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出立とソーセージとフィリアの災難と



 ゴトゴトと軽い振動が心地よく身体を揺らし、馬車の窓からはまだ早朝の陽の光が眩しく差し込んでテーブルの上のグラスに乱反射している。


 ドラゴスレイ子爵邸での二泊の逗留を終えて旅を続ける馬車の中では、我が家の一同五人が少々グッタリとした面持ちで座席ソファーへとその身を預けていた。


 疲れ気味なのはいたしかたないであろう……朝陽が昇ったばかりの子爵邸の前庭で別れを名残惜しむ子爵への辞去の挨拶を済ませ出発すると、その後のハナヤマ村中では街道へ抜けるまでの間、村人が総出でオレたちの馬車へと手を振ってくれるものであるからなんとも盛大なパレード形式のお別れ行進をするハメになってしまったのである……


 当然オレたちは車窓からにこやかに微笑みつつ手を振り返さねばならず、御者のフィリアも気を遣って極力ゆっくりと馬車を進めるものだから、村を出る頃のオレの顔はすっかり笑顔の形が貼り付いて強張ってしまっていた。


 村を抜けてしばし経った今はなんとなく気だるい沈黙が落ちて静かな馬車内であった、ウチの女性陣が静かなのだ……それだけでもハナヤマ村での二泊がいかにハードであったかが窺い知れるというものだ……思い返せば観光を楽しむだけのつもりであったのに、ウォルトさんの救出から親子竜との戦闘、それから酔っぱらったアリーシアが暴れたり、王都へ竜の骸を運んだり、トドメは宴会場へ原初の八柱である時を支配する女神の乱入である……盛り沢山過ぎて未だに昨日までの二日間の出来事であったとは信じられないほどであった……


 昨夜、スーワーンが去った後の宴会場では、通常の空間へと戻ったオレたちのボックス席へスグにセルピナが飛び込んできた、そういやスーワーンの神気に気付いてこっちへ来ようとしていたんだっけ……と考えつつ、何だったの今のっ⁉ と喚くセルピナをなだめながら、ほとんど時間の経過が無かったかの状況に、やはりオレたちは時の流れから切り離された空間に居たんだな……と改めて認識したものである。


 そのセルピナに大雑把な説明をしたのだが、どうやら時の女神やスーワーンの名について思い当たることは無いということであった、セルピナの知識自体が原初の八柱に関してはとても少なく、八柱の持つ属性など基本的なものしか知らぬとの言であった。


 宴会も終わった夜半過ぎ、名残を惜しむ半裸の村の青年たちに見送られながらイルビスの次元の裂け目でBBと共に帰って行ったセルピナである……まあ見た目は褐色美人であるので人気が出るのは分かるし、漁師の村で培った姉御肌な性格は若者にとってはかなり魅力的に見えるようでもあった……若者の中には涙ぐんで別れを惜しむ者まで出て、セルピナのぶっ壊れた性格を知る我が家の女性陣は口をあんぐりと開けてその様子を見ていたものである……


「なんだか疲れたのう……」


 ソファーにダラ~ンと座るイルビスがボソっと呟いた……この旅で一番楽しそうにはしゃいでたコイツが言うのである、いわんや他の一同をや……というところであった、案の定ローサもグデ~っとしながら相槌を打つ。


「そ~よねぇ……忙しかったわよねぇ~……」


「ですねぇ……なんだか寝不足な感じがします……」


 アリーシアもイルビスとローサの言に同意のようであった、実際にここ二日間の睡眠時間は十分とは言えまい、さすがにアリーシアとサマサは背筋をピッと伸ばしてキチンと座ってはいるが、体が休息を欲しているのであろう先程から目を瞑っていることが多かった。


「まあ、次の目的地のハナモリ村までは二、三日かかるからな……ゆっくり休もうぜ……」


 ローサやイルビスに負けぬほどグッタリとしたオレが言うと同意の空気が馬車内に流れた、元気さに関しては底なしと思われていた我が家の女性陣すらお疲れの様子なのだ、オレがヘロヘロになるのも無理からぬことであろう……


「ねえタクヤ? ウォルトさん本当にアレでよかったの……?」


 ローサがオレへと尋ねてきた、アレというのは荷馬車の方に乗っているということであろう……もちろん出発時にはオレたちと一緒にこちらの馬車に乗るように言ったのである、だがウォルトさんは扉を開けて馬車内を一瞥すると、いや、ワシはこっちに乗らせてもらおう! と言うや否やハナヤマ村への祝儀品などが積んであった、今は空になった荷馬車へと飛び乗り荷物にかけていたシートを布団代わりにしてゴロリと横になってしまったのである……


