ボディースラムと濡れたパンツと実験終了と
――薄く光り輝くイルビスの精神体はもちろん生身ではないので、細かい部分は発光していることもありボンヤリとしか見えてはいなかった。
――精神体なので当然のごとく服などは着ておらず、そのシルエットは全裸そのものであるのだが、幸いと言うか残念というか……肝心の細部がボヤケて見えているためになんとか罪悪感などは無しで直視できているオレである……
――そしてこれも当然であるがオレの身体も精神体である、だが人間であるオレは精神体の密度的な何かが希薄なのであろうか……女神であるイルビスよりもかなり体の見た目の造形が荒い……手足の指がなんとかハッキリ判る程度であり、まるでデッサンモデル用のフィギュアである、そんな格差のせいもあってイルビスの美しい精神体はより神々しく見えるのであった……
――そのイルビスの横たわる台座の前に立ち、オレは少々躊躇っている……
――う~ん……運ばなきゃならん……ってのは分かっているんだが……どうしたもんかなコレ……
――精神体とはいえスッポンポンのイルビスである……しかも普段見ているイルビスより少し大人っぽいイルビスである……少女っぽさがほぼ無くなり、代わりに大人の色香が大幅に増量されていらっしゃるイルビスさんなのである……見た目年齢から換算すると女子中学生が女子大生になったくらいの変わり様であるのだ……
――なまじ絶世の美女であるがために、どうにも恐れ多くてなかなか触れることが出来ないでいるのであった……このへんは自分自身がチキン野郎であることを認めざるを得ないであろう……だがいつまでもこうしてボ~っと突っ立っているワケにもいかない……意を決して運び出そうと、そ~っと手を伸ばしていく……
――まず、運ぶとなるとお姫様抱っこがオーソドックススタイルであろうか……? そう考えたオレは左腕をイルビスの背に回すべく、とりあえず上半身を起こそうと眠り姫の首の後ろへ手を差し込んだ……
「んっ……あはぁ……んっ……」
時を同じくして、ソファーに寝ている休眠状態のイルビスと、その胸に手を載せているトランス状態なオレをボ~っと見守っていたローサ、アリーシア、サマサの三人が、突然聞こえ始めた声にギョッ⁉ っと目を剥いて固まった……
「えっ……? い、今、イルビスなんか言った……⁇」
ローサがプルプルしながら仰天した顔をアリーシアに向けて尋ねる。
しかしアリーシアもローサに負けず劣らずの驚き顔で応じるのみであった、え~っ……⁉ という形の口は半開きのまま固まっており返答の言葉も無い……
だがそれも無理なかろう……空耳かしら……? と顔を見合わせる二人には今しがた、イルビスがとっても色っぽい喘ぎ声を漏らしたように聴こえたのである……一瞬気のせいかとも考えた、だがどうやら空耳ではないようで……というのも二人の背後にいたサマサもビックリ顔で頬を赤く染めており、その様子から三人が三人ともそう聴こえてしまったようだと判明してしまったのである……一体何がっ⁉ と三人はソファーのイルビスとオレの方をマジマジと注視し始めた……
――外でそんなコトになっているとは露知らず、オレは少々困惑していた……なんともこれは予想外に難儀な作業であったのだ……
――生身の身体と同じ感覚でイルビスの上半身を起こそうと試みたのであるが、これがかなり珍妙な感覚であったのだ……というのも、重さや摩擦力の概念がまるで違う……生身であれば首の後ろに手を回して背を浮かせ、そのまま肩や背中へ手を回してヨッコラショと上半身を起こせば済むのであるが、精神体だと全然勝手が違ってくるのである……
――まず妙に柔らかくて軽い……少し硬めのスポンジと言ったところであろうか……弾力性があってしかも軽く、首の後ろに手を回して上半身を起こそうとすると真っ直ぐな状態の身体がそのままフワッと持ち上がってしまうのである……
――そしてなんだか掴みどころが無いような感覚であった……というのも、イルビスの精神体の下に腕を回しているだけではスルッと滑り抜けていきそうなほど摩擦が低く安定感がないのである……なのでしっかりと抱きしめるカタチでホールドしなければ、とても持ち上げて移動などできそうもないようであった……
――そういったことをいろいろ検証しつつ、なんとかイルビスの精神体をそ~っと運べないものかと試行錯誤していたのではあるが……結果的にかなりその体を触りまくることとなってしまっていた……これは致し方の無いことであろうとは思う……しかしそれで出た最終的な結論が、不本意ながら少しばかりデリカシーに欠ける方法であった……というのも、スッポンポンのイルビスの精神体を運ぶためにはプロレスの『ボディースラム』という技をかけるときの持ち方をせねばならないということが判明したのである……
