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控え室と領地と広がる世界と



「やあ、タクヤ君、お邪魔するよ」


 ノックに続きドアが開いて陛下の声が聞こえてきた、今日王城に着いて最初に通された控え室である、部屋の中へ歩んで来る足音がコツコツと聞こえ、続けてその足音が驚いた様子で急に立ち止まるのがオレの耳へと届く、こちらが視界に入ったのであろう……


「うわっ! タ、タクヤ君っ⁉」

 案の定驚いた陛下の声も聞こえてくる、さもあらん、陛下の目に映ったのはオロオロしているアリーシアと、その前方に木の精霊の細い蔦でグルグル巻きにされ、うつ伏せに床へぶっ倒されたオレであったからだ、おまけに背中にはローサが馬乗りになり、後頭部をイルビスの片足が踏んづけてオレの顔は床へ押し付けられている。


「へ、陛下っ⁉」

 ローサ、イルビス、アリーシアの驚く声も続いて響く、もちろん現在のこの状態はイルビスとローサが曰く『お仕置き』なのである、断じてオレの趣味などではない、式典中のことはオレは挑まれただけだから悪くない、という彼女等への主張はもちろん一方的に却下され、挙句の果てのこの結果であるのは言うまでもないであろう。

「た……たしゅけ……て……」

 顔と床の隙間から漏れるオレの声に、陛下は言葉もなくしばし唖然とこちらを見つめているだけのようであった……


「いや~、まったくキミ達には驚かされてばかりだよ……タクヤ君、家でもいつもあんな調子なのかい……?」

 ようやく落ち着いて応接セットに皆が着席すると、陛下が心配そうな顔でオレへと尋ねてきた、チャンスとばかりにオレにとっては救世主である陛下へ憐みたっぷりに訴えようと口を開いたところへ、アリーシアが遮るようにピシャリと言い放つ。

「そんなことありませんっ!」

 見るとアリーシアは真っ赤になって目を伏せて俯き加減になっている、よっぽど恥ずかしいのであろう……


「た、たまたまじゃっ! いつもはこんなことしておらんっ!」

「そ、そーよっ! いつもはもっとお淑やかなんだから私達っ!」

 イルビスとローサも口を揃えて勢いよく否定する、今度はオレが唖然となる番であった……コイツ等……陛下の前だからって結託して真実を捩じ曲げる気だな……

 そうはさせるかっ、と紛うことなき普段の実体を暴露しようと再び口を開くオレへ、瞬時にギロリとローサとイルビスの鋭い眼光が向けられた、もちろんそれの意味するところは決まっている、貴様、変なこと言ったらただじゃ置かないぞっ! というのであろう。


 グウッ……とオレが言葉を詰まらせていると、ハッハッハッと陛下の笑い声が間に入ってきてくれた。

「いや、なるほど、なかなか楽しく暮らされているようで……なによりだね、私も安心したよ」

 実に大人な意見である、途端に毒気を抜かれたように力が抜けるオレたちを見て、ソファーにゆったりと座り直した陛下は楽しげに頷いていた、今日はオレたち全員が陛下に頭が上がらないのであった、というのも……


 そう、先程の式典でローサたち三人の爆笑が響き渡ったホールは凍りついた。


 なんせローサはまだいいとして、守護女神であるアリーシアと大神官のイルビスまでもが……である、公式行事で文字通り神々しく神聖不可侵な存在として振舞ってきた女神さまが、こともあろうに式典中にホールに響く大爆笑である、もちろん二女神のそんな姿は誰も見たことがなかったであろう。


 当然参列者は全員が目を剥き言葉を失って凍りついた……そしてそれに気付いたローサ、イルビス、アリーシアも我に返って凍りつく……オレもさすがにこれはマズイぞと血の気が引いて青くなっていた……

 しかしそこを救ってくれたのが陛下の機転を利かせた一言であった。

「おやおや、まったく仲が良いですなあ羨ましい、しかしできますればそういうのは式典の後に願いたく……」

 そう言ってウィンクをすると、陛下のあまりにも平然とした様子に参列者も、なあんだ、ふざけ合ってただけか~、と妙な納得をしてしまったようで、途端に笑いの渦が巻き起こりそれで事なきを得たのである。


