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帰郷とただいまとスイートルームと



 イルビスの精神体をオレへと移す実験の直後はしばらく妙な空気が漂っていた馬車内であったが、しかしそれもすぐにいつも通りの平常運転へと回帰することとなった。


 というのもオレから日本語の言語情報をコピーしたイルビスは、そそくさとパンツを履き替えた後に猛烈な知識欲を発揮して早速元素図鑑を読み始め、しかしこればかりは流石と言うべきであろうか……あの分厚い図鑑をあっという間に読破してしまい、やはり思った通り彼女は今まで知り得なかった知識に大興奮状態になってしまったのである……


 そしてすぐさま皆が止めるのも聞かずに風の精霊に小さな圧縮酸素球を作らせ、ファイを呼び出し着火させたところ小爆発を起こしてテーブルを黒コゲにするという惨事になってしまい、当然カンカンに怒ったアリーシアにこっぴどく叱られていた……そんなことがあったせいで全てがなんとなくウヤムヤになってしまった次第であった……


 前々から漠然と把握はしていたのだが、イルビスの話から精神界側では元素の概念は確立されていないというのが判明した、こちらの常識というヤツは四大精霊で表されている地水火風とそれに併せて闇と光の二つ、計六属性がこちら側での自然界における基礎属性であり、その六つに時間と空間の特殊属性二つを合わせた計八つが原初の八柱も持つという八大属性ということである。


「んじゃあその属性のそれぞれに精霊がいて、精神界の自然法則の基礎になっていると……?」


 ソファーに座るオレのすぐ横にオレへと向かって元素図鑑を開いて置き、これも横向きにソファーの上へペチャンと座るイルビスがウムウムと頷く。


「その通りじゃ、ゆえに川や湖などでは水の精霊が多く森では木の精霊、荒地や岩山では土や岩の精霊、火の気のある場所では火の精霊が集まったりしておるのじゃ」


 アリーシアに叱られたばかりなのに知識欲が優先しているのでケロッとしているイルビスであった……アリーシアは少々ムッとした表情でこちらを眺めているのだが、やはりそれに気付かぬほど図鑑からの知識に夢中になっている様子であり、かなり上機嫌でもあるイルビスはオレへの講釈を続ける。


「じゃが属性力というのも、使う者の知識の程度によってかなり汎用性が広がるということが今回判ったのう……この元素の概念……全くもって素晴らしいものじゃ……見たであろ? 知識を得た私が指揮をすれば風の精霊が大気の中から酸素を取り出し圧縮球を作れるようになったのじゃ! どうじゃ? 凄かろう?」


 嬉しそうに開いた図鑑の酸素のページをナデナデしながら言うイルビスは、頬が紅潮し目をキラキラさせている……逆にオレの方はというと、なんだかとんでもなく危険なオモチャを渡してはならぬヤツに渡してしまったんじゃなかろうか……などと漠然とした不安に襲われていた……


「う~ん……凄いこた凄いんだがなイルビス……物質界にはマッドサイエンティストっていう言葉があってだな……そういった知識の探求に夢中になってしまうあまり、他人へ迷惑をかけちまう研究者の話ってのがよくあるんだ……」


 ここはやっぱり一言注意しとかなければな……と考えそう言うと、これもやはり予想通り途端にムッとした顔になるイルビスが眉をしかめて言い放つ。


「私が他人に迷惑をかけるとでも思っておるのかっ⁉ そんなヘマなどするわけないであろっ! 私を誰だと思っておるのじゃっ!」


 ムフ~ッ! と鼻息も荒く言うイルビスであるが、オレは少々苦い表情になると、黒コゲになったテーブルを指さす……


「いや、だってアレ……」


「あ……?」


 まるで今初めて気付いたかのようにコゲたテーブルを見るイルビス……その向こうのソファーにはムッとした顔を引き攣らせたアリーシアがジト~っと睨んでいるのであった……




 そんなこんなの出来事があったがそれから旅は平穏に続き、精神界での我が故郷ハナノ村へ到着したのは、イルビスの精神体をオレの中へと移す実験を行ったその日から二日後であった。




――ボグァーッ‼


 鈍く、重く、それでいて周囲へとよく徹る低い打撃音が響いた。


 アゴを強烈なアッパーで下から撃ち抜かれたウォルトさんは顔面を天へと向け上体を反らせた姿勢になり、その巨躯を伸び上がらせながらスローモーションさながらにゆっくりと後ろへ倒れ込んでいく……