「んっ……はぁあん……あぁっ……ん」
ちょうどオレが運び方をアレコレ試行錯誤していたとき、横たわるイルビスの口からは甘い吐息のような喘ぎ声が漏れ続けていた……それを聞いて見守り組の三人は当然のことながらパニック状態になっている……
「ちょっ……! ちょっとっ! コレなんなのよっ! この二人どうなっちゃってるのよコレっ……‼」
アリーシアの肩を掴んでガクガク揺さぶりながら、オレとイルビスを指差して詰問するローサである……
「そっ……そんなコト尋かれても……私にだってなにがなんだか……」
ガクガクされながら返すアリーシアも少なからず動揺しているようである……そりゃそうであろう、妹神が目の前で今まで聞いたこともない色っぽい声を上げて切なそうにアハ~ンとか言っているのである……しかもよくよくイルビスの身体を観察するとピクン……ピクンッと微かに痙攣するように動いているではないか……両脚にも力が入っていてピーン! と突っ張っているようであり、足の指も切なそうにキュ~ッ……と内側へ曲げている……
しかし三人から見るオレはというと、これは相変わらず微動だにせずイルビスの胸の真ん中に掌を当てているだけであった、それ故に表面上はケシカラン行為に及んでいるように見えてはおらず、ローサもアリーシアもいきなりオレを蹴り飛ばすような極端な行動に走ろうとまではしていない、しかし断続的に流れるイルビスの喘ぎ声にはかなりムカッ腹が立ってきているようであった……
「でもコレっ……! イルビスって休眠してるんじゃなかったのっ⁉ なんでこんなにアンアン言ってるのよっ⁉ タクヤがイルビスになんか変なコトやってるんじゃないのっ……⁉」
「お、落ち着いてくださいっ……ローサさん……」
思わず非難するような口調でアリーシアへ問うローサへ、見かねたサマサが横から両肩へ手を添えて落ち着くように促した……するとそこへ、アリーシアも逆上気味の感情をグッと抑えて冷静に考えたのであろう……
「たぶん……たぶんなんですが……今タクヤさんはイルビスの中へ入って、イルビスの精神体を運び出そうとしている最中なんじゃないでしょうか……」
アリーシアの予想での言ではあるが、なんとなく経緯が判ったローサは少し感情が抑えられてきたのであろう……しかし当然まだ納得はできていない様子である……そこへアリーシアは続けて言った。
「イルビスは休眠するとは言ってましたが、タクヤさんの中へ移れば言語の情報を写し取る作業がありますから……どうしても意識の一部は覚醒させておかなければならないハズなんです……だ、だから……」
「だから……?」
アリーシアの説明に聴き入っていたローサとサマサの声がハモって尋いた、なんとなく語尾が言いづらいことでもあるようにゴニョゴニョと口ごもっていたため、余計に気を惹かれたのであろう……身を乗り出すように聞く二人にアリーシアも少々伏し目がちになりながら言葉を続けた、しかしなぜかその頬はほんのり赤みを帯びている……
「せ……精神体同士が直接接触したときの感覚というのは……私はこの世界に降り立つ前の幼い頃に、イルビスの精神と接触した時の経験しかありませんが……そのときはお互いが言葉に表せないほどとても暖かくて幸せな気持ちになったんです……でも……」
「でも……?」
さらにググっと身を乗り出して尋く二人である……
「でも……それは幼い頃の話で……今のイルビスの精神体が……しかも、たぶんかなり好意を持ち始めているタクヤさんの精神体と直接触れ合ってしまったら……」
伏せがちであったアリーシアの目がゆっくりと上げられ、ローサとサマサの二人と真っ直ぐに見つめ合った……その表情は三人共が、うあぁぁ……どうしましょ……といった顔である……
「イルビスは今、精神体も義体もそのほとんどが休眠状態に入っているというのは本当です……でも言語を写すためにほんの一部だけ覚醒させている部分があるというのも間違いないと思います……だからタクヤさんの精神体に直接触れられて、その僅かに覚醒している部分が敏感に反応を……」
そう言いながらアリーシアはソファーに横たわるイルビスへと目を移していく、それにつられてローサとサマサもそちらを見るが、眉をひそめた切なそうな表情で断続的に小さな喘ぎ声を漏らし続けるイルビスの艶姿に三人は、困ったような表情で赤くなりながらその様子を見守ることしかできないのであった……
――こんな姿は他人には見せられないな……そんなことを思いつつオレはイルビスの精神体を運んでいた……
