読み合いと真の目的と釣り餌と
「ちょ……ちょっと待て……なんでそうなるんだ……?」
ニコニコしながら平然とこちらを見るスーワーンに比して、オレは青褪めてカクカク震えながら異議を唱える……
少し会話が進んで安心感が出てきた途端にまた突然切り込んできた……その狡猾な手法に慄きながら改めて思い起こすと、やはりスーワーンがここに現れてからの僅かな間にオレたちは八方塞がりの状況に追い込まれていると痛感させられてしまうのである……
まず周囲は彼女の創り出した真っ暗闇の空間であり、時間の流れより隔離されたこのボックス席から外へ逃れる術をオレたちは持たぬであろう……そしてその中で交わされた会話はその殆どがこちらの知る限りの知識を吐露させられた感じであった……こと、この状況に至ってようやく現状が目の前で微笑む純銀の女神の思惑通りの展開になってしまっていることに気付かされたのだ……
「だから言ってるじゃない、タクヤはつい最近までの物質界の言葉をたくさん知っている貴重な存在なのよ? しかも今話してみて確信できたわ……柔軟な思考ができるし回転も早い……あなたなら分かるでしょ? 全知の書院に眠る知識がどれだけ素晴らしいものであっても、情報を検索する者が無知であれば何の意味も成さないって……」
オレたちが追い詰められていることに自覚を持ったと察知したか、スーワーンの落ち着き払った話し方にはこちらの選択肢を徐々に奪っていく余裕さえ感じられる……だがその余裕が焦るオレの中に僅かな疑問を抱かせた……
「そ、そうだ……スーワーン……オーブは女神じゃなきゃ……いや、少なくとも女神に近い力を持っていなきゃ使えないんじゃなかったのか……? 人間に使えるものなら世間に少しは広まっているだろうし、全知の書院の存在だってある程度は知られているハズだろ? 真名を示せる女神と女神の血を引く半神、義体に入っている精霊にしかオーブを使用できないなら、人間のオレを書院へ連れて行く意味はないんじゃないのか……?」
「あ、あら……そのことは知っていたのね……」
オレの言葉は会話の流れを少しでも変えようと苦し紛れに問うたものでもあった……しかしなんと意外なことにこの言葉でスーワーンは微かな動揺を見せたのである……今までずっとオレを見つめ続けていた余裕のある視線も斜め下へと逸れていた……僅かな変化ではあるが、まるで完璧であったハズの計算の中に思いもよらぬ間違いを見つけ出したかのような……そんな彼女の狼狽を感じ取れたのである……
初めてスーワーンの感情を読み取れたオレは当然驚いて目を見張っていた、ほぼ同時に背後から小さく息を飲む音も聞こえてくる……どうやらイルビスも気付いたようであった……ならばイルビスもオレと同じく思ったであろう……何かおかしい……と。
「――それは大した問題ではないわ、私は全知の書院の管理者よ? 私と一緒なら直接オーブを扱えなくても方法はいくらでもあるわ……」
瞬時に元の余裕を取り戻して言うスーワーンも流石である、しかし動揺を押し隠している雰囲気を完全に消すまでには至っていなかった……スーワーンもそれは自身で判っているのであろう……すぐさま会話の方向性を変えるべく、あろうことか今度は鼻にかかった甘い声に切り替えてオレを懐柔すべく切り出してきた。
「ねぇ……? タクヤはこの世界……いいえ、物質界と精神界の成り立ちの全てを知りたいとは思わないの……?」
しなっと身体をくねらせてまたズイっとオレへとにじり寄ってくる……しかもオレが最も興味がある事柄の一つを的確に提示してくるではないか……
「い、いや……知りたくないわけじゃないケド……でも……」
色仕掛けがオレに効果ありと見抜いているのでもあろう、ワザと両腕で自分の胸を寄せ上げローブの胸元から柔らかそうな真っ白い谷間を見せつけてくるスーワーンである……オレは身を後ろに反らして逃げ腰になるのであるが、やはり視線はどうしてもその胸元へと誘導されてしまう……そんな情けないオレの反応をズルそうな視線で窺っていたスーワーンは、さらにズズイっと寄りながら……
