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連携と失策と立方体と



 すでに月は中天へとかかり、星々の瞬く夜空を統べながら玲瓏と輝いている。


 蒼白い月光に浮かび上がる森と岩山の影は、灰白色の地へ鮮やかに映し出されて、明と暗の二つがくっきりと重なる世界を創りあげていた。


 普段は寂しすぎるほど静かであろうこの荒れた地に、しかし今は突如メリメリと木の裂ける音が響き渡り、森の端から一本の木がゆっくりと倒れ込んで大地に跳ね転がる、そこはオレたちが注視している森が途切れて荒地となる黒竜の出現地点であった。

 地に響く倒木の音が止んだ後はほんの数瞬の静寂が再び荒地を支配し、時の流れをすら感じさせない月面のような錯覚を覚えさせる……


 しかしその静けさの中を翳りとなって見える夜の森の向こうから、艶やかに……だが禍々しくもある漆黒の魔素の鱗を煌かせた、太古の覇王がゆっくりとその姿を現し始めた……

 開けた荒地の様子を探っているのであろう、ねめつけるように周囲を見回すのはそこだけが紅蓮の炎の色をした眼であり、鋭い牙が覗く口からは呼吸と共に低い唸りが湧き出ている。


 とにかく怖ろしかった――


 最初に黒竜が出現した岩場では、遠目からしばし観察もしていた……その姿、大きさや細部に至るまでの様子、移動速度までをもデータとして把握していたはずである……だが、そんなのは気休めにもならなかった、今、進み出て来る黒竜の正面に立っていざ対峙したとき、オレを支配したのはただただ純粋な恐怖のみであった……

 生命の根源から湧いてくる、捕食者に対する喰われる側の獲物が持つ恐怖……今や食物連鎖の頂点にふんぞり返っている人間が、ありえるはずのない喰われる側に立ったときの本能的な恐怖である……


 百メートルほども離れてはいるが遮蔽物の皆無な荒地だけに、黒竜もオレたちの存在にすぐ気付いたようであった、おそらくヤツから見ればちっぽけな人間のオレたちなどスナック菓子以下の存在であるのだろう……喉の奥で低く唸ってはいるが、警戒している程の雰囲気は感じ取れない。

 魔素と瘴気に狂っていても覇王の威厳を損なってはいないその巨体に、ガクガクする足へ喝を入れるべく拳を握るのだが、その拳もプルプル震えている始末のオレであった……


 しかし、こういうイザという場面で肝が据わっているのはやはり女性なのであろう……黒竜をキッと睨むように見つめていたアリーシアとイルビスが、アリーシアは向かって右へ、イルビスは左へと同時に走り出したではないか!

 ウォルトさんも大剣を担いだまま、アリーシアのすぐ背後へピタリと付いて行っている、オレも大慌てでイルビスを追って走り出した、慌てたせいで震えは止んでいる、もちろん震えている場合ではないのである……


 荒地へと踏み出してきた黒竜も、まさか人間のような小さな存在が向かって来るなどと思っていなかったのであろうか、脚を止めて二手に分かれたオレたちを迎え撃つ形で鋭い眼光を放ち始める。

 すぐに距離も詰まり、黒竜まであと四十メートルほどまで迫ったとき、アリーシアがザッ! と地を鳴らして立ち止まるや、大きく両腕を広げて宣べた。


「アウルラ・リヴェ・アリーシアの名に於いて! 風の精霊たちよっ!」


 透き通った声が荒地を渡り黄金の髪が波うつように翻るや、同時にアリーシアを中心に神気が迸る、普段たまに感じる慈愛のこもった優しい神気ではない、離れた場所にいるオレの肌にも刺すようにビリッ! と感じるほどの鋭く尖ったものであった。


「これがアリーシアの……」

 思わず驚きの声が出てしまう、そうである……戦闘の場面で女神の能力を全開にするアリーシアを見るのは初めてであった……オレのその驚きは続く光景を見てさらに大きくなる……

 アリーシアの周囲に薄く光る風の精霊が次々に姿を湧き上がらせていく、五……十……十五……飛び回っているのでよく判らなくなったが、二十人近くいるであろう……なんというもの凄い指揮力であろうか!