「こんのぉクソオヤジイィっ‼ 今までドコをほっつき歩いていやがったあぁぁっ‼」


 ズズーーンッ! と、地響きをたててひっくり返るウォルトさんへ向けて咆哮のような怒声が追撃のように突き刺さった……


 ハゥァアッ⁉ と、我が家の一同のみならずその場にいる全員が言葉を失い変なポーズで固まってしまう……ひっくり返ったウォルトさんの前で仁王立ちになり、怒りにプルプルしているのはもちろん我が愛すべき職人トリオの紅一点、鍛冶屋ガンテツ三代目のジュリアさんである……



――その日の昼過ぎにハナノ村へと到着したオレたちを大勢の村人たちが出迎えてくれた。


 中央広場へ停めた馬車より降りる前から「タクヤーっ! お帰りーっ!」と声が上がり、降りた途端にワ~ッ!と皆が寄ってくる……


 ジーちゃんバアちゃんリイサ、職人トリオもいるし村長さんや商店街のみんなもいる、タクヤブランドの製品造りをしてくれているオバちゃんたちや温泉施設で働いてくれている人たち、製品の受注販売を一手に引き受けてくれているバザルさんもいるし、ブーツのモデルをしてくれたコロナさんが手を振っているのも見える……


 帰ってきたんだ……その想いと実感がゆっくりと胸の奥から湧き上がってくる……目頭が熱くなってくるのがわかる……「ただいま」と言わなきゃならないんだけどなかなか言葉が出てこない……そんなオレを後から続いて馬車から降りてきた我が家の一同が優しく微笑んで見つめている……感動的な場面であった、オレのこの世界での生活はここから始まり今またここへ帰ってきた……みんな待っていてくれたんだ……早く言わなきゃ……大きな声で「ただいまっ!」って……


「みんなっ!……ただ……」


 そう言いかけたとき背後の荷馬車の荷台から……


「おうっ⁉ やっと着いたようだなっ!」


 と、布団代わりに被っていた荷物用のシートをガバっと跳ね除けて巨体がムクリと起き上がった……


 ウォルト大地に立つ! というタイトルでも付く感じで荷台からヌゥ~ッと立ち上がるウォルトさんを、驚いたその場の村人全員が呆気にとられた表情で目を丸くして見ていた……


 ノシ、ノシと大股でこちらへ悠然と歩いてくる姿に「ウォ……ウォルトさんっ⁉」と村人の誰かから驚きの声が上がる……やがてザワザワとザワつく皆の中から

ひと際茫然とした声が流れた……


「オ……オヤジ……⁉」


 その声の主はもちろんジュリアさんである、ウォルトさんもジュリアさんの姿を見付けたようで「おぉっ! ジュリアっ……!」と言いつつ両手を広げてそちらへと歩み寄って行く……


 十二年ぶりになる(ウォルトさんにとっては二年ぶりであるが)離別していた父娘の感動的な再開の場面であった……驚きのあまり棒立ちになっていたのであろうジュリアさんも、フラリ……と一歩を踏み出すとそのままウォルトさんへと向かい進んで行く……行方不明となりずっとその身を案じていた父の胸へと飛び込んで行くのであろうと、オレも我が家の一同も疑いもなくそう思っていた……


 しかしそのときオレの耳には、ジュリアさんの「この……このっ……」と口の中でワナワナと呟く声が届いてきた……


 続くそのモーションは実に見事であった……鋼鉄のハンマーを振り続ける鍛冶作業で鍛え上げたしなやかな背筋がたわむように盛り上がり、間合いを詰めるように足を運びながら上体を斜めに傾がせる……


 同時にごく自然に弧を描いて地へと垂れ下げた右腕が真下を指すや、次の瞬間にはダンッ! と最後の踏み込みが地へ鳴り響き、唸るその腕は共に握りしめた拳ごとあまりの速度に霞んで見えたほどであった……


 両手を広げて喜色満面に綻ぶヒゲ面で進んで来るウォルトさんのそのアゴへ、地を這う超低空から炸裂する――ジュリアさんの強靭な肢体のパワーを全て込めたまるでロケット砲のようなアッパーであった……


――殺ったのかっ⁉


 瞬間的にその場の全員がそう直感したであろう……あまりにも容赦のないジュリアさんの一撃……あんな凄まじいアッパーを喰らったら、オレならば胴から首がもげてピュ~ッと飛んでいくかもしれない……いや、冗談ではなく本気でそう思ってしまう程の威力でもあったハズである……


