スタンドと神託と恋人未満と
工作をした。
細長い棒角材を用意して頭の中の設計図どおりに切っていく。
棒角材の幅は指一本分ほどだ。
トントンと釘で打ったり、用意した部品を付けたり、紐を通したり。
「よしっ、こんなもんかな」
絵画を描くときにキャンバスをのせる三脚イーゼルによく似たものが出来上がる。
ただし高さは四十センチほどしかない。
「それでは、どうかなー……」
手鏡を置く、そう、ミラースタンドだ。
「わあっ、タクヤさんすごーい! 快適ですっ」
アリーシア様が喜んでる。
「うん、バランスも悪くなさそうだな」
「手鏡自体が軽いから大丈夫そうだね」
これまでは小箱に立てかけたりしてしのいできた。
だが手鏡である、安定して置いておけるという条件には、とても当てはまらない形をしている。
ローサさんがうっかり倒し、マヨネーズがたっぷりかかったサラダボウルにダイブしてから、ミラースタンドの制作は最優先されるべきものとなった。
「これでマヨネーズまみれにならなくて済みますね」
ソファーに座るオレと面と向かうように、テーブルの上のスタンドを移動させる。
「うふふ、あれは驚きましたね」
「そういえばアリーシア様、なんだかだんだん言葉が流暢になってるというか……」
「ええ、休眠状態から覚めてすぐというのもありましたし……私、極度に力を使ってしまったときは、酔ったような感じになって、人の言葉がおざなりになっちゃうんです……」
「でも時間が経つと酔いが醒めるのと同じように戻りますので、普通に喋れるようになるんですよ」
「へえぇ~、なるほどなあ」
あの、アホっぽいゆるふわお姉さん風だったのは、そういう理由からなのか。
「そうそう、タクヤさん」
「はい?」
「こういうプライベートなときには、アリーシアって呼んで下さいな」
「ええ~、だって女神さまを……」
「もちろん神官さんたちの前とかでは無理ですけど、私だって普通のときは普通の女の子でいたいんですっ!」
「そ……そんなものなんですか……」
「そうですっ!」
「わ、わかりました」
話題を変えた方がいいかなと感じたので。
「あ……アリーシアって、いつ頃生まれたの?」
「私ですか、え~と……二千三百年くらい前かしら」
「に……にせ……」
あまりの数字に絶句する。
「あ~っ! いまお婆ちゃんだって思ったでしょ?」
「と、と、とんでもないですっ、思ってません!」
二千三百年だと人間なら、お婆ちゃんどころではなく、塵と化している。
なんてったって、オレの元の世界のジーザスより先輩でいらっしゃるのだ。
「アリーシア、オレ、ずっと聞きたいと思ってたんだけど……」
ローサさんとサマサは買い物に行ってて留守だ、こういう機会はあまりないので思い切って聞いてみた。
「はい、なんでしょう?」
「アリーシアが隕石になってオレに飛んできたのって、あれは偶然だったの?」
アリーシアは少し沈黙し、それから。
「……いいえ」
「いいえ、タクヤさん……偶然ではありません」
「私と、タクヤさんはつながれていました」
「つな……え? えぇ?」
理解不能の言葉に面食らう。
「うふふ、難しいですよね、やっぱり今はまだ」
「でも、きっとわかるときがきます」
「そういうものなのか……」
「そうです、だから……ちゃんと見つけてくださいね」
なんともカワイイ御神託だな。
ま、今はこれでいいかっ。
「ただ~いまぁ~」
「ただいまかえりましたぁー」
ローサさんとサマサが帰ってきた。
「あーつかれたぁ」
ドサッと荷物を床に置いてローサさんがこっちにくる。
キッチンまで持っていけよ。
「あらーいいの出来たじゃない!」
ミラースタンドのことである。
「ちゃんと作ったのねー感心感心」
誰のせいで緊急案件になったと……
「ま、まあね、アリーシアも喜んでくれたよ」
「んん?」
ローサさん首をひねる。
「タクヤさんもっかい言ってくれる?」
「え? いや、アリーシアも喜んでくれたって……」
ローサさん信じられない! って顔になる。
「ねえ、タクヤさん……私はだれ?」
「誰って……ローサさんだろ?」
「じゃああっちは?」
ローサさんの放り投げた、床の荷物を運びにきたサマサを指さす。
「サマサだろ、なんだよいったい?」
「じゃあこれは?」
ミラースタンドの苦笑してるアリーシアを指さす。
女神さまをコレ言うな。
「アリーシアだろ? さっきから何言ってるんだ?」
「う……ぐすっ……」
急にベソをかきだす。
なんだ? どうした? 情緒不安定か⁇
「ひ……ひどい、サマサなんて会ってすぐで……アリーシア様だって女神さまなのにアリーシアって……でもわたしだけローサさんって……」
あ! 『さん』づけのことかっ。
「あ、あの……」
オレがなだめようとすると。
「もーいいっ! タクヤさんなんてしらないっ!」
ダダーッと走って自室に入ってしまった。
「あ、ああ……」
これは……
振り向くとサマサもアリーシアも、あ~あ……という顔をしている。
え、オレが悪いってこと? う、うーむ。
そういえば、ことあるごとに『さん』づけ気にしてたもんなあ。
仕方ない、と、立ち上がる。
アリーシアが。
「タクヤさん、チューくらいしないと機嫌なおりませんよ?」
「へ、変なこといわんといて下さいっ」
コンコン
「あの……話をさせてもらいたいんで……入っていいかな?」
返事がない。
「は、入る……よ?」
鍵はかかってない、そーっとドアを開ける。
「し、失礼します……」
中に入りドアを閉める。
ある程度の広さはあるにはあるが、そんなに広々とした感じはしない部屋だ。
この家にはもっと大きな部屋がいくつもある、だがローサさんはどうしてもこの部屋がいいと言ってきかなかった。
隣にオレの部屋があるのだ。
壁際のベッドの上に、膝を抱えて座っているローサさんがいた。
クスンクスンとまだすすり上げている。
オレはなにも言わずに側へいき、彼女のすぐ横まできて顔をよく見る。
私のことどう思ってるの? と濡れた目が問うていた。
おれはもし、実るのならゆっくり実らせたいと思っている。
……だから。
「おれ、こういうのに鈍感だから、怒らせちゃったね」
「ごめんな……ローサ」
でもこれだけで納得してくれる訳はない……だろうな、やっぱり。
アリーシアの言うとおりだ。
オレはローサの顔に近づき……額にキスをして……ゆっくり離れる。
ん~額か~……という顔になるローサ、判定中らしい。
実るのなら……
ムフッと笑う、オッケーのようだ。
そうゆっくりと……ね。