探検と怪獣と可愛い我儘と
――また薄暗い洞窟の中であった。
爵位授与式の朝にソファーで見た夢と同じ洞窟であろう……時の流れが粘り付くように感じられるのも、誰からも忘れ去られたような孤独な空気に満ちているのも以前の夢と全く同じであった……
きっとこれも夢なんだろうな……そう思いながらも妙にリアルな手触りの伝わる壁面の岩を撫でながら考える。
こんな夢はおそらく自分が勝手に脳内で創りだしたものではない……夢であるかどうかすら怪しい……なんらかのアレがコレして精神だけがこの場所につながっている……みたいな感じなんじゃなかろうか、直感ではあるがその予想が当たっているなら、見る光景にはなにかしらの意味があるということなのかもしれない……
訳の分からぬ義務感が芽生え、とりあえず周りの様子を見てみるが……前回の夢で出てきた巨大な戦士は見当たらなかった、あの場所よりもさらに奥の方であるような気がする……少し下り勾配になっているようなので、下の方が洞窟の奥側なのであろう。
発光する苔の光だけが光源なので、非常に薄暗くあまり先が見渡せない、かなり恐怖感があるがゆっくりと奥へ進んでみることとした……が、なんということであろうか……そこからほんの数メートル進んだだけで、勇気を振り絞った前進は終点を迎えることとなってしまう。
「地底湖だ……」
テレビの探検隊シリーズの隊長みたいな声が出てしまった……が、そうである、幅広の通路から急に開けたかと思いきや、そこはなんと見渡す限り……暗くてそれほど奥までは見えはしないが……一面に広がる大きな地底湖であった。
波紋一つたたぬ、静寂と沈黙を湛えたような水面であった、外の光の届かぬこの地底で、暗闇に浮かび上がるその湖は神秘的などという表現を遥かに超えて、圧倒的な威圧感でオレに潜在意識の奥からくる恐怖のような感情を湧き上がらせた、そして、どこかおかしい……なんか変なのである……なんだか赤黒く見えるんだが……
よく見ると水の色なのであろうか……それとも湖底の色なのか……どうにも湖全体が赤黒く、禍々しい雰囲気に覆われているように見える……地底なので当然なのかもしれないが、畔には木はおろか雑草すらも生えておらず岩ばかりである、そのせいで余計に殺伐と感じられるのであろうか……
壁面や岩にわずかに貼り付いている発光苔の光を頼りに、そろりそろりと近寄って水を覗き込む……透明度が低い……やはり赤黒いのは水のようであった……なんかこの感じ、覚えがあるなあ……と、首を捻って考え込んだところに……
――ゴゴ……ン
湖の中からであろう、水中で何か巨大で硬い物が岩などにぶつかったかのような……振動と音が地中を伝わってきたのが感じ取れた。
「な……なんだ……⁇」
驚き目を向けると、あれほど静まり返っていた水面に波が立っているではないか……おい……ちょっと待て……伝わってきた重い衝撃で、かなりの質量の物が動いたのではないかというのは想像できる……この広い地底湖の水面にこれだけ波をたてるというのもその考えを裏付けるものである……
だが本当にちょっと待てである……じゃあ何が動いたのよっ⁉ と、自分の考えにヒステリックになってツッコミたいところである……真っ暗な水面から得体のしれぬ何かが飛び出して来そうな気がして、脚がガクガク震えだした……やめてよ……ちょっとコレ、怖すぎだろ……
ジリッジリッと通路の方へと後退る……もし何かがいたとしても、陸の上には上がってこれませんように……と、神を思い浮かべるがあまり頼りにならない女神の顔ばかりなので、日本の仏像の方を頭に浮かべながら祈ってみるのであった……
だが仏様は精神界は管轄外だったらしい……
気が付くと湖の奥、光の届かぬ暗闇の中に、赤々と燃えるように輝く双眸が浮き上がりこちらを見ていた……水の中ではない……水面から数十センチは上にあるように思える……ということは空気中に顔を出せるということだ……水陸両用の可能性が大である……
しかしなんて眼だ……真紅に染まったその色は悪意と憎しみの色だ……オレは……その色を知っているぞ……
凶悪な憎悪を湛えた双眸が闇に浮き、オレを射竦めて退がる足をも止めてしまう、あの眼は……そうだ……あの時の……
シグザール城で対峙した、魔王の角を植え付けた時のイルビスの眼とよく似ていた……それで思い出す、先程赤黒い湖水から受けた感覚……あれは……
――瘴気だっ!
