陰謀と謎の美女と変顔と
大扉を通った瞬間大きな歓声と拍手が湧き上がり、大波のようにオレへぶつかってきた。
驚きながらも最初に思ったのは、前回のナイト称号授与のときよりも遥かに人が多いようだ……ということである、いや、首を巡らすと多いどころかこの大謁見ホールの収容人数一杯いっぱいなんじゃなかろうか……とすら見えるほどだ。
式典騎士が並んで作るオレが進むべき通路も、前回のときより確実に狭くなっている、その分参列している人数が増えているのは一見して明らかであった。
当のオレはといえば当然圧倒されてしまって足が地に着いていないような状況である、通路を喝采に包まれながらカクカクとぎこちない行進をしつつ、それでもなんとか参列者をざっと見渡すと、どうやら神官服の集団と貴族らしききらびやかな服装の集団がそれぞれごっそりと場所を取っているようであった。
神官服が多いのはわかる、なんせ教会が崇める守護女神たるアリーシアと、古の伝説として語られていた、建国時よりの大神官であるイルビスの二人をまとめて救ったという、民衆好みの脚色されたストーリーの立役者として祭り上げられているオレであるからだ……
市井に出回っている噂の域を出ぬ真実というヤツは、二人の女神は魔王に囚われていた、最初にオレがアリーシアを救い、そしてアリーシアと協力してイルビスを救い出し、魔王は永遠の時の中に去ってめでたしめでたし……という概要のものであるらしい。
おそらく教会側からの情報操作もあるのであろう、センセーショナルに且つドラマチックに仕立て上げられた物語の信憑性を高めるために、やはり教会側はオレの授与式を盛大に祝わねばならぬ必要があるのだろうと考えられた。
まあオレとしても、アリーシア、イルビス、シグザールの三人のどこまでも優しく哀しい想いの行き違いを、事細かに正しく広めろなどとは微塵も思わない、そのことは三人の心の中でこそ静かに眠らせていくべきものだ、なので現状で広まっている話はそれでいいのであろうとは思う、贅沢を言うのであればオレはアリーシアの付き人くらいの扱いにしてほしかったところではあるが……
ということで神官服の参列者が多いのは理解できる、が、問題なのは貴族風の集団である……もちろんオレには貴族の知り合いなどいやしない、いや……まあ……ローサは一応貴族……なんだろうけども、あんなのを貴族としっかり認定してしまうと、その辺を歩いているネーチャンも皆貴族でいいということになりそうで……
となると考えられるのはやはり、それぞれの利益の追求が目的なのであろう……にしても解せないのは、その利益になるようなものをオレが持っているとは思えないところにある、タクヤブランドと言っても王都の市場規模から見ればせいぜいが田舎の村興しであるはずだ、温泉施設にしたって同様であろう……
何かオレの与り知らぬところで大きな思惑が動いている……そんな気すらしてくるほど貴族風の集団は存在感があるのである、これは気を抜くと大変な陰謀の渦中に巻き込まれる恐れすらあるかもしれない……そんな警戒心がオレの緊張感を否が応にも高めていくのであった。
そんなことを考えているうちに、あっという間に陛下が座し、その後ろに大臣ズの並ぶ王座前へ到着した、式典騎士の並ぶ通路が狭かったために視界が遮られ、近くに来てようやく王座の横に立つアリーシアとイルビスの姿も確認できる。
王座のある段の下まで進み出て片膝をつき王への礼をとると、観衆もスッと静まり返った、式の進行か陛下のお言葉があるからであろう、案の定陛下から跪いているオレへ個人的なお声がけが聞こえてくる。
「タクヤくん、今日はご苦労さま、まったく君には驚かされてばかりだよ」
俯いて礼をとっているオレに届いてきたのは陛下のすごく楽しそうな声であった、意味が解らず「?」となっていると側に立つ進行役に起立を促されたので言うとおりにする。
改めて前を向くと至近ということもあり王座の段の上の様子がよく見えた、がしかし……陛下はいい、にこやかに微笑んで座し眼前のオレを迎えてくれている、ところがである……陛下の座す王座の横に立つアリーシアと、さらにアリーシアの横に立つイルビスが問題であった。
