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サンダル跡とマンボウ料理と神官の願いと



「タクヤさんっ! あ、あなたアリーシア様に何てことをっ‼」


 オレはまた真っ赤になりながら目を剥いてそう叫ぶキラさんに、胸倉を掴まれてガックンガックン揺さぶられていた。


 鼻血を噴いてぶっ倒れた後、運び込まれた我が家のソファの上で寝かされていたが、つい今しがた目を覚ました直後に飛び起きて、すぐ横で様子を見ていたオレの胸倉を掴んでガックンガックンとやりだしたのである。

 ワ~ッと止めに入る皆がキラさんを押さえてくれて、なんとか解放されたオレは振り回されてクラクラする頭を振りつつソファーにへたり込みながら、やっとのことでキラさんへ言う。

「キ、キラさん、お、落ち着いてくださいっ」


 まだオレへ詰め寄ろうとするキラさんは、必死で止める女性陣に押さえられながら。

「こ、これが落ち着いていられますかっ! タクヤさんっ! あなたアリーシアさまをどうする気なんですかっ!」

 と、ジタバタしながら喚く、するとそこへ……

「キラさんっ! 落ち着いてくださいっ! タクヤさんは何も悪いことはしていませんっ!」

 独り、オレたちの様子を少し離れてオロオロしながら見ていたアリーシアが、意を決したようにピシリと言い放った、もちろん水着の上にではあるがシャツとスカートはきちんと着用している姿である、皆も水着の上に持ち帰った服を応急的に着用している。


 さすがにアリーシアの言葉は効果絶大であった、なんてったってこの国の全神官が崇めるご神体なのだ、普段より少しきつめの語調で言っただけでキラさんは電流で撃たれたようにビクッと硬直し、しかし次の瞬間には皆の手を振り払い、アリーシアへ向けて土下座に近い形の最上級の拝礼の姿勢をとった。

 一同が唖然とする中でキラさんは訴える。

「ア、アリーシア様! そうはおっしゃられましても、あ……あのような……あのようなおいたわしいお姿……」


 床に額を擦りつけるようにしながらプルプル震えて訴えるキラさんの言葉に、アリーシアの顔はみるみる赤くなっていく、その状況を眺めるオレたち一同は揃って、い、いや、水着だろ……と、思うのであるがとてもじゃないが言い出せる雰囲気ではない。

「そ、そ、そんなに変……でしたか……? 私の……その……水着……」

 アリーシアも負けずにプルプルしながら両手はスカートの前をギュッと握り、もう真っ赤になって涙を浮かべているという状態だ、海へ下りてきた当初からすごく恥ずかしそうだったのである、それが見せるつもりではなかった人に不意に見られた上においたわしい姿だなんて言われた日には……


 しかしキラさんにとってアリーシアは、敬愛し崇拝するご神体で不可侵にて命をかけて護るべき女神様である、そのような一貫した神官人生を全力で送ってきてもいるのであるからには……当然彼女を普通の女の子として扱うなんてできるわけもなかった。

「あってはならぬことですっ! その……ま、ま、丸見えであったではありませんかっ! 何があったかは存じませぬが、あのようなあられもないお姿にされてしまったアリーシア様を、お側遣いの神官たる私が案ぜぬはずがありませぬっ!」


 恥ずかしさに震えるアリーシアへ、キラさんが意識せずともこれは追い討ちに等しい言葉であった、もちろんそれを聞いた彼女はもう半ベソ状態である。

「ま……丸見え……あられもない……姿って……」

 声もなく見てるしかないオレたちは、うわ~っ‼ という感じである、一同がキラさんもうやめて~っ! と手を伸ばしたがもう遅かった。


「一体どのような経緯であのような破廉恥な辱めを受けていらっしゃったのですか⁉ 私がっ、いえ、我等神官一同命をかけてでもアリーシア様をお救い申し上げますっ! どうかっ、どうかお教えくださいませっ!」

 うおいっ! ただの水着だよっ! と心の声で突っ込むオレたち一同であるが、アリーシアにとってこれはもうトドメであった……耳たぶまで真っ赤に染まった彼女は、恥ずかしさのあまり脚までカクカクしながら。

「は、破廉恥……な……は、は、辱め……」

 とうとう臨界点を越えたようで、ぽろっと大粒の涙が溢れると真っ赤な顔を両手で覆い、ふええぇぇん……とか細い声が聞こえたかと思いきや、途端にそのまましゃがみ込んでしまった、それを見るオレたちは全員、うっ……可愛い……とこっちも赤くなってしまう。