 黒竜へと向けて上げるアリーシアの手に指揮され、風の精霊が次々と矢のように飛翔していく、それに追従して風の渦が巻き起こり、地表の細かい砂が灰色のうねりとなって空中へと巻き上がった。

 自分へ向けて飛んで来た風の精霊が頭上を旋回するのに驚いたのか、さしもの黒竜も頭と首を激しく振って威嚇の唸り声を上げ始め、牙を剥いて攻撃しようとはするのだが、当然素早く飛び回る風の精霊を補足できるわけもない。

 そんな黒竜の頭部へ、続いて灰色の龍のように巻き上がった砂塵が襲いかかった!


 頭部を渦のように取り巻く旋風にザザァッ! と音をたてて砂塵が乗り、あっという間に黒龍の顔は灰白色に包まれて朧に霞んでしまう、小石が魔素の鱗にバチバチと激しくぶつかり跳ね返る音も響いていた。

 黒龍も飛び回る風の精霊を追っている場合ではなくなったのであろう、大慌てで頭部にまとわりつく砂塵を振り払おうと長い首を大きく振るのであるが、アリーシアの正確な指揮で砂塵を乗せた旋風は目を中心とした顔から離れることはなかった。


「す……すごい……」

 思わず感嘆の言葉が出る、サポートどころではない……ほとんど立派な攻撃とも言えるほどの目くらましである……あの様子だともちろん黒竜は目を開けていられないであろう、一時的にでも視覚を封じることができれば、イルビスがより距離を詰めて攻撃目標である眼球を狙うことができる……黒竜に回避される確率も低くなるハズである。


 もちろんこのチャンスを逃すイルビスではない、必死に後を追いかけるオレを従えて躊躇いもなく黒竜へと走る速度を上げ、なんとその距離十数メートル程まで肉迫して行くではないか……

 アリーシアの能力を絶対的に信頼しているが故の果断な行動なのであろう、さすが姉妹神である……至近で見る黒竜の圧倒的な巨躯に、怖ろしさで顔が引き攣っているオレとは大違いであった……そのイルビスがついにズザァッと地を踏んで立ち止まった。

 間髪入れずに白い両腕が大きく広がると長く艶やかな黒髪も翻る、すぐ背後のオレに強烈な神気が電流のようにぶつかってくるや、銀鈴の如く凜と宣べられた声が響き渡った。


「アウルラ・ヴァンデ・イルビスの名に於いて! 岩の精霊よっ!」


 声が消える間もなく岩の精霊がシュッ! と次々に宙へ姿を現す、数こそ五人であったが狙撃の正確さ重視のためであろう、呼び出す数を抑えて精密射撃を選択したイルビスもまた超本気ということであった。

 その華奢な手が指し示す黒竜の頭部、両眼に向けて岩の精霊一人に二弾ずつ計十弾の岩石弾が浮かび上がった、先端が鋭く尖りオレの腕くらいの太さの短槍のような弾である、当然もっと大きな弾にもできるのであるが貫通力を重視しているのは一目瞭然である。


「ファイッ!」

 オレの呼ぶ声にファイがシュオッと現れた、ここからはオレも全力でイルビスをサポートしなければならない、側に浮かんだファイも緊張感を漲らせて黒竜を睨んでいた。

 岩の精霊の浮かべた岩石弾が高速回転を始める、発射準備は整ったようだ、が、しかし……


「くっ……」

 イルビスの口から困惑した声が漏れた、黒竜を指している手が左右へと大きく揺れている……頭部にまとわりつく砂塵を振り払うために、その長く太い首を大きく振り回しているのだ……狙いの付けようがないのである、これではマズイ……


