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古き輩とクリスタルと貸し借りと



 古ぼけた大きなランプが木のテーブルの上で暖かい光を放っている。


 その光に照らされて浮かび上がるさほど広くはない一室は、三方の壁が全て本棚になっており、そこにはぎっしりと分厚く古めかしい本の背表紙が並んでいた。


 本棚になっておらぬ唯一の壁には暖炉があり、火のついておらぬロウソクが立てられた燭台や、大小様々な種類の砂時計が上に乗せられた大きなマントルピースの中で、半ばまで炭化した薪が静かな炎をチロチロと揺らしている。


 部屋のなにもかもが長い時を経てきたように古びており、さらにこの部屋全体がまるで時間から切り離されたような静寂に包まれていた、その静寂を時折破るのは暖炉の中の薪がはぜるパチッというささやかな音と、そして……

 ページをめくる微かな音が、この部屋に住人が居るのだということを知らせてくれる……


 ランプの置かれたテーブルの横に、足先を暖炉に向けて大きな安楽椅子が置かれ、そこにゆったりと身を沈ませながら開いた本を読む姿……柔らかい純白のローブとそこから覗く腕や脚は陶器のように真っ白く、真っ直ぐ伸びた長い髪はまるで純銀の糸のようにランプの光に煌いて肩から流れ落ちている……

 その姿はとても人間とは思えなかった……それは美しいその外見だけではなく、全身にまとう神秘的であり、見る者に畏敬すら呼び起こすような神々しい雰囲気のせいであろう……ただ安楽椅子に身を沈めて本へと目を落としているだけなのに……である。


 ふと、その気だるげな視線が本から離れ、髪と同じ色の純銀の睫毛が上へと微かに動く……ほぼ同時にそこだけが紅い唇から銀鈴の如くの声が、少し楽しげな声音で流れた。


「あら……いらっしゃい、お久しぶりね」


 来客であろうか、しかし変である……この部屋の三方の壁は全て本棚であり、残る一方は暖炉になっている……そう、不思議なことにドアや扉というものが存在していなかったのだ……入ることも、出ることすら叶わないように見える造りのこの部屋に、一体誰がどうやって来るというのか……? しかしその答えは、部屋の主の呼びかけに応じる声と共に現れた……


「久方ぶりだなスーワーン、邪魔をするぞ」


 声と同時に本棚からスーッと一人の姿が湧き出して歩んで来た、まるで本棚など無いように抵抗なくすり抜けたようである……通常ならば大声をあげて驚愕するほどの光景であるが、だがスーワーンと呼ばれたこの部屋の主は、平然とそんな来訪者を迎えているようであった。


 現れた姿は主と同じく純白のローブをまとい、その陶器のような肌の白さと共に神々しいオーラさえも主ととてもよく似ていた、違う点はというと髪がより白いホワイトプラチナであり、主が北欧系美女なのに比して来客は純和風の美しい顔立ちであるということ、そして決定的なのが、来訪者には何処となく……しかしはっきりと昏い翳の雰囲気が感じ取れるのであった……


「ミツハが来てくれるなんて珍しいわね、千六百年ぶりくらいかしら……」

「まあな、だが時を司るお前に時間など無意味であろう……」

「あらぁ、そんなことないわよ? いくら時間を支配したって退屈にはなるもの……あっ! そうそう、この前ミツハが来たとき、此処へ渡ってきたヘロス君のことを必死に尋いてたじゃない~? どうだった? 探したんでしょ? 見つかったのかしら?」


 来訪したのはなんと原初の八柱が一人、水を司る女神ミツハであった……見るとタクヤとイルビスとの戦闘で負った傷は、焼けただれた顔も失った手指もすっかりその傷跡すら無く、すでに完璧に修復されているようである。

 そしてそのミツハと対等に会話するスーワーンとは……時を司るという言葉といいミツハに劣らぬオーラといい……やはり原初の八柱と呼ばれる内の一人であるのは予想に難くないであろう……しかしてそのスーワーンの続けざまの質問に、ミツハは苦い顔をしながらテーブルの椅子へと腰掛けつつ口を開く……


「いや……居場所を突き止めたときには既に死んでおった……だがその男、タイチというらしいが……そのタイチが面白いものを残しておってな……」

 よっぽど退屈だったのであろう、安楽椅子から身を乗り出すようにして聴くスーワーンへ、揺れるランプの光の中でミツハは千六百年もの昔からの経緯を語っていくのであった……