「一緒に来てくれれば……タクヤの知りたいことを教えてあげる……なんでも……全て教えてあげるわ……」
「うっ……うぅっ……」
「タクヤの望みも全部叶えてあげる……欲しいものがあればなんでも……もし私を望むのなら……この私も……」
「わっ……⁉ わわわわ、私も……って……ま、まさかっ……⁉」
「そうよ……あなたが望むなら……私とすっごくエッチなことだって……」
とんでもないことを言い出したスーワーンに対し、ギャーッ⁉ と真っ赤な顔で硬直するオレへ、トドメとばかりに彼女がググイっと乗り出してきたそのときであった……
――ガシィッ‼ と背後からオレの頭頂が鷲掴みにされ、そのままグググッと後ろへ引かれた……
「タクヤさんっ‼ 行ってはいけませんっ‼」
頭頂を掴まれ引かれているので弓のようにのけ反っている体勢のオレの背後から、アリーシアの怒りを含んだような声が飛んできた……いや、実際にかなり怒っているようであった……ガッシと頭頂を掴むアリーシアの掌の指先、つまり爪がオレのおでこにギギギッ! と喰い込んできたのである……
「んがぁっ⁉ あ痛だだだだだあぁっ⁉」
同時に左右の肩も背後からガッシリと掴まれて、ローサとイルビスの声も飛んでくる……
「そーよ! ダメよっ! 行ったら離婚よ離婚っ‼」
まだ結婚もしておらぬのに離婚をチラつかせるローサである……
「このタワケがっ! そんな口車に簡単に乗せられるでないわっ‼」
これもかなり怒気を帯びたイルビスの声である……だがオレは思った……どうしてこの人たちはオレがスーワーンの誘惑に負けて行く気だ、などと決めつけているのであろうか……
「あらぁ、お嬢さんたち、邪魔しないでくださる? タクヤ自身の意思が一番大切じゃなくて? 本人の意思を尊重しなければよね?」
目の前のスーワーンが余裕たっぷりの勝ち誇ったような口調で背後の三人へと言っている……この人もオレが誘惑に負けて付いていくと思い込んでいるようであった……
どいつもこいつも……己の信用度のあまりの低さにワナワナと身を震わせ、なかなか言葉の出てこないオレである……スーワーンに迫られていたときは頭に血が上ってアウアウしてしまったが、冷静になれば当然のごとく彼女に付いていく気など更々ないのである、キッパリ断ろうと言葉を考えていると、まだ怒りが収まらないのであろうか少しトーンの低い声でイルビスが喋り出した……
「スーワーン……一つ質問をしてよいかの……?」
「ええ、いいわよ? 何かしら?」
平然と応えるスーワーンへ、イルビスは深呼吸を一つして心を落ち着けた後思い切ったように続けた。
「荒地での古代竜との戦闘……一部始終を見ておったと……そう言っておったの?」
「……ええ、そうよ、見ていたわ」
「ならばじゃ……見ておったハズじゃぞ? ねえさまがタクヤの中へ入り、ウォルトを治療した場面も……」
「!…………」
「本来ならばそれこそが最も関心を惹くべきことであるはずじゃが……?」
「………………」
「なぜにスーワーンはそのことに一言も触れようとはせぬのかのう……?」
「……………………」
驚きの光景であった……イルビスの問いに答えられず、言葉に詰まったスーワーンが黙り込んでしまったのだ……オレはこの瞬間、イルビスが先程スーワーンの様子がおかしいと感じ取ってから、違和感の原因を解明すべく必死に考えていたのだと悟った……そしてその理由に到達したのであろうことが続く言葉で理解できたのである……
「スーワーンよ……タクヤを書院へと連れて行き、ねえさまのように融合する気だったのじゃな……?」
――――⁉
場を驚愕による静寂が覆った……イルビスの言葉で今までのスーワーンの言動が全てつながっていく……そうか……そういうことだったのか……と、視界が晴れたような思いになっていくオレの眼前では、クッ……と少し悔しそうな表情をしたスーワーンが顔を背けて沈黙しているのであった……