 もちろんその後の式典中三人は真っ赤になって俯いていた、オレもさすがにやり過ぎたな……マズイぞこれは……と、式典後の三人の報復を懸念し始めた、案の定この控え室に戻ると途端に三人が乗り込んできて、しばしの口論の末にグルグル巻きにされた次第であった……


「そうそう、来るときサマサ君に会ってね」

 陛下の言葉にあっ、と気が付く、そういえばまだ戻ってきていないのである。

「うっかりしていたよ……付き人は謁見ホールへの立ち入り不可っていう規則をすっかり忘れていた……だが、護衛騎士の詰所から見ていたそうだね、それを聞いて一安心したよ、でも彼女には悪いことしちゃったな……」

 申し訳なさそうな陛下の顔を見ながら、この人ってそんな所まで気にしてるのか……と、驚きつつも感心してしまう、この陛下の言葉を聞いてアリーシアたちも、ああっ! と規則の存在を思い出した様子であった。


「オレたちも後で謝らなきゃだな……で、陛下、サマサは戻って来ないでなにやってるんですか?」

「ああ、詰所を使わせてもらったお礼だと言って、式典騎士たちのホールの後片付けを手伝っているよ、それから……」

「それから……?」

「これ、言ってしまっていいのかな……? まあいいか、彼女に声をかける前に聞いてしまったんだが……若い騎士がサマサ君を食事に誘っていたようでね、彼もまあずいぶんと赤い顔をして緊張してる様子だったんだが……」

 それを聞いた瞬間、女性陣の目がキラーンッ! と輝きだした、サマサも運が悪いものである……よりにもよって一番知れてはならぬ連中に、こうもあっさり知られることになろうとは……

 しかしオレも驚いた、若い騎士というのはおそらくフィリアであろう……アイツ、真面目そうな顔をして結構やるな……などと思いながらも陛下に話の続きを促す。

「で……サマサはなんて言ってたんですか?」

「それなんだがね……肝心のサマサ君の方はキョトンとした感じでね……ハァ? って言ってたよ……」

 ああぁ……と、オレたち一同は天井を仰ぎ嘆息する。


「タクヤよ、その騎士とは何者じゃ? 詰所とは? 経緯を説明せんかっ」

 イルビスが訊いてきたので、ここへ来た時からのことを大雑把に説明した、フィリアに関してはいいヤツだというのを少し強調して伝える。

「お……お前というヤツは……もうちょっとで私たちは式典をすっぽかされるところじゃったのか……」

 まあフィリアの機転がなかったらそうなっていたであろう……

「なんと、そういうことだったのか……そのフィリアという騎士、褒賞ものだな……何か考えておかなければ……にしてもタクヤ君らしいねえ、あっさり爵位を辞退するとか……」

 陛下もフィリアに感心したようである、そしてオレに対しては苦笑いというか、呆れている顔である……だがその時のオレの判断を責めるようなことを言わないのが、オレがこの陛下を信頼している理由であった。


「さて……では本題に入ろうか」

 陛下がゆったりとした姿勢からグッと前に乗り出す。


「まず一つ、南の海岸線沿いの一件について、報告を受けたよ……タクヤ君、またずいぶんと大変だったようじゃないか……原初の八柱が一人、水のミツハ、調査を開始したところだよ……」

「そうですか……よろしくお願いします」

「うん、で、かなり昔の話になるんだが、その海岸にハナサキ村ってのがあったって話はもう聞いてるね?」

「はい、闇の女神セルピナの話も報告されてると思いますが……彼女から聞きました」

「うんうん、あの辺一帯はハナサキ村が浸食で消滅するしばらく前から我が国の版図になっていてね、村がなくなっても一応所領の内には入っているんだ……つまりそこの森で起こったミツハを首謀者とする影の精霊の問題を解決した君の行動は、そのまま功績になるということだね」

「あ、あそこは今、王国の領土だったんですか……知らなかった……でも功績だなんて……」

 セルピナに聞いた話は、すぐ近くまで王国領が広がってきている時代のものであった、その後に王国領となったということなのであろう……セルピナも教えてくれればいいのに……