「――というわけだ、私は負けた……ヘロスですらないただの人間に……しかし驚くべき能力だった……」


「そんなことが……信じられないわ……ミツハが負けちゃう人間なんて……」

 泉での戦闘の一部始終までを全て語り終えたミツハに、聴き終えたスーワーンは驚きの表情で大きなため息をついていた、しかし隠しきれぬ好奇心を目に浮かべながら言う。


「その動く物体を覆う封印術も興味あるけど……やっぱり人間にそんな力があるってのが一番不思議よねぇ……二千年くらい前に出現した魔王以来じゃない? 魔王と関係あるようなことも言ってたのよね……?」

「ああ、タクヤと名乗っておったが……魔王となったシグザールと、まるで面識のあるような口ぶりであった……反転して墜ちたわけでもないのにあれだけの力を持っておるのだ……魔王を生んだと云われるイルビスと共でもあったしな……」

「へえぇ~……そういえばそのシグザールって、ヘロスの系譜だったって噂があるけど……ミツハの国に居た騎士だったのよね? 本当の話なの?」

「さあな……まだヤツがかなり若い頃、幾度か見かけてなんとなく気になっておったにすぎんからな……だが可能性は大いにある話だ、墜ちて魔王になったときのあの力……ヘロスの系譜というのならば説明もつく」

「なるほどねぇ……ミツハが知らないなら、もう誰も知る人はいないでしょうね……」

 残念そうな表情でミツハを眺めるスーワーンであるが、好奇心の光は瞳から失せてはおらず、何かを察したのかその目が楽しげにスウッと細まった。


「で……? ミツハとしてはそのタクヤっていう人間が気になると?」


 ニィ~っと紅い唇が笑い、銀色に輝く髪をサラリと揺らせて言うこの部屋の主の言葉に、対してミツハは仰天した様相でバンッ! とテーブルの天板に両掌を打ちつけて椅子から腰を浮かせた。


「ばっ! バカなことを言うなっ‼ この私が人間ごときを気にするなど……冗談にも程があるぞっ‼」


 大慌てで喚くミツハに、しかし当のスーワーンは平然とニヤニヤしている、泉での戦闘において圧倒的な力で暴虐に振舞ったミツハが、安楽椅子にゆったりと身を沈めているだけのスーワーンにはどうにも頭が上がらぬようである……このようなミツハの姿をもし見たとしたなら、タクヤとイルビスは絶句する以外にないであろう……


「だってミツハ……あなた、調べに来たんでしょ?」

「うっ……ううっ……」

 しれっとして言うスーワーンに言葉を詰まらせるミツハである……毒気を抜かれてそのままトスンと椅子に戻るミツハに、楽しそうな笑みから優しい微笑みに変わったスーワーンの声が届いた。


「ミツハ、あなたなんだか少し変わったわね……いいわ、調べてあげる」

 微かにスーワーンの手が動いたそのときである、なんと驚くべきことに瞬時に周囲の風景が一変してしまったではないか!


 彼女の座る安楽椅子だけを残し、もうそこは四方全てが地平まで見渡せるただただ白い世界であった……三方を囲む本棚も、暖かい炎を上げる暖炉とマントルピースも嘘のようにその姿を消し、ミツハの座る椅子とその前のテーブルは、木製から薄白い半透明の水晶のものへと変わっている……

 いつの間にかスーワーンの手にあった分厚い本も消えており、その掌の中には透明な光を放つオーブが握られていた、先程の手の動きはそのオーブを操作したものであろう。

 だが全てが虚像だったというのであろうか……しかしそれもうべなるかな、ミツハが部屋へと入ってきたとき本棚をすり抜けて来たように見えたのは、あの現実のものとしか認識できなかった部屋と調度がホログラムであったのならば説明もつくのである……


 果てしなく見えるこの白い世界ですぐ目につく物は二つ……ミツハの後方で地より二十センチほど宙に浮いている、ここへ出入りするのであろう重厚な造りの扉と、そして……


「調べるのは、過去における特殊な力を得た人間の全記録、それと反転して墜ちた人間の能力サンプルでいいかしら?」

「ああ……ヘロスのものは必要ない……あくまでもただの人間の記録で頼む……」

 頷きながら言うミツハへ微笑みを返しながら、フワッと安楽椅子から立ち上がったスーワーンが歩む先は……その存在のためにこの部屋があるのであろう……教えられずとも自ずとそう納得してしまう程の、それは一メートルほどの高さの宙に浮き、ゆっくりと回転を続けている巨大なクリスタルであった。


