村人と名付けと反省と
ハナノ村である。
中央に広場があり、広場を囲んで教会や市場、皮革・木工・鍛冶の工房など、小規模ながら色々揃っている、人口二百数十人ほどの中規模村だ。
広場を中心に商工業施設があり、それらを囲むように住居がある。
そして住居のさらに外側に農地が広がり、農地の中にタオじーちゃんの家のようにそれぞれの農家が建っている、村の全体の形は少しいびつなドーナツだ。
文化は、奇しくも多くのファンタジー物に倣うがごとく、中世ヨーロッパに類似するところが大きい、当然ハナノ村に限らず王都もそのようであった。
この世界に来てから二か月あまりも経つころには、タオじーちゃんの畑を手伝いながら、空いた時間で村の工房などに出入りするようになった。
最初は単なる情報収集目的だったが、村中を見物してるうちに、オレでもやれそうなことがあるんじゃないか? って気分になってきたのである。
しかし想い起すと、最初はもの凄く警戒されたものだった……
転移の混乱も二週間ほどのんびりして落ち着いてきたころ、この村に住むために筋を通してこよう、という話になった。
タオじーちゃんが一緒に、村長さんや役員的な人達のところへ挨拶回りしてくれたけど、どいつもこいつも不審人物を見る目つきだった、じーちゃんが一緒じゃなかったら犯罪者扱いされてたんじゃなかろうか……
しばらく後でわかったんだがこの精神文化の世界の人達って、インスピレーションというか直感をすごく重要視するみたいで、異界から来たオレがどうにも不安定な存在に感じられたらしかった。
そこで非常に役立ったのが、ファイの存在であった。
ファイってのは火の精霊のことである、会った翌日にオレが命名した。
「名前が無いとなにかと不便だしな、よーし、君の名は今日からファイだー!」
だがピクリとも反応しない。
通じなかったかな? と思って繰り返し呼んでみたんだが、こっちを見ようともしない。
他の言葉や複雑な会話にまできちんと反応するのに、ファイにだけは無反応、ということは……
こ、こいつー……ワザと無視してんな⁉
そりゃあ、オレはネーミングセンスがあるなんて自分でも思っちゃいない、小学校のころ飼ってた犬はシロ、そのあと飼った猫はミケ・ランジェロだもんな、ファイなんて、ファイア→ファイだと? ……ばかにしてんのかっ⁉ ってレベルなのもわかってるんだ。
でもいいじゃないか、ペットの名前って愛着がわくのが一番だよ、オレは君ともっと仲良くなりたいんだ!
「おーい、ファイー、こっち向いてくれよ~」
……こっち向いてくれるまで一週間かかったよ。
話はそれたが、不審な目を向ける村の人も、ファイがシュッという音とともにオレの顔の横に現れてフヨフヨ浮くのを見た途端、例外なく全員オ~ゥという険の消えた顔になり、たちまちフレンドリーな状態になった。
「なんだよ、人が悪いな、そうならそうと早く言っておくれよ、ハッハッハ」
そう言われても、オレにもなにがなんだかよく分かっていないよ。
タオじーちゃんより皆へ、オレは『どこか遥か遠くから旅をしてきたが、事故に遭って記憶喪失な人』という設定で紹介されていた、これが不審がられた原因なんじゃないかというのは言いっこなしだ。
ゆえに多少なら常識的なことを知らなかったり、この世界ではちょっと変な言動をとってもアレな人の認定は受けずにすむ、この世界に来たときのままの、部屋着と寝間着兼用の中学ジャージでもなんとかセーフなのである。
なので早速、なぜファイにそれほど感心するのか、理由を聞いてみた。
「精霊様の実体だもの、それは珍しいし、ありがたいさあ」
「世界は精霊様と共にあるんですもの、一緒なんてうらやましいわ」
「精霊様の守護を直接受けられるには、つながる力が抜きんでて強くないとならないらしいですよ、祝福された能力をお持ちなんですねぇ」
「四大精霊の内の、火の精霊様だろ? オラァ初めて見たよスゲェナァ」
口々に語る言葉には、精霊への畏敬の念がそれはもう十分にこもっていた。
そういや、じーちゃんがおれを助けたのもファイがいたおかげだもんな……そう考えるとファイって恩人なんだよな……
挨拶回りが終わり、タオじーちゃんは作業があるからと先に帰っていたので、工房を見学していたオレは夕暮れの道を一人トボトボ帰途についた。
いつの間にか横をフヨフヨ飛んでるファイに聞く。
「あの……ファイって名前……ダサくてキライ?」
なにをいまさら、と肩をすくめられた。