「ああ、功績といっても今回のそれには褒賞はナシだ」

 ニヤニヤしながら言う陛下の顔を、皆が「?」と見つめている。

「旧ハナサキ村近辺は我が国最南端の領土だ、そこから王都へ向けて北上すると、馬車で五~六日ほどの行程の範囲に三つの村があるんだが……まず海から半日ほど進んだ所に人口八十人ほどの小村、ハナモリ村がある」

「そしてそこから二~三日ほどの場所、山に囲まれた所にハナヤマ村がある、大きな湖がある風光明媚な所らしいね、人口は三百人ほどの中規模村だ」

 そこまで話すと陛下は、アリーシアが淹れてくれたお茶を飲んで一息つき、実に楽しそうな口調で不思議そうに聴くオレたちへ続きを語り出す。


「そのハナヤマ村からさらに二~三日北上するとタクヤ君、君の故郷ハナノ村がある、ハナノ村の説明はもちろん不要だね」

 なんと……ハナノ村はそういう位置にあったのか……地理的なことはあまり気にしてこなかったので新鮮な驚きがあった、ということは……ハナノ村から王都まではローサの騎士団の馬車で急いで五日ほどだったはずなので、王都と海のちょうど中間くらいがハナノ村の位置ということなんだろうな……

 は~、なるほどぉ……と感心しきりのオレへ、しかし陛下はただ地理の勉強でそんな話をしていた訳ではなかった。


「この三つの村と旧ハナサキ村のあった最南端の海岸部一帯までの範囲が、タクヤ君、君の継承するドラゴスレイ子爵領となる」

「…………え……?」

 よく把握できなかった……オレの頭の上に浮かぶデカい「?」でも見えたかのように、陛下は笑いながら説明してくれる。


「実は現在のドラゴスレイ子爵は結構な御歳でね……継承するご子息もおらずお困りの様子で以前から相談を受けていたんだよ、一時期は他の貴族の縁戚者との養子縁組で話が進んでいたこともあったんだが、なかなか上手くいかなくてね……」

「だがそこへ地元出身の君の出現だ……ハナノ村の産業をとんでもなく活性化させたのみならず、アリーシア様とイルビス様の件で華々しい功績を上げ、さらにランカスター家のご息女と良い雰囲気ときたものだ……」

 そう言うと陛下は、オレの隣でちょっと赤くなってるローサへ向けてニッと笑顔を送る。

「私から子爵へ君の話を切り出すと、二つ返事でお願いしたいと言われたよ、とまあ、こういう経緯でドラゴスレイ家の継承が君に決まったという訳さ、名目上君は養子になるが、その行動に一切の干渉はしないという子爵からのお言葉だ」


 なんということだ……つまりオレの子爵位には、三つの村とトラブルメイカーである闇の女神の住処と、プライベートビーチまでが付いてくるということなのか……イルビスから領地やらを貰えるなどの話は聞いていたが、まさかハナノ村の領主になるなどとは……

 しかし偶然にしては出来過ぎている……いや、ちょっとまてよ……

「じゃあ陛下……さっき海岸沿いの一件で褒賞はなしとか言ってたのってもしかして……」

「ああ、もちろん自分の治める領地の問題は領主の責任だからね、ミツハを撃退して暗殺部隊育成を阻止したのは国家的な功績となりそうではあるが、なによりまだ裏が取れていないしねぇ……とりあえずその、弓猿だっけ? が、起こす無差別攻撃を阻止したというのは、いずれ領主になる君の遂行すべき義務だったってことになるね」

 ハッハッハと笑いながら陛下は、それでも評価はしてるんだぞ? という感じで鷹揚に頷いている……しかしだとすると、図らずもオレはこの先自分が治める領地の平定を前もってしてきたということになる……恐るべしイルビスの絆の属性……セルピナとの出会いから始まり、まさかこんな関係性まで出てくるとは……


 進めば進むほど広がって見えてくる世界に、軽い戦慄に似た感覚に捉われて言葉を失ってしまった……だがそんなオレの心を知ってか知らずか、陛下は更に続けてくる。

「それでだ……タクヤ君、これから君は行かなければならない……」


 勿体ぶった言い方で楽しんでいるのが丸分かりである……ニンマリと笑う陛下の顔に、もう踊らされる予感しかしないオレであった……



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