メッキ社会
【第68回フリーワンライ】
お題:
日光のひとつ手前
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
――の朝は早い。
時刻は午前五時前。まだ日の出前だった。
「彼女」だけが特別なのではなく、「彼女」の種全体がそうだった。その理由は種の起源まで遡るそうだ。
リビングの隅にある、電話ボックス様の装置の前に立つ。それは個人浴槽を兼ねたメイクアップユニットだった。
「オーバーホールから帰ってきたばかりだけど……大丈夫かしら」
いや、今日は「彼」との「デートの日」なのだから、念には念を入れなければ。
横着心を頭から振り払うと、身に付けていた寝具を取り外し始めた。バスローブ、伊達眼鏡、それと――も手早く外す。
メイクユニットの中は外見と同じで、「彼女」が一人直立出来る程度の広さしかない。
プシュッ。自動でドアが固定され、メイクユニットが稼働し始める。
まずは目の覚めるようなシャワー。頭上から放水されるそれは瞬く間に溜まり、あっという間にユニット内部を液体で満たした。
勿論「彼女」は慌てない。目と口を閉じて平然としている。足下からきめの細かい泡が立ち上り、ものの数秒で設定温度まで達した。
熱い。熱いが、この熱さが体中から不純物を消し去ってくれるのだ。文字通りに。
素肌から数ミクロンほどのゴミが剥離していくのを感じる。
一分が経とうかという頃、メイクユニット内部を満たしていた液体が、溢れた時と同様に綺麗に流れて消えた。
次は乾燥だ。
竜巻のような風が個室を流動する。吹き付ける風ではない。吸い上げる風だ。「彼女」の身体はおろか、壁に付着していた液体を強力なバキュームで吸い取る。
風が凪げば、いよいよメイクユニットの真骨頂、化粧仕上げだ。
霧状のファンデーションが全身に噴霧される。うっすらピンクがかった肌は、最高級の桃の表皮のようで、これだけでもちょっとしたものだった。
最後はニッケル合金。全身を均一に塗布する。輝くメッキは黄金そのものだ。
「彼女」としてはニッケルではなく純金にしたいのが本音だが、如何せん金は高価で、全身仕上げなど庶民には手が出せるものではない。
全身金色になった「彼女」がメイクユニットを出てくる。煌びやかに変化したその姿は、あたかも「彼女」が内側から発光しているかのようでもあった。
眼鏡――「彼」の好みだ――と、ローブはそのままにして、取り外していた頭髪を身に付ける。後は昨日クローゼットにかけておいた洋服を着込むだけだ。
時刻は午前五時を回ったばかり。まだまだ日の出前だった。
普段の身支度より一分遅れていた。少し時間をかけすぎたかも知れない。
ロボットの朝は早い。
それは彼らが、人間に代わる労働力として産み出されたからだった。人間より早くに活動を始め、人間が娯楽に興じている間に仕事を片付ける。
もう、この世界に人間はいない。
人間の真似事を始めたロボットが、ロボットの慣習を引きずったまま不器用に人間を演じているだけだった。
『メッキ社会』了
「日光」を辞書で引いてみて、その一つ前にあった単語が「ニッケルめっき」だったので。「日光のひとつ手前」……よし、あってるな!
文句はデジタル大辞泉へ。