「書院の守護者たるスーワーンのことじゃから融合による共感現象を知っておったか、あるいは推測できていたのであろう……そしてタクヤの持つ知識を共感現象の中で得ることができると考えたのであろうの……タクヤの持つ物質界の最新の知識、併せてタクヤ自身の力の詳細も全てのう……」
イルビスが再び語り始めた内容に得心のいったオレも、それに合わせて口を開く。
「そうか……だからこんな状況をセッティングしたのか……オレの選択肢の幅を狭めて従わせるために……」
暗黒の中に漂うように浮くボックス席を見回しながら言うと、オレの言葉に頷くイルビスも言葉を継ぐ……
「そうじゃ、融合は互いに好意的な感情を持っておらねばならぬ……女神が人の中へと入るための条件でもあるのじゃから当然スーワーンも考えたのであろう……タクヤに敵対心を持たれぬよう、且つ興味を持ってもらえるようにとの……会話をして警戒心を解きつつ誉めそやし、好奇心を煽り、そして誘惑する……私たちが逃げることすら叶わぬこの空間の中で、スーワーン自身のみ圧倒的に有利な立場を保ちつつ、それでいてタクヤがギリギリ許容のできる条件を与えてさも自発的に選ぶように仕向ける……全てお前を連れ去り融合するのが目的で考えられたものであったのじゃ……」
「なるほどな……だからスーワーンはオレがオーブの力を使えないことを指摘したときに動揺したのか……最初から融合することのみが前提だったから、オレの指摘に対する解決策を考えていなかったんだな……」
「その通りじゃ、その唯一の誤算があったがゆえに私も気付くことができたのじゃ……それがなければどうなっておったかは全く分からぬ……そうであろ? スーワーン……?」
イルビスが声をかけると、それまで黙ってオレたちの会話を聴いていたスーワーンは大きなため息をつきつつ伏せ気味だった顔を上げた、肩からは力が抜け純銀の長い髪を踊らせるように揺らしながらドサッとソファーの背もたれへと身体を預けるように座り直す。
「あ~ん、もうっ……! 上手くいくと思ってたのにぃ~っ!」
これは意外であった……思惑をイルビスに看破され、本性である裏の顔的なモノを現してウワハハハ~! とかやり出すのかと思い警戒して構えていたオレたちであるのだが……意に反して悔しそうではあるが、ソファーにもたれながら足をパタパタさせてウニャウニャと駄々っ子のようにしているだけのスーワーンであった……
拍子抜けしつつその様子を眺めていると、駄々っ子女神はやがてハッ⁉ と突然何かに気付いたように身を起こし、オレへと向きつつ尋ね始める。
「思い出したわっ……セルピナの息子のタイチくん……彼もオーブホルダーだったものね……タクヤたちがオーブの使用制限事項を知ってたのって、彼のオーブを調べたからなのかしら……?」
「タ、タイチを知ってるのかっ⁉」
「何言ってるのよ……私は全知の書院の管理者よ……? 現在オーブは私が全て発行認証してるんだから、知ってて当然じゃない……」
「そ、そうだったのか……いやまあ……オーブは女神の力が無ければ使用できないってのは、伝承の詩の一文から推測しただけなんだがな……タイチのオーブを調べたりってのはやってないな……」
「あら、そうだったのね……」
オレたちが伝承の詩から推測したというのが意外だったのであろうか、ふ~む……と少し考え込むスーワーンである、こちらにとっては何が何だか分からないのではあるが、このスーワーンの様子を見るとどうやらオレを連れ去るという目的は断念したのではないかと思えるのであった。
そのスーワーンの考えを探るためであろう、イルビスが恐る恐る切り出す。
「ス、スーワーンよ……タクヤを連れ去るのはなんだかあっさり諦めたように見えるのじゃが……? 諦めてくれたのかの……?」
そんなイルビスへ、ん? とキョトンとした顔を向けたスーワーンは……
