幸運と捜索とペンキックと
「おぉ~いぃ、ロ~サァ~、イルビスゥ~、どこいったあぁ~……」
深い森の中の下生えをガサガサと揺らしながら、オレとアリーシアとサマサの三人はいなくなったローサとイルビスの姿を探していた。
事の発端はペンギンである……悪乗りし過ぎたローサとイルビスがオレの愛のチョップをくらって改心の涙に濡れていたそのとき、サマサが見つけて指す方を見ると、スササッと遠くの木の影へ隠れたその姿は確かにペンギンであるように見えた。
それまでベソをかいていたローサとイルビスも、瞬時にケロッとした表情で指された方向を夢中で凝視している、コイツら本当に反省してたのだろうか……そんな疑念も頭によぎるが、言い出す暇もなく事態は急展開を迎える。
「見ましたっ⁉ 頭に赤いフサフサついてましたねっ! 可愛かったですっ!」
第一発見者のサマサが興奮した様子でオレたちへ言う、滅多に姿を現さないレアなペンギンであることも、見ることができた者には幸運が訪れるという子爵からの情報も、もちろん皆に伝えてあるので感激もひとしおなのであろう……
「私、初めて見ました……とっても可愛いんですね……」
「み、見たぞっ! チラッとじゃが確かにペンギンじゃったっ! 意外と素早いのじゃな……」
アリーシアとイルビスも見ることができたようである、観光客用のキャッチフレーズであろうことは分かってはいても幸運だと言われれば気分も良い、レアキャラ発見の共有による一体感も生まれて自然と笑顔になってしまう、だが……
「ローサよ、ローサも今の……あっ……うぅっ……」
振り向いてローサに声をかけたイルビスの満面の笑顔が固まって、同時に言葉も詰まってしまう……もちろん異変に気付いたオレたちもそちらを見て、うぅっ……となるのであった……
「私……見えなかった……」
ドヨ~ンとしたオーラを纏い、そのオーラに負けぬほど暗い表情でガックリと肩を落としているローサへ皆の視線が集中する……もちろんすぐに声などかけられたものではない雰囲気である……
ローサだってサマサの第一声ですぐに目を向けていたハズであった、決して他より特別抜きん出て鈍いわけでもなく、特別視力が悪いわけでもないのである……ただ一緒に暮らしている皆は感覚として理解していた……なんというか……ちょっとタイミングが悪いというか……ぶっちゃけて言えば、運が悪いのである……
「うっ……うぅっ……」
イルビスが唸る……幸運にまつわる話なので、運が悪かったのう……という慰めすらできないのであろう……気付かずにうっかり声をかけてしまったイルビスもなんとも災難であった、流れ的に何か言わねばならぬ立場に押し出されており、困って唸りながらオレたちの方を見るのであるが、皆がスッと視線を逸らしてしまう……
アリーシアにまで視線を逸らされたことでガビーンとなったのであろう……回転の速い頭脳がこの場合逆に災いしたようで、なんとか急ぎ前向きな対処法を選択したようではあるのだが、それがとんでもない方向へすっ飛んでしまったようであった……
「ローサッ! 追うのじゃっ!」
ふえっ? と驚くローサの手をガシッと握り、ズダダーっとペンギンが消えた方へと走り出す。
「あんな足の短い飛べない鳥じゃっ! すぐに追いつけるわっ! 見ておれ~っ! とっ捕まえてくれるっ!」
走り去る二人の姿からその声が風に乗って流れてくる、だから捕まえるなっちゅーにっ! と叫ぼうにもあっという間に木々の間へ消えていってしまった、そして呆然と立ち尽くすオレたち三人を残して、二人はいくら待てども帰ってこなかったのである……
二人が消えて十五分ほど待ってから開始された捜索は難航した、まず不思議なことにアリーシアの探知がさっぱり働かない、ローサは無理だが女神であるイルビスの居場所ならさほど長距離でもなかろうことから、本来ならば大体の位置や悪くても方向くらいは判るハズ、ということであった……
アリーシア曰く、なんだか濃い霧がかかっていて、イルビスはその中に入ってしまっているような感じです……とのことである、なんだかイヤな予感がし始めるがこちらにできることといえば、とりあえずその霧の一番濃く感じる方向へ進んで行くくらいである。
探知と並行してアリーシアの風の精霊による捜索も行われたのであるが、これは使役できる範囲が限られており、また精霊があまり長時間の行動もできぬために不発に終わってしまっていた。
