潜入と鍛冶屋と遭遇と
「じゃろうのぅ……そう言うと思うたわ……」
あっさりと肩を竦めて言うイルビスに、こちらは肩透かしをくらったように力が抜けてしまう、えぇっ……⁉ と見返すオレへ、今度はイルビスの横に立つアリーシアが静かに切り出した。
「タクヤさん……夢に出てきたあの戦士の方が気になるんですね……?」
「うっ……ど、どうして分かった……?」
心中をズバリ言い当てられて狼狽えているオレへ、アリーシアとイルビスの微笑みが優しく向けられた……
「タクヤさんはご自分の見た洞窟の夢を、イルビスの絆の力によってのものだと信じて下さってます……」
これまた的中である、ううっ……と言葉に詰まるオレへ、今度はイルビスが話を継いだ。
「私の絆の力で見た夢ならば必ず何か意味がある……そう考えてくれておるのじゃろ……? ならばこのまま閉じてよいわけがないと……まったく、お前の考えそうなことじゃのうっ……」
憎まれ口っぽく言っているのであろうが、頬が染まって視線も斜め下へ逸れているイルビスであった……そしてオレの方はといえば、ニッコリ笑っているアリーシアとイルビスの半デレの態度に照れて真っ赤になりアウアウしてしまったのである……
「さて……それでは次期領主様のご要望じゃ、皆、気を付けよ……開けばそこは次元の狭間じゃ、何が出てくるかは私にも分からぬぞ?」
改めて緊張感に身を引き締める一同である、前へ出たイルビスが両の掌を洞窟入口へ向けると、ヴウゥンッと次元を振動させる低い音が響き、やがて心なしか入口の黒々と開いた穴はより鮮明に見えてきたようであった。
振動音が絶えると両腕を下ろしたイルビスがオレへと向き無言で頷く、頷き返したオレは皆に向かって。
「よし、じゃあ行ってくるからお前らは……」
そこまで言って言葉が止まる……オレを見る全員の目がジト目だったからである……当然送られてくるジト~ッ……という視線からは、まさか一人で行くから外で待ってろとか言うんじゃないでしょうねぇ……? という無言のプレッシャーが、それこそ本物の圧力のようにグイグイと押し付けられてきたのであった……
「う……くっ……」
必死でプレッシャーを押し返そうと努力してみるが、四対一である……しかも戦闘力的にもオレが一番下である……やはり無駄な努力であったようで……
「き、気を付けて付いてくるように……」
ハ~イッ! という元気で明るい返事にガックリとなりながらも、逃げろっ! という合図をしたら必ず全力で外へ逃げるようにと皆に言い渡し、なんだか釈然としないまままずオレが先頭になって入口の暗闇を潜り始めて行くのであった……
狭い入口を潜った直後は真っ暗闇であった、明るい外から中へ入ってすぐなのでいたしかたない、数歩進んだだけで外からの陽光が途絶えて暗闇に包まれる中、目が慣れるのをしばし待っていると徐々に洞窟内部の輪郭がおぼろげながらに浮かび上がってきた。
奥へ目を凝らしてみると先は広い通路になっている、時間が粘り付くように流れる感覚も、あちこちの岩肌にへばり付いている薄く発光する苔も、洞窟内全てが以前見た夢によく似た様相である……
「うん……同じような感じだ……」
予想が確信に近付いてきたオレの呟き声に他の一同がオレの後ろへと集まった、進む準備ができたということである、ここから先は細心の注意をもって進まねばならない、夢での怪獣……つまり子爵の言ったドラゴンは三百年前に倒されているという話ではあるが、なんといっても此処は次元の狭間である、何が出てくるかは全く予想のつかない場所であった……
「な、なんだか薄気味悪い所ね……岩壁はジメジメ湿ってるし……」
ローサが歩きながらサマサの腕にしがみつきつつ呟く、漂う緊張感に辟易しての言葉であろう、だが確かにその通りで湿った岩壁はあちこちに苔がへばり付き、チョロチョロと水の流れる音もどこからか聞こえてくる、壁際の地面は正体の判らぬ草やキノコ類が繁茂している所も点在しており、奥の見通せぬ薄闇の洞窟内は不気味なことこの上なかった。
