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価値観と妹キャラと最悪の事実と



「アウルラより生まれ出で、シグザールと共に魔へと墜ちるまでは、私は精霊を使役するだけの能力しか持たぬ女神であった……」


 寂しげな……しかし、芯に凛とした気丈なものを感じさせるイルビスの声は、焚火の小さな炎から昇る薄煙と溶け合って夜空へと舞い上がっていく、パチパチと音をたてて燃えるその炎は、ただ黙ってその声を聴くオレたちの姿を浮かび上がらせていた。


「堕ちた私の精神は空間軸においてのみ負の領域に入り、時間軸においては正の領域に留まったのじゃ……留まることができたのは、なによりもシグザールの身を案じておったがゆえ……それゆえに狂気に染まりきらず、ある程度正気を保ったままでいられたのじゃ……そしてその中で私は次元の裂け目を創る力を得た……」

 そう言ったイルビスはオレへと目を向けて。


「タクヤよ、ここで一つ問うぞ、墜ちることで得た……今の私が持つ次元の裂け目を創る能力、どのようなものであるのか、その本質が推測できるか?」

「え……? 本質……? す、推測って言ったって……」

 突然の無茶振り的な言葉に戸惑いつつも、オレへと向けられるイルビスの眼差しにハッと気付く……それはいつもの悪戯っぽい無邪気な目ではなかった……気丈を装ってはいるが、まるですがるような……救いを求めているかのような光が宿っているではないか……


「え、えーと……そうだなぁ……」

 言い辛いことでもあるのであろうか……質問の意図がよく判らないが、イルビスのあの目を見る限りではここは一所懸命考えなければならぬ場面のようである、言葉を延ばして間を稼ぎつつ、オレは今まで彼女から教わったことを必死で思い出しながら脳内のパズルを組み立てていった。


「まず次元の裂け目の仕組みは前に教えてもらったな……たしか、入口と出口を作ってその間の空間を曲げてくっつけると……ん? まてよ? この移動って……空間軸に対してゼロ……いや、マイナスの移動になってるんじゃ……」

 後半はボソボソと呟くように言ったオレの言葉に、イルビスは黙ったままこちらを見つめているだけである……そんな彼女を見ていると、だんだんとその考えが判りかけてきた……


「精神が負の領域に入って得るのが次元の裂け目を創る能力だとすると……負の領域にいる精神は、空間にマイナスに干渉できるということになるか……推測すべき本質ってのはそのへんにあるんだろうな……それを踏まえて考えると……」

 独り言のようにブツブツ言う、実は言いながら考えをまとめているのである、脳内では必死に推論を組み立てているのであった。

「どんな力で空間に干渉するのか、そこが問題の本質ってことになる……あぁ、空間への干渉といえば……そういやあの竜は魔素の角の力で境界面を破ったって言ってたな……イルビスもさっき負の領域に入った精神は魔素を生成すると……え……そ、それじゃあ……次元の裂け目ってまさか……」


 揺れる炎の創りだすイルビスの影が、小さくコクリと頷いた。


「魔素を……原動力にして創るものなのか……?」

「正解じゃ」

「それじゃあ……今もイルビスは……」

「その通りじゃ、シグザールの城でお前が引き戻してくれたがゆえに、負の領域とはいえ今はゼロに近い場所におるがの……それでも私の中では魔素が生成され続けておる……」

「それって……それって、辛かったり苦しかったりするのか……? ずっと我慢し続けてるってことなのか……?」

 オレだけではない、ローサもサマサも心配そうな身につまされた表情でイルビスを見ている……アリーシアはもちろん知っていたのであろう、悲しそうな顔で目を伏せていた……


「苦しいなどということはない……負の領域とは言うが、それはあくまでも全ての事象の中での位置であるに過ぎん……私の場合はごく浅い場所でもあるしの……じゃが影響はある……」

「影響って……どんな……?」

 聞いていいことなのだろうかと少し戸惑ったが、ここまで話した以上はイルビスにも打ち明ける覚悟があるのであろう……はたしてオレの問いに、彼女は哀し気な顔をして口を開いた。


「か……可愛くないじゃろ……」


「…………は⁇」


 冗談ではなく聞き間違いだと思ったのである……完全に予想外の言葉でもあり、ここまでの話の流れからもつながっているとは思えない……何かの比喩なのかな? と思いながら、当のイルビスをポカーンと無言で見つめていると……


「わかっておるのじゃっ! 負の領域に入った精神はどうしても負の感情へと曳かれてゆく……私がいつも憎まれ口をたたき、行動が粗暴になるのも全てそのせいなのじゃっ! 生意気で攻撃的だと思っておるであろ? 意地悪で言うことを聞かぬヤツだと感じておるであろ? 全て自覚はあるのじゃっ!」