「ワシはああいう屋根付き馬車は苦手でな、どうにも狭苦しくてかなわんのだ……こちらの方が伸び伸びと寝れてよっぽど心地良い、ガッハッハ!」


 と、豪快に笑われては無理にこちらへ誘うこともできずそのまま出発した次第であった。


「オレたちに気を遣ってくれてる部分もあるんだろうけどな……んでもこっちの馬車が狭苦しいって気持ちもなんか……すごく分かる気がするな……」


 常人離れした巨躯のウォルトさんである、おそらくオレたちと一緒にソファーに大人しく座っているのはかなりの苦行であろうと思われた……それは女性陣も理解できるのであろう、フ~ム……と皆が納得せざるを得ない顔になってしまうのである。



――心地良い馬車の揺れにいつの間にか寝入ってしまっていたようであった、のっそりと身を起こして見回すとオレの起きた気配で目を開いたサマサ以外は皆が目を瞑って静かに寝息をたてている。


 レモン水の残っているグラスを手に取りグイっと飲み干すとサマサがすぐに注ぎ足してくれた、瓶からレモン水が注がれるコポンコポンという音で目が覚めたのであろう、ローサがンガ~っとノドチンコが見えそうな程の大口を開けて欠伸をするや、イルビスは猫のように背を反らして伸びをし、アリーシアは優雅に口元へ手を当ててお上品な欠伸をする。


 時刻はもう昼近くであろう、窓からの陽光は真上付近から射し込んでいるようである、少々早目のお昼寝から目覚めた眠り姫たちの顔は早朝とは比べ物にならなくらいスッキリとしたものになっていた……


「のう、タクヤよ」


 イルビスが伸びをしたあと、首を左右にコキコキ動かしながらオレへと声をかける。


「ん~?」


 仮眠をとって元気になってしまったのであろう……もうすでに何か面白いコトを探し出そうとする彼女の雰囲気をその声に感じ、もう復活しやがったのか……と、返すオレの返事は少々ゲンナリしたものであった、しかしそんなオレの気など知ったこっちゃないであろうイルビスは楽しそうに続けた。


「次の目的地はハナモリ村じゃったのう……? どんな所なのじゃ?」


 どんな所と尋かれてもオレだって行ったことがない……まあ、それを承知でイルビスも尋いているのであろう、オレは子爵邸で見せてもらったドラゴスレイ領の各村の資料からウチの女性陣が興味ありそうな部分だけを脳内でピックアップして披露する。


「え~と、ハナモリ村は今は人口九十人ほどだな……良質の木材生産が主な産業になっていて、村全体が製材業を営んでいる感じだそうだ……周囲が大森林だから伐採しながら村を少しづつ広げてるらしい、製材の主な販売先はやっぱり王都みたいだな、あと木工製品も多少作っているとか……木製の食器とか、簡単な椅子やテーブルなんかも王都方面へ運んでいるっていう話だぞ」


 別に、わ~っ! スゴ~イ! というような反応を期待したわけでもないのであるが、オレの説明を聴いた我が家の女性陣から返ってきたのは、ヌ~ン……というイマイチ面白くなさそうなジト~っとした視線である……


「な、なんだよお前らその顔は……しょうがないだろっ⁉ 行くトコ全部が観光地ってわけにもいかないんだぞ? ドラゴスレイ領の村への挨拶回りが目的なんだからなっ⁉」


「いや……それは分かっておるのじゃがな……木を伐採して製材してるトコを見ても面白くもなんともないじゃろ……」


 こ、この我儘女神め……と、プルプルするオレへ、さすがにイルビスのこの言葉は言い過ぎと思ったのであろう……アリーシアがとりなすように間へと入ってくる。


「ま、まあいいじゃないですかっ、木のお皿なんて素敵ですよねっ、そうだっ! 教会の皆さんにお土産で買っていこうかしら~」


 アリーシアが気を遣ってくれるのは嬉しいのである、がしかし……一か月も出奔してた守護女神と大神官の帰りを泣きながら待ちわびて、ようやく戻ってきたと思ったらお土産と言われて木の皿を渡される神官の皆さんを思い浮かべると、なんとも不憫でやるせない気持ちになってしまうオレであった……