 イルビスがずいっと前へ出た、そしてキラさんの耳をガシッと掴むと。

「おい、キラよ、ちょっと来るのじゃ」

 そう言いグイグイ引っ張り始める。

「あっ、痛っ! イ、イルビス様何を⁉ あっ!痛たたっ!」

「やかましいっ! 黙って来んかっ」

 見るとイルビスは半ギレの表情である、まあ気持ちはよく分かる……すると彼女はジロッとオレへ視線を送り、しゃがみ込んでまだふえぇ~と言ってるアリーシアへ視線を流す、あっちはオレになんとかしろということらしい……

 そのままキラさんを引っ張って扉を開け外へ出て行ってしまった、それほど間もなく、水着じゃタワケッ‼ という怒声とキラさんの毛のない頭をサンダルで叩く、スパーンッ! という小気味のいい音が聞こえてくる。

 残されたローサとサマサがその音に、ああぁ……となってる中、オレはアリーシアへと向かいそっと話しかける。

「アリーシア、大丈夫か?」

 身をかがめて言った途端にふええぇ~と胸にしがみついてくる、見るとやはりベソをかいているようであった、よしよしと頭を撫でて何か慰めの言葉を言わなきゃなと口を開こうとしたそのときである、突然グイッとアリーシアの顔がオレを見上げ、ベソをかいたままの悲しそうな表情でオレに尋ね始めた。

「わ、私の水着……丸見えで……あられもなかったんですか……?」

 これには慌てた、やはりかなり気にしているようである。


「そんなことあるわけないだろ、キラさんはほら、真面目過ぎるくらい真面目だからさ、それにアリーシアのこととなると一所懸命になり過ぎちゃうみたいだし……見慣れない水着姿に驚いただけだよきっと」

 オレがそう言うと、キラさんの性格はアリーシアも熟知しているのですぐ納得できたのであろう、だがそれでも不安そうに柳眉をひそめた表情で尋ねてくる。

「じゃあ……本当に変じゃなかったんですか……?」

 しがみついていたオレの胸から少し離れて上目を使いながら見つめてきた、彼女の白いシャツのそこだけ窮屈そうに張り詰めた胸が、二つほどボタンが留められずに開いており、見事な谷間と共にフェルメールブルーのトップスがチラッと見えている。

 普通に水着のみの姿であったときとはまた違った趣があるものである……シャツが白いので胸元だけではなく全体的に青いトップスは透けて浮かび上がっていた……だがデレッとはしていられない、なんせすぐ横でローサとサマサがジトーッとこっちを見ているのであった。

「も、もちろんっ、デザインした本人が言うのもなんだが本当によく似合っていたぞっ」

 努めて爽やかに……である、しかし疑わしい目でじーっと見続ける横の二人の視線に、笑顔がちょっとだけヒクッと引きつってしまうオレであった。


 やがてイルビスと共に外から戻って来たキラさんは、アリーシアの前へ飛び込むように平伏した、今度は拝礼ではなく本物の土下座のようである。

「かっ、海水浴とはつゆ知らず……私は、アリーシア様になんというご無礼をっ……」

 ひたすら真面目に謝罪するキラさんであるが、その頭にくっきりと付いているイルビスのサンダルの跡を見たローサとサマサが、ブフゥッ……と噴き出すのを必死で堪えている、つられてオレとアリーシア、そして跡を付けた張本人のイルビスまでが、くっ……と顔をそむけて笑いを堪える。

 と、そのときキッチンの方からセルピナが、勝手に出してきたのであろう果実酒のグラスを手にしてこちらへやってきた。

「ほんとに賑やかねえ~、みんな楽しそうな顔してどうしちゃったのよ? あらっ?」

 さすがにこういうことにはとても目敏いセルピナである、途端にキラさんの頭の足跡を見付けて。

「ぶっはっはっはは~っ! あっ、あしっ、足跡~っ!」

 と、遠慮なしに指をさして大笑いするものだから、全員がもう耐えられなくなってしまうのも無理はなかった、途端に皆が堰を切ったように笑い始め、驚いたキラさんがキョトンとした顔を上げて周囲を見回す様子で更に笑いは大きくなり、もはや収拾がつかなくなっていくのであった。