「そりゃあ今は諦めるしかないわよ……もし私がキレてタクヤを力ずくで拉致したり、イルビスたちを人質にとったり脅迫したりなんかしたら元も子もなくなってしまうじゃない……タクヤとの融合はお互いに好意や信頼感が無いと成立しないものでしょ? タクヤに嫌われるようなコトをしてしまったらそれで終わりだもの……」
「な、なるほどのう……」
イルビスったら何言ってるのよ……という感じで言われ、イルビスもタジタジとなってしまう、どうやら役者的にはスーワーンの方が何枚も上手のようであった……よくもまあそんなスーワーンの思惑を看破できたものだと、今さらながらに思うのである……
「それに今タクヤをどうにかしてしまったら、ミツハに恨まれてしまうものね……」
うふっ……と微笑んで言うスーワーンであるが、それを聞いたオレからしてみればミツハとの約束のコトも知られていたのに併せて、それがなければ本当にオレをどうにかする気満々だったのかな……と、色々な意味で冷や汗が止まらないのであった……
「タクヤ、それにお嬢さん方、今日のお話しはとても楽しかったわ……古代竜の件とミツハの件も併せて、あなた達には本当に感謝してるの……」
どうやら今日のところはこれ以上のコトはもう起こさぬ雰囲気なスーワーンである、あとは今いる空間を元に戻して去るつもりなのであろう……しかし辞去の言葉だろうと思って聞いていたのであるが、そこはさすが一筋縄ではいかない彼女である……続く言葉はオレたちを驚かせ、息を飲ませるものであった……
「……そうそう、ねえイルビス? あなた、オーブが欲しくはないかしら……?」
突然の申し出にギョッ⁉ と目を剥くイルビスである……だが、そこはそれ、遥か以前より全知の書院の存在を必死で追い求めてきた彼女であるのだ……書院到達を切望するのも、つまるところ究極の目的はオーブの入手とそれにより得られるであろう知識の深淵……そのオーブを目の前にチラつかされては、いくらそれが何かの罠のエサであり手を伸ばしてしまえばスーワーンの思うツボであるのが分かってはいても、自制せよと言うのはあまりにも酷な話であろう……
「ほ、ほ、ほ……欲しぃ……のじゃぁ……」
ハタから見てても、喉から手がどころかもう一人イルビスが出てくるんじゃないかと思えるほどの切実さのこもった声であった、あぁ……釣られた……と思っているのはそんな彼女を見るオレたち一同のみならず当のイルビス本人もであろう……当然それに応えるスーワーンは満面の笑みであった……
「ならイルビスに試練の洞窟への挑戦権を与えてあげるわっ……うふふっ」
あっさりと思い通りの展開になったので上機嫌なスーワーンが言う、だいたいこの先の展開が読める気がする呆れ顔のオレと、それでも期待に目をキラキラさせているイルビスへ説明は続いた。
「全知の書院へ向かうには試練の洞窟ってのを抜けなければならないのだけれど……本来であればそこはオーブを望む者、ただ一人の力で挑戦しなければならない規則なのよね……でも……」
ここでスーワーンはズルそうな目でオレをチラッと見た……ほらキタッ……⁉ と、イヤそうな顔をするオレを楽し気に見つつ……
「特例でイルビスはタクヤと二人で一組とするわ、ああ……そうそう、あなたたちには渡りの能力が無いからあのフクロウちゃんも一緒でいいわよ、三人で力を合わせて試練を突破して全知の書院へと辿り着いてごらんなさいな……」
「ちょ、ちょっとまてスーワーン……なんでオレも一緒なんだ……? オレはオーブを使えないんだから書院へ行ったってしょうがないだろうに……やっぱりオレと融合するのが目的でイルビスをダシに書院に招いたってことなのか……?」
勝手にどんどんと話を進めるスーワーンに慌てたオレは口を挟んだ、しかし彼女は彼女でオレがこう言うのを予測済みであったのであろう……輝くような美貌がス~ッとオレへと向けられた、そして真正面から見るその秘色の目は今までのどことなくフザけていた雰囲気が霧消しており、たったそれだけのことでこの場の空気に緊張感を走らせる……すると微笑を浮かべた紅い唇が、静かに声を紡ぎ出した……
