憂鬱と幻夢と若騎士と
その日は朝から曇天であった。
いつもは爽やかな光を窓越しに注ぎ込んでくれる朝の日も、灰色のぶ厚い雲に隠れてしまって元気がない様子である。
かく言うオレの心も空と同様にどんよりと曇っていた、目を覚ましたものの気分は憂鬱で、なかなかベッドから起き上がることができずにグダグダと転がっている始末である。
……しかし、今日ばかりはいつまでもこうしてはいられない、重たい気分を持ち上げるようによいしょっと起き上がり、自室のドアを開けてのたりのたりとリビングへ向かった。
「おっそーい! 寝坊してるんじゃないわよっ」
オレの姿を見かけるなり開口一番ローサの声が響く、見るとボヘーとしたオレの目の前では、すでに全員がなんだか忙し気にパタパタ動き回っているではないか……
「な、なんだよ……まだ結構早い時間だろ……? お前らこそこんなに早くから何やってるんだよ……」
言葉通り皆朝の挨拶もそこそこに、サマサはもとよりアリーシアやイルビスまでなんだかせわしない様子であった、ローサに至ってはもうすでにいつもの騎士の略装姿になっており、なんと出かける寸前のようである。
モゴモゴと口答えするオレに、ビシッとしたローサは呆れたように腰に手を当てている、なんともこの状況はまるでいつもと正反対ではないか……
「タクヤ、今日が何の日だか忘れてるわけじゃないでしょうね……? タクヤが主役なんだから、もっとシャキッとしなさいっ!」
言う言葉まで正反対であった、熱でもあるのかコイツ……だがそうなのである……今日はオレの処刑……じゃなかった、子爵位授与式の日であるのだ……忘れているわけではない、だが忘れたいと願っていたのは事実である、欝々としながら昨夜からあまり眠れていないほどなのであった。
睡眠不足の生あくびをしながらオレは、昨日までの自分を省みてはいないであろうが堂々と正論を言うローサへ問うた。
「オレがシャキッとしなきゃならんのは分かるが……なんで皆が忙しそうなんだ? オレの代りに授与式に出てくれようとでもしてるのか? ローサだって訓練に行くにしても、いつもよりずっと早い時間だろうに……?」
そう言うオレの言葉にグッ……と詰まる様子のローサであった、このへんは嘘のつけない愛すべき性格である、途端に目を泳がせてモゴモゴと言い始めた。
「わ、私は……ほら、あれよ、騎士団の……早朝の……アレよ……」
「アレってどれだよ……」
なんか怪しいな……と、ジトーと見ながら突っ込むオレにムグ~ッとなったローサは、しかし即座に脳内で選択したようであった。
「う、うるさいわねっ! 私は急いでるのよっ! いってきまーっす!」
玄関扉をバンッと開けてズダダーッと走り去ってしまった、そう、緊急離脱の選択のようである。
「まったく、朝からやかましいのう、じゃがローサの言う通りじゃ、あまりのんびりもしてられないであろ? シャキッとせんかっ」
今度はイルビスであった、なぜ皆オレに発破をかけたがるんだ……憂鬱な気分に拍車がかかるばかりであるが、不思議にも思ったのでイルビスにも尋ねてみた。
「それはそうと、イルビスとアリーシアもなんか用事があるのか? ずいぶん忙しそうじゃないか?」
少し懐疑的なオレの口調にムッとしたか、細い眉の片方をちょっと上げたイルビスも即座に選択したようである。
「やかましいっ! お前ごときが私とねえさまのする事をとやかく言うでないっ!」
そう、ツンバリアーの選択であった……ぷいっと横を向くイルビスに、下唇を出してイジケ顔になったオレを見かねたのか、次いでアリーシアが、もう……というようなちょっと困った笑顔で説明してくれる。
「大事な式典ですもの……私もイルビスも出席するに決まってるじゃありませんか」
「ええっ……⁉ 大事って……たかだか子爵位の授与式だぞ……? そんなのにまで出てたらアリーシアもイルビスも、年がら年中式典漬けになっちまうんじゃないか?」
本気で驚くオレに、ふ~っと軽いため息をつく二人だった、すぐにアリーシアが続ける。
「大事だというのは……タクヤさんの式典だからに決まってますっ……私ももちろん、イルビスだってこう見えてすごく喜んでいるんですよ?」
ふえっ? と赤くなるオレへ、イルビスも横を向いたままちょっと赤くなって口を開く。