「イルビス、どうだ? 近くに何か感じるか……?」
ゆっくりと進みながらすぐ後ろのイルビスに尋ねてみる、押し黙ったまま探知に集中しているのはその様子ですぐ分かっていた、尋ねられたイルビスも承知しているようで軽く首を振りながら答える。
「今何か動いている感じはせんのう……じゃがずっと奥側から嫌な雰囲気は伝わって来おるわ……タクヤよ、あまり奥までは進まぬ方が……」
イルビスにしては遠慮がちな言い方である、オレの行動が自分の絆の冠に導かれているゆえのものだという躊躇いがあるのだろう……それが原因で皆を危険に曝すことを肯ずるわけにもいかぬという、苦しい心情が読み取れるのであった……
「ああ……もう少し進んで何もなければ引き返そうか……それまでは引き続き探知を頼むぞ」
頷くイルビスにオレも正面へと向き直り、発光苔のボンヤリ照らす洞内をゆっくりと奥へ進んで行く、オレとしても二度も見たおそらくこの洞窟での夢……精神のみが導かれて見せられたようなリアルなあの夢に意味が無かった……などとは決して思いたくないのであった……
そんなことを考えながらさらに歩を進めていたそのときである……通路の真ん中に浮かび上がって見えてきた影に思わず、あっ! と声を上げてしまう。
「あれは……そうだ……あの岩だっ!」
興奮した声を発しつつ地面から生えるような平たい大岩へと向かうオレに、何事かと不審そうな顔をした一同が続く、だがそんな彼女らを気にする余裕も無かった……見えてきたその大岩こそ、最初の夢で見たあの巨体の戦士が腰掛けていた岩に間違いなかったのである……
「そうだ……ここだ……ここにあの戦士が座ってたんだ……間違いない……」
大岩に辿り着き平らな上面に手を置きながら言うオレに、皆の驚きつつもどこか納得したような目が集まっている、ただの夢でしかない可能性のあった話が確実に現実とリンクしていたという確証を得たのである、いわば迷いや疑いが無くなった瞬間であった。
「なるほどのう……夢の中の戦士が実際にそこに居ったのは間違いないということじゃの……じゃがおそらくは遥か昔の話なのであろ? 今となってはその戦士の存在が何を意味するのか……まだまだ解らぬことが多いのう……ん? どうしたのじゃ? 青い顔をして……? タクヤ……?」
訝し気なイルビスの顔が大岩に手を置いたまま固まっているオレへ向けられる……他の皆も「?」となってオレを見る、そんな中オレは不思議そうに見つめる皆の顔へプルプル震えながら目を向けると……
「な、なんか……生温かいん……ですけど……ココ……」
夢の中で戦士が座っていた場所が生温かい……そう、まるで今さっきまでここに誰かが座っていたかのように、ほんのりと温かいのである……もちろんその場所から少し手をずらすと岩肌は普通にヒンヤリと冷たいのであった……
途端にローサが納得いかぬ口調で言い出す、オレの言葉にビビッているのは明白であり、目元にジワッと涙すら浮かんでいる……
「な、生温かいって……どういうことよっ……ま、まさか誰かそこに……座ってたって……いう……ひっ⁉ ひいぃっ‼」
今度はオレがビビる番であった、言葉の途中でローサが……いや、オレの前に並ぶ全員が、ギャアアァッ! という恐怖の表情を浮かべて硬直したのである、その視線は全てオレの背後へ向けられていた……
その直後、オレの背後で気配が動く……何かいるっ⁉ と、感じた瞬間恐怖で身が竦み動けなくなってしまう……だがしかしそんなこと言ってはいられない、皆が固まりながら見つめる視線を辿って恐る恐るそーっと振り向くと……
それは壁のようだった……まるで突然背後に壁が出来ていたかのような錯覚に捉われながら、大岩へ屈みながら振り向いたオレの眼前にあるのがズボンのベルトであるのにようやく気付くと、半ば呆然となりながらそのまま視線を上へと移していく……