 果てがあるのかすら知れぬ白い世界の、しかしこれこそがこの世界の中心であろうというクリスタルの前に立つスーワーンへ、ミツハの感嘆混じりの声が流れる……

「私が……いや、オーブを持つ資格を得た全ての者共が、それでも決して立ち入ることのできぬ叡知の最深奥……私の知る限りでは、管理者たるお前以外にそこを覗ける者はおらぬ……」


 スッと右腕を上げて掌を巨大なクリスタルへと向けたスーワーンが、その声に静かに応える……

「ええ、そうね……それが管理者である私に与えられた運命……この……」

 ゆっくりと回転するクリスタルが、目覚めていくように薄く発光を始める……玻璃色の淡い光は、かざすスーワーンの掌に呼応するように徐々に強く、そして眩しく輝き出し、やがて光に包まれていく彼女の言葉がミツハの耳に届く。


「全知の書院の……」



 時間の経過などあるのであろうか……そう感じられるこの世界で、どれほどの時間が経ったかは判らぬが、スーワーンとミツハは暖炉に暖かな炎の揺れる最初の部屋にいた。


 部屋の調度は安楽椅子を除いて全てホログラムではあるが、本当の姿であるあの果ての無い白い世界に比べると遥かに心の落ち着く空間になっている、スーワーンがこの部屋を投影しているのもそういった理由なのであろう……


「――というところね……あまり核心をつく話はなかったけど……ごめんなさいね」

 安楽椅子に身を沈めて、掌にオーブを乗せたスーワーンが少し申し訳なさそうに言うと、椅子に座り腕組みをして話に聴き入っていたミツハは、小さく頷くと溜息をつきながら。


「いや、十分だ、今後の判断の材料となろう……無理を言ってすまなかった……」

 そう言って椅子からスッと立ち上がる、要件が済めばすぐに立ち去ろうとするミツハの行動も、彼女の性格を熟知している様子のスーワーンは慣れているのであろう、驚きもしていない風で。


「あら、もう行っちゃうの? もっとゆっくりしていけばいいのに……」

「いや、身体の修復に思っていたより手間取ってな……あまりのんびりともしてはおれん……今回の借りは何れかの機会に返そう、私にできることがあればなんでも言ってくれ」

 つれないミツハの口ぶりに、もう……という顔をしたスーワーンである、が、そのとき、彼女はフッと視線をあらぬ天井への方へと移し、無言で何かに集中している素振りになる……


「…………」


「……どうした? スーワーン?」

 立ち去ろうと踵を返しかけたミツハが、その様子に気付いて怪訝そうに尋ねた、すると、しばし何かを探るように視線を泳がせていたスーワーンが、そのままミツハの方を見もせずに。


「ねえ……ミツハ……少し騒がしくない……? ほら、始まりの洞窟から試練の道へ入った方角……感じないかしら……?」

 そう言われてミツハも、目を細めてスーワーンが見ている方角へと首を向け、何かを探る様子を始めた……どうやら二人とも探知の能力を使用しているようである……


「ふむ……なんだか感じるな……これは魔素の力か……? ならば番犬用に飼っている古代竜ではないのか?」

「ええ……そうね……境界面も歪んでいるようだし……あら? おかしいわね? チビちゃんの気配がないわ……どこかへ出て行っちゃったのかしら?」

「チビちゃん、って……まあ、あの親に比べれば小さいがな……遥か太古に物質界から迷い込んできた古代竜の末裔か……次元の狭間の瘴気に冒されてもなお代替わりを続け、よくぞ生き残っておるものだ……」

「あらあら、大変……境界面の歪みが大きくなっていってるわ……このままじゃ……」


 そう言うスーワーンの表情は、言葉ほど大変そうには見えないのであるが、ミツハへと向き直った彼女の顔に浮かぶニンマリとした笑顔に、ミツハの方はギクリとした表情になる……


「ねえ……ミツハ? 借りをいずれ返すつもりなら、今返してもらってもいいわよね……?」


 さしものミツハもスーワーンのこの言葉には、黙って口を開いたままであった……



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