「そ、そもそもお前が子爵位を受けることになった理由を考えてみよっ、お、お前が……私たちとシグザールを救ってくれた……功績ゆえ……じゃろうがっ……」
最後の方はゴニョゴニョと小声になったイルビスである、オレはもちろんこの突然のデレ攻撃に、ぐっはあとなってしまうのであった。
「タクヤ様っ、そろそろ朝食をどうぞっ」
サマサが呼んでくれた、今日はいつにも増してニコニコしている、最近なんだか更に生き生きとしているように見え、身のこなしもなんとなく優雅というか……落ち着きが増して洗練された感がある、何かいいことでもあったのだろうか……
キッチンテーブルに座り、先に出されていたお茶を飲んでいる間に朝食が並べられる、薄くカリッと焼いた固焼きパンと、半熟のベーコンエッグ、添えられているのは薄味の軽くソテーした緑黄色野菜で、パンにはアンチョビ風の塩魚とレバーとポテトを混ぜ合わせ、たっぷりとハーブと胡椒の入ったピリッとするパテを盛ってかぶりつく。
果物の甘さのみで加糖などしていないミックスジュースで喉を潤しつつ、側らには荒く切った果物をヨーグルトで和え、上にハチミツを少し垂らしたデザートも控えている、いつもながらの完璧なオレ好みの把握に舌を巻きながら舌鼓を打つのであった。
モグモグしてるオレへとても嬉しそうなサマサが言う。
「今日は私も王城へお供して、身の回りのお世話をさせていただきますねっ」
むぐっとなりつつ、急いで口の中のピーマンを飲み込んで。
「い、いや……お世話って……自分でできるよ……たぶん……」
別に中学ジャージを着てボサボサ頭で登場すらしたって構わない気分である、サマサの手を煩わせるまでもないであろう、だがそんなオレへサマサは人差し指を立てて澄まし顔で言う。
「いけませんっ、今日はタクヤ様の晴れ舞台ではないですかっ、誰がなんと言おうとこのサマサが完璧にきまったタクヤ様を式場へ送り出してみせますっ、ご主人様に恥をかかせる家政婦は家政婦失格なんですっ」
そう一気に言うとニコッと満面の笑顔でオレを見る、タジタジとなったオレはコクリと頷くしかできなかった、やっぱり……なんか変わったよなサマサ……
間もなく教会側の馬車が、アリーシアとイルビスを王城へと送るべくやってきた。
「それでは、王城でお逢いしましょう」
「ふんっ、式典では緊張してねえさまに恥をかかすでないぞっ」
そう言って出て行く二人を、う~ん……と、渋い顔で見送ったオレは、今度は自分の迎えが来るまでは待機のようである、授与式の通知が届いた翌日に業者が採寸しに来た正装は王城に届くという話であったので、今は着替えなどもしなくてよかった。
手持無沙汰になったので、一人で忙しく動き回ってるサマサになんか手伝うことはないか? と尋ねたが、返ってきたのは眩しい笑顔と座って待っているように、との言葉であった。
やむなく一人ソファーに座っているがなんとなく落ち着かぬ気分である、こんな時にかぎって唯一相手をしてくれそうなカノポスの姿も見当たらない、まあこの家にやって来てから一週間経つが、ずっとイルビスにいじくり回されていたものであるから、三日前程からは外に出ていることが多くなっていたというのもあった、不憫である。
そしてかまってくれる者も誰もおらず、ただ座っているだけだとやはり寝不足というのもあって途端に眠気が忍び寄ってくる、どうせ迎えが来たら起こされるだろうと考えたオレは、一切の抵抗なく心地良いまどろみに身をまかせていく、ソファーに深く身体を沈めて目をつむるとすぐに期待通りの安らかな眠りがやってくるのであった。
――そこは薄暗い洞窟のようだった……時間が粘り付くように流れているような変な感覚がある……そう、まるでイルビスと対峙したときの次元の狭間のようだ……まず頭をよぎったのは孤独で静かなあの場所の感じに酷似しているということであった……
岩肌に薄く光る苔があちこちにへばり付いているせいであろうか、暗くはあるが周囲の様子が見てとれた、天井は見上げると薄明りでもなんとか確認できるほどの高さがあり、幅はオレが四、五人手をつないで広がれるほどもある、真っ直ぐ奥へ続く通路のようであった。
キノコや草が隅に群生しているその洞窟を幾ばくか進むと、やがて通路の真ん中に腰掛けるのにちょうど良さそうな大岩があり、その岩の上にはさらに大きな岩が……いや?……あれは……あれは……人か……?