 だが相手はウォルトさん……こちらも飛び抜けて規格外の人であった……


 派手にひっくり返って土埃を舞わせていたのだが、地響きが鳴り止み少しの間を置いたそのとき、何の前触れもなく突然ヒョイ! っと上体のみが起き上がった……パワーにモノをいわせた全く予備動作の無い腹筋運動であったのだが、純粋なパワーのみで上体を起こす動作がこれほど奇異に映るとは……皆がギョッとして腰を引いたくらいである……


「ガッハッハッハッハァ~ッ! お前も良いパンチを撃つようになったなっ! 結構効いたぞっ⁉ 大したものだ~っ!」


 ヒゲモジャ面がご機嫌のまま平然と立ち上がった……一般人なら致命打になっていてもおかしくない一撃を喰らって上機嫌で立ち上がるのである……そして結構効いたぞ、と言いながらアゴをコキコキ動かして笑っているのである……


 さすがのジュリアさんも、クッ⁉……と少し悔しそうな顔をするが、その場の全員はというと顔を引き攣らせて完全に固まるしかないのであった……



 怪獣大決戦みたいな親子喧嘩で感動の帰郷シーンがブッ飛んでしまったが、改めて気を取り直しオレは村の皆から「おかえり」と温かく迎え入れてもらった。


 皆に我が家の女性陣を披露し、テヘヘ……と照れながらローサを婚約者だと紹介した……アリーシアとイルビスも偽名は使わずそのままこの国の守護女神さまと大神官さまだと紹介する、なんてったってこの世界でのオレの故郷である……この村の皆には隠し事は無しにしたいとの考えからだ。


 案の定この村の小さな教会を担当している神官さんが目の玉が飛び出るような仰天顔で二人に拝礼していたが、イルビスに「よい、構うでない」とけんもほろろに言われて顔面蒼白になっていたようだ……かわいそうに……


 じーちゃんとばあちゃんも元気そうだった、王都へ行っていた二年ほどの期間では村の皆もさほど劇的な変化はなかったようである、皆変わりなく元気に過ごしておるよ……と教えてもらいどこか力の入っていた肩がス~ッと楽になったような気がした。


 しかし変わりないとは言え、二年もあればやはり女の子は変わるものである……


「タクヤ兄ちゃん、お帰りなさいっ!」


 毛先がクルッと巻き上がった赤髪のロングヘアーを揺らせて、頬を染めながら行儀よくお辞儀をするリイサはもう小さなレディであった……


 昔であれば帰宅するなりロケットのように頭から突進して来たのであるが……そしてファイをガッシリと握りしめてブンブン振り回して遊んだりしていたのだが……


 ニャーと泣きながらオレにしがみついてきたアカデミーへの出発シーンを想い起こすと実に感慨深くなるのである……



 皆と帰郷の挨拶を一通り終えると、まずオレたち一行は村長宅へ案内された、なんといっても今日は村から出発した若造がただ帰郷したというだけの話ではない……なんとも照れくさいのであるが、このハナノ村を含めたドラゴスレイ地方の次期領主が顔見世興行で訪れるという公式の行事なのであった……


 おそらくアリーシアとイルビスの威光のせいもあろうが、村長さんはかなり緊張しているようである……オレの方は全く形式張らずにいつも通りの口調で喋るのだが、やはり二年前に村を出発した若造がいきなり次期領主となって、しかも王国の守護女神と大神官と婚約者だという大貴族の娘を引き連れて帰って来たのである……故郷に錦を飾るどころか巨大な錦鯉に跨って空を飛んで帰って来たヤツを見るような目でオレを見るのも致し方ないことなのであろう……


 村長の長ったらしい祝辞と賛辞を聞き流しつつやり過ごし、こちらからの祝儀品を渡し終えてようやく公式行事とやらも終了である、これから三日間の逗留の予定であるがオレにはやることが山ほどあるのであった……辞去の挨拶もそこそこに村長宅を後にする。


「お、来た来た、お~いタクヤ~!」


 外へ出るとすぐに声をかけられた、見ると我が職人チームの皮革職人キャメルさんと木工職人ウッディさん、そしてタオじーちゃんの三人がオレを見付けて手を振っている。


「キャメルさん、ウッディさん、長らく留守にしてすみませんでした……新商品のラフやデザインはたくさん書き溜めてきてますんで、後ほど打ち合わせをしましょう!」


 この二年間でオレが残してきたラフ画はほぼ使い切ってしまっていることは承知していた、この前我が家の女性陣が着ていた水着が最終案であったのだ……手紙や資料のやり取りは定期的に王都へ来る行商人のバザルさんが運んでくれていたのであるが、やはり直に打ち合わせをしなければ伝えることができないことは多かった……なので今回の帰郷はブランド主であるオレには待ちに待っていたものでもあったのだった。


