ツンデレパズル
俺がアパートのドアを開けると、夕方だというのにあいつは夢の中だった。
「起きろよ、浩介。伊織ちゃんからの弁当持ってきてやったぞ」
野郎をベッドから蹴り落とし、混沌とした机を掻き分けて弁当箱と水筒を置く。
「ん……おぉ、新太郎か。いつも悪いな」
「あんまり妹に心配かけんなよ」
いくら幼なじみとはいえ、可愛い女の子の頼みでもなければ野郎の世話なんてごめんだ。だいたい、伊織ちゃんを幼なじみのカテゴリに分類するのは当然として、ムサい野郎をそうは呼びたくない。
「いやぁ……世話になってばかりでは心苦しいから、お前の好きなクロスワードパズルを作っていたのだ」
浩介は頭を掻きながらごくごく水筒の中身を飲んだ。こいつは生活力こそゼロだが、天才的な頭脳の持ち主で、高校生にしていくつも特許を持っていたりする。
まぁ、つまらないものは作らないだろうと、少し興味がわいてきた。
「スマホを少しいじってな。自作のクロスワードパズルが出来るようにした」
浩介の手に俺のスマホを渡すと、パソコンの傍に行き、しばらくしてから戻ってきた。
「じゃ、お手並み拝見といきますか」
液晶画面には、クロスワードパズルの白黒格子と、金髪をツインテールに結わえたブレザー少女が表示されている。
「えーっと、『嘘から出た○○○』か。まこと、っと」
『ま、この辺は出来てもらわないと困るわ。日本人なんだし』
「うわっ、喋るんだ、この子」
空欄に文字を入れた途端、少女の声が聞こえて驚いた。
「どうだ? お前の大好物のツンデレ、というやつだ。プログラムには苦労したぞ」
「俺がいつツンデレ好きなんて言ったよ」
「違うのか? 先週など、僕が寝ている傍でアニメを見ながら『ツンデレは国宝だ!』と叫んでいたではないか。ちなみに僕は清楚な和服美人を希望する」
「お前の好みなんて誰も聞いてねぇよ!」
パズルを進めるが、ツンデレにプログラムされたせいなのか、ブレザー少女の物言いはやたらキツい。
『ラクダのこぶの中身が脂肪だとか、この程度は常識よね』
『日本語の意味分かってる? サルを相手にしてると思うと、さすがに悲しくなるんだけど』
こんな調子だ。ツンデレを名乗るからにはデレが必要なはずなのに、そういうものは全く無い。すがすがしいほどに無い。
「どうだ? 僕には耐えられないが、お前は女性に罵られるのが好きなんだろう?」
「そんな訳あるかッ!」
だが、途中で放り出すなどクロスワード好きのプライドが許さない。俺は「解けたらメールしてくれ」という浩介と別れ、家に帰って没頭した。
まさかパズルが全部で百問もあって、解くのに一週間もかかるなどとは予想していなかったが。
『な、なかなかやるわね、アンタ。これからは人間扱いしてあげてもいいわよ?』
パズルを全て解くと少女はデレたが、苦行に見合うくらいのデレ具合ではなかった。浩介に報告すると、祝いの席を設けるのでアパートまで来て欲しいとのこと。
「いらっしゃい、新太郎さん!」
「あれ、伊織ちゃん。浩介は?」
「お、お兄ちゃんは買い物に出かけてます」
しかし、訪ねた先に奴の姿は無く。迎えてくれたのはブレザー姿の伊織ちゃんだった。何故かパズルの少女と寸分違わぬデザインだ。
「伊織ちゃん、その制服……」
「私も春から高校生になるんです。それで、制服を見てもらいたくって」
彼女がくるりと回ると、長い黒髪が揺れる。
「そっか。この前まで小学生だったのになぁ」
ここはほめる所だろ! と後悔する間もなく、桜色の唇からはとんでもない言葉が飛び出した。
「あ、あの! 良かったら私とお付き合いして下さい! わたし、一生懸命新太郎さんを罵りますから!」
「……はぁ?」
あまりのことに二の句が告げないでいると、伊織ちゃんはこう聞いてきた。
「違うんですか? お兄ちゃんが、新太郎さんはマゾだから罵ってやれって……。パズルで試したから確かだって」
「パズルって、まさか」
俺の言葉に、伊織ちゃんははっと口を押さた。気まずげに、言葉を続ける。
「新太郎さんのことお兄ちゃんに相談したら、女性の好みを探ってやるって……ご、ごめんなさい! 覗きみたいなことをして」
妹にいいところを見せたかった浩介は、あのパズルで俺の動向を探っていた、と。
つまりはそういうことらしい。
「いやその……お付き合いの方は、俺でよければよろこんで、っていうのが返事だけど」
真っ赤になった伊織ちゃんはもう、抱きしめたいくらいに可愛かったけど。
これだけは、言っておかなきゃならない。
「俺はマゾでも何でもないので、それだけは分かって。お願いだから」
青空を見上げて、俺は誓った。
――おのれ浩介、覚えてろよ。