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イルビス先生と次元講義と洞窟入口と



「カ、カムイって……じゃあ次元の裂け目だか穴だかがあるってことなのか?」

 何かを考え込みながら岩山をボンヤリと眺めるイルビスに、気を取り直したオレは尋ねた。


「裂け目や穴が開いておれば、おそらく子爵邸からでも探知できるであろうの……じゃがここは開いてはおらぬ、この近距離にならねば気付けぬ程の……そうよのぅ、この歪み方から見ると……しばらく前に歪みが拡がって裂け目が開き、開いてすぐにまた閉じたような……そんな感じがするのう……」


「そ、それって一度開いたってことなのか……しかし、なんでまたこんなとこに? 誰かが故意にやったってわけじゃないのか?」

 矢継ぎ早に尋ねるオレであるが、当のイルビスは茫と岩山を見つめ続けたままで答える。

「誰かの仕業ならばこんな歪みは残らぬであろうの、現に私が創る裂け目は閉じれば歪みなど全く残らぬ……世界には元々此処のように境界面が不安定な場所がいくつかあるのじゃ、お前のいた物質界でもそれらしき場所はあるはずじゃぞ? おそらく此処もそんな場所の一つなのであろうのう……」


 説明するイルビスの言葉になるほど……と頷く、物質界でも神隠しだの消失事件だのは枚挙に暇がない、霊場と云われる場所や古代から不入の掟の残る不可思議な地も多々ある……その内のいくつかが此処のような場所である可能性があるということか……

「じゃあイルビス、こういう場所って放っておいたらマズイのかな……? 近隣地域の人に被害が出るとかいう可能性は……?」

 心配になって尋ねるオレへやっと、んん? という感じのイルビスが顔を向けると、途端にフヘラッとイヤな笑顔になって言う。


「ほほう……さすが未来の領主様じゃ、地域住民の心配が第一とは……良い心掛けじゃのう~」

 コイツ……自分こそ王国の安泰を願うのが仕事の大神官様だというのを忘れてるんじゃないのか……ヘラヘラ笑っているイルビスに、しかしさすがにオレは真面目な顔で返す。

「茶化すなよ……被害が出てからじゃ遅いだろ……」

「そうですよイルビス、もう少し真面目になさい」

 見かねたアリーシアもそう言い、ム~……という顔に変わったイルビスは、だがオレたちの言うことがもっともだとも思ったのであろう。


「ふむ……境界面の挙動なぞ人知の及ぶべきとこではないからのぅ……何百年もこのままやも知れぬ……じゃが明日にも大穴が開き大きな被害が出るやも知れぬ……そういうものなのじゃ……」

「そ、それじゃあ打つ手なしってことじゃないか……そこをなんとかならんのか……?」

 オレは食い下がって尋ねるが、先程からイルビスがボ~ッと考え事をしていた理由も分かってしまう、イルビスはイルビスなりに歪みへの対処法を考えていてくれていたのであろう……その証拠に少し困り顔になってオレへ言い出した。


「そもそもタクヤよ、お前、物質界と精神界、この二世界の間にある次元の狭間の存在理由とは何なのか……? などという知識なぞないであろ?」

「あ、ああ……さっぱり分からん……」

 だが、このことに関しては知らなくても無理はないという判断なのであろう、いつものイルビスがオレへ向ける揶揄うような調子はなく、そのまま淡々と話を続けるのであった。


「物質界と精神界はいわば面の表と裏じゃ、独立しているとはいえ時間軸の方向も流れの速さもほぼ同じなのじゃがの……面である以上は厚みというものがある、その二世界の間の厚みの部分が次元の狭間と呼ばれる場所じゃ……」

「その狭間は特殊な場所での……二世界を安定させるための緩衝材と潤滑剤の役割を担っておる、つまり物質界と精神界を安定させるために、二世界の流れの歪みを引き受けておるのじゃ……」


