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枚数別のご案内――原稿用紙5枚程度の掌編

ツンデレパズル

作者: 陣 杏里

 俺がアパートのドアを開けると、夕方だというのにあいつは夢の中だった。

「起きろよ、浩介。伊織ちゃんからの弁当持ってきてやったぞ」

 野郎をベッドから蹴り落とし、混沌とした机を掻き分けて弁当箱と水筒を置く。

「ん……おぉ、新太郎か。いつも悪いな」

「あんまり妹に心配かけんなよ」

 いくら幼なじみとはいえ、可愛い女の子の頼みでもなければ野郎の世話なんてごめんだ。だいたい、伊織ちゃんを幼なじみのカテゴリに分類するのは当然として、ムサい野郎をそうは呼びたくない。

「いやぁ……世話になってばかりでは心苦しいから、お前の好きなクロスワードパズルを作っていたのだ」

 浩介は頭を掻きながらごくごく水筒の中身を飲んだ。こいつは生活力こそゼロだが、天才的な頭脳の持ち主で、高校生にしていくつも特許を持っていたりする。

 まぁ、つまらないものは作らないだろうと、少し興味がわいてきた。

「スマホを少しいじってな。自作のクロスワードパズルが出来るようにした」

 浩介の手に俺のスマホを渡すと、パソコンの傍に行き、しばらくしてから戻ってきた。

「じゃ、お手並み拝見といきますか」

 液晶画面には、クロスワードパズルの白黒格子と、金髪をツインテールに結わえたブレザー少女が表示されている。

「えーっと、『嘘から出た○○○』か。まこと、っと」

『ま、この辺は出来てもらわないと困るわ。日本人なんだし』

「うわっ、喋るんだ、この子」

 空欄に文字を入れた途端、少女の声が聞こえて驚いた。

「どうだ? お前の大好物のツンデレ、というやつだ。プログラムには苦労したぞ」

「俺がいつツンデレ好きなんて言ったよ」

「違うのか? 先週など、僕が寝ている傍でアニメを見ながら『ツンデレは国宝だ!』と叫んでいたではないか。ちなみに僕は清楚な和服美人を希望する」

「お前の好みなんて誰も聞いてねぇよ!」

 パズルを進めるが、ツンデレにプログラムされたせいなのか、ブレザー少女の物言いはやたらキツい。

『ラクダのこぶの中身が脂肪だとか、この程度は常識よね』

『日本語の意味分かってる? サルを相手にしてると思うと、さすがに悲しくなるんだけど』

 こんな調子だ。ツンデレを名乗るからにはデレが必要なはずなのに、そういうものは全く無い。すがすがしいほどに無い。

「どうだ? 僕には耐えられないが、お前は女性に罵られるのが好きなんだろう?」

「そんな訳あるかッ!」

 だが、途中で放り出すなどクロスワード好きのプライドが許さない。俺は「解けたらメールしてくれ」という浩介と別れ、家に帰って没頭した。

 まさかパズルが全部で百問もあって、解くのに一週間もかかるなどとは予想していなかったが。


『な、なかなかやるわね、アンタ。これからは人間扱いしてあげてもいいわよ?』

 パズルを全て解くと少女はデレたが、苦行に見合うくらいのデレ具合ではなかった。浩介に報告すると、祝いの席を設けるのでアパートまで来て欲しいとのこと。

「いらっしゃい、新太郎さん!」

「あれ、伊織ちゃん。浩介は?」

「お、お兄ちゃんは買い物に出かけてます」

 しかし、訪ねた先に奴の姿は無く。迎えてくれたのはブレザー姿の伊織ちゃんだった。何故かパズルの少女と寸分違わぬデザインだ。

「伊織ちゃん、その制服……」

「私も春から高校生になるんです。それで、制服を見てもらいたくって」

 彼女がくるりと回ると、長い黒髪が揺れる。

「そっか。この前まで小学生だったのになぁ」

 ここはほめる所だろ! と後悔する間もなく、桜色の唇からはとんでもない言葉が飛び出した。

「あ、あの! 良かったら私とお付き合いして下さい! わたし、一生懸命新太郎さんを罵りますから!」

「……はぁ?」

 あまりのことに二の句が告げないでいると、伊織ちゃんはこう聞いてきた。

「違うんですか? お兄ちゃんが、新太郎さんはマゾだから罵ってやれって……。パズルで試したから確かだって」

「パズルって、まさか」

 俺の言葉に、伊織ちゃんははっと口を押さた。気まずげに、言葉を続ける。

「新太郎さんのことお兄ちゃんに相談したら、女性の好みを探ってやるって……ご、ごめんなさい! 覗きみたいなことをして」

 妹にいいところを見せたかった浩介は、あのパズルで俺の動向を探っていた、と。

 つまりはそういうことらしい。

「いやその……お付き合いの方は、俺でよければよろこんで、っていうのが返事だけど」

 真っ赤になった伊織ちゃんはもう、抱きしめたいくらいに可愛かったけど。

 これだけは、言っておかなきゃならない。

「俺はマゾでも何でもないので、それだけは分かって。お願いだから」

 青空を見上げて、俺は誓った。


 ――おのれ浩介、覚えてろよ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 登場するキャラクター全員が愛らしい。 その個性と魅力をこの文章量で描ききれるという点は、もはや安定と信頼の陣作品。 いやー、陣さんの短編小説は間違いないですね。 [一言] 素晴らしい短編小…
[良い点] こんにちは、楽しく読ませていただきました。 こういう話は大好きです。 >わたし、一生懸命新太郎さんを罵りますから! マゾでも好きと言い切ってしまう伊織ちゃんに脱帽です。 幸せになって下さ…
2015/07/25 00:52 退会済み
管理
[良い点] オチが秀逸で面白かったです。 浩介さんはいいお兄さんですね。 妹である伊織ちゃんも可愛らしかったです。 良質のラブコメディーをご執筆ありがとうございました。
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