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ブランチと先祖の恥と観光と



 カチャカチャと運ばれてくる色彩豊かな食器が白いテーブルクロスの上を飾り出していく、まだ昼にはしばし間があるのだが、子爵が気を利かせてくれて早目の昼食をとることとなったのであった。


 食堂の大テーブルを囲んで座るオレたちの前には、ジャガイモのミルクスープから始まり、ボイルした淡水エビのシュリンプサラダ、レイクトラウトのクリーム煮、黒豆のチリコンカンによく似た料理など地元の食材をふんだんに使った御馳走が次々に並べられる。

 賓客扱いなので当然黙って座っていなければいけないサマサが、ソワソワ落ち着かぬ感じで給仕される様子を見ている以外は、皆が産地の新鮮な素材を美しく飾った料理に目を輝かせていた。


 ここへ到着するまでのおよそ十日間の道中は、夕方頃通りがかる村に宿があれば宿へ、無ければ村長や有力者の屋敷へ、いずれも無ければ車中泊であり、食事なども宿泊時に振舞われたものを除けば、そのほとんどが途中の村で仕入れた保存食のような簡単なものであった。

 もちろんそれで文句が出るわけではないのであるが、温かい食事が有難いというのも人情である、時間帯的にブランチになるこの食事を子爵もオレたちと共にとると、華やかな食卓は道中の出来事やオレたちの普段の過ごし方などで会話の花も咲き、美しい女性陣の笑顔と楽しい話に子爵もデレンデレンになっていた。



「タクヤ殿、これは本来は爵位継承の前に話さなければならぬことだったのじゃがの……」

 やがて食事が終わり食器が下げられて、紅茶に似たお茶がカップで香りの高い湯気を立てている、果物のコンポートやジャムもたくさん並べられており、まるでロシアンティーのような感じで嗜むそうで、ジャム等を口に含んでからお茶を飲むのが我が家の風習なのじゃ……と女性陣に楽しそうに教えていた子爵が、オレへ向くと一転して真面目な表情で切り出してきた。


「三つの村と南の海岸線沿い一帯を含む範囲が我がドラゴスレイ家の治める土地、ドラゴスレイ領というのは聞かれてきたとは思いますのじゃが……」

「はい……そう聞いてますが……何か違うとこが……?」

「いやいや、今はそう……ドラゴスレイ領、ドラゴスレイ地方と呼ばれておりますのじゃ、じゃがそう呼ばれ始めたのは今から三百年ほど前からの話でしてな……」

「三百年前……? それは一体……?」

 不思議そうな顔のオレたち一同に子爵は語り始める、少し悲し気な表情に見えたのが気になったがオレは黙ってその言葉に耳を傾けた。


「それ以前はこの辺一帯は『南、南方』という意味のジュード地方と呼ばれておりましてな……当然ワシのご先祖が治めていたのはジュード子爵領、そして家名もジュード子爵家だったのですじゃ……」

「じゃが三百年ほど前のある日……当時の領主であるジュード子爵の若き息子が森の奥でドラゴンを退治しましてのう……」


「ドラゴンッ⁉」


 オレたち一同の驚く声がピタリとハモった、同時に道中で見たオレの夢の話と、イルビスの言っていた竜退治の報告書の話が脳裏をよぎったのであろう、皆がハッとして互いの顔を見合わせる。


「我が家に伝わるところによると……頭から尾の先までは十メートルほど、トカゲなどとは違い首は太く長く全身固いウロコに覆われ、頭には真っ黒な角が大小数本生えておりその性格は至って凶暴、という感じですの……もちろんその息子一人ではなく村の若者が総出で戦ったようですが……五、六人ほどが犠牲になったとも伝わっておりますのじゃ……」

「そ、そんなに犠牲者が……」

 半端じゃない凶暴性がそれだけでも伝わってくる、夢の中で見たあの憎悪に狂ったような燃える目を思い出し背筋がザワッとした、だが退治されているということならば安心である……そこだけにはホッとしながらオレは子爵へと尋ねた。

「そのことがあったから、ジュード地方からドラゴスレイ地方へと呼び方が変わったんですか……?」

 だが子爵はいよいよ沈んだ表情で首を横に振ると、申し訳なさそうな目でオレを見ながら言葉を継ぎ始めた。


「実はそのジュード子爵の息子が功名心に駆られたか……倒したドラゴンの屍を王都へ運んで見世物にしようとしたらしいのですじゃ……王都へ先触れまで出しましての、ドラゴン退治の勇者がドラゴンの屍を持って王都へ参る……などという愚かしい宣伝までしおって……」

「ところが欲を出せば報いがあるとはよく言ったものじゃ……王都への道中、五日目程でドラゴンの屍から黒い霧が湧き出すや、みるみるその姿は干からび始めて三分の一ほどの大きさの干物になってしまったそうなのですじゃ……」