 ここでローサとサマサが脱落した、諦め半分の微笑みを浮かべてお空を流れる雲を見つめている……


「つまり次元の狭間では流れる時間が滅茶苦茶なのじゃ、まあ時間自体が場所によって速さを変化させる曖昧な概念なのじゃがの……物質界もしくは精神界の片方が重力などの外的要因で時間軸に対し速度を速くあるいは遅く変化させた場合、それはそのまま二世界の間の時間と位相のズレになる、ゆえにもう片方との速度差を解消するために狭間は速い方は抑え遅い方は加速させる、速いものを抑えるには狭間自体が遅くならなければならず、その逆も然り、なのでその歪みを引き受けている狭間では時間の流れの速さは常に変動しておるのじゃ……」


 かなり難解ではあった、がしかしオレ自身の経験則もありなんとなく把握することができるのである……

「そういや……最初にお前にシグザール城へ連れて行かれたとき……体感だと二日ほどしか経ってないのに、帰ると四日くらい経過してたな……そのときシグザール城の時間の流れはこちらの半分くらいの速さになってたということなのか……」

「まあのう……じゃが正確に言うと、あのときお前はシグザールの魔王の力で時間軸も移動しておるからの……総合的な誤差としては数十分程度じゃと思うが……逢ったのであろ……? 生まれて二百年足らずのねえさまに……」

「ああ……逢った……むちゃくちゃ可愛かったぞ……幼女アリーシア……あっ、いててっ!」

 真っ赤になったアリーシアに腕をつねられてしまう、慌てて脱線しかけた話をもとに戻すべくオレはイルビスに続けた。


「狭間の役割と仕組みはなんとなく理解したが……じゃあ物質界と精神界にできる次元が歪む場所ってのはどうなってるんだ……? 狭間によって加速したり減速する負荷がより多くかかってる所ってことなのか……?」

「うむ、大体は合っておる……補足するならば、時間軸に沿って流れる連続体には必ず歪みが生じるのじゃ、川の流れが全て一体となってはおらぬようにの、遥か上空から全体として見れば川ではあるが、至近より一部分の水だけを見れば常に流動しておるであろ? つまりこの世界の基盤ともいうべき接続面にも、強固な部分と脆弱な部分が存在するというわけじゃ……」

「なるほどなあ……その脆弱な部分に狭間からの負荷が大きくかかれば、歪んだり裂け目ができたりするってことなのか……」


 やっと理解のできたオレの言葉にウンウンと頷くイルビスである、だが逆に世界などという大きな話になってしまったがゆえに、目の前の岩山周辺の次元の歪みにはできることがないのか……と、ガックリと肩を落としてしまうオレであるが、その様子を見かねたのかため息をつきつつ、しょうがないのう……という表情で口を開いた。

「まあのぅ……できることが全くないではないぞ……以前裂け目が開いて閉じた部分……おそらくそこがこの辺りで一番脆弱な場所なのであろうの、見つけられさえすれば……その部分だけでも簡単には開かぬように、補強くらいならばできるやもしれんのう……」


 おおっ……と、顔を上げ身を乗り出すオレに照れくさいのであろうか、慌てた様子でイルビスは言葉を継ぐ。

「あ、あくまで可能性があるということじゃぞっ! とにかくその場所を見つけ出さねばできるかどうかすら分からんではないかっ、あまり期待するでないっ!」

 するとそのときイルビスの後ろの方からローサの声がかかる……


「ね~ね~タクヤ~ッ、聞いて聞いて~! あっちに洞窟の入口見つけちゃった~っ! ちょっと面白そうじゃない? いってみましょうよ~っ?」

 へ? となるオレとイルビスであった、見るとローサとサマサが歩いて来るではないか……先程までオレの横でお空を見上げて微笑んでいたハズであるが……


 当然二人が座っていた場所はもぬけの殻であった、オレとイルビスが話に夢中になっている隙にフラフラと散策に繰り出していたらしい……岩山は落石で危険だから勝手に歩き回るなと注意したばかりであった……言ったそばからコイツらは……

「お、お前ら……また勝手に……」

 怒りのオーラを出してプルプルするオレを見て、はうぅっ! と頭頂を手でガードしたローサが必死で言い訳を述べ始めた。

「い、言われた通りに岩山には近付いてないよっ! ちゃんと距離をとって……しかもすぐそのへんまでしか行ってないんだからっ! 本当なんだからっ!」


 チラリとサマサを見ると、あ、あはは……と苦笑いしている……まあ、おそらくサマサは言い出したらきかないローサを心配して付いて行ったのであろう……フムーッと鼻で大きなため息をついたオレは、しょうがないなあ……となりながら。