「それ考えると、やっぱりハナヤマ村って観光地だけあって楽しかったわよねぇ~」


 ローサがお行儀悪くソファーに寝転がったまま言うと、さすがにこのお気楽すぎる言葉に苦笑いするアリーシアとイルビスが。


「竜とかが出てこなければよかったんですけどね……」


「まともな観光ができたのは森林公園だけじゃったのう……」


 と、しみじみ振り返る……だがローサは能天気な声で続けた。


「だって、料理とかも美味しかったしぃ~、昨日の酒場で出されたのなんて初めて食べたものが結構あったわよ~、そりゃスーワーンは怖かったケド……」


 怖い記憶よりも楽しい思い出が優先して出てくるところはさすがローサであった……と、そのときふと目の端に、飲み物の棚の横に座るサマサが少し緊張した面持ちになり目を伏せ気味にするのが見えた……「?」と思いオレはそちらに目を向けるのであるが、他の三人は気付かずに話を続けている。


「そういえばメイプルジュースもなかなか美味じゃったぞ? アケビ酒はどうじゃった?」


「あ、アレすっごく美味しかったわよっ、アケビの香りがね、ふわ~んって香って……今度サマサに作ってもらおうか? ってタクヤと話したりしてたのよね~……」


 ここでなぜかローサとイルビスの会話がハタと途切れる……二人で顔を見合わせて、何か大事なコトを忘れているんじゃないか……といった考え込む様子になった、それに併せてオレの視線の先ではサマサが両ひざの上の掌をギュっと固く握りしめたようだ……アリーシアも途切れた会話に「?」と不思議そうに目を向ける……


「はて……? 何か大事なコトを忘れている気がするのじゃが……」


「イルビスも? そうなのよねぇ~……なんだったかしら……」


 首を捻る二人の言に、オレはサマサが細かくプルプル震え始めたのを訝しみながら眺めている……これはまさか……と、思った瞬間にローサとイルビスの頓狂な声が重なって響いた!


「あああぁっ!」


 どうやら同時に思い出したらしい……言うなりガバッ! とサマサへと顔を向ける二人へ、ヒィっと小さな悲鳴を漏らしながら、ギャ~ッ来たっ⁉ といった表情になる家政婦さんであった……


「サマサ~~~」


 ニヨニヨとイヤな笑みを浮かべながら呼ぶローサとイルビスに、ひいぃ……と追い詰められた獲物のようにプルプルするサマサである、アリーシアもアッ! と察した顔をしてどうやら思い出したようであった……そうである、昨夜の宴会場ではスーワーンの強烈な乱入でウヤムヤになって忘れられていたが、フィリアのお誘いで連れ出されたサマサがその後どうだったのか……一体どんな話をしてどんなコトをいたしたのか……コイツら三人が追及せぬわけがないのである……


 あわわわ……と赤くなるサマサに、ヌヘヘヘ……と笑顔でジリジリと圧をかけるローサとイルビス……その後ろには興味津々顔のアリーシアも続く……なんともピンチな状況のサマサであった。


「ねぇサマサ~? 昨夜は楽しかった~?」


「そりゃあ彼氏がお誘いに来てくれたのじゃからのう~、楽しかったに決まっておるよの~?」


 ゲス顔をしたローサとイルビスの先制連携の開始である……


「あ、あのっ! サマサさんっ、あちらでレンゲ蜜のカクテルでもいかがですかっ!」


「つ……連れていっていただけますか……」


 ローサがフィリア役、イルビスがサマサ役の小芝居まで入った……


 サマサはというと当然のことながら真っ赤になって固まってしまっている……昨夜見ていた限りではなかなか良い雰囲気で話も弾んでいたようなので、悪い意味で困っているのではなく恥ずかしいだけなのであろう……まあ、後ほどローサとイルビスにこのように追及されることも想定していたのであろうから、オレとしてはここは口を挟まずに黙っていることとする。


「それではまず、サマサに昨夜の感想を発表してもらおうかのう~! さぁっ! サマサよっ、どうじゃったっ? どんな感じじゃったっ?」


 小芝居の後ウヒャヒャと笑っていたイルビスが身を乗り出して尋ねる、サマサが恥ずかしがるものだから余計に面白いのであろう……困りきった表情で真っ赤になっているサマサへホレホレと促し続けていると、可哀想なサマサはそれでも真面目な性格のゆえであろう……焦りながらもなんとか問いに答えようとしどろもどろになりながら口を開いた……


「あ……あのっ……あのっ……感想……ですか……? そ、その……さ、最初は……」


「最初は……?」


 ローサとイルビスに加わってアリーシアもググッ……と身を乗り出している。


「さ……最初は……硬くて……ちょっと痛いかな……って……感じました……」


――恥じらいながら消え入りそうな小声で言うサマサのその言葉に、馬車内の空気が瞬時に固まった……


 誰も何も言い出せなかった……今さっきまでヤラしい笑みでサマサへと圧をかけていた三人が、今は少し蒼褪めた顔で口をパクパク動かすのみであるのだ……オレにしてもそうである……目を剥いて、うえぇっ⁉ という顔で固まっているのであった……