「ああ、そうだな……しかし今日は旅の疲れもあるんだ、ゆっくり休むといいさ、打ち合わせは明日にでも工房へ顔をだしてくれればいいからさ……」


 キャメルさんがオレの後ろに居並ぶ女性陣にチラリと目をやりながら笑顔で言ってくれる、婚約者まで連れてきているのに早々に仕事の話は野暮であろうと気を遣ってくれているようであった……


「フオッフオッ、護衛の騎士さんたちは宿の別館へ案内しておいたからのぅ、お前たちは本館を使うとええ、滞在中は貸し切りじゃで遠慮せんと寛ぐがええじゃろうて」


 じーちゃんも笑顔でそう言ってくれた……が、おれは驚きに目を見張って……


「え……⁉ 別館っ⁉ また増築したの……⁉」


 オレの驚いた様子が楽しかったのであろう、じーちゃんはさらに相好を崩して。


「フオッホッホ、日を追うごとに宿泊客も増えてきてのう……温泉から土産物屋まで全て増築してしもうたわい」


「そうかぁ……またずいぶんと繁盛してるんだなぁ……」


「今週ようやっと本館の露店風呂の改修が終わってのう……女湯の方はまだ床石の張り替えが残っておって使えんのじゃが……まあ、ここ二、三日で終わるということじゃで皆で男湯の方を使ってくれれば問題ないじゃろうて」


「そっかぁ……みんないろいろ頑張っているんだな……えっ⁉……じーちゃん、今なんて……⁉」


 フォフォ笑いながらクルッと背を向けるじーちゃんは。


「まあお前たちしかおらん貸し切りじゃで、混浴でも大丈夫じゃろ! 夕飯はばあさんたちが腕によりをかけると言っておったからの、楽しみにしてるとええ」


 とか言いつつトコトコと家へと向かって歩いて行ってしまった……キャメルさんたちも、じゃ~明日な~! と言ってそそくさと工房の方へ引っ込んでいく……


 なんだコレ……気を遣ってくれるにしても、なんだかずいぶんと度を越しているというか……気の遣い過ぎな感じがする……ま、まさかとは思うが……イヤな考えが頭をよぎるが、そこへ後ろから声がかけられた……


「お、おい……こ、混浴とか聞こえたのじゃが……ま、まさかお前と一緒に風呂に入らねばならぬとか……言うのではあるまいな……」


 振り向くと思いっきり眉をひそめた赤い顔でイルビスがワナワナ震えている……


「あ……あらまぁ……でも女湯が改装中なのであれば……いたしかたありません……ですよね?」


 その隣でアリーシアが頬を染め、少し恥じらいながらもなんだか嬉しそうに言う……


 サマサはそんな二人を交互に見ながら、えっ⁉ えぇっ……⁉ と慌てているし、ローサに至っては半分放心したようなジト目顔でオレを凝視していた……


 たぶん……たぶんではあるが、我がハナノ村の愛すべき家族や友人知人たちは、オレの後ろに居並ぶ女性陣が婚約者のローサ以外の全員もオレの愛人かなにかだと勘違いしているのではないだろうか……


「ふ、風呂には、じ……時間をずらしては入ればいいだけの話だろ……? じーちゃんたちはなんか勘違いしてるんじゃないかな……? あまり真に受けるなよ……?」


 慌てて言い繕うオレの言葉に、う~ん……と少々懐疑的な眼差しを向ける女性陣であるが、その視線に気付かぬフリをして温泉宿本館へ向かうオレの後を大人しく付いて来るのであった……


「へぇ~……前来たときもいい感じだな~って思ってたけど、またずいぶんと立派になったわねぇ~」


 本館の玄関に立ちロビーを見回しながらローサが感心して言う、他の女性陣も皆、うわ~素敵……という感じでキョロキョロ周囲を見ている、オレもまた改修後の宿は初見なのでその気合いの入った改修っぷりに目を見張るのであった。


「じーちゃん、また随分と立派な造りにしたもんだなぁ……」


 和風調の基本コンセプトは初期の宿をデザインしたオレのものを踏襲しているようではあるが、広さといい豪華さといい改修後は初期とは比較にならぬほど立派なものに仕上がっている。


「おお……見よ……池に魚までおるぞ……面白いのう~」


 ロビーの中程に設えた池には確かに鯉によく似た魚が泳いでいた……茶店のように赤い布の掛けられたベンチがあちこちに点在し、飾りで色とりどりの番傘も立て掛けられている……物質界でよく見る小洒落た和風リゾートホテルのロビーそのものであった……