 突然激白するイルビスに仰天してしまい、何も言えずに固まってしまう、横のローサとサマサもオレと似たような感じで、あんぐりと口を開けたまま動けないようであった。


「自分でもわかっておる……じゃが、どうにもならぬ……女神として、己のこのような状態は情けない限りなのじゃ……なにより皆にも迷惑を……」

 シュンとして俯くイルビスの肩をそっと抱き、哀しそうな顔でアリーシアが続ける。

「以前のイルビスはとっても素直で……決して相手を傷つけることなど言えない、とても優しい子だったんです……でも……今でも決して悪意があるわけではないんですっ……どうかそれだけは信じてあげて下さい……」

 そう言うとアリーシアもイルビスと共に哀しそうな顔でうなだれる……


――いや……ちょっと待てである……


 オレはこのとき、初めて女神の心奥の価値観というものを知った……それは本当に高潔で純粋なものなのであろう……人間の自己中心的な思想や損得勘定などとは縁遠い、女神ならではの美しい価値観だと思う……それは間違いない、だからこそアリーシアとイルビスも思い悩み続けていたのであろう……だが……だがしかしっ!

 プルプルと震えだしたオレの内側から、内圧を高めるような感情が沸々と湧き上がってくる、それはとても激しく、とても熱く……あっという間に臨界点に達してあたかも爆発するような言動となって発露したっ!


「わかってなああぁーーーいっ‼」


 ビシィッ! とそちらを指差して断じるオレに、今度はアリーシアとイルビスがギョッとして固まった。


「わかってないぞっ! 全くわかってないっ! いいか⁉ こちらの世界じゃあまり認知されてないがな、オレの元の世界じゃツンデレ・美少女・妹キャラってのは三種の神器なんだっ! 好みは多少分かれるけど、その三つを兼ね備えたイルビスを可愛いと思わない人間なんて存在しやしないっ! いいか、よく聞けっ! 小生意気で我儘な妹キャラは、ある意味最強ですっ‼」

 興奮して言ってることは滅茶苦茶であるが、要はオレたちにイルビスを嫌う気持ちなど微塵も無いということを言いたかったのである、まあ伝わったんじゃないかな~と思いつつ周囲を見ると……しかし、なんか変である……


 シーンと静まり返った場に、焚火の音だけがパチパチと流れている……その炎に浮かんでいるイルビスの顔が驚いたように目を大きく見開き、頬はカーッと赤く染まってワナワナしているではないか……

 あ、あれ……? と、戸惑っているオレへ、やがて動揺しているのであろうか半分裏返ったような彼女の声が。


「い、い、妹……妹じゃと……? こ、この……私が……?」


 え……? である、そこに反応するのっ⁉ と、こちらも驚いてしまうのであった、慌ててイルビスの表情をよく観察すると、怒っているようではなさそうである……ただひたすら照れているようにも見える……なんだかマズイ捉えられかたをしてるんじゃ……と、危機感が急激に湧き上がってきた……


「い、いやっ、妹キャラというのはだな、本当の妹というんじゃ……」

 焦りながら掌を振って誤解の修正にかかるオレの言葉を、だがそのとき、アリーシアのウットリとした声が遮った。


「そ、そんな……イルビスが妹……それじゃあ……タクヤさん、私と……」

 ギョッとしてそちらを見ると、染まった頬に両手を当てたアリーシアが、そう言ってクネクネしているではないか……


「ちっがあぁ~うっ! だからそういう意味じゃなくてだなっ……」

 しかしそのオレの言葉も途中で遮られ……


「いっ、いくらこの姿とて、私は長きを生きた女神じゃぞっ⁉ お、お、お……おにいちゃん……などと言えるわけなかろうっ⁉」

 真っ赤な顔でイルビスが喚く、かなり混乱しているようであった、恥ずかしそうに言う『おにいちゃん』の部分でグハァッとなったがそんなことを言ってる場合ではない。


「お、落ち着けっ! 二人とも落ち着いてオレの話をだな……」

「ま、まさかタクヤさん……小さな女の子が好きとか……? そういえば幼い頃の私をすごく可愛かったって……」

「ちょっと待てええぇ! アリーシアッ暴走すんなああぁっ!」

「きっ、貴様あぁっ、この姿になった私を何度も可愛いと言っておったのは……やはりそうであったのかっ⁉」

「ちょっ……イルビスまでっ⁉ 待てっ! 落ち着いてオレの話を聞けっ!」

「それなら、私もあの頃の姿になればよいのですねっ⁉ 幼い頃の義体はたしか……」

「うわあああぁっ! アリーシアッストーップウウゥッ‼」


 ゼイゼイと肩で息をつきながら、混乱の極みの二女神を必死で止めるオレである、訳のわからぬ状況にこっちまで混乱してしまっていた。

 だがそのとき、ようやく口をつぐんだアリーシアとイルビスにホッとするヒマもなく、地べたに座っているオレの背にドンッと何かがぶつかった……

 ハッ……と振り向くと、背後に立ってオレを見下ろしているのは……


「ねえ……今の話、ちょっと詳しく説明してくれる……?」


 ヒイィアアアァッ⁉ と青褪めた驚愕の表情で固まるオレの目には、半ギレでひきつった笑顔のローサが映っていた……



 小一時間ほどの必死の釈明でようやく平和の戻った場は、すでに完全に夜の帳が降りていた……


 真っ黒に浮かぶ岩山の影の上には星々が瞬き、すぐ側に広がる森の中は樹々に遮られて星の光も届かず、吸い込まれそうな暗闇が広がっている、生憎と月は山の向こうに少し顔を出しているだけであった。

