馬車と旅路とコイバナと
道往く人々が皆、路肩に寄って足を止め物珍しそうに眺めている。
御者を含めて五人の騎士が乗る護衛馬車を先頭に、その後ろになんともデカい王室の紋章の入った八頭立ての公用馬車が続く、さらにその後方には荷を山積した荷馬車も二台続いていた。
国中を網の目のように巡っている街道は、よほどの僻地ではない限り王国に所属するほとんどの村へ、直接あるいは少なくともすぐ近くまで通じているという、まあもちろん利用する人や馬車の数によって道幅や整備状況も変わるのではあろうが。
その街道の中でも道幅も広く、よく整備されている部類に入るらしい南へ続く主街道をオレたちは進んでいる、そう、豪勢な造りの公用馬車に乗っている……というか乗せられているのは我が家の一同五人である。
中はリビングをそのまま馬車に乗っけたようなものであった、左右にある出入り口のドア部からの壁際は、前方の御者と会話する小窓と、飲み物やグラスの入った棚が据え付けてある一角を除いてグルッとソファーで囲まれている。
中央には長い一枚のテーブルではなく、真ん中を通れるように楕円形のものが二つに分けて据えられており、天板にはグラスが滑らないように窪みまで付いているという機能的なものであった。
「見よ見よっ! 馬じゃっ、馬がたくさんおるぞっ!」
イルビスのはしゃぐ声が聞こえる、電車の窓に向かい正座して座る子供と同じように、窓に向いてソファーにペチャンと座っているのである、薄いレースのカーテンがかかった窓を覗くとたしかに馬がたくさんいる、放牧されているのであろう……木の柵が延々と続いていた。
「そうだな……馬だな……」
馬なら前見りゃいるだろうに……なんてったって馬車だものなコレ……と思いつつも、楽しそうな気分に水を差すのも悪いような気がして……いや、本心は馬車の中なので逃げ場が無いから下手なことは言えぬとの考えで無難な返事をするのであった。
終始ハイテンションのイルビスはもとより、アリーシアもとても上機嫌である、ずっとニコニコと微笑みながら窓に流れる風景を楽しみ、時に珍しい物を見付けるとイルビスと一緒になってキャッキャッとはしゃいでいる。
ずっと次元の狭間で過ごしてきたイルビスはもちろんであるが、アリーシアも大聖堂から遠く離れた場所への、このようなのんびりとした旅などしたことがないと聞いた、当然二人揃っての旅行など初めてであるという……楽しそうで微笑ましい姉妹神の様子を見てると、こちらまで楽しくなってくるのであった。
クカーッと軽いイビキが聞こえてくる、もちろんローサである、出発早々に備え付けのワインをガブガブ飲んで人一倍騒いだ後、電池が切れたようにコテンとソファーに横になり途端に寝てしまったのである……
ある意味羨ましいと思ってしまうほどの自由っぷりであった、同僚の騎士団員の方々が護衛や御者役で頑張っていらっしゃるのに……ホントにコイツときたら……
ポリポリとお腹を掻きながらンフフ……と笑っていらっしゃる、どんな夢をみているのかは知らぬが、この馬車が箱型で外から中が見えなくて本当によかった……王室の紋章が入っているこの馬車にこんなのが乗ってるのを見られたら、それこそ権威が失墜するというものである……
ふと視線を巡らすと、サマサは飲み物を備え付けてある棚の横にちょこんと座っている、家政婦の本能というやつであろうか、いつでも素早く飲み物を給仕できるようにということなのであろう……
だがその表情はいつものサマサらしからず、少しポーっとして虚ろである、その視線はずっと御者台の見える前方の小窓に向いていた……
その小窓の向こう側、つまり御者台で手綱を握っているのはフィリアであった、驚くことではない、なんせオレが指名したのである、陛下も当然大賛成でフィリアの意思にかかわらず即決してしまったのであった、まあフィリアにしても拒む理由などなかったであろう……
オレたちがこの馬車で旅をしている理由、ここに至る経緯はこうであった――
「い、行くって……まさか……」
王城の控え室に超不安そうなオレの声が渡る。
ニヤニヤ顔をした陛下は、声と同じく不安そうな表情のオレへゆっくりと間を置いてから話し始めた、周囲の女性陣も『行く』という単語に興味津々の様子でググッと乗り出している。
「そりゃあもちろん現ドラゴスレイ子爵のもとへさ、公的な手続きは済んでいるとはいえ養子になって爵位と家名を相続するんだぞ? 君の方から挨拶に出向かないでどうするんだね?」
やはりである……そうじゃないかなとは思っていた……しかし、よく考えてみればそうである……オレ、養子になっちゃったということは……お、お、お、お義父さんができちゃったということなのかあああぁっ⁉
実感が湧いてきたせいでガクガクとしながら固まっているオレの顔を覗き込み、満面にイヤラシイ笑いを浮かべたイルビスが、楽しいことこの上ない感じで言い出した。
「そうじゃのう~、挨拶にも行かなんだら礼儀知らずにも程があるのう~、ここは一つ会いに行かねばじゃのう~、会ってそして言うがよい、初めまして、よろしくお願いします、お・義・父・さ・ま、ってのう~」
ブフ~ッ! とローサが噴き出し、イルビスも腹筋を押さえてヒーヒーと笑い始め、アリーシアと陛下までもが顔を背けてプルプルしながら笑っている……なんかおかしい……なんか変だぞ……爵位継承ってこんなに笑われる恥ずかしいもんなのか⁇ 違うよねっ⁉