「まったくもう……言うこときかないんだから……だが、洞窟か……それってもしかしたら、イルビス……」

「ああ……子爵のドラゴンの話といい、お前の夢に妙に符号するのう……これは関係があると想定して動いた方がよさそうじゃ……」

 そこはかとなく緊張感が漂ってきたそのとき、アリーシアが口を開いた。


「でも……さっきイルビスは、裂け目が開いたのはしばらく前と言っていたけど……子爵のドラゴンのお話は三百年も昔のことでしたよね……?」

「ああ……ねえさまの言う通り、ここの裂け目は開閉してからおそらく十数年ほどしか経っておらぬでしょうの……探知した次元の乱れ方から見てそれ以上古いとは思えませぬ……じゃが、それは最も新しい開閉のみが探知可能だというだけで、それ以前の動きは新しいものに消されてしまっておるということですのじゃ……」

「そういうことなの……じゃあ何度か開閉している可能性もあるということなのね……」

 アリーシアの顔にも緊張感が増してくる、なにより二千年もの間カムイの中で次元の門の穴を封じてきた彼女である、事の重要性を誰よりも理解しているのであろう……


「よっしじゃあ行こうか、ローサとサマサ、洞窟へ案内してくれっ」



 到着した洞窟入口は、オレが身を屈めてやっと入れるくらいの小さな穴であった、その穴が岩肌にポッカリと開き、周囲には大小の岩石がゴロゴロと転がっている、子爵の言っていた十二年前の地震で崩落したものであろうか……

 藪で大部分が隠れているそんな入口を、安全な距離をとっていたと言うローサがどうやって見付けたのかはさておき、早速入り口前に立ったイルビスがスッと目を細めて探知に集中し始めた様子である。


「どうやら当たりのようじゃの……いつ裂け目が開いてもおかしくない、なんとも危うい状態になっておる……その洞窟、一歩中に入ればそこはもう次元の狭間じゃ……」

 一同に驚きの雰囲気が広がった、目の前に黒々と開く入口の向こう側はすぐ別の世界……そうはっきり言われると背筋にうすら寒いものが走ってしまうのである……


「で、でも今は開いてないんだろ……? 穴が開いてるように見えるのに……」

「ふむ……触れてみよ、さすれば分かるじゃろ」

 あっけらかんと言うイルビスの言葉に後押しされて、前へ出たオレは恐る恐る掌を近付ける……そしてその手が入口の中へと入るように見えた瞬間……


 ペタリ


 冷たい岩の感覚が掌に触れ、思わずドキッとして引いてしまう、だが紛れもなく伝わってきたのは岩肌の感触であった……再び手を伸ばして今度はペタペタと、穴にしか見えない空間の見えざる岩をまさぐり始めた。

 興味津々で見つめていたローサとサマサもペタペタやり始め、ふわ~っ! と驚きの声を上げている、オレたちが十分理解したと見たのであろう、後ろからイルビスの説明が聞こえてきた。


「元々そこには洞窟の入口などないのじゃ、本物の洞窟は次元の狭間にあり、その入口がたまたまそこの岩肌に重なっているに過ぎん……そして開いてはおらぬのじゃが、あまりにも開く寸前までほつれているがゆえに光が透過してしまい、あたかも穴が開いているように見えるのじゃ……」

 ほえぇ~……とその説明に感心する一同である、だがイルビスはどこか緊張気味の表情でオレへ続けた。

「タクヤよ……もうよかろう、その入口程度ならば私の力で完全に閉じることができよう……なんだか嫌な気配がしてきおった……さっさと閉じてしまおうぞ……」


 ピリピリした雰囲気を声から感じ取り、驚いたオレはイルビスの顔を見つめる……彼女をここまで緊張させるもの……なんだか知らぬが、かなり良くないものであろうことは想像に難くない……

 本来であればその言葉に従って早々に閉じてしまうべきなのであろう……だが……


 しばしの沈黙の後、オレはオレを黙って見つめ続けるイルビスへ言った。


「イルビス……頼む、一度この裂け目を開いてくれないか……」



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