そう気付いたとき、水面がまた波うって動き始めた、ヤツがこちらへ進み出したのであろう、それで気付いてオレは驚く、ヤツとの距離が予想以上に遠かったようであるのだ……闇に浮かぶ眼の大きさから判断しただけではあるが、十数メートル程と勝手に考えていた。
だが間違っていたようだ、それもとてつもなくイヤな方向へ……
湖面のうねりが段々と大きくなる、ヤツがこちらに近付くにつれて赤光を放つ眼も徐々に大きく見えてくる……だがまだ遠い……動いたことで距離が知れた……二十メートル……いやまだそれ以上ある……
水面上数十センチほどだった高さも、湖底が傾斜しているのであろう、どんどん上へと昇っているように見える……今や一メートルを優に超えているようだ……なんてこった……とんでもないデカさだぞ……
ガクガクと身体が震える、強烈な憎悪の放射に竦んでしまって、逃げることすらできなくなってしまっていた……しかしヤツは確実に近付いてきている、このままでは……このままでは確実に……喰われるっ‼
そして闇の中に闇よりも真っ黒な影が現れた、やはりデカい……そして、なんだ……あの影の形は……あんな生物がいるのか……あんなのって……あんなのは……
「バ……バ……」
「――クヤ……タクヤってばっ……タクヤ~ッ!」
「バケモノッ‼」
目をクワッと見開いて叫ぶオレのすぐ眼前には、ローサの顔があった……
「どぅわれがバケモノよおおおぉっ⁉」
ローサはオレの胸に手を置き、起こすために揺すっていたのであろう、その手が胸倉をガシッと掴んでガクンガクンと揺さぶられる。
「ゆ、夢……か……」
まだ心臓がバクバクしているが、心配そうに見つめている一同と馬車の車内が目に映りホ~ッ……と安堵のため息が漏れた、ローサもオレの様子が少しおかしいと感じたのであろう、手を離して心配顔になる。
「タクヤ大丈夫? うなされてたし……すごい汗よ? 怖い夢でもみたの?」
言われて気付いた、額が汗でグッショリである、サマサが渡してくれたタオルで拭きながらオレは、どうしたもんか……と考えていた。
当然のことながらあの夢は厄介事の予感がするのである……しかもバケモノというか、あれはもう怪獣である……皆を危険な目に遭わせたくはないとの思いももちろんあるが、なにより話して信じてもらえるかとの懸念が強かった……
だが、そんな逡巡するオレを皆が心配そうに見つめている……本当に心の底からオレの身を案じてくれているのだ……その表情を見ていると迷っていたことが馬鹿らしく思えてきた、そうだ……こいつらを信用しなくて他に誰を信用するというんだ……
「みんな、聞いてくれ……実は……」
少しでも迷ったことを申し訳なく思いつつ、オレは夢の話を最初から全て包み隠さずに語り出した、たとえもし危険が及ぶことがあったとしても、皆で力を合わせればきっとなんとかなる……そんな想いになれたのである……
ゴトゴトと馬車の車輪の音が鳴る中、皆はずっと黙ってオレの話を聞いた……ショッキングな内容である、無理もないであろう……そして語り終えたとき、話の余韻がまだ漂う沈黙の中でそれは起こった……
「ぶっ……くっ……く……きゃ~はっはっはっはっ!」
イルビスの爆笑が車内中に響き渡る。
「タッ、タクヤ、か、か、かいじゅーって、お前っ……ぶふっ! ぶっはははは~っ!」
オレの顔はみるみる真っ赤になったであろう……信じたオレがバカだったー! と、後悔が押し寄せて来る、しかし理解くらいはしてもらわねばならない……危険であることは事実なのである。
「イルビス、嘘じゃないんだ……あの巨大な影……ただ事じゃないんだよっ」
ヒーヒーと腹筋に手を当て、笑い過ぎて涙目になっているイルビスが、それでも真剣な表情のオレへさすがに笑いを収めて口を開く。
「嘘とは言うておらんではないか、真実なのであろ? じゃが夢でもあるのう~」
ううっ……となるオレである、他の女性陣を見ても、オレには悪いがちょっとそれは……という感じの表情であった、そこへまたイルビスが得意気な顔でオレへと話し出す。
「大体この世界にそんな大きな生物はおらんっ、もし瘴気による突然変異があったとしてもじゃ、そんなに大きければ自重で身動きとれぬであろう、まあいいことを教えてやろう」
「いいこと?」
「以前、影に関する報告を調べておったじゃろ? それに紛れて三百年ほど昔のものじゃが、王都の南方で竜が退治されたとの報告書が出されておったわ」