微動だにせずまさしく巌のように腰掛けているそれは、よく見ると上半身が裸の巨大な男の背中である……しかし……デカい……赤銅色に焼けた肌のその巨大な背は筋肉が荒縄のように盛り上がり、並みの武器など簡単にはじき返すのではないかと思われるほどの頑強さに見える。
時間に置き忘れられた戦士の彫像のようなその後姿を、オレは茫然と見つめていた……眠っているのか……死んでいるのかすら知れぬ動かぬその背を……洞窟の奥から来る何かから、背後の何かを護るように座るその背を……オレは茫然と見つめていた……
「――ヤ様っ、タクヤ様~っ! お迎えの馬車が到着されましたよっ!」
ユサユサと揺すぶられてハッと覚醒したオレを、サマサの怪訝そうな顔が覗き込んでいた……おそらくアホみたいな顔をしているであろうオレに心配そうな声がかけられる。
「タクヤ様……大丈夫ですか? お加減でも悪いのでは……?」
プルプルと首を振って大丈夫と告げたオレは、再度馬車の到着を知らせてくれたサマサに手を引かれてボ~としたまま、まるで小学校の入学式へ母親に連れられていくような様相という、あまりにも情けない姿で家を後にして馬車に乗り込むのであった……
王城へ到着し、案内されたのは控え室というよりは客間のようであった、それなりに豪華な造りであり、大きな鏡が壁の一角に据え付けられた化粧台はもとより、応接セットやベッドまで完備して心地よさそうな居住空間になっている。
馬車の中でもずっと夢のことが気になりボーっと考え続けていたオレを、サマサもさすがに変だと感じていたようではあるが、それでもここまで来た以上は気合いを込めてオレを立派な子爵に仕立てるべく準備を始めた。
「さあっタクヤ様、まず顔を洗って化粧台の椅子に座ってくださいねっ、ファンクラブができちゃうくらいイイ男に変身させちゃいますっ!」
「い、いや……ファンクラブいらないので……お手柔らかに……」
しかし張り切るサマサはボソボソつぶやくオレの言葉など耳に入らぬ様子で、持参した大きなバッグから整髪料だの櫛だのを取り出して準備をしている、よく見るとベッドの上に出来上がってきた授与式の正装なのであろう衣装が乗せられていた、うげっ……と、きらびやかなその衣装を眺めつつ、溜息をつきながら言われた通りに洗面台でパシャパシャと顔を洗う。
化粧台に座ると鏡にはとてもイヤそうな顔をしたオレが映っていた、だがそんな顔など気にもせずサマサはテキパキと進行していく、整髪料でビシッとオールバックにされた……ピンセットで眉を整え、端を少し書き足してキリッと感を演出された……パフでポンポンと顔を叩き、顔色を明るく見せるように薄化粧をされた……
もう……もう勘弁してくれ……と、唇に艶出しのリップを塗られながら思っていると、願いが通じたか首から上の改造はそれで終了のようである、鏡に映る自分の顔を見てアウアウしているオレへ、サマサは満足そうに頷きながら言う。
「えへっ、タクヤ様とっても素敵ですよっ、じゃあ着替えますんで服を脱いでくださいませっ」
授与式が処刑の本番だとすると、これは処刑の前の拷問であろうか……頑張ってくれてるサマサには悪いが、クラクラする頭でそんなことを考えてしまう、だがボヤいたところでしょうがないであろう、逃避思考でボーっとしながら言われるがまま服を脱ぎ出した、サマサはベッドの衣装を取りに向かう。
「アリーシア様とイルビスさんを救った救国の英雄ですからね~、きっと盛大な授与式なんでしょうね~、とっても憧れちゃいますっ……タクヤ様のブランドも有名になってきてますし、参列される方々も……え?……ひっ、ひゃあああぁっ!」
ニコニコして喋りながら衣装を取ってこちらを振り向いたサマサが悲鳴を上げる。
「タッ、タクヤ様っ! パンツは脱がなくていいんですっ‼」