 それから恭しく出迎えてくれた仲居さんたちに案内されて部屋へと向かったのであるが、ここでなんとなく予想されていた通りの展開になる……


 宿泊部屋への廊下を歩いていくと、まずここがサマサの部屋ということでサマサ一人が部屋へと案内される、当のサマサは一人部屋ということで少し驚いていたようだが、中へ入るとより驚いたようで廊下まで、ふわあぁぁ~⁉ という声が聞こえてきた……ちょっと覗いたところかなり立派な部屋のようである、どうやら案内されたこの一角は最上級の部屋が並んでいる場所のようであった。


 そのまま廊下を進んでいくと続いてイルビス、そして次にアリーシアが案内され、二人ともそれぞれサマサと同じような部屋へと入って行った……この国の守護女神さまと大神官さまである二人なのでもしかするとオレたちより格上の部屋を用意されているかとも考えたが、どうやらオレの家族としての扱いであるようなのでそこは少々嬉しく感じたのである……


 そしてここからが問題であった……残ったオレとローサを案内してくれる仲居さんは一人だけになっていた……ま、まさか……と思ったが、促されるがまま廊下をさらに奥へと進み、一番奥まで来ると振り向いて満面の笑顔でオレたち二人へ……


「タクヤさまと奥方さまはこちらのお部屋でございます」


 そう言われた瞬間隣に立つローサが軽く息を飲むのが聞こえた……


 やはりこういう展開か……なんとなく予感はあったが、いざ、お二人のお部屋です、なんて言われるとさすがにどうしていいか分からなくなるのである……隣のローサを横目でチラリと見ると、しかし彼女は頬を赤らめ少々俯き加減で身を硬くしているようではあるが何も言わない……


 えぇ~……⁉ 拒否していないの……⁉ こ、これは……


 ローサが黙ったままなので案内されるがまま部屋に入ってしまった……すると中を見た途端に目が丸くなる、広いっ……⁉ そして豪華っ……⁉ なんとも贅沢な造りのそれはきっとスイートと呼ばれるこの宿で最上の部屋なのであろう……もちろんアリーシアたちのものより格上なのは一見して明らかであった……


 オレの後ろに付いて来ていたローサも並んで立ち、ふえぇぇ~……⁉ と驚いている、運んできたバッグを部屋の隅に置き丁寧にお辞儀をして退出する仲居さんがパタンとドアを閉めていなくなるまでオレたち二人は並んで突っ立っているだけであった……


 だが、二人だけになり静寂がオレたちを圧し包む……ローサと二人だけの時間など王都の我が家にいる時はいくらでもあった、が、しかしこの部屋の中での二人きりというのはそれとはまるで違う感覚である……


 そう、オレとローサは婚約者同士である、が、まだ結婚には至っていない……なのでこの表現は適切ではないと思う……しかしそれでもオレの頭の中にはこの二文字……結婚した男女が迎えるであろう最初の夜……つまり『初夜』の二文字が浮かんで消えないのであった……


「お……奥方さまって……言われちゃったね……テヘヘ……」


 部屋の静寂をローサの照れた小声が破る……二人部屋という時点でオレと同じようなことを思ってしまっているであろうことはその様子から一目瞭然であった……と、いうことは……ローサはある程度そうなる覚悟を持っているということなのであろうか……


 これはなんだかマズイ展開なのではないだろうか……いや、ローサとそうなるのがイヤだというわけでは決して無い……オレの意気地が無いだけの話であるのは理解しているのだ……だ、だがまあ、とりあえずはいつも通り普通に振舞うのがいいんだろうな……


 そんなことを考えてしまうあたりが意気地なしなのは分かっているが、とにもかくにも部屋の奥へと進みつつなんとか平静を装ってみるのであった……


「ま、まったく……じーちゃんたち、ちょっと気を遣い過ぎだよな……困ったもんだ……なんだか新婚旅行にでも来てるみたいな……」


 とか言いながら少しでも余裕のあるところを見せようと、興味のあるフリをして隣の間へ続いているのであろう襖を開いてみたところ……


 次の間は床の間であった……


 丸い明かり取りの窓に薄布がかかり、わざと雰囲気たっぷりに薄暗くされた広い部屋……その真ん中にお布団が二組、ピッタリとくっつけられて並んでいる……掛布団は鮮やかな緋色である……


 見た瞬間ピシャッ‼ と襖を閉め絶句するオレの背後では、ローサもアワワワ……と顔を真っ赤にしてプルプルしている……


 今夜、オレたち……どうなっちまうんだ……?



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