――左腕は彼女の肩口から背中へ回し、右腕はなんと股の間に深々と突っ込んで尻の上辺りの腰へと回している……柔道で言うところの横四方固めに酷似した持ち方だ……プロレス技ならばここからイルビスの身体を振り上げてマットへ叩きつけるとボディースラムになる……まあ、もちろんそんなコトはしないが。
――オレの記憶に間違いが無ければ、確かマネキンの運び方もこのような感じであったハズだ……いずれにせよもし今イルビスに意識があったのならば、オレは横っ面を張り倒されて罵倒の限りを浴びせかけられるのが必至の体勢であろうことは間違いなかろうと思われる……
――デリカシーがゼロというよりマイナスに振り切っているようなこの運び方も、試行錯誤の上でどうしてもやむを得ない方法なのである……普通に胴を抱きしめればとも考えたが、やってみると精神体は柔らかすぎてまるで体の力を全て抜いたネコが手の中からクニャリとスッポ抜けるような感覚で抜け出てしまうのだ。
――今の持ち方にしても完全に安定しているとは言い難かった、絶えずバランスを崩さないようにしっかりとホールドしていなければ腕の中から飛び出しそうになるイルビスの精神体である……オレは抱える両腕に加えてアゴすらも使って押さえ、なるべく支持する点を増やして安定させる努力をしていた……なので決して意図したワケではないのだが、一番安定している支点であるイルビスの股に突っ込んでいる右腕を多少グリグリ動かしてバランス調整する結果となっていた……
「ぁっ……あぁぁっ……んっくぅっ……はぁぁあぁぁっ――」
ミニワンピースから覗く白く細い脚にひと際強く力が入り、切ない吐息と共に漏れる上り詰めた声に合わせて身体全体がガクガクと痙攣を始める……そのまま吐息が絞り出され尽くすまでの間、全身を微かに震わせながら硬直する時間をゆっくりと経た後、突然糸の切れたように身体の力がストンと抜けグッタリとなるイルビスであった……
「ぐっ……くっ……こっ……これで三回目……⁉」
ギリギリと歯を軋ませながらソファーの上のイルビスを見るローサとアリーシアである……イルビスがイッてしまっているのは一目瞭然であった、しかもさほど間を置かずもう三度目である……
「ねえアリーシア、ちょっとタクヤぶん殴っていい……?」
「いっ⁉ いけませんっ! ダメですっ! 精神体を運んでいる途中で強い衝撃を与えたら何が起こるかわかりませんっ! 危険すぎますっ!」
いい加減我慢の限界が来ているのであろう……ローサがワナワナ震えながらアリーシアに問う、アリーシアにしてみたところでムカッ腹は立っているようであるが、ローサがこの調子でいつ暴走するか判らない状態では冷静な止め役にならざるを得ない……なので慌てて引き止めるのである。
「う、う、浮気をしているワケではないのですよ……? タクヤさんはおそらく真面目にイルビスの精神体を運んでいるだけだと思います……たぶんイルビスの方が過敏に反応し過ぎているだけだと……」
アリーシアの必死の説得をローサも頭では理解しているようであるが……しかしやはり感情は別なのであった、ムギギギ……と歯ぎしりをしながらそれでもなんとか落ち着こうとテーブルのグラスに手を伸ばし、半分ほど残っているワインを一息に飲み干したりしている……
――外がそんな大騒ぎになっているとは予想だにしていないオレは、ようやくオレの身体の方へとイルビスの精神体を運び入れたところであった。
――別に境界線が引いてあるワケでもないのであるが、自分の身体に戻ってきた感覚は何故だかハッキリと認識できた……やはり自分の中が一番落ち着いた感じがするのである。
――そ~っとイルビスの精神体を下に降ろして寝かせると、さて、何か変化があるかな……? と観察する、が、しかし暫く待っても何も起きない……あれ? どうしたんだ……? なんか手順が足りないのかな……? と考えるのであるが、イルビスの精神体をオレの中へ運べとしか言われていないのでこれからどうしたらよいのかなどはサッパリ分からないのである……
――イルビスだって他人の身体の中へ出張するのは初めての経験であろう……なので説明に抜け落ちている部分があったのかもしれないな……という考えに至り、深い理由は無いのであるがとりあえずつっ突いてみようという結論が出た……というか今のオレにはそのくらいしか出来得るコトがないのである。
――さてドコを突こうか……という事案であるが、これは考えるまでもなく一瞬で結論が出た……ここまで苦労したのである、このくらいの役得があってもバチは当たらないであろう……ということで、オレの指先は少女の義体のイルビスより若干ふくよかな盛り上がりを見せる女子大生イルビスの精神体の胸へとゆっくり向かって行った……そして今まさに触れようとする瞬間である……
――あれ……?