「そ、それじゃあ……その息子は……」

「そうですじゃ……宣伝までしてしまった以上は行くしかなく……しかし持参したのは三メートル余りの怪しげな干物……笑われぬはずがありませぬ……」

 語る子爵は哀れなほど沈痛な面持ちになり、ションボリと肩を落とすその姿は一回り小さくなってしまったかにすら見える……しかし、それでも家名を継ぐオレへ先祖の恥を包み隠さず伝えようとする子爵の心にオレたちは言葉も無く、続く話に耳を傾けることしかできないのであった……


「王都中の笑い者になったそうですじゃ……当然謁見した当時の王陛下や貴族たちにも……そして与えられたのが嘲笑の意を込めた、ドラゴンを倒す者という意味のドラゴスレイ地方の名なのですじゃ……」

「そ……そんな……」

 アリーシアが口元に手を当て、悲しそうに眉をひそめながら言う、続けてイルビスがティーカップへ視線を落としたまま静かに言った。

「正式に地方名を変えられれば当然爵位の名も変わってしまう……爵位名は権益の名がそのまま使用されるからのう……自動的に家名を変えざるを得なくなってしまう……なんという幼稚な嫌がらせなのじゃ……」


 うなだれていた子爵はイルビスの言葉に顔を上げてオレを見つめた、先程までの陽気な好々爺であった様子は消え失せ、一気に老け込んでしまったように見えてしまう……そして申し訳なさで一杯の目をしながら消え入りそうな声が続いていく。

「タクヤ殿……申し訳ありませぬ……このような不名誉な家名の継承、前もってお教えせなんだのは全てワシの我儘ですじゃ……なんとお詫びしてよいか……」


「いや、どうせ陛下が言われたんでしょ?」

 突然食卓に渡るケロッとしたオレの明るい声に驚き、子爵はハッとする。

「ここへ来る前に聞きましたよ、子爵は家督相続のことを陛下に相談してたって……おそらく子爵はご自分の代で爵位を返還することも考えた上で、陛下に相談してたんじゃないですか?」

 オレの言葉に子爵の驚きが一層増していく、そしてその驚きの表情に確信を得たオレは続けて言った。

「あの陛下のことだから……爵位の返還は待て、全部自分に任せろ……な~んて感じで言ってたんじゃないですか? だとしたら前もって教えようとしてたって無理な話ってもんですよ……なんせ陛下がどんどん進めちゃってるんですから」

 少なくとも大筋はビンゴなのであろう、口を開けっ放しで言葉を失っている子爵の顔を見ればすぐに判る、ならばオレはオレの思ったままを伝えるのみである。


「子爵……オレはハナノ村の人たちに助けられて生き延びました、ハナノ村のみんながオレを受け入れてくれたから今のオレがいるんです……そして村のみんなと一緒に力を合わせていろんなことをしました、大変だったけど毎日がすごく楽しくて……だからみんなといつも笑い合って過ごしていました……」

 子爵の目が真っ直ぐオレを見ている、オレも微笑みながら子爵を真っ直ぐ見ながら続ける。

「このハナヤマ村に入ってからここへ到着するまで村の様子も眺めてきました……みんな穏やで楽しそうに暮らしてますね、まあそんなことは子爵が一番ご存じでしょうけども……」

 そしてオレはニッと笑った。

「それで十分じゃないですか、ってか、そういう治め方ができてるドラゴスレイ家ってすごいと思いますよ、不名誉なんてとんでもない、むしろオレにそんな素晴らしい治め方ができるかと考えると、今からすごいプレッシャーが……」

 プレッシャーがあるのは本当である、ため息をつきつつ天井を仰ぐオレを女性陣がニヤニヤと見ている、そしてカクンと天井から首を戻して少し真顔になったオレは。


「子爵が心配されてるのは、他の貴族の間にまだ昔の嘲りの風潮が残っているってのもあるんだと思いますが……オレはそんなの全く気にしない性格ですし、それにあまりにも目に余る侮辱には、ほら……」

 そう言いつつぐるりとテーブルを囲む女性陣を視線で指すと。

「ウチの怖~いお姉さま方が黙っちゃいませんよ……」

 へ? となる女性陣、そして言葉の意味を把握した途端に、こ……こんにゃろ~、という目がオレを睨む、守護女神と大神官、豪商伯爵家の令嬢と料理から諜報・戦闘までこなすスーパー家政婦に同時に睨まれると、さすがに身の竦む思いであった……


「ふ……ふおっふおっふぉっ……」

 白い口髭を揺らす子爵の笑い声が食卓に渡っていく、やがてオレたちの笑い声も混ざり合ってドラゴスレイ家の食堂に再び華やかで軽い空気が戻ってきた、そこへお茶のポットを運んできたサラさんも、少し潤んだ目で嬉しそうに微笑んでいるように見えたのである……