何が問題かというと……まず、二人とも頬が少し赤い、次いで目を微妙に逸らしている、そして口元がよく見なければ気が付かぬほどではあるが、細かく震えている……どこからどう見ても笑いを必死に堪えているようにしか見えない。
まあ、分かってはいる、オレの顔面は今、気合いの入りまくった家政婦によりチューンナップされている……自分の顔を鏡で見て崩れ落ちそうになったくらいである、眉はキリッと上げられ目尻も上がって見えるように筆が入っており、鼻筋も高く真っ直ぐ通って見えるように影が入れられている、おまけに唇はツヤツヤである。
かなり離れてはいるが横の方を見ると、フィリアの言った通り詰所の窓なのであろう、壁に小窓が見てとれた、そこから小さな顔がこちらを見ているのもなんとなくではあるが確認できる、そっちを指さして全部アイツがやったんです、と言いたいのをグッと堪えると、これもプルプルと笑いを堪えている二人の女神を見ながら、もう帰りたい……と、式も始まる前から早々に思ってしまうオレであった……
「只今より、アリーシア聖導王国、王国議会並びに貴族院の承認により、子爵位授与の義を執り行うものとするっ!」
進行役が巻いた紙を掲げて高らかに宣言する、すると陛下がおもむろに立ち上がり、参列する観客へ向けて颯爽と腕を伸ばしながら、今度はよく通る大きな声で告げた。
「参列する諸君! 此度はまずこのタクヤ殿の子爵位授与を祝わんとするこの場に集いし皆と、共に喜び分かち合えること心より嬉しく思うっ!」
途端にワーッと歓声が沸き拍手が巻き起こる、しばしその様子を見回していた陛下が、今度はスッと掌を開くと歓声や拍手がピタッと止まった。
うおぉ……と、オレはその見事に統率された進行に感心してしまった、こういう風に歓声は出すときはしっかり出す、止まるときはピタッと止めるというのがルールであるのだろう、そんなオレを楽しそうに見ながら陛下は続ける。
「まずは紹介しよう、先日のナイト称号授与の記憶もまだ新しいであろう、また彼はその同日に教会より枢機卿の特別官位も拝任している、そして本日より新しくドラゴスレイ家の継承権を得ることとなった――タクヤ=ドラゴスレイ卿であるっ!」
次の瞬間感じたのは、歓声というか……喝采というか……そんな生易しいものには感じられない、音がビリビリとぶつかってくる感覚であった……大謁見ホールを埋める全員が、オレへ向けて音波を発射しているのである、圧倒もされるというものだ。
強風に吹かれたみたいに後退りしそうになるのをグッと堪え、なんとか以前教わった通りに胸に手を当てて軽くお辞儀をすると、なんでオレこんなに喜ばれてるんだ……と思ってしまうほどの強烈な歓喜までが、まるで質量を得たように押し寄せてきた。
守護女神と大神官の二枚看板が無事に帰還する……それがいかに国にとって重大事であったか、そんなこと考えもせずにやってた自分の行動の結果を、いまさらながらに思い知るオレであった――それにしても……ドラゴスレイ家ってなんだ……?
「諸君、すでに彼の功績を知らぬ者はおらぬであろう」
合図でピタリと静まり返ったホールへ、再び陛下のよく通る声が渡っていく、しかし観衆の知りたがっている核心に話が近付いてきたのであろうか、なんとなくウズウズとした空気がホール全体に漂っている。
「そう、今この国中の話題になっているであろう、我らが王国の守護女神たるアリーシア様と、建国時より語り継がれ今や伝説としての存在であった、古の大神官イルビス様との姉妹神を、我等には到底辿りつけぬであろう魔王城より単身救い出した英雄! それが今諸君の目の前にいるタクヤ=ドラゴスレイ卿であるっ‼」
ちょっとおおおぉ! やめてよおおおおおぉっ‼ と、叫び出しそうに大口を開いたオレへドカンッ! と大歓声がぶつかりひっくり返りそうになった、おそらく真っ青になっているであろう顔でガクガクしながら陛下を見ると、なんとニィ~っと笑っているではないか……こ、このオヤジ……また何かよからぬことを……
公式の場で陛下が言い切ったのだ、もはや噂話だからということで誤魔化すことができなくなってしまった……え、英雄とか言ってたな……オレをそんなに祭り上げて一体どうするつもりなんだ……
さすがに危機感を覚えるほどである、ここは冷静になってなんとか切り抜けなければ……などと考えていると、今度ばかりはなかなか静まらぬ観衆に鷹揚に頷きながら、またもや陛下が言葉を継いでいく。