「まいったな……諦めてすぐ帰ってくると思ってたのに……どこまで行っちまったんだろ……まだ日没までは間があるけど、暗くなるとオレたちも身動きとれなくなっちまうな……」
心配と不安に時間的な焦りも加わって余裕がなくなってきていた、ジリジリする気分で進んでいると、そのとき救いの神……いや、精霊がオレへと舞い降りてくる。
ファサっと柔らかい羽音が頭上でしたかと思うと、そのままボフッとオレの頭頂へ着地する感触……そう、カノポスであった。
「カノポスッ! いいとこにきてくれたあぁっ!」
オレたち三人の大歓迎の言葉にフクロウの姿も嬉しそうな感じである、もちろんカノポスは今回の旅に付いてきていた、馬車を追跡するなど大空を自由に舞うフクロウならば朝飯前もいいところであろう。
ただ日中にその姿を現そうものならば、外の風景を見るくらいしかやることのない馬車内の、とりわけイルビスにすぐさま抱きかかえられて、そのフワフワの羽毛をカピカピにされるくらいいじくり回されることは請け合いであった……
よって遥か上空を旋回しながら付かず離れずのんびり追跡してきたようである、夜は守護者のように公用馬車の屋根飾りにとまっているのを何度も目にしていた、今もオレたちを上空からずっと見ていてくれてたのであろう。
「カノポス、ローサとイルビスを探してほしいんだ……オレたちはこのまま真っ直ぐ進んでみる、頼めるかい?」
ガッテンだいっ、と大きく頷く雰囲気が頭上から伝わってくる、すぐさま飛び立ち上空へ消えるフクロウの姿は非常に頼もしく見えるのであった。
「カノポスさん、今日もずっと付いてきてくれてたんですね……」
サマサが上空を見上げながらつぶやいた。
「ああ、なんかずっと見守ってくれてる感じがするよな……」
「そ、そうですよねっ! 護ってくれてますよねっ……」
妙に強く同意するサマサである、護られるようなことがあったんだろうか……などと思っていると続けてぽそっとつぶやく声が聞こえる。
「だったら今日も一緒にいてくれればいいのに……」
ちょっと寂しそうな言い方にオレもアリーシアも微笑んでしまう。
「だってサマサ、他の日はともかく今日だけはカノポスも遠慮してたんだよ、ほら、想像してみて……オレの頭の上にフクロウが乗っかってたら今日はどうなってたと思う?」
「あぁっ……リスさんたち……寄ってきませんね……」
そうであった、中身こそ影の精霊であるが見た目は猛禽のフクロウなのである、そんなカノポスの前へ好き好んで出てくるリスなどいないのは明白であった、遠慮し過ぎじゃないかと思う場面もありはするが、カノポス自身はかなりオレたちへ気を使ってくれてくれているようである。
「そういやカノポスって、どうしてセルピナの所から離れてオレたちのとこへ来る気になったんだろうな……」
樹々の間を進みつつ独り言のようにつぶやくと、どうやらオレと同じくアリーシアも不思議に思っていたらしい。
「なんとなくなんですが……何か目的を持っているような意志の強さを感じます……タクヤさんはセルピナから何も聞いていないんですよね……?」
「ああ……オレのとこへ来たいっていうカノポスの考えを伝えられただけで、あとは嬉しそうに笑ってるだけだったんだよな……その時はミツハの件の恩返しのつもりなのかな……って思ったんだけども、どうも最近それだけじゃないような気がしてさ……」
セルピナの態度から推察するに悪いことではないのであろううが、もしカノポスが何か伝えたがっていてオレたちが察してやれていないのなら可哀想である、ふ~む……と考え込んでしまうオレとアリーシアであった。
そんな会話をしながらしばし進んでいると、やがてカノポスが戻ってきた、オレの顔くらいの高さの木の枝にとまって、見つけましたーと言うように頷いてくる。
「おおっ! 見つけてくれたか~っ! さすがだな~、んん……? どうかしたのか?」
カノポスをよく見ると、あまり慌てた様子ではないのでローサもイルビスも無事なのであろう、だがなんだか変である……少し戸惑っているというか、困っている風にも感じるのである……アリーシアも敏感に察知したようで心配そうに問いかけた。
「カノポス……ローサさんとイルビスに何かあったの……?」
