽くすオレの視線の先では黒い塊がその色を徐々に濃く、そして昏く密度を高めていくのが見えている……


――あれは……そうだ、見覚えがある……シグザール城でイルビスと闘ったあの時……


 それは、イルビスが自らの掌に創り出した瘴気の塊と同じであった……そして、その塊が弾けて一筋の黒雷になりオレへ向かってくるのも同じであった……空を裂き黒い雷と化した瘴気がオレへと迸る!

 だがその時、突然オレの眼前に壁が立ちはだかった、いや、壁に見えたのはウォルトさんの大きな背中であった……巨大剣を盾のように構えたウォルトさんが、オレと黒竜の間に疾風の如く割って入ったのである……


 次の瞬間衝撃が襲ってきた! 同時に落雷のような爆音と金属が砕け散るバキイィンッ‼ という甲高い音も響く、ウォルトさんの背中にぶち当たり撥ね飛ばされたオレは、ゴロゴロと五メートルほど地面を転がってようやく止まる。

 転倒の衝撃は激しかったが、おかげで黒竜の灼眼に射貫かれて茫となっていた意識がハッキリと回復した、魔眼ともいうべきものであったのだろうか……あの狂気と憎悪を湛えた眼に半催眠状態にされていたらしい。


「――タクヤッ⁉」

 頭を振りながら上体を起こしていると、悲鳴のような叫びを上げて駆け寄ってきたのはイルビスであった、オレの身体が無事かどうかを素早く探り見ながら、どうやら大丈夫のようだと判断したのであろう、意識のハッキリした顔のオレが頷くのを見るや、すぐさま彼女はギッ! と怒りの表情で黒竜を睨みつける。

「おのれっ‼」

 叫んだ瞬間岩の精霊がバラッ! と宙に現れ、鋭く尖った岩石弾も浮かび上がり高速回転を始めた、怒りにまかせて精霊を使役しているせいか岩石弾は大小様々な大きさと長さである、こんなに本気な怒りを露わにするイルビスに戸惑いながら呆然と見るオレの前で、その時白い手がイルビスの肩をガシッと掴んだ。


「もうよいイルビスッ! もう……死んでおる……」

 イルビスを止めたミツハの声にハッとして目を向けると、黒竜は両角の間から薄く白煙を立ち昇らせ、完全に光を失った白っぽく濁る赤眼を開いたままでこと切れていた……オレへと向けた最後の一撃に、残る全ての命の火を燃やし尽くしたのであろう……そこにあるのはもう既に一切の生命を感じぬ抜け殻だったのである……


 すると、不意にイルビスがオレへと振り返る、驚いたことにその貌は青褪め、目には涙が溢れそうに溜まって唇は何かを言おうとしているのであろうが、慄くように細かく震えてなかなか言葉が出てこない……

 思考の間もないほど目まぐるしく変化していく状況に、何が何だかよく分からなくなってしまっているオレであるが、このイルビスの様子にただ事ならぬ不安が押し寄せてきた、そしてそれは彼女の口から震える声となってオレへと伝えられる……


「タクヤ……ウォルトが……ウォルトが……」



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