あっ……と、言われて気が付くとボーっとした頭で無意識にパンツまで脱ぎかけていた……慌ててずり上げると、は、はは……と愛想笑いするオレに真っ赤になったサマサがさすがに、もうっ! という顔をするのである。
衣装はピッタリであった、オーダーメイドの凄さに感心してしまう、だが……だがしかし……誰だコイツ……
鏡に映る己の姿に愕然としてしまう、これじゃまるで……アレじゃないか……
片手を颯爽と前へ突き出し、あんどれっ! と叫びそうな感じである……顔色を良く見せるメイクをしてるのに青ざめていくのが分かる気がする……オレの後ろに立ち、満面の笑顔のサマサが鏡に映って見えているので、ガックリと崩れ落ちることもできないのであった……
衣装がシワになるからとソファーに座ることも許されず、そのまま化粧台の椅子に浅く腰掛けていると、やがてノックの音と共に式典騎士が現れて処刑執行……式典開催の知らせを告げてきた。
「はあぁ~……じゃあサマサ行こうか……」
ため息混じりにサマサを促すと、あっ……という表情になり、そしてすぐに寂しそうな笑顔になってオレへ言う。
「いえ……私はここでタクヤ様のお帰りをお待ちしてます……」
「え? なんで? 授与式あんなに憧れるとか言ってたじゃないか……?」
オレの言葉にサマサは困ったような笑顔に変わり、何か言いかけたがそのまま言い澱んで俯いてしまう、不思議そうに見つめるオレへ、それまで黙って様子を見ていた案内役の騎士が口を開いた。
「恐れながら……お付きの方の大謁見ホールへの参列は禁止されておりますれば……どうかご理解いただけますよう……」
そう言って深々と頭を下げた、サマサもその言葉に寂しそうに頷いている、どうやらそういう決まりのようであった。
「いや……だがサマサはお付きっていうより家族みたいなものなんだ……オレも彼女の参列を望む、キミ、なんとかならないか……?」
騎士に食い下がるオレに当の騎士は驚いたようである、何を言い出すんだ……というようなビックリ顔でおれをマジマジと見つめるが、すぐに役目を思い出したのであろう申し訳なさそうに言葉を継ぐ。
「そういう規則でありますれば……重ねてご理解いただきたく……」
再び頭を下げる騎士を見ながらオレは思った、そうであるのだろう……そういうのがやっぱり貴族とか上流階級とかいうヤツなのだろう……オレ、一体なにやってんだ……アリーシアとイルビスを救って周りから持ち上げられて……すっかりいい気になっちまってたんだな……
「やめた」
スパッと言い切るオレに、騎士のみならずサマサも、へ? という顔になる。
「キミ、すまないがオレはこの爵位授与を辞退するよ、誰だか知らんけど責任者の人に伝えといてくれないか?」
聞くなりカクンと顎が落ち、大きく口を開けたまま固まっている騎士を尻目に、同じような感じでプルプル震えているサマサへ向かって次いで言う。
「さあサマサ、帰ろうぜ、今日は一生懸命やってくれたのにゴメンな……」
そう言いながらバッグに持ってきた物を仕舞い始めたオレを見て、これは本気だ……とでも思ったのだろう、騎士が大慌てで止めに入ってきた。
「おっ、お待ちくださいっ! 何故っ、何故でございますかっ⁉ その……家政婦殿の参列が許されないので爵位授与を辞退されるとっ⁉ 本気でございますかっ⁉」
口元から泡を吹きつつこれ以上ないほど動揺しているようだ、見るとまだ若い騎士である、オレはケロッとした表情で答えた。
「ああ、キミのせいじゃないよ、すまないね、でもさっきも言った通りサマサは家族同然の大事な人なんだ、オレはオレのことを心から祝ってくれる大事な人が、参列すら許されないような式でもらう爵位なんか欲しくはない、クソッ喰らえって感じさ」