「この我らが王国への輝かしい功績を成した英雄への子爵位継承権授与に、本日は特別にプレゼンターを用意させてもらった、それでは御登場いただこうっ、諸君、拍手をもって迎えてくれたまえっ!」
へ? ぷれぜんたー⁇ と、訳の分からぬ顔をしたオレの視線の先で、大臣ズの列がサッと開くとその後ろから白い姿が進み出てきた。
きっとオレは間抜けなポカンとした表情をしていたであろう……湧き上がる拍手の中、静かに歩み陛下の横に並んだその姿は一人の美しい女性であった……
光沢のあるプラチナ色のロングドレスは肩口から大きく開きながらも、胸元は見せ過ぎずにあくまでも清楚で上品である、くびれた腰からフワッと床スレスレまで広がるドレープスカートには胸元から続く細かく美しいレース飾りの純白が、ドレスのプラチナの光を一層引き立てて見せていた。
恥じらうように目を伏せているので長い睫毛がとても綺麗に見える、少し幼い顔立ちなのであろうか、化粧を施されていてもキツイ感じはせずに可憐と感じる美しさがあった、明るい色のルージュがとてもよく似合っている……
さらっと流れる栗色のセミロングの髪に宝石をちりばめた髪飾りがかかり、イヤリングも大きな宝石が光っている、胸元のネックレスも同じ宝石で揃えているようだ、一見してどこかのお姫様のように見えるのであった……
はあ~、綺麗なお姉さんだな……陛下がプレゼンターと言っていたその女性をポーッと眺めていると、俯き加減であった顔がスッと正面に上がり、伏せていた瞼がゆっくりと開いて髪の色に似たテラローザブラウンの瞳がオレを見つめる。
思わずドキッとしてしまう、こんな美人に見つめられると赤くなってしまうのであった、がしかし……あの目……なんだか初めて会った気がしないな……はて? なぜだ? なんだか見慣れているような気がするぞ……? あれ……ちょっとまてよ……あの目……あの髪の色……おい……ま、まさか……
拍手が止んで静まり返ったホールへ、陛下の少し芝居がかった声が通っていく。
「出逢いは時を遡り、タクヤ卿がアカデミーの参集に応じるため王都へ向け故郷を出発するときだったと聞き及ぶ……彼を迎える役目を担った騎士は女性であり、その出逢いより二人は今日までの月日、初々しくも淡くそして密やかに熱い恋心を互いに大事に育んできたという……その騎士こそが彼女であり、タクヤ卿の活躍を陰で支えてきた、まさに陰の功労者っ! 諸君っ! ご紹介しようっ‼」
陛下の話に青から白へ変わっていくオレの顔色など誰も気付かぬであろう、ゆえにウギャアアァッ! と驚愕の表情になっているのも誰も見ちゃいない、ハメられたああああぁっ‼ と、瞬時に把握したオレの心の叫びに陛下の声が重なる。
「かの豪商ランカスター伯爵家のご息女、ローサ=ランカスター嬢であるっ! 諸君、盛大なる拍手をっ!」
ホールを湧き上がらせる拍手の波の中に、今度はヒュ~ヒュ~と囃したてる歓声が混ざり合っている、平衡感覚を失うくらいクラクラするオレは、それでも頭の中で全てがつながっていった……
貴族風の集団は、ローサとオレがくっつくことでオレに取り入る価値があると踏んで集まったのであろう、目当てはローサの実家の方ということか……今すでに参列しているということは、この式典は予め筋書きが出来ていて知らされていたということになる……
その筋書きはもちろんローサありきで作られている……まずローサが今まで誰にも篭絡されてこなかったのは、おそらくローサの実家での立ち位置によるものであろうか……愛人の娘ということで相続に絡むかすら知れぬローサに、あえて手を出す者はいなかったのであろう……
だが今は違う……爵位を得てある程度の話題にもなっているオレは、利益を産む存在とみなされているであろう……ならばそのオレとくっつくということは、ローサはれっきとしたランカスター家の一員として扱われるということになる……
――陛下の狙いはそれか……
オレが理解したのを表情から察したのであろうか、チラッと陛下を見ると優しく力強い視線がこちらへ向いていた、オレもそれで推測が正しかったのを察する、つまり陛下の考えはこうだ……