「ま、まあ行ってみれば分かるだろうな……カノポス案内頼むよ」
喋れないカノポスに事情を聞いても困らせるだけである、そう思い案内を頼むとフワフワの頭をコクリと縦に振り、途端に大きく翼を広げるやオレたち三人の周囲に霧のような影が湧き立った。
瞬間、闇に包まれて視界が真っ暗になる、まるで自分自身が影になってしまったかのような不思議な感覚は、しかしあっという間に目の前の風景が明るく広がってすぐに消え去ってしまった。
影渡り……相変わらず便利なものである、辺りは今までいた所とまるで様相が違っており、結構な距離を瞬時に移動してきたのだと推測できる、オレたち三人が見回すその場所は森の樹々もまばらになって下生えも少なく、すぐそばにむき出しの岩肌がそびえる険しい岩山の近くであった……
「あっ! あそこにローサさんとイルビスさんがっ!」
サマサの声に目を向けると、立木の下にへたり込んでいるローサとローサに身を屈めているイルビスの姿が見えた、ローサは顔の辺りを手で押さえて俯いている……ただ事ではない様子に心臓がドキリと跳ね上がり、オレたちはそちらへ向けて駆け出した。
「ローサァッ! イルビスッ!」
叫びながら駆け寄るオレたちに気付き、イルビスの困った顔がこちらを向く、オレは走りながら屋敷を出る前に子爵から受けていた注意の言葉を思い出していた、落石が多いので岩山には近付くな……そう言われていたのであった、まさか行くことなどないだろうと思い皆には伝えていなかったのである……
「ローサッ! だいじょうぶかっ⁉ 落石にやられたのかっ⁉」
大慌てで駆け寄ったオレは叫びながら俯くローサの顔を覗き込もうとする、すると俯いていた顔がスッと上がり、それを見たオレはピタリと動きが止まった……
「うっ……ぅえっぐ……ひっく……ひっく……」
ベソベソになって泣いているローサは左の頬を手で押さえている……どうやら赤くなって少し腫れているようではあるが……
「落石? なんじゃそれは……?」
イルビスが怪訝そうな声で尋いてきた。
「え……あ、いや……ローサは一体どうしちゃったんだコレ……?」
どうやら重大事故ではないらしい……やっと合流してきたアリーシアとサマサも、あらあ~……という顔でローサのベソ顔を見つめている。
「ペンギンに蹴り飛ばされたのじゃ……」
意外過ぎるイルビスの言葉にすぐには言葉が出なかった……合流した二人も口を半開きにして固まっている……オレたちの唖然とした顔に、またローサの目からボロボロと涙が出て、ひっくひっくとしゃくり上げも再開した……
「え……ペン……蹴り……って……⁇」
なかなか脳が把握しようとせぬほど訳の分からない事態であるようだ、混乱するオレへ当のイルビスも少し困った表情で言う。
「信じられぬとは思うが……私もペンギンに蹴り飛ばされてひっくり返る者を初めて見たからのう……」
そのイルビスの言葉にうわ~んっとローサが本泣きになる……あ、ああ……とかける言葉も出てこない様子の一同……オレにしてもそうである、その姿を見ると幸運が訪れるというペンギンに蹴り飛ばされるとは……不憫過ぎてイルビスとの勝手な行動を責めるどころか、慰めの言葉すら出てこないのであった……
「ねえさま、なんだか変な感じがしませぬか……?」
木の根元に座ってそれぞれがくつろいでいる中、イルビスがアリーシアに問う声が聞こえる、オレに抱きついてヨシヨシと頭を撫でられているローサが、ようやく泣き止んでしばし経った頃であった。
「ええ……先程からずっと探知もできないし……やっぱり、この岩山よね……」
返すアリーシアの言葉に、ふむぅー……とイルビスが唸っている。
「どう変なんだ? そういやアリーシアが、濃い霧がかかっているようだって言ってたけど……」
「うむ……解りやすく言うと歪んでいる感じがするのじゃ……」
訊ねるオレに、岩山を見上げながら言うイルビスである……解りやすくとは言ったがオレにはさっぱり解らない。
「歪んでるって……岩山がか……?」
「いや……正確には岩山周辺の次元がじゃ……」
「え……? それってどういうことなんだ?」
普段は思考の邪魔をされるとジロッと睨んでくるイルビスであるが、今は少しボーっとして心ここにあらずといった様子である。
「カムイの感じに似ておる……」
言葉を失ったオレはイルビスの横顔を見つめるだけであった……