「ファイ! ヤツの首の付け根になるべく衝撃の強いのを頼むっ!」

 オレの言葉に、衝撃……? と少し考えたファイであるが、すぐに頷くと両手を前へかざすや眩しく燃えるサッカーボール大の火球が出現した、そしてなんとそのすぐ前にピタリともう一つ、少し小さめの火球も現れたではないか……

 雪ダルマを横にしたような形である、それを見た瞬間、なるほど……! と思った、前方の小火球で魔素の鱗をある程度破壊し、後方の炸裂火球で黒竜本体へと衝撃を与える……ということであろう、いわゆるタンデム弾頭というやつか……


 目を見張るオレの前で炎のダルマは勢いよく発射され、狙い違わず黒竜の首の付け根へと吸い込まれていく、同時に小爆発が起きボウッ! とフラッシュのような光で夜の薄闇が瞬間的に追い払われた。

 即座に続く火球の炸裂音が周囲に響き渡るや、ダメージは無さそうだが驚いたのであろう、ガァッ⁉ と一声唸り、それまでブンブン首を振っていた黒竜の動きがピタリと停止して、砂塵に霞むその顔をこちらへと向けたではないか!


「今じゃっ!」

 僅かなチャンスを逃してなるものかと、イルビスの声が奔る! その瞬間灰白色に霞む黒竜の顔の眼と思しき場所へ、高速回転する岩石弾が唸りを上げて発射された!


 当たれええぇ‼ と念じて注視するオレたちであるが、砂塵で目の開けぬ黒竜に高速で飛翔してくる岩石弾は絶対に避けられぬ……と、皆が確信していたのは事実である……


 だが、そんなオレたちが実際に目の当たりにしたのはなんと、信じられぬことにヒョイと頭部を動かし回避行動をとった黒竜であった……

 当然狙った眼には当たらず、側頭部でガンガンガンッ! と派手な音をたてて岩石弾が砕け散る、着弾点の魔素の鱗もいくらか砕け、粉々になった岩と一緒にキラキラと月光に煌き落ちていた……


「な、何故じゃ……⁉」

「そ、そんなバカな……」

 オレとイルビスが呆然と呟く……それもそのはず、単なる偶然で回避されたのではないというのは、この近距離で対峙しているオレたちが一番よく解っている……あの回避はどう考えても目が見えていないとできない行動であった……

 しかしヤツの顔はアリーシアの砂塵が激しく取り巻いている、目なんか開いていられないハズであるのも確かだ……僅かな放心状態から醒めたイルビスが、岩の精霊へと次弾の装填を命ずべく手を上げるが、オレの胸中には何か重要なことを失念しているのではないか……との想いが強烈に湧き上がってきた……


 こういう時のイヤな予感は当たるものである……岩石弾を受けて横を向き踏ん張っていた黒竜が、グイッと首を戻してこちらの方へと向いたではないか! その顔の向きは確実にオレとイルビスを補足していると直感した!

 背筋の凍るような思いがする中でこちらを向く黒竜の巨大な顔……正面からその顔を凝視したまさしくその時、視界を霞ませる砂塵の奥にオレは、あの禍々しい灼眼が赤く燃えているのが見えたのである……その瞬間オレの頭の中では全てがつながった……


――瞬膜だっ……‼


 魚類、鳥類、爬虫類から実は犬や猫まで持っている……第三の瞼とも言われる透明や半透明の眼を保護するための膜である……水中や水辺で棲息する恐竜であるヤツが持っていないわけがなかった……! あの砂塵の中でヤツは透明な瞬膜で目を保護しつつ、そして完全にオレたちが見えているっ……‼


「イルビスッ‼ 引けっ‼ 逃げろっ‼」

 今、黒竜との距離は十数メートル、ヤツの攻撃範囲はその首の長さと等しくおよそ十メートルほどであろう、数歩踏み出されればオレたちはヤツの射程に入ってしまう……! 慌ててイルビスの腕を掴んで引くが、なぜか反応が鈍い……その横顔を見てハッ! と気付いた。