 午後からはハナヤマ村の村長や有力者たちとの顔合わせが行われた、リビングで子爵が立ち合い、こちらはお忍びなので出てくると話がややこしくなるアリーシアとイルビスは、実に羨ましいことに客室にてのんびりと休んでいる。

 よってオレの隣にはローサが座り、斜め後ろにはサマサが立って控えており、対面には村長合わせて六人の村民代表が座ってオレの品定めに余念がない。

 がしかし、子爵のかなり誇張気味ではあるがオレに対する絶賛の評価が功を奏したのであろう、会見の終盤にはすっかり打ち解けて……いや、打ち解け過ぎたのであろうか、ついにはオレの婚約者と紹介されたローサを褒め讃える会になってしまった。


 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ……この諺はこちらの世界でも実効があるようである、お美しいだの知的だの気品があるだのと傍で聞くオレが、ええぇ~……となるような言葉が連発され、言われる度にローサは照れて、やだ~もうっ! とか言いながら隣のオレの背中をバンバンと叩く。

 お前、お世辞ってものを知らないのか? と喉まで出かかってくる言葉を飲み込みつつ、チョロすぎる愛しの婚約者をジトーッと見つめると、次いで調子に乗って歯の浮くような世辞を繰り出している村民代表たちに目を移して、この人たちローサにここまでのことを言っちゃったら、今もしアリーシアやイルビスが出てきたら、表現の言葉に困っちまうんだろうな……などと考えてしまうオレであった……


 そうこうしているうちに会見も終わり、村民代表は丁寧な辞去の挨拶をしつつオレからの爵位継承の祝儀品を荷馬車に積んで帰っていった、子爵への贈答品もフィリアたち護衛騎士が屋敷へ運び入れてくれており、一番足の遅い荷馬車が軽くなったのでこれからの旅は少し速度が上がり楽になるということであった。

 とはいえ十日分の旅程をこなしてきたので馬も少し休ませなければならず、ここ子爵邸には二泊ほど逗留する予定である、観光地ということもあり長旅初体験の二女神さまはもちろん、女性陣全員が行楽気分マックスでウズウズしている状態であり、対照的に面倒事の心配をしなければならないオレは胃が痛くなる思いである。


「タクヤ~! 準備はできておるぞ~!」

 べつに準備しろと言った覚えもないのだが、顔合わせが終わるのを待ちわびていたのであろう、イルビスとアリーシアがすぐリビングに現れた、二人ともすでに私服に着替えておりやる気の程が窺える……

「わ、私たちも着替えてくるっ!」

 慌てたローサとサマサがバタバタと割り当てられた客室に走って行き、浮かれた二女神さまはさっさと外へ向かって行った、オレもようやく堅苦しい礼服から解放される……と、着替えに向かうためによっこらせと立ち上がる、するとそこへふぉっふぉっと笑いながら子爵が口を開いた。


「楽しんで来なさるとええ、湖にはボートや釣りで遊ばせてくれる所がありますじゃ、森ではリスやアライグマなどの小動物を餌付けしておりますでな、エサを売っている店もあるので利用されるとええ」

 なんとも観光地である……小動物に関しては狂喜するのがウチに一人いるのである……大丈夫かな……と、はしゃぎ過ぎ注意報を発するべきか迷っている所へ子爵の言葉が続いた。

「そうじゃ、森にはペンギンもおりましてな」

「ペ、ペンギン……ですか⁉」

「森ペンギンといいましての、湖で魚を獲り巣は森にあるのじゃがめったに人前に姿を現さぬものじゃで……出会えればその日は幸運が訪れると伝えられておりますのう」


 もういろいろと驚きである、おそらく海棲のペンギンがなんらかの理由で陸封され、湖があったがゆえに生存圏を確立できたのであろう、その生存を可能にしたこの地域の自然の豊かさに感心してしまう……

 が、それと同時に自然を売りとする観光地のマニュアル的手法として、そのレアな存在であるペンギンに、見れば幸運が……などという鉄板キャッチフレーズを付けて観光客のハートを鷲掴みにする手法……なんとも逞しいこの地の人々の側面を垣間見たのであった……

 案の定聞いてみるとペンギン探索ツアーも不定期に開催しているらしい……


「あ~っ! まだ着替えてない~っ!」

 戻ってきたローサである、オレを指差す姿に慌ててリビングを出ようとしたところへ、また子爵の声がかかった。

「そうそう、少し離れておりますので大丈夫かとは思うのじゃが……北西の岩山には近付かぬようにの、十二年ほど前の地震で崩落があって以来落石が多いので危険ですのじゃ」


 わかりました~、と返事を残して客室へと急ぐ、今は落石より待ちくたびれた女性陣の糾弾の声の方が怖ろしいのであった……



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