「り、竜だって⁉ こっちの世界には竜がいるのかっ⁉」
ビックリ顔のオレを愉快そうに眺めながら、イルビスは首を振りながら言う。
「おらんおらん、少し大きく育ち過ぎたトカゲででもあったのじゃろうよ、当時は面白おかしく尾ひれがついて、結構な話題にもなったようじゃが……ねえさまは聞いた覚えがあるかの……?」
「いいえ、初めて聞いたわ……」
かぶりを振るアリーシアに頷きながらイルビスは、ガックリと肩の力が抜けるオレを見て、さすがに哀れだと思ったのか少し優しい口調で言い出した。
「まあ夢の中でのことじゃからの、大方恐怖心があったがゆえに誇張した姿を創りだしてしまったんじゃろう、実際にその洞窟があったとしても棲んでるのは大きめのトカゲといったところじゃろうのう……」
巨大な戦士の話に至っては、岩の見間違いか彫像でもあったのじゃろ……と、一蹴されてしまう、イルビスの説明や推測は全てにおいて合理的であり、かつ現実的であった……とても夢とは思えぬ光景であった洞窟内の出来事も、やはり夢でしかなかったのだろうか……と、オレ自身も考えてしまうようになるのである……
『左・ハナノ村――右・ハナヤマ村』
出発から一週間後、Y字路にその案内標識が立っているのが見えた、現ドラゴスレイ子爵の住むハナヤマ村は、位置的にはオレの故郷ハナノ村と現在最南村のハナモリ村の中間ではある、がしかしハナヤマ村は山に囲まれた村であるがゆえに、ハナノ村経由で行くとなると結構な遠回りになってしまうというのである。
主街道はハナノ村への道である、しかしハナヤマ村はさほど人気が高いわけではないのだが、湖畔の閑静なリゾート地という売りもありなかなかどうして立派な道が続いているのであった。
まずは現子爵に挨拶してから……という常識的な部分も踏まえてY字路を右に折れると、遠ざかるハナノ村への道に後ろ髪を引かれつつも、オレたちの馬車の一団はハナヤマ村へと進路を取った。
……にしてもここだけじゃなく、分岐路には全部ちゃんとした案内標識が立っていたよな……
チラリとローサを見るとボヘ~と窓から外の景色を見ている……アイツ、オレを王都へ連れて行く時に、一体どうやってあんな凄まじい道の間違い方をしたんだろう……
素朴な疑問が湧いてきただけではあるのだが、ジ~と見ていると突然ローサの目がギロッとこちらを向いたので慌てて目を逸らす、か……勘のいいヤツめ……しかもこういう時だけ……
ごまかすのついでにレモン水のグラスを口に運びつつ、この旅のこれからの行程を考える……現在は出発から一週間が経ちハナノ村を目前とするところまで来ている、が、ハナノ村へは行かずに、まず現ドラゴスレイ子爵の住まうハナヤマ村への道に入ったところである。
ハナヤマ村へはさらに二~三日かかる予定であった、そしてそこへ到着したら子爵……お義父さまとの対面である……考えるだにゲッソリとしてしまうのであった……
唯一救いであるのは子爵は、私は貴族とはいえただの田舎の地方領主だ……と自身が公言するほどの気取らぬ人柄であるらしかった、すでに奥方を亡くして独り身になっているそうであり、他に家族や縁者もおらず高齢のせいもあるのであろう……屋敷で一人慎ましく静かに暮らしているという話である。
あまり格式ばったことは無ければいいなあ……などと思いつつ、その初の対面と挨拶、つまり社交辞令さえ終わってしまえば、後はそのまま南下してハナモリ村へ行き祝儀品を渡して、最後に主街道を北上してハナノ村へと向かえばよい、という予定であった。
移動の行程だけでも加算すると合計で一か月近くになる計算である、余談ではあるが問題なのはアリーシアとイルビスであった、なんてったって守護女神と大神官の教会ツートップがである……一か月も大聖堂を留守にして旅に出るなど簡単に許されるハズがないのでは……と、常識では当然そう思うであろう。
出発前にその辺のことを二人に尋くと、二人ともニッコリと笑い、長い黒髪をサラッと揺らしたイルビスが、小首を傾げて可愛らしく言った。
「私とねえさまが行くと言ったら、止めることのできる者なぞおるはずなかろ?」
マクシム神官長……キラさん……ホントすみません……
おそらく泣いているであろう大聖堂の神官の皆さんを遠い目をして想いながら、心から詫びるのが出発してからの習慣になっているオレであった……