――よく見るとイルビスの精神体の下から細い光の筋が幾条か走っているではないか……
――それは床面の四方に広がって延びている、こ、これは……? と思って観察すると、どうやらまだまだ延び続けているようであった……オッパイをつっ突こうとする指を引っ込めて周囲をキョロキョロ見回していると、なんとなくその現象の理由が判明してくる。
――なるほど……女神の精神体って、こうやってオレの身体へリンクするのか……
――考えてみればそうである、オレの身体には無線LANやwi-fiの環境など当然あるワケ無いのであるから、ビジターが接続するには有線しかあるまい……ということはこの光の筋がオレの脳に届けばそこから日本語の言語情報のダウンロードが開始されるのであろう……
――とかなんとか考えているとあっという間に脳へと到達したようであった、うおぉおぉぉおぉ……と無意識に声が出てしまう……どうやらダウンロードが始まったようで、頭の中から何かが吸い出されていくような妙ちくりんな感覚にたまらずプルプル震えてしまう……
――するとほぼ同時に何かのイメージがオレの方へと流れ込んできた、そういやさっきイルビスが『知識の焼き付けは互いが理解している内容を交換するようなもの』だとか言ってたが、ソレがコレのことなのかな……? と考えつつ流れてきたイメージにどれどれ? と意識を集中するや……
――うっ⁉ うおぉぉおぉおぉぉおぉ……⁉
――またもや唸り声が出てしまった……しかし、それも当然であろう……なんと視えてきたのはアリーシアの姿であったのだ……
――全て静止画か写真のように動かない画像のイメージが数カット……おそらくイルビス目線で過去に見たものであろう、しかしコレがまた凄い内容である……
――風呂上りのアリーシアであろうか、バスローブを脱いでいる途中の後ろ姿だった……もちろん中は全裸であり、濡れて光る美しい金髪と白い背中、細くくびれた腰とそこから続く芸術的とも言えるお尻までもが半分ほど見えてしまっている……
――それから、裸のまま濡れた髪をバスタオルで拭いている場面……化粧台の椅子に脚を組んで座っており、上半身を屈めているために黄金に煌く髪が前へと流れている、豊か過ぎる胸の大部分が見えてしまっているが、かろうじて先端部は垂れる髪が隠しているという際どいものであった……
――次は髪を拭き終えた後なのであろう……レースがヒラヒラしている上品な白のフレンチパンティを履いてはいる、しかし上半身はまだ裸……首にバスタオルを掛けておりそのタオルが胸の先端をギリギリで隠している……水差しから注いだ水をグラスを傾けてグイ~っと飲んでいる場面であった……水滴なのか汗なのかは判らぬが、顎を上げた白い首筋にツ~っと一筋の光が流れていた……
――こ、これはちょっとサービス過剰なんじゃないのか……イルビスはなんでアリーシアのこんな姿をオレに見せるんだ……と、訝しみ始めたのはかなり透け透けのネグリジェを着て色っぽくベッドに寝そべる場面に変わってからであった……ネグリジェの向こう側に薄っすらと胸の先端が透けているのが確認できる、オレが今精神体でよかった……生身なら絶対に鼻血を噴き出している……
――どうやらこのイメージはアリーシアの私室での姿である……我が家の二階ではこんな天上の楽園のようなシーンが毎日繰り広げられているらしい……しかしアリーシアのこんな場面が偶然で流れてくるであろうか……?