 岩の精霊に再び射撃の命を下すべく、イルビスは深い集中状態に入っているではないか……腕を引かれたことで急激に覚醒しているようではあるが、やはりまだ動きが鈍い……


「イルビスーッ! タクヤさんーっ!」

 アリーシアの悲鳴のような叫びと同時に、ズドンッ! と重い足音が響いた、黒竜がこちらへ一歩踏み出したのである、そしてすぐにズドンッ! ともう一歩……ようやく状況を把握したイルビスが自ら動き出し、オレの引く腕から抵抗がスッと減る、しかしオレの視界の中はまるでスローモーションであった……


――黒竜の射程内に入ってしまった!


 二歩近付いただけで黒い山がそびえるように見えるヤツの姿は、すでにその強靭な首を後ろへと引くモーションに入っていた……数瞬後には発条のように蓄えたその力を解放して、オレとイルビスへその巨大な牙を届かせるであろうことは、予想するまでもないことである……

 死に直面して時間がゆっくりと流れるような感覚の中、思考だけは目まぐるしく回転するのだが、身体の方は遅々として進まない……せめてイルビスを庇ってやれればいいのであるが、せいぜい腕を引く力を強めるくらいしかできないのであった……


 黒い山の中に紅い炎が二つ燃えている……ヤツの攻撃準備が整ったのであろう……憎悪と狂気に加えて強烈な殺気を放ち、今、まさにその力を解き放つ瞬間であるのが判る……脳裏を色々な顔がよぎっていった……ハナノ村のみんな、王城や教会のみんな、サマサとそしてローサの顔……皆の顔の向こうにまた燃える双眸が映し出され、禍々しい牙の並ぶ咢から低い唸り声が流れる……そしてその上空からもの凄いスピードで飛んでくる巨大なサイコロが……


――え……? サイコロ……?


 スローモーションの世界から通常に戻ったその瞬間に目に映ったのは、突然どこからともなく飛んできた一メートル四方ほどの大きな立方体が、黒竜の横っ面に激突した場面であった……


 まるで金属と金属がぶつかり合うような轟音がガギイィィンッ! と響くや、かなりの衝撃だったのであろう、黒竜の頭部は殴りとばされたような感じで横へ傾き、ぶつかった当の立方体も跳ね飛んで弧を描きながら地にズドンッ! と落ちた。

 砕けた魔素の鱗も煌きながら宙に舞っている……一体何が起こったのかさっぱり分からぬまま、しかし助かったのではあろうと思いつつ、急いでイルビスの腕を引いて黒竜との距離をとった。


「な、何が起きたのじゃ……⁉」

 イルビスが少しオロオロしながらオレへと尋ねるが、当然オレに言えることはただ一つ……


「いや……アレが飛んできて命拾いしたみたい……」

 オレが指す先で少し斜めになって地面に刺さっている大きな立方体を、イルビスとオレだけではない、少し離れた所にいるアリーシアとウォルトさんも不思議そうな顔でしげしげと眺めている……


 よく見るとそれは透明であった、クリスタルのように透き通っていて月の光もかなり透過している……しかし、激突時の音からしてかなりの硬度があるのであろう……一体誰がこんなものを……と、しかしなんとなくどこかで見たような気もするオレがウ~ン……と首を捻ったその時であった。


――バシャア!


 全員が驚いてビクッ⁉ とする中、なんと立方体が突然崩れて地に広がったように見えた……いや、よく見ると正確には……


「み、水になりおった……⁉」

 驚きながら言うイルビスの言葉通りである……あれほど硬そうだった立方体がいきなり水へと姿を変じ、火山灰質の地面へとみるみる吸い込まれていくではないか……


 更に訳の分からなくなってきた一同が混乱し始めたその時である、どこからともなく辺りを白く霞ませる霧が漂ってきた……



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