「コホン」

 それから十分ほど後、ようやく落ち着いた一同はソファーへと着席し、皆への丁重な謝罪を終えたキラさんが軽く咳払いをして本題を切り出し始めた。

「先程少し申し上げましたが……改めて最初からご説明させていただきます」

 そう言うとキラさんは、所用で王城へ行った際に陛下から内容を教えてもらったオレ宛の通知を、伝達班の騎士に代って届けるべく自らその役を買って出たことを皆に語った。


「これをお伝えする役を担えたこと、大変光栄に思います……」

 そう言いながらキラさんは懐から大事そうに一通の封蝋の付いた豪華な封筒を取り出した。

「タクヤさん、おめでとうございます、一週間後王城にてタクヤさんへの子爵位授与式が執り行われることになりました」

 わあ~っ! と華やかな歓声が女性陣から湧き上がる、起立したキラさんから恭しく渡される通知の封筒を、オレも起立して礼儀正しく受け取った、お礼を言いつつ笑顔を浮かべるがそのオレの顔を見る女性陣は皆、あ……ああ……という苦笑いになる。

 そう、愛想笑いだとすぐに分かってしまうのであった、キラさんだけがそうとは気付かずにニコニコしている、オレの格式嫌いはもう皆にすっかり浸透しているのである、セルピナですら雰囲気から察しているようであった。


「そうそう、タクヤさん、これは通知には書かれていないと陛下がおっしゃってたのですが……」

 ニコニコしたままのキラさんがソファーへ座りながら、ローサとアリーシアに挟まれて座るオレへ言う。

「爵位というのは元々土地やその他の利権に付随するものですので、当然タクヤさんにも相応の譲渡があるということなのでそのおつもりで……ということでした」

「えっ……?」

 そんなことは知らなかった……土地って、いわゆる領地ってことなのかな……? 眉をひそめて怪訝な顔になるオレへ、見かねたのであろうイルビスがキラさんの横から補足説明を始めてくれる。


「爵位というものは領地はもちろんじゃがその他の利権、つまり鉱山の利権であったり河川の水利権、漁業権や伐採権、特殊なものじゃと市場の管理権など、要は利益を生じる物に付いておるものなのじゃ、お前まさかただのお飾りを貰うだけじゃと思っておったのか?」

「い、いや……何かしらの褒賞くらいは貰えるんじゃないかなとは……例えばこの家とかさ……」

 オレのその言葉に周囲の一同は、ハァ……とため息をついて目を逸らしてしまう、イルビスに至ってはこめかみを押さえるポーズまでとって呆れた表現をしている始末だ。


「お前のう……子爵位で家一軒とは……どんだけ小っさいんじゃ……」

「な、なんだよ……だって王都に住んでる貴族なんて沢山いるじゃないか……あの人たちは何貰ってんだよ?」

 唇を尖らせて口答えするオレに、ちょっとムカッときた様子のイルビスは。

「王都に住む連中は大抵が利権の管理を部下に任せておるのじゃ、もちろん自らが領地に居を構えて治めているしっかり者もおるがの、利権の運用なぞ素人がそう簡単にできるものでもなかろう、ほとんどの貴族はアカデミーから信頼できる専門家を雇って管理させておるのよっ、どうじゃっ、これならアンポンタンのお前の頭でも理解できよう?」

 何も反論できずに、むぐぐ……となるオレをフフンという顔で見るイルビス、その横ではキラさんが驚きに目を丸くしていた、しかしそこへアリーシアが割って入ってくる。

「これっ! イルビスッ、なんですかその言い方は、ちょっと言い過ぎですよっ」

「ね、ねえさま……じゃ、じゃが、こいつの物分かりが悪いのがいけないのじゃっ」

 オレを指さして、今度はイルビスが唇を尖らせて口答えを始めた、アリーシアがオレの味方をするのが面白くない様子にも見てとれる、しかしこれまた今度はアリーシアがそんなイルビスにムッとしたのであろう、柳眉がキリキリと上がり言葉を発しようと口を開いた瞬間オレが割って入る。

「わ、わ~っ! ま、待ったっ、オレが悪かったんだっ、二人ともストップストップ!」

 慌てて遮るオレに機先を制されたアリーシアが口をつぐむ、が、そんなオレをジロッと睨んだかと思うとツーンと顔をそむけるイルビスに、またムカッときた様子のアリーシアが今度はオレへと顔を向けた。