――しばし考えを巡らせた結果、出た答えは否である……全てのイメージがアリーシアの姿であった、イルビス目線のイメージであるにもかかわらずそこにイルビスの情報は何一つ入っていなかったのである……ということはイルビスは意図して自分の情報を隠し、代わりに自分の持つアリーシアのイメージがオレへと流れるように置き換えていたのであろうと推測できた、言語情報の礼という意味も含めたサービスカットなのであろうが、こんなことアリーシアに知れたらとんでもない事態になるであろう……
――全くコイツは、意地っ張りの恥ずかしがり屋にも程があろうに……と、イルビスの精神体を眺めているとようやく言語のダウンロードが終了したようである、精神体の下から伸びていた光の筋がシュルシュルと戻ってきて無くなるや、イルビス全体がボウッ……と発光し始めた。
――言語の取得を終えて覚醒モードにでも移行したのであろうか、発光はどんどん強まり金色の粒子と化したイルビスの精神体はザァッ……と流れるように移動を始め、呆気に見守るオレの目の前から自分の義体へと戻って行ってしまった……
――あれだけ苦労したのに終わる時はずいぶんあっさりとしたものである……とは言え休眠中の女神の義体から精神体を引き出すという実験は一応成功したようであった、イルビスのオレへの信頼度が高かったのと、言語情報のダウンロードついでの実験ということではあったが、ミツハの望みに応えることができる可能性はかなり高まったと言えるのではないであろうか……
――フムと頷いたオレはスックと立ち上がった、さてと……オレも戻るとするか……
目を開いたのはほぼ同時のイルビスとオレであった。
ただ、オレの方は目を開くと同時に胸倉をグイッ! と掴まれた……
「タクヤアァッ‼ アンタどんなコトやってたのよおおぉ~っ⁉」
いきなりガクガクとオレを揺さぶりながら叫ぶローサの顔が目の前にアップになっている……もちろんオレは何が何だか分かるワケもなく、ただ仰天してしどろもどろになるしかない……
「な、なっ……? なんだ? オレが……どうかしたのか……⁉」
するとイルビスはゆっくりとソファの上で身を起こし座り直す、ローサが騒がしいのはいつものことなのでほとんど気にも留めていないようであった、が、なんだか違和感を感じたようで訝しんだ口調で話し出す。
「む……? なんじゃ? 身体がダルくて重いのう……じゃが妙にスッキリした感じもするぞ……? 変じゃのう……? 休眠状態になった副作用じゃろうか……」
オレもイルビスも、見守っていた三人がついさっきまでパニック状態であったのを知る由もない、当然何が起きていたのかも全く知らないのであるから場の妙な雰囲気に戸惑うばかりである……
勢い込んでオレを責めたてようとしていたローサも、当のオレとイルビスが何も分かっていないようだと理解したのであろう、とりあえずオレの胸倉から手を放し、どう説明していいものだか困ったような表情で黙ってしまった。
「んん……? なんじゃ? 私が休眠中に何かあったのかの……?」
イルビスがダルそうな声で尋ねる……見守り組の三人が少し赤面しながら何か言いたそうな顔をしつつ、しかし言葉がなかなか出てこない様子でオレとイルビスを交互に眺めているのに気付いたようであった。
明らかにオカシイ場の雰囲気と三人の視線……そしてなにも分かっていないオレとイルビス二人の「?」という顔……しばしの間この状態が続き馬車内はガタゴトと車輪の音だけが渡っていた……が、そこへアリーシアがこのままではらちが明かないと思い切ったのであろう、イルビスの元へと進み出ると彼女の耳へボソボソと耳打ちを始める……
最初は怪訝そうな顔でアリーシアの囁きを聴いていたイルビスであるが……
「――え……えぇっ……⁉」
説明が進んでいくうちに目がだんだんと見開かれ、頬はサーッと朱に染まっていく……驚愕の表情が貼り付いた顔になり、ワナワナと震え始めたかと思いきや説明が終了する頃には、アワワワ……と真っ赤な顔でプルプルしつつ固まってしまっていた。
