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分岐路と牧場のミルクと注意報と



「はーい、それでは多数決でいきまーす」


 子爵邸を出てすぐの分岐路、左が湖方面で右が森林方面である。


 屋敷の門前でキャッキャしながら待っている女性陣に合流すると、超特急で着替えてダッシュしてきた甲斐があったようで、どうやら待たせた時間は忍耐の許容範囲内であったようだ。


 しかしそれはよかったのだが、息を切らしながらやって来たオレヘ早速、さあ、どこへ連れてってくれるのかしら? というキラキラと期待のこもった四人の目が集中した……なぜに女性というものは男の方があまり乗り気じゃなくても、だって男性がエスコートするのは当然でしょ? という感覚になれるのだろうか……

 なんとなくこの世の不条理を感じつつも、とりあえず歩き出しながら先程子爵に教えてもらった面白スポット情報を披露する、つまるところ湖でのボート・釣り遊びか、森で小動物へエサをやりつつ戯れて遊ぶかの二択である。


「も、森じゃっ! リスじゃっ! アライグマとペンギンじゃっ!」

 聞くなり大興奮してフゴフゴしながら叫ぶのはイルビスである。

「は~いっ! 私ボートに乗りたい~っ!」

 二択というのを理解してるのかすら怪しい感じで屈託なく言うのはローサである。

「森の中を可愛い動物に囲まれて、のんびりお散歩するのも素敵ですね……」

 頬に手を当ててうっとりとしながら言う、少々乙女チックな脳内妄想が膨らんでいる様子のアリーシアである。

「釣り……ですか……大きいお魚釣れるんでしょうか……」

 すでに魚の調理法を思案しているんじゃないかと思われるサマサである、マンボウを喜々として解体していた風景が脳裏に甦る……


 ま、まとまらねぇ~……分岐路の案内標識の前に着き、どうしたもんかと思案したオレは、めんどくさいので最も安易で無責任な決定法、つまり多数決による解決を提案したのであった。

「じゃあ湖がいい人~?」

 ローサとサマサが挙手をする……

「じゃ……じゃあ森がいい人~?」

 女神~ズが挙手をする……


 し、しまったああぁっ⁉ ここでオレは己の致命的な失敗を悟った……ま、まずいぞ……完全に二分してしまった、全員がここまで自己主張するとは思わなかった……これじゃあ残るオレの一票に全権が委ねらてしまう……選ばれなかった方は、私よりあっちを選んだのね! 的な状態になっちまうんじゃないのかああぁ⁉

 すでに女性陣は流れを察知しており、オレがどちらを選ぶのかとジト~ッと見つめてきている、これは本当にまずいっ! 集中する視線にイヤな汗が出始める、なんとか……なんとかしてこの危機を回避する方策を考えねば……


 要は湖か森、どちらかを選択する決定権が全てオレに委ねられたのがマズいのである……つまりオレの意思で片方を選び、片方を切り捨てるという結果になってしまうのがこのピンチの原因だ……ならばなんとかしてオレの意思が入らぬ、なおかつ全員が納得するような都合の良い方法はないものか……

 頭をフル回転させて思考するが、女性陣からのプレッシャーが徐々に強くなってきている……額から汗がツーっと一筋流れ、今度は、さっさと決めなさいよっ! という苛立った糾弾の恐怖も迫ってきている、オレは救いを求めるように案内標識に目を移した。


 森に行くか湖に行くか……森か湖か……二者択一……二つに一つ……オレの意思が入らぬ納得のいく方法……意思が入らぬ……ハッ!

 思い付いたオレは即座にポケットの中をまさぐる、動き出したオレに女性陣もおっ⁉ と思ったのだろう、プレッシャーを込めた眼差しが期待のこもった興味のそれに変わり、そしてポケットから抜き出したオレの指先に全視線が集中する。


 オレの指先には鈍く光る銀色のコインがつままれていた。



「な~によ~、コイントスで決めるなら最初からそうすりゃよかったじゃない~」

 ローサが少し不満そうな声で言う、だが全員が分岐路を右……つまり森方面へ向けて歩き始めていた。


「そりゃ多数決で決まればそっちの方がよかったからさー、でも二対二になっちまっただろ? オレはどっちも行ってみたかったからなー、ここはコイントスで天にまかせたのさっ」

