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寿命、売ります

作者: 瀬川潮

「閉店するからね」

 商店街の裏通りにある古書店で、店主からそう説明された。

 この店は本ばかりでなく、さまざまなモノを売っているのが楽しかった。俺が手にしている「寿命1分」と書かれた化粧箱なんか、それの最たるものだろう。値札には赤札が上貼りされ「500円」と書かれている。元の価格は5万円だった。果たして仕入れ値はいくらだったのか。いや。そもそもどこから入荷したのだか。

「どうして自分で使わないんですか?」

 店主に聞いてみた。

「延びた1分で苦しむ寿命があれば、延びた1分に感謝される寿命もある」

 できれば、感謝される寿命であってほしいからね、と目元をゆっくりと緩める店主。

 もしかしたら、そんな人に売りたかったのかもしれない。

「でも、売れ残っているんですね」

 そう聞くと、売れ残っているのが寂しくなる。おそらくこの店主、興味を抱いた人に同じように説明しているのだろう。希望に、だれも手を伸ばしていないということだ。

「古書店に置いているのが問題なのかもねぇ」

 と、今度は独り言。これは分かるような気がする。1分で文庫本1冊も読めない。読書家に1分は、なきに等しいのかもしれない。

「ま、信用しない人の方が多いけどね」

 今度は普通に笑った。確かに普通、疑うだろう。俺も疑っている。

「自分の寿命を延ばせばいいんじゃないですか?」

 これまでここでたくさん働いたんだから、と聞いてみる。

 店主、照れくさそうに頭をかいた。

「この歳で独り身になって、じゃねぇ。せめて……」

 伴侶が生きていれば、とでもいいそうな雰囲気だ。

「七十に迫ろうかというじいさんに、1分は長すぎるねぇ。……これを置いていった常連さんも、そんな気分で生き霊になってまでこれを届けてくれたんだと今なら理解できるよ」

 聞くと、十年前に常連客が実家の蔵書を譲ると告げに来たときにこの箱だけ置いて消えたのだという。後に、その時間に入院先で亡くなっていたのだとか。

「命を縮めても、蔵書の今後の身の振り方は示しておかねばな。家人にあれの世話はようできん」

 という言葉も残したのだそうだ。

「1分、寿命を縮めても好きなものの最後の世話はしたかったんでしょうねぇ」

 幸せなことです、と店主。

 そして、「だから」とも。

「読書家の魂は、若い誰かに託したいと夢見てたんですよ」

 そう言って、「お代はいいから」と化粧箱を押しつけられた。

 礼代わりに、気に入った古書を1冊購入して辞した。


 後日。

 購入した書籍を読んで満足し、思い出したように再読していたころだった。

「あんた、疲れてない?」

 俺の顔を見ていた親がそんなことを言う。

「大学で何かあったん? 悩みでもあるん?」

 などと聞いてくる。

「そんなわけないじゃん」

 言っておいて、外出した。

 足は自然と例の古書店に向かった。

「ああ、いらっしゃい」

 気まぐれに1冊選んでレジに行くと、店主がにこにこしていた。

「これは、おまけだ。1分だよ」

 化粧箱を押しつけてくる。

 まさか、と顔を上げるともう店主は居なかった。

 後から調べると、数日前に店をたたんだらしい。店に残っていた書籍は大手の業者にただ同然で引き取られたと聞いた。随分さみしそうだった、とも。

 もちろん、店主はさらにそのしばらく後に入院して突然亡くなったという。

「これで、2分か……」

 俺は受け取った2つの寿命にしみじみと目を落とした。


 だから、俺は文筆家を志した。

 2分程度で読了できて、それでいて単行本1冊程度の満足感を得られる作品を書くために。

「……最後の1冊、店主のお勧めだったのかもな」

 呟いて気付いた。

 最初の1冊は、はじめの1分の蔵書家が勧めたかった本だったのかもと。

 どちらも良かった。

 ただ、1分では読み切れない。

 短い話を書き始めて分かったことがある。

 まるで……。

「魂を削るような作業だ」



   おしまい

 ふらっと、瀨川です。


 気まぐれで新作を書きました♪

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