アリーシアは包み隠さず休眠中のイルビスの様子を伝えたのであろう……皆の目の前で色っぽく喘ぎつつ何度も絶頂を繰り返していたと言われれば、いくら奔放な性格のイルビスとて羞恥極まるのは当然である……
そしてハッ⁉ っと何かに気付いた素振りのイルビスは無言のまま、ソ~っと自分の脚の間……スカートの中へと手を差し込んだ……途端にスカートの奥から……
『クチュッ……』
と、湿り気タップリの音が聞こえてくる……何度もイキまくって下着はグッショリなのであろう……絶望的な赤面顔になりながらスカートの中から抜かれて戻った手を見ると、中指と薬指の先はヌラヌラと濡れて光っているではないか……アリーシアの説明を疑っていたワケではないのであろうが、確認せねば気が済まぬところはさすがイルビスであった……
これでイルビスは全ての状況が把握できたであろう……だがそこで問題なのは、このオレがまだほとんどワケの分かっておらぬ状態だということである……
もちろん今までの女性陣のやり取りは見ていたので、なんだかかなりエッチな案件が持ち上がっているのだということはなんとなく把握することができていた……しかし、ソレにオレが関係しているのか……? 関係しているとすればどのような絡みになっているのか……? などということは全く分かっていないのである……
無遠慮に、何があった? と尋くのは躊躇われる雰囲気であった……不用意な一言が誰かの、もしくは女性陣全員の怒りを買う恐れを内包している予感がするのである……かと言って素知らぬ顔で平然としていられる空気でもない……明らかに見守り組の三人は何か言いたそうな顔でオレとイルビスを交互に見ているのであった……
しかしその時、真っ赤になってワナワナしていたイルビスがようやく我に返ったようであった、羞恥やら怒りやら猜疑心がたっぷりと含まれた震える声がオレへの質問となってその口から発せられる……
「タクヤよ……お前……私の精神体を……どのようにして運んだのじゃ……?」
そう問われた瞬間ギクリとするオレである……まさかあの運び方が問題になっているのか……? と、慌てそうになるのをグッと堪えて表情に出さぬように応えを返す。
「どのように……って……ふ、普通に……」
だが、これで誤魔化されるイルビスではもちろんなかった……
「普通にとは……どのような運び方じゃ……? 隠さず正確に申してみよ……」
「う……え、え~と……ボ、ボディースラムの……持ち方……」
鋭い視線を向けてくるイルビスに、目を合わせられないオレは斜め下へと視線を逸らしながらボソボソと答える……するとやはりこれだけでは理解不能なのであろう、かなり怪訝そうな声音で質問が重ねられる……
「ぼでぃー……すらむ……じゃと……? それは一体どのような持ち方なのじゃ? 詳しく説明せいっ!」
やはり突っ込んで来たか……とオレは半ば諦めの心境になりながら、言葉ではなかなか説明し辛いので、これも怪訝そうな顔で揃ってオレを見ている女性陣の中からローサを呼んだ。
「ローサ、ちょっとこっちに来て立ってもらえるか? そうそう、真っ直ぐ立って両脚を肩幅くらいに開いて……」
少々不機嫌そうに見えるローサであるがイルビスの質問への答えが気になるのであろう、拒否する素振りもなく言われるがままに従ってくれる……
「え~と……まずこうやって……」
ローサへ向き合って立つや、左腕を彼女の首の付け根あたりへ通すとそのまま背中まで回してガッチリと押さえる……オレが身体を少し斜めに傾けながら抱き寄せる図になった。
「あ……」
グイッと抱いた形になったのでローサが少々躊躇った声を出す、照れているようであった……だがそんなほんのり甘い感覚はオレの次の動きにより一瞬で消し飛んでしまうこととなる……
続けてオレはなんとローサの股の間へと勢いよく右腕を差し込んだ……ズボーッ! っと差し込んだ瞬間、反射で柔らかい太腿がオレの腕をギュゥッっと挟みつけてくる、それと同時にローサの口から悲鳴も迸った……