凶悪なほど鍛え抜かれた腹筋と続いて分厚い鋼のような胸筋が現れ、さらに順に見上げていくと、荒縄が浮かび上がったように筋繊維が盛り上がる太い腕と剣の長い柄を握りしめたごつい手、そして肩に担がれたなんとも巨大な剣身が見てとれた……だが顔は……顔はこちらを見おろしているせいであろうか……影になっていてよく見えない……しかし目が……目だけがまるで光を放つようにオレを見ているのが分かる……そのときであった、影となったその顔からまるで天井から響くような声がオレへと降ってくる……
「おい小僧っ! お前らどこから入ってきたっ⁉」
雷鳴のようなその声で停止していた思考がようやく働き出した、途端に声すら出せずに表情だけギャアアッ! と叫んでいるオレは、ヘナヘナと腰を抜かして地面にへたり込んでしまったのであった……
「わっはっは、いや、すまんすまんっ、脅かすつもりではなかったんだがな」
豪快に笑うのはもちろん戦士である、オレの抜けた腰も元に戻り、ようやく落ち着きを取り戻した一同が大岩に腰を下ろした戦士に向かい合って立っていた。
まあ落ち着いたと言っても硬直が解けたというくらいのもので、アリーシアとサマサの顔はまだ青褪めたままであり、ローサとイルビスに至っては目に涙を溜めてヒクヒクしている、よっぽど怖かったのであろう……
改めてよく見ると戦士はやはりデカかった、巨人かと見紛うばかりの体躯は身長二メートル半はあるのではなかろうか……二メートルを超すと見慣れぬせいで目測があやふやになってしまってよく分からない……
上半身が裸であるために全身が筋肉の塊であるのも分かる、背が高いだけではなく横幅もあるのでより巨大に見えるのであろう……おそらくこの戦士がイルビスを担ぐとオレが猫を担いだのと同じくらいの縮尺になると思われた……
「ところでお前たち、さっきも聞いたがどこから入ってきたんだ? まさか入口からなのか?」
ボウボウと髭の伸びた顔の戦士が尋ねてくる、髪も伸び放題でありまるで数年間遭難していたような様相であった、さっき見上げた顔が翳ってよく見えなかったのはそのせいであったようである。
「まさかも何も……入口からだけど……戦士さんこそなんでこんな所に……? ここで何やってたんですか……?」
「なんとっ⁉ 入口からっ⁉ では今、入口は開いているんだなっ⁉」
オレの言葉に驚き興奮した様子の髭面が大声を上げる、当然こちらの一同も驚き、ヒエェッ⁉ と身を反らしてしまうのは致し方ないであろう……そんなオレたちの反応を見てハッとした戦士は、申し訳なさそうに改まって話し始めた。
「いやすまん……ワシは戦士などではない、ただの鍛冶屋だ、名をウォルトという」
なんともスゴイ鍛冶屋がいたものである……この人の店へ武器を買いに来る戦士や兵隊はどんな気持ちになるのであろう……そんなことを慮りつつこちらも皆の名前を紹介していく、アリーシアやイルビスの名に無反応だったのは面倒臭くなくて助かった。
「それでウォルトさん……ここで一体何を……?」
「いや……居たくて居たわけではなくてだな……まあ、平たく言えば閉じ込められてたんだよ……もう二年程になるか……こんな洞窟の中じゃ大雑把な感覚だがな、それでも大体二年くらいのはずだ」
そう言って指す先の岩肌にはかなりの数の刻み跡が付いていた、体内時計の感覚のみなのであろうがさほど大きな誤差はなさそうである。
「二年ほど前にな、ここから少し南にある騎士団の臨時詰所に修理依頼された武器防具を納品しに行ったのさ……その帰りだったんだが……タクヤは二年前の地震を知っているか? 結構大きな地震だったのだが、そのときにこの洞窟の入口が現れたのを偶然見つけたのが運の尽きよ……」
話を聴きながらオレは、んん……? と首を捻る、二年ほど前ならオレはもうハナノ村で生活を始めていた……ハナノ村からここまでは直線距離ならば馬車で一日ほどであろう……ここでそれほどの地震があればハナノ村だって当然揺れていたハズだ……だがそんな記憶は無いのであった……