真っ赤になって混乱し思考の停止したオレへ、ようやく笑いの収まってきた陛下が、それでも苦しそうに呼吸をしながら説明を始める。
「あははは、はあはぁ……それでね、子爵の住まわれてる場所なんだが……さっきも言ったハナヤマ村に屋敷があるんだ、村から少し離れた湖の畔にあるそうだよ……明日精霊学部や教会への挨拶回りが済んだら、明後日にでもさっそく出発したまえ」
今度ばかりは拒否権はなさそうである……泣きそうな顔でコクリと頷くオレに陛下が満足そうにウンウンと頷いていると……
「私たちも!」
「一緒に~!」
「行くのじゃっ!」
揃って手を挙げたアリーシア、ローサ、イルビスの順のリレーである、応える陛下の微笑みには、どうせダメって言ったって聞かないんだろうな君たち……という諦めのニュアンスが多分に含まれていた……
ゴトンッと馬車が軽く揺れて回想から我に返る、なんだかんだで陛下には全部段取りを組んでもらってしまった……後ろに続く二台の荷馬車も、ドラゴスレイ子爵への贈答の品と、三つの村へ配るオレの領主継承のご祝儀品らしい。
また頭が上がらなくなっちゃったなあ……と考えているところへ、ンゴッ! と呻いてローサがむくりと起き上がった、うるさいのが起きた……と見ているとなんだかキョロキョロ周りを見回している、どうやらなぜ自分がここで寝ていたのかを忘れてしまっているようである……
ハッとした様子で思い出したようだ、まだ出発から半日ほどしか経っておらぬのに、この旅は大丈夫なんだろうか……と不安な気持ちが暗雲のように湧き上がってくるのを覚えてしまうのであった。
そんなオレの心痛など察するわけもないであろう、さっそくまたワインのグラスへ手を伸ばすローサへ、サマサが気を利かせて瓶よりつぎ足してやっていると……
「ね~サマサ~」
昼間っから酔っぱらって上機嫌のローサが呼び、はい? と笑顔で応えるサマサへ下世話なおばちゃんのような笑いを浮かべて尋ね始めた。
「そろそろフィリア君に話しかけてあげたら~? 出発の時に挨拶しただけでしょ~? なんなら御者台に並んで座ってあげれば喜ぶんじゃな~い?」
その言葉に外をのんびり眺めていたアリーシアとイルビスもグリンッと顔を向ける、まったくコイツは小学生か……と思わせるほどの囃したて方であった、当のサマサというと困りきった顔で頬を赤く染めて俯いてしまっている……
王城の控え室で合流してから今日までの三日間、ずっとこの調子で冷やかされているサマサであった、最初は訳が解っておらずキョトンとしていたのであるが、フィリアの食事の誘いイコールデートのお誘いだった、というのを聞かされた途端にみるみる真っ赤になってしまったのである。
日頃の仕事ぶりを見ていれば分かる、サマサは今まで家政婦一筋であったはずだ……年齢で見ればもう十八歳になるであろうから、恋の一つもしていておかしくはないのであるが、なんせ真面目であるがゆえに仕事のことしか考えていないように見えるのであった……
またサマサのそういう所がからかい易いのであろう、面白そうな顔をしたイルビスも加わって、やれお話をしてやれだの、やれデートしてやれだのと始まったのである……
だがその時であった、真面目ゆえの素直な言葉であるのだろう、しかし素直だからこその攻守を逆転させるサマサの一言が炸裂する。
「あ、あの……じゃあ……男の方とお話って……どんなことを話せばいいんでしょうか……?」
ローサとイルビスのニヤついた顔が瞬時に真顔になる……同時にほれほれと囃したててた口が、うぅっ……と言葉を失って閉じてしまった。
あ~あ……と自業自得でピンチに陥った二人を眺めていると、サマサが追い打ちをかけるように尋ねた。
「私……男の方と……その……恋愛の話なんてしたことが無いので……教えてくださいませんかっ? 何を話したらいいんでしょう……?」
サマサ……その二人の経験値はお前と似たようなもんだと思うぞ……とオレは心でつぶやく、その証拠に二人とも赤くなってウググ……と唸っているだけである、サマサの縋るような目がより一層二人を窮地に追い込んでいるようであった。
「ね、ねえさまっ! ねえさまからサマサにアドバイスをっ!」
弱り果てたイルビスがアリーシアに投げた……
「ふぇえっ⁉」
アリーシアも災難である、まあ囃したてたりはしてなかっただけで、しっかりと会話の輪には入っていたのであるから、まるきり責任が無いという訳でもない、ここは一つ愛の冠にかけてビシッと一言ご教授願いたいものである。
「え、えーと……お、お天気のこととか……?」
言った瞬間、口をあんぐり開けているローサとイルビスを見て真っ赤になるアリーシア、愛の女神も撃沈であった……
そして全員がこりゃダメだ……と把握したのであろう、来るだろうなあ……と思っていたがやはり来た、皆の視線がグイッとオレを向く。
藁をも掴みたくなる気持ちは解らなくはない……だが、明らかに無駄であろうことをなぜあえてするというのか……このオレに恋愛のテクニックを訊いて満足のいく結果が得られるとでも思っているのであろうか……
「タ、タクヤッ! 一応アンタ男なんだからっ、どんな話をすれば嬉しいのか教えなさいよっ!」
だがローサのこの言葉にはさすがにカチーン! ときた、これには、オレもわからんよ~……などという情けない言葉は絶対に言えない気持ちになったのである、ならばよし、恋愛ジャンルなどという異次元のステージであえて不利な戦いはすまいっ!