 しかしサマサは気恥ずかし過ぎて周囲の様子を窺う余裕すらないのであろう……まるで石化したようなオレたちにも気付かずに、テレテレ状態になりながら言葉を続けていく。


「フィリアさんって……結構華奢な体型してますよね……でもやっぱり男の方なんだなって……思っちゃいました……カチカチになってて……すごく硬かったんです……」


 そんなサマサの声がオレたち四人の右耳から入って左耳へ抜けていく……まさかあのウブなサマサが……いやしかしウブだからこそ何も知らずに……いやいや、だからってこんなに急な進展があるとは……オレたちの脳内はこんな感じでグルグル回転しながら大混乱になっていた。


 しかして、ここで石化していた三人のお姉さまのうちローサが突然動き出した……いや、動き出すどころか、ガッシ! と己の頭を抱えて髪をワシャワシャしながら立ち上がり、天井へ顔を向けて絶叫し始める……


「あああぁあああああぁ~~~っ‼ サマサに先越されちゃったあああぁああぁ~~っ‼」


 その絶叫で石化の解けたオレは、な……何言い出しやがるんだコイツ……と唖然としながらローサを見る、するとそこへガクガクしているイルビスの呟く声が聴こえてきた……


「ロ、ローサよ、お、落ち着かぬか……サ、サマサは……お、お、大人の階段を駆け上ったのじゃ……普段から、りょ、料理も得意であろ……? ソ、ソ、ソ、ソーセージを扱う感覚だったのであろうよっ……」


 何言ってんだ、お前が落ち着け……と、言おうとしたところへ今度はアリーシアの半分裏返った声が通る。


「い、いいではありませんかっ! そ、そこに愛があれば、サ、サマサさんは何も悪いコトはしていませんっ! ソ、ソ、ソーセージ……でも、たっ、たとえ……ウ、ウィンナーであっても……愛があれば関係ないんですっ!」


 いや、愛の女神も落ち着け……論点がソーセージに傾き過ぎているぞ……などと思っているとアリーシアが勢いそのまま前へ進み出て、混乱するお姉さま方三人を茫然とした表情で見ていたサマサの両手を優しくしっかり握りしめた。


「ふえぇっ⁉ ア、アリーシア……さま……?」


「サマサさん、大人の女性になられたのですね……若鳥のケチャップ煮でお祝いしなければですね……」


 若鳥のケチャップ煮とは、どうやら物質界で言うところの赤飯に相当するらしい……澄ました笑顔で言うアリーシアであるが、やはり脳内はとんでもなく動揺しているようであった……


 しかし、アリーシアのこの言葉で混乱の極みであったローサとイルビスの思考も方向性を得たようである……表面上は落ち着きを取り戻して、優しい眼差しでサマサへと語りかけ始めた。


「そ、そうじゃのう……女性ならばいつかは通る道じゃ……ここは祝うべきであろうな……」


「そうねぇ……先を越されちゃったのは少し悔しいケド……でも、サマサにも幸せになってほしいもんねっ……おめでとうっサマサ!」


 お姉さま方に口々に祝われるサマサである……が、オレにはそう言われた彼女の頭の上にでっかい「?」が浮かんでいるようにしか見えない……実際サマサは真っ赤になりながら、ほえぇ⁉ と訳のわからぬ顔をしているのであった……


 そしてまた、話の方向性がズレていくのもウチの連中ならではのいつものコトである……アリーシアが少し真剣な面持ちでサマサへと尋ね始めた。


「サマサさん……フィリアさんはもちろん責任を取るとおっしゃってくださっているんですよね……?」


 突然そう言われたサマサ当人は見事に目を丸くして、ほぇ? と、頭上の「?」も三つほどに増えた様子である……


「まさかサマサ……何も言ってもらえてないの……? ダメよっ! 女が大人しくしてたら、男って無責任で調子にのるものなんだからっ‼」


 不思議そうな顔をするサマサを見るやローサが勢い込んで言い出した、なんだか遠回しにオレへも言っているような……そんな含みのある言葉のように聞こえもするんだが……イヤ、オレはそんないい加減なコトはしていない……つもりである……


「え、え~と……アリーシアさま、ローサさん……一体何を……? 責任って……?」


 しかしサマサは一層キョトンとした顔になり首を捻り始める、全く訳が分かっておらぬようである……対してそんなサマサを見るお姉さま方は焦れた様子であり、アリーシアが赤くなりながらも心配そうに問うた……