「この辺の岩陰や洞には稀に白いキノコが生えていてな、それが実に美味いんだ……地元の者らは見付けると嬉しくて踊り出すほどなので、踊りタケと呼んでいるんだが……洞窟ならば期待できそうだと思って潜り込んだのさ……」
「じゃ、じゃあ……キノコ目当てで入って閉じ込められた……と……?」
オレたち一同の呆気にとられた表情に、ウワッハッハッハ! とヒゲモジャ顔が豪快に笑う、二年も閉じ込められていてこの陽気さは……並みの精神では発狂していたっておかしくない状況であるのに、とんでもない豪胆さであった……
「だがおかしな事もあるもんだな……入るときには普通に開いていた入口が、さて戻ろうかと見ると跡形もなく塞がっちまったかのように岩壁になってやがった……タクヤよ、こんな話を信じられるか……?」
まあ、ウォルトさんのそういう気持ちはよく分かる……オレたちもイルビスがいなければ同じことになるであろう……深く頷きながらオレは切り出した。
「まあ、とにかくここを出ましょうか……いろいろ説明するにしても、まず外へ出て落ち着いてからにしましょう……」
場に同意の空気が流れる……ウムッと頷くウォルトさんが立ち上がり、皆もヤレヤレ……と入口へ向かおうと踵を返したその時であった……
バッ! と急激にイルビスが洞窟の奥へと振り返る。
ギョッとした皆が見るイルビスは、大きく見開いた目で真っ暗な闇の奥を凝視していた、表情は硬く強張り顔色も青褪めている……その様子に一瞬で全員の間に電流のような緊張感が走り抜けた。
「皆! 気を付けよっ! 何かとんでもないものが来よるぞっ‼」
その声も尋常ではない警戒心を含んでいる、そしてその言葉が終わらぬかのうちに足底から、ズン……ズン……と、地を伝わる振動が感じられ始めた。
「こ、この振動……デカいぞ……」
脳裏にふっと夢で見た怪獣が浮かぶ、三百年前に倒されたヤツだけじゃなかったのか……? 何匹も棲息している可能性だってもちろんあるではあろうが、子爵の言っていた十メートルにも及ぶ化物がウヨウヨいるなどとは考えたくも無かった……
「ウォルトさんっ! みんなっ! 急いで外へっ‼」
だが、入口の方を指差して皆へ逃げる指示を出したとき、オレの緊張した声とは真逆ののんびりとした声が聞こえてきた。
「まあ、まかせておけ、ヤツめ……三日前にブッ飛ばしたばかりだからしばらくは来んと思ってたんだがな……どうやらお嬢さんたちの旨そうな匂いに惹かれて来たようだ」
喉の奥でカッカッカと笑って言うのはもちろんウォルトさんである、岩に立てかけていた巨大な剣の柄をガシッと掴むと、オレたちを背にしてズン……ズン……と聞こえてくる洞窟奥の闇へと向かって仁王立ちになる。
「お前たちは少し下がっていろ、なに、すぐ済むから待たせはせん」
まさか……とは思ったが奥を睨んで立つ巌のような背中には何も言うことができず、その巨体の背中越しに聞こえてくる声に従ってオレたちが距離をとると、ウォルトさんは地に突き立てていた巨大剣を軽々と片手で振り上げ肩へと担ぐ。
その光景も信じられなかった……楽々と肩に担がれた幅広で厚みのある巨大剣は、剣身だけでもオレの身長ほどもある……柄の部分も合わせるとウォルトさんの背丈と同じくらいの長大なものであるのだ……イルビスやサマサならば立ったままでその剣身に隠れられるであろう……
両刃で肉厚の超重量剣は、おそらく相手を斬るというよりはぶっ潰すような用途で使われるのではないかと思われた、にしてもその重さたるや優に数十キロはあるであろう……そしてその重さの剣を片手で振り回すとは……ウォルトさんの超絶な膂力こそ最も驚嘆すべきものであった。
ズン……ズンという足音が、ズドンッ……ズドンッと徐々に大きく聞こえ、それにつれて魚の腐敗したような生臭い臭いが漂ってくる、発光苔が放つ光で視認できる距離はせいぜい十メートルほどであろう、すぐ向こうの闇の中からやってくる足音と振動、そしてその臭いのせいで奥の闇そのものが巨大な怪物として襲ってくるような錯覚に捉われてしまう……
そして次の瞬間、その闇から巨大な顔が突き出した――