 涼し気な顔で言うオレであるが、内心は際どい綱渡りを終えた直後でへたり込みたい気分であった……が、とにもかくにも全員がほぼ納得して森へ向かう結果になったのである、観光地なのでいろいろと買い物もするであろうと、いくばくかの金貨銀貨を軍資金として用意してきて本当によかった……と胸をなでおろすのであった。


 綺麗に耕された畑の中の道をしばし歩くと、やがて森が近くなってきたせいか辺りに木々が目立ち始める、さらに進むと耕作地には不向きになってきたのであろう畑も少なくなり、かわりに青々と茂った牧草地が木の柵に囲まれて見えてきた。

 牧場特有の干し草の発酵臭も漂ってくる、くさくはあるが大自然を相手にする人々が流す努力の汗の匂いでもある、決してイヤな臭いではない、案の定サイロの赤い屋根が見え始め、続いて牧場施設の屋根や建物も見えてくる。


「うは~っ! 牛じゃっ! 牛がたくさんおるぞ~!」

 イルビスが叫んでデデデ~ッと走って行く、アイツ動物ならなんでもいいんだな……と、走って行く先を見ると確かに白黒斑の乳牛がのんびりと草を食んでいる、木の柵にかじりつくように掴まって牛を見るイルビスは、かなり興奮している様子であった。


「見よ見よっ! 牛じゃっ! 牛乳出るのじゃっ! 大きいのう~っ! ねえさまのより大きいぞっ!」

 興奮のあまりとんでもないことを口走っているのにも気付かぬ様子である……ふああぁっ……と、胸を腕で隠すように抱きしめて真っ赤になるアリーシアが不憫であった……が、それと同時にイルビスの知るアリーシアの胸は、乳牛との比較の対象になるほどのものだということに気付かされる……さ、さすがです……


「ちょっと……なにヤラシイ顔してんのよっ……」

 ローサである、サマサと並んでジト目でオレを見ていた。

「ヤ、ヤラシイ顔なんかしてないぞっ」

 慌てて取り繕うと、ふと思い付いてジッとローサを見つめる……うん、これくらいがちょうどいい……人間は女神と違って年齢と共に垂れ下がる心配もしなきゃだもんな……ローサはそのままでいいんだぞ……

 穏やかな微笑みを浮かべてウンウンと頷くと、次はサマサへと目を移す……うん……まあ、こちらは未来への希望があるからな……フィリアがきっと協力して大きく育ててくれるだろう……がんばれっ!


「ちょ……ちょっと……なんか高いところから見下されてる気がするんだけど……ねえっ⁉ ねえってばっ……⁉ なんなのよっ⁉」

「タ……タクヤ様……なんだかかわいそうな目でこちらを見ませんでしたか……? タクヤ様……? タクヤ様ってばっ⁉」 

 ハッハッハ、と構わず進むオレの背にローサとサマサの声がぶつかる、なんだかんだ言っても結局全員が浮かれているのであった……


 そこから少し進むと牧場入口の道沿いにスイーツパーラーが開店していた、もちろんそこの牧場が経営しているのであろう、物珍しさも手伝って覗いてみるとなんとクレープを売っているではないか……搾りたての牛乳やヨーグルトは定番であろうが、さらに驚いたのはマスカルポーネチーズやクロテッドクリームまでメニューに載っている。

 なるほど、さほど複雑な工程を必要としない乳製品で付加価値を付けて、しかもそれを観光客に喜ばれるように提供するとは……たしかに長期保存、長距離輸送に適しない新鮮な乳製品は、客の方からやってきてくれる観光地などでの販売が最も理にかなっている……


 我先にとカウンターで好みのクレープを注文する女性陣の後に、オレはスコーン&クロテッドクリームとミルクのセットを頼むと、全員の代金を支払ってから出て来たセットのワンプレートと、驚いたことにジョッキで出て来たミルクを持ち、道沿いに据えてある派手なパラソル付きテーブルの席へと向かう。

 するとすでに皆は各々のクレープを満足そうにパクついていた、おいちぃ~っ‼ という顔をしている……ちょっと羨ましくなって見てみると、生クリームとそれぞれの好みのフルーツがたっぷりと入っているようである。