勿体ぶって両腕を組み沈思黙考する演出の後、オレは鼻からフーム……とため息混じりに唸っておもむろに語りかける。
「まず話題云々の前に、サマサ……サマサはフィリアのことをどう思ってるんだい? 自分の気持ちを素直に考えてみるといい……うるさいお姉さん方の言うことに惑わされてちゃダメだぞ?」
皮肉タップリな内容に、ムキィーッ! となるローサとイルビスであるが、しかし正論ど真ん中でもある言葉に当然何も言い返すことなどできないのであった、対してサマサは言われた通りに己の素直な気持ちを真剣に考えているようである。
「わかり……ません……まだよく分からないんです……とてもいい人だとは思います……私を護衛詰所に招いてくださったとき、そこにいた隊長さんを一生懸命説得してくれたんです……そのことで感謝の気持ちはあるんですが……」
サマサのその言葉にふむふむと頷くと、オレは言葉を継ぐ。
「なら、まずキライとかイヤっていうことではないってのが判ったじゃないか、じゃあ、それを踏まえて角度を変えて考えてみよう……サマサはフィリアのことをもっと知ってみたいって思うかな?」
あ……なるほど……というサマサの表情である、そして今回の質問にはさほど時間をかけずに答えが返ってきた。
「はい……知ってみたいって思います……なんだかずっとこの辺りがモヤモヤしてて……」
と、サマサは胸の中心を両手で押さえながら続ける。
「それって言われてみれば、私……フィリアさんのことを何も知らないからなんだなって……そんな気がしてきました……」
うむうむ、とオレは満足げに頷く、さすが素直なサマサである、話が非常にスムーズに進むのであった、アリーシアも、ははぁ~……と感心している表情であるが、ローサとイルビスは、むぐぐぅ~……と悔しそうな顔である。
「ならさ、そういう話をするといい、思わせぶりなことや相手の喜びそうなことっていうんじゃなくて、フィリアのことを知りたい、サマサのことを知ってもらいたい……最初はそんな感じでいいと思うぞ? 好きになれるかどうかなんてそれからだもんな」
それを聞いたサマサの顔がパアァッと明るくなる、心から納得してくれたようでありオレとしてもとても嬉しい、しかしこちらは納得いかない様子のローサが一矢報いようとしているのであろうか、唇を尖らせて突っかかってきた。
「ちょっとおかしくな~い? それならなんでフィリアはすぐにサマサのこと好きになっちゃってるのよっ⁉ 相手を知ってから好きかどうかってのと違うんじゃな~い?」
めんどくさいなぁ……と思いつつ、ここは負けていられない。
「それは好きになった方と好かれた方の差ってやつだろう、まあ男って女の子のこと、あっ、可愛いな……って感じたら、すぐ恋愛感情に発展したりすることが多いからな、そういう流れだったんだと思うぞ?」
「へ、へぇ~……そ、そういうもんなんだ……」
あっという間に納得させられてしまうローサであった……ふとサマサを見ると、憶測で話しはしたのだが、フィリアの心の代弁であるかのように受け止めたのであろう、オレの言葉に照れて真っ赤になっている……しかしなんか変である、どういう訳かローサまで頬を染めてモジモジしだしたではないか……
「?」となってるオレへ、上目遣いのローサが尋いてきた……
「じゃあ……タクヤも私のこと可愛いって……思っちゃったわけね? そうなのね?」
「……………………」
「ちょっとおおおぉっ‼ なんでそこで黙るのよおおぉっ⁉」
賑やかな馬車はゴトゴトと南への道を進んでいく……