「タクヤさんはイルビスに甘すぎませんかっ⁉」

 うわこっちきたっ! とのけ反るオレにローサもウンウンと頷きながら同意する。

「そうよね~、な~んか甘いわよね~、最近一緒にいることが多いし……まさか……下心あるんじゃないでしょうね~?」

 そう言いながら猜疑心たっぷりの上目でジトーッと見つめてきている、たしかにここのところイルビスとの行動が多いのは事実だ、だがそれはもちろんオレが意図してのことではない、たまたま偶然が重なっているにすぎないのだ。


「へ、変に疑うのはやめろよ……別に何もあるわけないだろっ」

 左右から疑いの目を向けられてドキドキしつつ、毅然とした態度でそう言うオレであるが、ふと正面のいつもサマサが使っているサイドチェアーに目を向けると、果実酒のグラスを指先だけでぷらんぷらんと揺らして持つセルピナが、ニヤア~ッと笑みを浮かべてこちらを見ているではないか……

 瞬間、その笑みの意味するところに思い当たり心臓が跳ね上がるほどギクリとした、そうである、ミツハとの戦闘の直後、オレとイルビスはなんだかよく分からない雰囲気になってあわやチューしそうになった……未遂とはいえその現場をセルピナにバッチリ目撃されていたのである……

 額から血の気が引いていきスースーするのがわかる、目の端にイルビスもまたセルピナのその顔と意図に気付いたらしく、ゲッ……という表情で青くなっているのが見えた。


 場を静寂が支配し始めた、これはマズイ、下手に何か喋ると致命的なツッコミがくるかもしれない……だからといって黙ったままだと変に勘ぐられてしまう恐れもある……キラさんも先程から何故だか驚いた顔をして黙り込んでしまっている、なんとか……なんでもいい、この場の流れをリセットする何かきっかけが……きっかけが欲しいっ!


「はーい、みなさん、一息ついてお茶にしませんかー?」

 そのとき願いが通じたのであろうか、サマサが大きなトレイにティーカップを乗せて運んできた、ニコニコと明るい笑顔に場の雰囲気も途端に和み、温かいハーブティーに文字通り皆がほぅ~と一息ついたのである。

 オレに至ってはもう涙が出そうなくらいであった、このお茶のタイミングが全くの偶然であるはずがない、サマサがオレを気遣ってくれているのがはっきりと分かるのである、なんとも最高に気の利く家政婦なのであった、もしオレが爵位をもらった後自分で家政婦を雇えるのであれば、当然サマサをおいて他にはおらぬであろう。


 それから夕食の準備が始まった、つまりセルピナからサマサへとマンボウ料理の秘伝伝授が始まったということである。

 当然こんな滅多にないチャンスを逃すべくもなく、女子は全員聴講者となっているようであった、が、魚肉だけではなく腸や肝も使用するようなことを解体時に言っていたハズである、案の定キッチンからローサのぎゃあぁ~という声やイルビスのひいぃ~という悲鳴が聴こえてきて、あーやっぱりなあ……と思うのであった。

 そして終始笑い声が響いていた、夕食の誘いを受けてくれたキラさんは言葉も無く、嬉しそうな泣きそうな顔をしてキッチンの方へと顔を向けたまま賑やかな声に耳を傾けている。


 賑やかなのは料理が完成し、夕食が始まってからももちろん続いた。

「タクヤよっ、ひどいと思わぬかっ?」

「な、なにが……?」

「セルピナが言うにはマンボウは目玉が一番美味いとのことなのじゃがの……私が岩石弾でぶち抜いたせいで、目玉が飛び出して使い物にならなくなったと……そんなことを言うのじゃぞ? ひどいと思わぬか?」

「そ、そうだなあ……イルビスがあそこで仕留めたから皆無事だったんだもんなあ」

「それはわかるんだけどね~、あの目玉のスープ……濃厚でとろりとしたあのスープを飲んだら一週間はお肌ツルツルのプルプルになるのよ、あ~あ、もったいないわあ」

「えっ……そ、そんなにすごい効果があるの……?」

 セルピナの言葉に女子全員がグイッと身を乗りだす。


「そ、それはもったいないのう……い、いや違う、私もねえさまもローサもサマサも、そんなものに頼らずともツルツルのプルプルじゃっ、それが必要なのはセルピナだけであろ?」