そう楽しげに言いニッと笑うオレを目を剥いて見つめながら、今度こそ二の句も継げぬ様子の騎士であった、それからもう一度帰ろうと促すためにサマサを向くと、今度はオレがギョッと目を剥く羽目になる。
その目には一杯涙が溜まっていた……いや、溢れだしてボロボロとこぼれ落ちていた……だがオレはそれを見て自分の選択はやはり正しかったのだと確信し胸を張る、スッと前に出たサマサは、あれほどシワになるのを気にしていたオレの衣装の胸に顔を押し付けて、か細い声を上げて泣き出したのであった……
「僭越ながら……」
やがて、よしよしとサマサの頭を撫でているオレへ、騎士がやっと気を取り直したらしく声をかけてくる。
「謁見大ホールには緊急時に、すぐに我等騎士が陛下をお護りすべく飛び出していけるように、護衛の騎士の詰所が併設されております……」
意図が分からずキョトンとするオレへ騎士は続ける。
「その詰所にはホールの様子が全て見てとれるよう小窓がございまして……」
あっ……と、ようやく騎士の言わんとするところが理解できた、サマサもそうであるのだろう、オレの胸から顔を離し涙で濡れた目でそちらを向く。
「いかがでございましょうか……? 家政婦殿はその小窓から式典をご覧いただくということで……国内の式典ですので本日は私を含めて三人しか詰めている騎士も居りませぬことですし……」
提案してくれた言葉を聞いて騎士からサマサへ目を向けた瞬間、すぐに答えは決まってしまった、目にはまだ涙を溜めつつも頬を赤らめた喜びの表情がそこにはあったのである……
「なあ……どうして詰所の提案なんてしてくれたんだ? キミにとっては都合の良いことではなかろうに……」
長い廊下を案内されて歩きながらオレは前を歩く騎士に尋ねた、護衛用の詰所など軽々しく部外者を入れてよい場所ではないであろう、ましてや目の前の騎士は年齢的にも若く、そのようなことを簡単に決定してもよい立場には見えないのである。
「あなた様の言葉に感動いたしました……」
騎士は振り返らず前を向いたまま言葉を継ぐ。
「貴族は嫌いです、体を張って国を護り治安を護るのは私共騎士の務め、そのお役目に不満はございません、ですがしかし、そんな私共に命を下すのは体を張らぬ貴族達です……私だけではなく騎士団全体に貴族を嫌う風潮は根深く存在するのが現状なのです……」
そういえばローサも家が貴族だと、他からいろいろ嫌味を言われたって言ってたな……そんなことを思い返しつつ続きに耳を傾ける。
「爵位を受けられて貴族の仲間入りをされるあなた様も、最初は同様だと思っておりました……ですが……家政婦殿のことを思い、爵位授与を本気で放棄なされようとするとは……信じられませんでした……ですが、痛快この上ないとも感じました……」
見覚えのある大扉の前へ到着した、足元には赤い絨毯が大扉の向こうから続いている、立ち止まったオレへ騎士は深く一礼して言った。
「ご尊敬申し上げます、ゆえに詰所の提案をさせていただきました」
大げさな言いようにちょっと照れてしまう、が、その気持ちはすごく嬉しかった、オレは腕を真っ直ぐ騎士へ伸ばして。
「オレはタクヤ、こっちはサマサだ、ありがとうな」
騎士の顔がパアっと明るくなり、オレの差し出した手をしっかりと握って固い握手が交わされた、サマサも騎士へ深々と礼をする。
「フィリアと申します、女の子のような名だと昔からからかわれておりますが……」
「そんなこたないさ、いい名じゃないか、よろしくなフィリア」
扉の内側から高らかにオレの名を告げる声が響く、詰所へ続いているのであろうすぐ側の壁にある木扉へ案内されるサマサを見送ると、ガコンッと重厚な音をたてて眩しい大ホールへ開きゆく大扉へ向き直った。
「さーて、アリーシアに恥をかかせるとイルビスに殺されかねんからな……」
ぶるるっと身震いをひとつして、開き切った扉の向こう側へオレは歩み出していく。




