3.ガラス細工
子供たちが巣立っていった頃、妻は急に老け込んで見えた。
今まで、子供たちの世話をやくことが妻の生きがいだったらしく、子供たちがいなくなった家の中で、何を見つめていたのか、どんどん衰えていった。
ある時、妻が言った。
「ねぇ、あなた。あなたが最初にくれたプレゼントを覚えている?」
俺はテレビから目をそらして、妻を見た。共に年齢を重ねてきた妻がそこにいた。
「覚えてるよ」
「珍しいわね。じゃぁ、なんだったか言ってみて」
「誕生石のネックレスだった。あれは、かなり奮発したから」
俺は、昔を思い出すように笑って言った。
「違うわ」
妻は『やっぱりね』と、したり顔で俺を見た。
その目は楽しそうだった。
「変だな、あれが最初のプレゼントだと思ったがな」
「ふふっ。最初のプレゼントはね、ネックレスについていた一枚のカード。そこに書かれていた、あなたからの言葉が最初のプレゼントよ。『ずっと一緒にいようね』って」
妻はそう言うと、窓から見える空を仰いだ。
そして、嬉しそうに目を細めた。
そんな彼女の胸には、あの時のネックレスが光っていた。
食事を終えると、近くの店をフラフラと見て回った。
オフィスに帰るのが遅れたところで、今日は誰にも咎められることはない。
仕事も、今日中に終わらなければ、明日に持ち越しても構わないのだ。とにかく、月曜までにできていればよいのだから。そのつもりで、昨日も無理せずに仕事を終わらせた。
逆に言えば、うまく仕事を翌日に回したといえるだろう。
俺は、のんびりと休日の街を見て回った。
そして、ひとつの店に目が止まった。
間口の狭い小さな店。
俺は、吸い寄せられるように店内に入った。
店内には、可愛い小物が並び、それらは蛍光灯の光を浴びてキラキラと光っていた。
いい年をしたオジサンが一人で見るには、気恥ずかしくなるような店だ。しかし、それでも見ずにはいられない。
店の中央に来たとき、丸いテーブルに置かれた小さなガラス細工に目が止まった。
(ガラス細工か……)
小さなガラス製品は、動物の形をしている。どれも微笑みたくなるような暖かさがある。
俺はその中のひとつを手に取った。
ネコの形をしたそれは、ひょうきんな顔をこちらに向けていた。片手をあげて、顔を洗おうとしているが、何が気になるのかあげた前足が途中で止まっている。今にも動き出しそうな人形に心を奪われ、気がつけば購入していた。
(全く……俺は何をしているんだろう)
そう思ったとき、脳裏に蘇った。それは、居間の棚に並ぶガラス細工の人形たちだ。
彼女と出会った記念にと買った人形は、毎年ひとつずつ増えていった。
それは結婚しても増え続けた。
新婚当初は、一緒に買いに行き、彼女の好みで購入していた。
それが、いつの頃からか妻一人で買いに行くようになった。
「あなた、ガラス細工の人形を買いに行きたいの、一緒に行きましょう」
そう誘われても、疲れているからと断っていた。
妻は、寂しそうにため息をつくと、静かに家を出て行った。
気がつけば、新しい人形が増えていた。それは、決まってネコだった。
(そうか……君がいなくなってから、買ってなかったね)
毎年忘れずに買っていたなら、三十三個目になるはずだ。
だが、三十個を最後に妻がいなくなった。
その年から、人形のことなど忘れていたのだ。
俺は、人形の入った袋を手にオフィスへと戻った。