「なんですってー! 私をババァ扱いしてるってことーっ⁉」

「イ、イルビスもセルピナもいい加減にしなさいっ!」

「あ~、アリーシアはいいわよね~、そんなに大きい胸なのに全然垂れてなくて……ほんっと張りがあってプルンプルンしてるものね~」

「なっ、なっ、なんてこと言うんですかセルピナッ! タクヤさんやキラさんも聞いてるんですよっ!」

 フォークにマンボウのソテーを刺したキラさんが、いつもこんな風なんですか? とオレに目で訴えている、今日はセルピナがいる分だけ少々賑やかだがまあだいたいこんなものである、そういう意味を込めてハハ……と笑い返すと、また何か感じ入ったような表情で深く頷くキラさんであった。


「すっかり御馳走になってしまいまして……しかもマンボウ料理なんて私初めてでした、とても美味しかったです」

 食後に皆でセルピナ持参の紅茶を楽しんだ後、キラさんは椅子から立ち上がり深々と礼をして辞去の言葉を述べた。

「まだゆっくりしてくれればいいのに……」

「教会へ戻り残務も少しありますので……あ、そうそう、忘れるところでした、ローサさん」

 突然キラさんに呼ばれたローサが目を丸くしてこちらを見る。

「これは陛下からローサさん宛てです、私的なご用事とのことでお一人でご覧くださいとのことでした」

 そう言いながら小さな、それでも封蝋のしっかりされた白い封筒がローサに手渡された。

「陛下から・・?」

 不思議そうな顔をするローサに微笑みながら、再度皆へ礼をしたキラさんは玄関扉へと歩を進め、見送ろうと続くオレへ扉のノブへ手をかけながら。

「タクヤさん、少々よろしいでしょうか……?」


 そう言いながら他の皆にはおやすみなさいませと挨拶をして外へと向かう、すでに暗くなっている外は夜のヒンヤリとした空気が気持ちよく、オレとキラさんの二人は前庭をゆっくりと歩き出した。

 少しの静寂が流れ、やがてキラさんの静かな声が聞こえてくる。

「私が……アリーシア様のお側に仕えさせていただいて、もう十五年が過ぎようとしております」

 オレの前を歩きながらそう語り始めるキラさんは、星が降るような夜空を見上げていた。

「私たち神官はアリーシア様のために生き、アリーシア様へ全てを捧げ、そしてアリーシア様のお気持ちの全てを理解している……と、そう思っておりました……」

 立ち止まったキラさんは、オレの方へ振り向かずそのまま天を見上げて語り続ける、オレも黙って背中越しのその声に耳を傾けた。


「ですが私……今日、初めてあのように笑われるアリーシア様を見ました……」

 オレはハッとする、見えるキラさんの横顔の頬が涙で光っていたのだ……

「キラさん……」

 心配そうなオレの声に気付いたのであろう、キラさんは努めて明るい声で。

「ああいや、違います、私、感激してるんですよタクヤさん……あなたにアリーシア様とイルビス様をお預けしたのは間違っていなかった……あんなに楽しそうに笑われるお二人を見て、そう確信できたんです……」

「でもオレ……イルビスの絆の属性に導かれてるだけな気が……」

「たとえ導きがあっても、そこでタクヤさんが選択される道は全てタクヤさんの意志でありお人柄によるものです……だからこそ皆あのように笑えるのです」

 なんと言っていいか分からなくなったオレへ、キラさんはこちらへ振り向くと深く頭を下げ、そして下げたまま。

「どうか、どうかこれからも、アリーシア様とイルビス様をよろしくお願い致します……それではおやすみなさいませ」


 クルリと背を向けた神官服姿が、今度は早足で夜の闇へ溶けていく、十五年と言っていた……十五年間仕え続けてきたある日突然、オレがかっさらうようにアリーシアを持ち去った……キラさんのみならず神官たちからは当然そう見えるでろう……

 だがキラさんはそれでもオレに頭を下げて任せると言った……悔しくないハズがない、憎しみすら持たれてもおかしくないほどのことである……だがそれでもなお頭を下げたのだ……全てアリーシアの笑顔のためである。


「また重たいの背負っちゃったなあ……」


 夜空にボヤきながらキラさんの消えた夜の闇へ背を向けて戻るべくオレは、ドタンバタンと聞こえてくる家へ、まったく何やってんだか……と苦笑いしながら歩き出すのであった。



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