 焚火の周りに集うオレたちだけが、この世界に取り残された最後の人類であるかのような錯覚を覚えるほどの寂しさを感じるのは、やはり岩山へと続く岩場の草木の生えておらぬ荒涼とした雰囲気のせいであろうか……

 そう感じてしまうのも先程までの大騒ぎが終息し、ようやく落ち着きを取り戻したからであろう……とはいうものの、まだあまり納得していなさそうな女性陣は、ただ口をつぐんでいるだけではあるのだが……


「――というわけだから、深い意味はないからな……物質界じゃそういうものの見かたが一般的になってるってことさ……」

 むう~……という顔を見回しながら話を締めくくると、また話がぶり返さぬように間髪入れずにオレは続ける。


「もうすっかり夜になっちまったな……早く戻らないと子爵やサラさんたちも心配してるだろうから、さっさと屋敷にもどろうぜ……」

 話題を変えたい狙いもあったが、やはり子爵邸では帰りが遅いことを心配しているのも事実であろう、ウォルトさんの救出と竜の退治から始まって、難解な正と負の領域の講義や、果てはイルビスの心の奥底で悩んでいた話など、まさか観光に来てこんなことになるとは予想だにもしなかった。


 それでもアリーシアとイルビスが気にして思い悩んでいたことが、オレやローサ、サマサにとっては問題にもならぬ些事だと判ってもらえただけでも良かったのである、清廉潔癖過ぎる精神というのも大変なんだなあ……と、よいしょと立ち上がってスカートのお尻の土をぱんぱんと掃っている二女神を見ながら改めて思うのであった……


「なあ、タクヤよ……一つ尋きたいんだが……」


 さあ帰ろう、という雰囲気になって立ち上がった皆が、まだ座ったままのウォルトさんへと動きを止めて視線を向ける。

 それまでオレたちの話を、彫像のようにずっと黙って聞いていたのが急に口を開いたのである、ちょっと驚いたが、見るとヒゲモジャの表情は少し深刻そうに感じた。


「先ほどの竜……境界面とやらを破って出て来たと言っていたが……」

「え、ええ……それが何か……?」

 やはり声も深刻そうであった、女性陣も何事かと固唾を飲んで聞いている……


「例えばな……あの洞窟の地底湖に、ワシの居た通路には入ってこれん程のデカいやつがもう一体いたとしてな……」

「え……」

「そいつがもしこちらへ出て来ようとした場合は……その通路を通らずとも、境界面を破れば出て来ることができる……ということになるのか……?」


 そのとき、先程までは山の陰にほんの少ししか見えていなかった月が、稜線を越えてオレたちへと蒼白い光を届かせた……朧な光に岩場や森が浮かび上がり、焚火の暖かな色で互いを見ていたオレたちも、蒼く冷たい色に照らし出される……


「デカいやつがもう一体って……まだ……いるんですか……?」

 震える声で尋き返すオレの言葉には応えず、ウォルトさんはたたみ掛けるように尋いてきた。

「どうなんだ……? 通路を通らずとも外へ出てくることはできるのか?」

 その言葉を受けてバッとイルビスの方を向いたオレに、ハッとした彼女が少し青褪めて見えたのは、月の光のせいだけではあるまい……


「洞窟への入口があった場所が、一番脆い場所であるというだけでの……それ以外の場所から境界面を破れる力さえあれば……出て来るのは……可能じゃ……」

 向けた視線にそう答えたイルビスの言葉は、当然オレを愕然とさせた……それでも事の詳細を尋ねるべく再びウォルトさんへと向き直る。


「ほ、本当にいるんですか……? しかも、さっきの竜よりデカいやつって……」

 そう問いながら、脳裏には道中の馬車の中で視た夢の中の地底湖のことが思い起こされていた……あのとき見た巨大な影……たしかに先程の竜よりも遥かに大きく、現実との差異に違和感を覚えていたのではある……

 だが、それはあくまでも夢ならではの誇張された姿であろうと、自分を納得させようとしていた……しかし考えてみれば都合の良い解釈である、瘴気に冒された恐竜とて生物には違いないのだ……ウォルトさんも洞窟内に居た十二年の間に、襲ってきていた竜はどんどん大きくなっていたと言っている……それの意味するところはつまり……成長過程の若い竜であったということだ……


 そして聞こえてきたウォルトさんの返答は、オレのイヤな推測を最悪な形で裏付けるものであった……


「ああ……いる……親がな……」



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