「タクヤが私と融合してくれるって言うならそれは喜んでお受けするわよ……? でも見くびらないでね……? 私は全知の書院の管理者……時の女神スーワーンよ? あなたがイルビスと共に書院へと到達したくなる理由を……用意できないとお思い……?」
「お……オレが書院へと行きたくなる理由……? そんなのがあるのか……?」
気圧されつつも問い返したオレの言葉に、神秘的な微笑みが更に深くなる……
「タクヤ……あなたがさっき言っていた伝承の詩から読み取ったことって、オーブの使用制限事項だけかしら……?」
「うっ……な、なんでそのことを……?」
「だって、あなたが言ったんじゃない……文明の発達の仕方が変だ……何らかの意思が介入してるんじゃないか……って……」
全てを見通すような秘色の瞳が揺るぎもせずにオレを見つめている……乾いた喉がゴクリと鳴ったオレは、まさかこの考えが見透かされていたとは思っておらず言葉を失って黙り込んでしまう……後ろの三人はこの会話の意味が解らず戸惑った様子で聴いていた……
「其の地は長き洞窟の最奥にありて彼の地の入口にあり……」
以前イルビスが諳んじてくれた四行詩の伝承の初行であった……スーワーンの厳かな声が詠唱するように流れ、そしてその声は続けてオレへと問う……
「タクヤは気付いていたみたいね……? この伝承の詩の最初の一行目にある『彼の地の入口』という言葉の意味を……」
沈黙が落ちた……誰もが一言も発さぬこの場で、刻の経過を感じるのが己の心臓の鼓動だけとすら思えてしまう程の静寂であった……スーワーンが先程ヒュプノまがいの瞳術を使って尋き出したオレの考え……推測であり何の裏付けも無いことから誰にも打ち明けておらず、ただ自身の中でなんとなく疑問に思っていただけのことを……会話の流れの中からこうもあっさりと見抜いてしまうとは……
戦慄に似たゾクゾクするものを背筋に感じつつ、なかなか言葉の出てこぬオレに焦れたのかイルビスが少し躊躇いつつもこの場の静寂を破る……
「言われてみれば……全知の書院を指す言葉が『其の地』であろうことは間違いなかろう……ならばその一行目の意味とは……」
イルビスがオレのシャツの袖をギュッと掴みながら言う……おそらく色々な推論が彼女の明晰な頭脳の中を駆け巡っているのであろう……そして続く言葉がなかなか出てこないのは、予測される結論が口に上らせるのも躊躇う内容であるというのがオレには理解できていた……
「ああ……長き洞窟の最奥にある全知の書院は……『彼の地』と呼ばれる場所の入口にあるとも言えるってことだ……その『彼の地』がどんな所なのかはさっぱり分からんが、世界の文明の発達に干渉するような意思がもしあるとすれば……オレはそこから来てるんじゃないかと考えている……」
オレがそう言い終えると再び沈黙が落ちた……明確な答えは出せなかったが、この推論はアリーシアやイルビス……いや、女神という存在であるならば深く考え込んでしまうような内容であるのは確かなのである……
しばし経ってからスーワーンがスッと席を立った、彼女はオレの考えを肯定も否定もしなかった……真実が知りたいのならばイルビスと共に全知の書院を訪れよ……ということなのであろう、微笑みの中の秘色の瞳はオレがどう決断するのかをすでに知っているかのような神秘的な光を湛えている……
「イルビス……試練の洞窟に至る方法をお探しなさい……あなたの絆の冠とタクヤが、きっとあなたを全知の書院へと導いてくれるわ……」
そう優しく告げた後、オレたち全員にも微笑んだスーワーンは虚空へと軽く腕を振った……
ボックス席の空間を包む暗黒が滲むように広がる白光で掻き消えていく……眩んだ目の薄い視界の中でボヤけていく純銀の女神の姿は、短い言葉を残して背を向け光の中へと去ろうとしていた……動き出した時の流れを渡るように届き聞こえたその言葉は、オレの心へと波のように伝わってくる……
「また逢いましょう……全知の書院で待っているわ……」