「だ、だってサマサさん……彼に……さっ……捧げちゃったんですよね……?」


「ほぇっ⁉ 捧げるって……?」


 続けてローサも頬を真っ赤にしながら問いかける……


「かっ……彼の……かっ、カチカチに硬いモノで……痛くされちゃったんでしょ……?」


「え……? あ……ああぁっ⁉」


 ローサのこの言葉がきっかけで一連の話の意味をようやく理解したのであろう……サマサの目は大きく見開かれていき顔はさらにボワッ! と真っ赤に染まっていく……瞬時に言葉が出てこないのであろう……ち、ちがっ、ちがっ……と呟きながらもどうしたらよいのか判らない状態でオロオロになっていた……


「――ええいっ! まだるっこしいのじゃぁ‼ 私がフィリアに一言ビシっと言ってやろうぞっ‼」


 突然イルビスが、バンっ! とテーブルを叩きながら立ち上がった、そして男前な思い切りの良さを見せる美少女は馬車内の前方に付いている御者と会話をするための小窓へ向けてズカズカと進んで行く。


「ち、ちがっ……イルビスさん違うんです……」


 慌ててサマサが止めようとするのであるが、鼻息荒く進むイルビスは気付かぬのであろう……小窓に手をかけると勢いよくバンッ‼ と開いたではないか……


「おいっ! フィリアよっ! よく聞くのじゃ‼」


「うっ、うわっ……⁉ えっ⁉ イ、イルビス様……⁇」


 いきなり開いた小窓から、しかもかなりキツ目の口調で怒鳴られたのである……フィリアの驚いて動揺した声が小窓の向こう側……御者台から聞こえてくる、真面目に御者役をこなしていたところへ背後から突然怒鳴られたフィリアも災難であった……


 そんなフィリアへ勢い込んだイルビスが続けて物申そうと口を開いたその時であった……


「違いますっ‼ イルビスさんっ違うんですっ‼ 硬いと言ったのは……フィリアさんの掌のコトなんですっ‼」


 真っ赤な顔のまま必死になって叫ぶサマサの声が馬車内に響いた……


 しばし車輪の音だけがゴトゴトと鳴っており、誰も言葉を発しない静かな時が過ぎる……全員がサマサへと首を向け口を半開きにしたまま固まっていた……イルビスも振り向いて固まりつつサマサを見つめている……



 やがてハッ⁉ と気を取り直したかアリーシアがようやく口を開いた……


「あ、あの……サマサさん……て、掌って……?」


 問われたサマサは恥ずかしすぎるのであろう……目に涙さえ浮かんでいる紅潮した顔で、身体も小刻みにプルプル震わせながらも小さな声で応え始めた。


「さ、最初に私の手を取ってくださったとき……フィリアさんの掌がすごく硬いなって……感じたんです……カウンターでお話を聞くと、毎日何百回も剣を振っていらっしゃるって……掌を見せていただいたら、何度も潰れた豆がさらに硬くなってて……すごいなって……思いました……頑張り屋さんだなって……私……そのことが言いたくて……」


 言い終えたサマサの俯いた目から清らかで美しい小さな涙の粒がポロっと落ちた……サマサらしいとても純粋で優しい話であった、オレは聴きながら腕組みしつつウンウンと何度も頷いてしまう……そして次に一言も発することのできぬ状態で真っ赤になっている三人のお姉さま方を、薄汚れたモノを見る眼付きでジト~っと見回すや口を開いた。


「アリーシア、ソーセージがなんだって……?」


「う……ううぅっ……」


「ローサ、先を越されたって何のことだ……?」


「ぐっ……くうぅっ……」


「イルビス、窓を開けてフィリアに一体何を言うつもりだ……?」


「ぬ……ぬぐぅぅ……」


 三人ともグゥの音も出ない……いや、呻き声くらいは出たが真っ赤になってプルプルしているだけである……


「あ……あの……イルビスさま……?」


 戸惑ったフィリアの声が御者台から呼んでいる……そりゃあ、よく聞くのじゃ! と怒鳴られた後、何も言われず放置されれば困惑もするというものである、しかし勘違いと判った以上は、フィリアへソーセージの苦情を申そうとしていたイルビスは何も言えなくなってしまった……


 手綱を握っているので前方をチラチラ確認しながらも「?」と不安そうな顔でイルビスを見るフィリアへ、むぐぐ……というきまりの悪そうな表情で向き直るイルビスである……しばしの間無言の対面が続いたが……


――ピシャッ‼ とそのまま小窓は閉じられてしまった。


「え? えぇっ? 一体何が……⁇」


 可哀想なフィリアであった……



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