アリーシアとイルビスの件での功績はもちろん大いに認める、今回の子爵位授与もその功績によるものだ、だがどうせ恩賞を与えるならもう一つ役に立ってもらおう、つまりローサの実家での居場所の確保だ、それにはオレとの関係の大々的な発表が必要である――ということであろう、ローサの義母がオレとの関係を知ったときすごく喜んだというのが如実に物語っている。
もちろん商売上の打算からくるものだろうというのは当のローサも重々承知していた、だがそれでもオレは……いや、それはおそらく陛下も同じなのであろう、ローサの本当に嬉しそうな笑顔にこれでいい……と思ってしまったのであった。
陛下からローサへの手紙は、今日の式典に関することだったんだろうな……鳴り止まぬ拍手の中そんなことを考えていると、掲げた手に小さい座布団みたいなのを持った進行係がやってきた、見ると座布団の上には金と銀であしらわれた胸章が乗っている、子爵位の略章であるのだろう……
ローサが段を下りオレの前へとやってきた、実に不覚である……先程は可憐だの美人だの綺麗なお姉さんだのと思ってしまった……家のソファーの上で酔っぱらって土座衛門みたいに寝てる姿を知る立場としては、とってもとっても複雑な心境である。
だが実際に今、目の前にいるローサは綺麗であった……オレへカーテシーの礼をとり、オレも左胸へ手を当てて礼を返す、そして静かに向き合う二人……恥じらっているのであろう、オレの視線に長い睫毛は伏せがちになり頬はうっすらと朱く染まって、口元はプルプル震えて……えぇ?
よく見るとローサは視線を斜め下へずらし、キュッと結んだ口元は細かくプルプルと震えている、おまけに肩も小刻みに震えているようだ……こ、コイツ……恥じらっているんじゃ……ないな……笑いを堪えてやがるっ……⁉
ハッとしてローサの後方を見ると、ローサの様子に触発されたのか、再びイルビスとアリーシアまで頬を染めてヒクヒクしているではないかっ……こ、こいつら……いくら今のオレの顔がオモシロチューンナップ済みだからといって……ふざけ過ぎであるっ! アッタマきたっ! よーし、このケンカ買ったっ!
「美しいお嬢さん、私のために大変光栄です……」
突然オレに声をかけられたローサはハッと驚き、思惑通りオレの顔を直視してしまう。
「ぶっ⁉……くっ……うくっ……」
よくぞ盛大に噴き出さず耐えたものよ……余裕の上から目線で評じるオレに対して、目前のローサはガクガクと肩を震わせて必死で笑いを堪えている、さもあらん、声をかけたときオレはわざと大きく目を開き口角をクイッと上げて変顔をしてやったのだ、今のオレの変顔はいわば顔面凶器である。
「くうっ……」
後ろのイルビスも低い呻き声を上げて身をよじっている、オレの声に思わず目を向けてしまったのであろう、ローサと同じくヤツもこの手の攻撃に対する耐性が無い、当然の結果であった、アリーシアはまだ堪えているようで、俯きながらトーガの前をギュッと掴んでそれでも細かく震えている。
ざまあみろという感じのオレに、ローサは必死で平静を取り戻そうと努め、掲げられた座布団から胸章をつまみあげる、頬は真っ赤で肩で荒い息をついていたがオレの反撃にカチンときたのであろう、やったわねっ……という感じでキッと睨みつけてきた。
イルビスもなんとか持ち直し赤い顔でギロッと睨みつけてくる、アリーシアはというと、もうっ……という表情であったがまだ目が笑っている、しかしオレの方から見れば挑まれたのはこちらである、こいつら反省してないな……といったものである。
ムゥ~……と睨みながら胸章を付けるべく近寄ってくるローサへ再び、くらえっ……と、目を見開き口角をクイッと上げる、がしかし、少しグッ……と耐えた様子を見せた後、フンッ! と鼻を鳴らして、二度もやられるもんですかっ! と言わんばかりに挑戦的な顔をしてくるではないか。
だがそんなことは当然のごとく想定内であった、オレの変顔はここからが真の姿である……見るがいいっ! そして散れっ‼
大きく開いた目を、キュゥ~っと中央へ寄せる、寄り目である、そしてトドメに眉をピコピコピコピコと上下に動かすと……次の瞬間オレの目に映ったのはみるみる真っ赤に変わっていく三人の顔であった、そして……
「ぶっはああぁ~っ! きゃーっはっはっはははっ‼」
大謁見ホールに淑女と二人の女神の盛大な笑い声が響いたのである……