「みぎゃあぁぁあぁあぁぁ~⁉」
腰を引いて逃げようとするローサの身体を逃がすものかと、股間に突っ込んだ右腕を尻の上まで回ししっかりとホールドする……そして有無を言わさずそのまま弧を描くように勢いをつけて持ち上げる……
さほど身長の高くないローサとは言え、やはり精神体とは違い生身の身体は重かった……しかも持ち上げられながらジタバタ動くものだから体勢を保持しておられずスグに降ろす……まあでも、コレでボディースラムの持ち方は把握できたであろう……と、周りを見回すと……
しばし馬車内はシ~ン……と静まり返っていた……
あっ?……あれっ……⁇ とキョロキョロするオレの目には、女性陣全員が両の脚を強くピタリと閉じながら掌で股間の前をギュッと護るように押さえている姿が映る……
「きっ……貴様っ……! そっ……そんな持ち方で私の精神体を運びおったのかっ……⁉」
そして真っ赤な顔でガクガクしながらイルビスが尋いてきた……驚愕に震えつつ羞恥で目の端に涙が浮かんでいる……
「いっ、いやっ! だって、こうでもしないと運べなかったんだよっ! 精神体ってさ……妙に軽くて柔らかくて滑り易くて……普通に抱っこしただけじゃスグに腕からすり抜けて落ちそうになっちまうんだ……オレも色々考えたんだぜ……?」
慌てて言い訳するオレであるが女性陣は全員、信じられない……といった感じでドン引きしている、イルビスも二の句が継げぬ様子で唇をワナワナさせているだけであった……流石にこうなるとオレは、トランス状態の間に一体何があったのか、状況を正確に把握せねばならないな……と感じ、未だに股間をガッチリ押さえている女性陣に恐る恐る尋ねるのである……
「な……なあ……オレがイルビスの精神体を運んでいる時に……何があったんだ……? そんなに大変なコトがイルビスに起きたのか……?」
「うっ……そっ、それは……」
尋いた途端にイルビスは赤い顔を斜めに背けて俯いてしまう、他の女性陣も全員がなんだか恥ずかしそうに目を泳がせてオレの方を見ようとしない……コレはよっぽどのことがあったんだな……と、これ以上尋いてはイケナイ雰囲気にオレも言葉を失ってしまった……
すると、そんな場の空気を一変させるように突然アリーシアがスックと立ち上がる……一度浅く深呼吸をするやオレへと真っ直ぐに向かい、なるべく平静を装った感じで、少々上ずってもいる声ではあったが静かに告げ始める……
「いいえ、タクヤさんが精神体を運ぶ実験をしている間……何も変わったことはありませんでした」
「えぇっ……⁉ で、でも……」
明らかに全員様子がオカシイのに何もなかったというのは……と、戸惑うオレの言葉を制するようにアリーシアは再び静かに、だが有無を言わせぬ圧を込めて繰り返す。
「何 も あ り ま せ ん で し たっ、ねっ? 皆さん?」
そう言いつつ周りへ同意を求めるや、途端に他の三人はハッ⁉ と顔を上げながら慌ててウンウンと頷き同調を始めた……えぇ~~⁉……となるオレへアリーシアに続いてローサも。
「そっ、そうよっ! 別に何も変わったコトなんてなかったんだからっ!」
そしてイルビスも。
「そっ、そうじゃぞっ! 何ら変わったコトなどなかったようじゃのっ! 実験もそこそこ上手くいったようじゃし、よかったのうっ!」
と、白々しく口裏を合わせるように言う……ローサには覚醒と同時に胸倉を掴まれたし、イルビスはスカートの奥からクチュッと聞こえてきたが、それでも何もなかったと言い張るようであった……
まあ、ココで執拗に突っ込むと絶対に激しい反撃が来るのは目に見えている……何もなかったと言うのであればそういうコトにしておけばイイか……と、無難で平和的な選択を採ったオレは鼻からフ~ムとため息をついて肩の力を抜いた、と、そこにアリーシアがにこやかな表情でオレへ向けて……
「次に精神体を運ぶ実験をされるときは、今度は私がお手伝いしますから、いつでもおっしゃってくださいねっ!」
その顔はにこやかではあるが、なぜか少々怖いと感じてしまったのである……