 値段の割には質も量も申し分なさそうで、これはオレのセットも期待できるな……と密かにワクワクする、なんせクロテッドクリームはオレの大好物であった、大きめのスコーン二つにクロテッドとブルーベリージャムの乗ったプレートと、ミルクのジョッキをテーブルに置いて着席するや、さあいただきまーすと手を伸ばしたそのときであった……


「ねえタクヤ、そのクリームおいしそうね~、ひと口ちょうだい~」

 言うなりローサがスイーっとプレートごと持っていってしまう、ああぁ……と手を伸ばしかけて固まるオレは、しかしひと口くらいなら……と思い直して黙っていると、なんということか、ローサは盛られたクロテッドをヒョイとスプーンですくったかと思いきや……

「はいっアリーシア、あ~ん、次はイルビス、はいあ~ん、はいっサマサも、あ~ん」

 愕然と見るオレの前で、次々に美女たちの口へ運ばれていくオレのクロテッド……ん~っ濃厚~っ、とか、すっごいコクがありますねっ、とかが聞こえる中で最後にパクリと食べて、おいしぃ~っ! と言ったローサがスーっと戻してきたプレートには、クロテッドがここにあったんだな……という跡がうっすらとついているだけであった……


「お、おお、おおぉ……オレのクロテッドおおぉ……」

 プレートを両手でつかみながらプルプルするオレを見て、あ、あはは……と笑うのはさすがにマズかったかなと思うのであろう女性陣である、しかしそんな哀れなオレを天は見捨ててはいなかった……

「はいよ、ほらっ」

 プレートにペチョっと元あったくらいのクロテッドが盛られた……驚き横に立つ姿を見上げると、先程までカウンターでニコニコしながらこちらを見ていたおばちゃんではないか……

「気に入ってもらえたようだね、これはサービスだよっ」

 目をウルウルさせて礼を言うオレに、容器とスプーンを持ったおばちゃんはアッハッハと笑いながら店へと戻っていった、恰幅の良いその後ろ姿はしかし、今のオレにはこの中の誰よりも女神のように見えていたのである……


 まったくお前ら、少しは反省しろよ……とテーブルに目を戻した瞬間、オレはまた愕然となる、ゴクゴクとイルビスが飲んでいるのはオレのジョッキのミルクであった……どうやら全員で回し飲みしているらしい……

「タクヤよかったじゃない~」

 しれっとした顔でローサが言う、もちろんまるで反省している様子はない。

「お、お前なあ……」


 ダ、ダメだコイツら……と一同を見回したときオレはハッと気付いた……ジョッキで飲んだせいか、皆の口の周りにミルクの白い跡が残っている……そしてそれを柔らかそうなピンクの舌が舐めとり始めたではないか……

 美女たちの唇の周りを蠢く舌と舐め取られる白いミルクに、なんだかドキッとして熱いものが込み上げてくるような気がする……するとそんなドキドキしているオレへ、ローサが少し頬を染めながら口を開いた。


「みんなで……タクヤのミルク……飲んじゃったね……」

 うおいっ‼ 貴様っ‼ わざとそんな言い方してるだろおおぉっ⁉



 牧場を後にして再び歩き出した、ローサの中年オヤジのような下ネタが示すように総じて皆が浮かれポンチ状態である、もちろんこのままではいけない、ウチの女性たちは皆かなりハイスペックなトラブルメイカーであることをオレは知っているのである……

 というわけで、はしゃぎ過ぎ注意報を発令することにした、とにもかくにも周囲に迷惑をかけることがあってはならない、特にイルビスはこれから行く場所ではどんな奇行に走るか完全に予測不能である……


「はーい、お前ら聞くように~」

 先頭を歩くオレがパンパンと手を叩いて注目を促す、横一列になってキャイキャイしながら歩いている四人の目がこちらへ向くと。


「え~、まず、楽しむのは大いに結構です、普段見ることのできないものを見て触れて、楽しみながら見識を深めていきましょう」

 まるで引率の先生のようなオレの台詞に、しかし四人の明るい声がハーイッと返ってくる。


「ですが最低限のマナーは守らなければなりません、特にこれから行く場所には小動物が沢山いるという話です、くれぐれもとっ捕まえて持って帰ろうとしたり、自分のとこにだけ寄ってこないので大声出して追っかけ回したり暴れたりしないよう、各自きっちり留意するよーに」


 今回ハーイッと明るい返事ができたのはアリーシアとサマサの二人だけであった……



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